3話 親の務め
「馬鹿なことを言うんじゃない!魔術もろくに使えない子どもが派遣団員になっても何もできるわけがないだろう!」
三人で派遣団に参加することを決めた翌日、ノアは他の二人とともに村長の家に呼び出されていた。
他の家よりも少しばかり豪華な飾り付けが施された入り口の扉を開け、客間に通されるとイズミとロシュの両親とともに村長のガルーシャが中で待っていたのだ。部屋に入ってからずっと三人は我が子の心配をする親たちに説教をされていた。
「そうよ、イズミ。村の外には危ない魔物がたくさんいるのよ。あなたは女の子なんだから、そんな危ない目に合うようなところに行かせられないわ」
イズミによく似た黒髪の女性が穏やかに諭すように言った。
彼女は知らないのだ。ノアたち三人がよく村を抜け出して魔物退治に出ていたことを。
ハインシュタットはグルテール地方の西にそびえる山の山頂近くにある。こんな高地まで魔人レングレムの集団が襲ってきたことは今までないが、残党の魔物たちが単体で出現することは多々あるのだ。村近くの高原を放浪する魔物は大抵の場合、討伐派遣団との戦いの最中に戦地を抜け出した弱小の魔物ばかりで、今のノアたちは難なく退治することができる。
「お母さんたちが思ってるほど私たち弱くないよ」
母以上に穏やかな声でイズミが反論した。イズミとロシュの両親はまるで信じられないかのように首を横に振っている。
グレアの参加した派遣団の凶報を聞いた次の日、彼が生きていることを信じて疑わなかった三人は山を下って探しに行くと言って村を飛び出した。三人が初めて魔物に出くわしたのはその日だ。子どもの足では一日歩いても着かない隣村に向かう道の途中で魔物に襲われたのだ。運よくハインシュタットへ物資を持ち帰って来る途中のロシュの父に窮地を助けてもらい、命拾いをした。
その日以来、自分たちの非力さを痛感した三人は修行という名のもと、村近辺の魔物退治を行なっていた。
「僕たち、四年前とは全然違うんだ。あの悔しさを忘れずに毎日力をつけるために必死に努力したんだ」
ノアはいつになく力強い声でイズミの言葉に続けた。
「もうここらの魔物じゃ物足りないところまで強くなったぜ。あの日のオレたちを目の当たりにした親父には信じられないかもしれない。けど、オレたちは強くなった。この村の誰よりも強いとオレは思ってる」
ロシュはいつものように生気のない目をしたまま、父親を見つめた。ロシュの言葉にルプルト家の家長グレンは今にも激昂しそうなほど顔を怒りで赤くさせた。この村に住む全ウルフの上に立つ父親に対してロシュは決闘を申し込んだも同然なのだ。
「誰に喧嘩を売っているのか、わかっているんだろうな?」
グレンは歯をむき出しにして低く唸った。部屋の中に緊張感が走る。今にもロシュに噛みつきそうなグレンを妻がなだめようとしている。
ノアはイズミと目配せをした。ウルフが感情的になるとどうなるか、二人は身をもって知っている。ロシュはウルフの割に理知的で感情のままに動くことは滅多にないが、過去に三度ほど理性をなくして大暴れをしたことがあった。こんな狭い部屋の中で二人の感情的なウルフが決闘を始めたらどうなるか、ノアもイズミも容易に想像できる。
「お前が戦いに行ってもすぐに殺されるのがオチだ!子どもを危険から守るのが親の務めだ!オレが
「じゃあ、親父を上から引きずり下ろせばいんだな?」
父を見つめたままのロシュが口の端を持ち上げてニヤッと笑った瞬間、無数の傷跡が残るグレンの長い腕がロシュの首根っこを掴んだ。ノアは目の前で始まった喧嘩を止めようと二人の間に割って入ろうとしたが、すでに遅かった。二人は一瞬のうちに狼に変身していたのだ。「二人ともやめなさい!」と怒鳴る女の声すら狼たちには聞こえていないようだ。
赤い毛並みの狼より一回りも大きい茶色い毛並みの狼が大きな声で威嚇しながら赤い狼に喰らいとこうとした瞬間だった。ドン!ドン!と床を叩く音がした。まるで身体の自由を奪われたかのように二匹の狼は硬直したのだ。
「二人ともやめるのじゃ。こんなことをしてもなんの解決にもならん」
ガルーシャは固まったままの狼たちにそう告げてから再び手に持った杖を二回床に叩きつけた。目に見えない拘束を解かれた二匹は険しい顔でお互いをしばらく見つめてから変身を解いた。
「ノア、イズミ、ロシュ」
ガルーシャは順番に三人の若者の名前を呼び、しっかりと目の奥を見るように一人一人を見つめた。イズミの両親とロシュの母は静かにその様子を見守った。殺意に満ちた目でロシュを睨んでいるグレンも不服そうに黙り込んでいた。
「よかろう。おまえたちの意志はよくわかった。あと二週間もすれば三人とももう大人じゃ。わしらにおまえたちの生き方をどうこう言うことはできなくなる」
三人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「じゃが、わしらもおまえたちが可愛い。無駄死にするような戦いには行かせたくない」
同意するように母親たちがうなずいている。高地にあるこんな小さな村でも討伐に参加した派遣団員の話は聞こえてくる。あまりに酷く、悲しい戦況を聞けば、誰だって自分の子には戦いに参加してほしくないと思うものなのだろう。
「おまえたちの力を確認させてくれ。実力次第では行かせてあげてもいいじゃろう」
「ガルーシャ様!」
ロシュの母が声を上げたが、まるで聞こえていないかのようにガルーシャは続けた。
「奴らに動きがあった今、この山にもまた魔物が増えるじゃろう。ハインの祠の結界をかけ直す必要がある。そこまでわしを護衛して、無事に帰ってくることができれば派遣団への参加を認めよう」
「しかし、ガルーシャ様――」
異論を唱えようと口を開いたグレンの言葉を遮るようにガルーシャは手で静止した。
「グレン、おまえの言いたいことはわかる。じゃが、この子たちももう子どもではないことは皆が感じていたことだ。子を信じてやるのも親の務めではないのか?おまえたちがそうであったように、この子たちも大人への道を探しておるのじゃろう」
長老の言葉は静かに深く、その部屋にいた者たちの胸に刺さった。我が子の成長にまるで初めて気付いたかのように、イズミとロシュの両親は誇らしげに、しかしどこか悲しい表情のままガルーシャの言葉を噛み締めていた。
「わかりました。ガルーシャ様の仰るとおり、祠へ無事行って帰って来れたならば、息子たちの旅立ちを許可しましょう」
先ほどとは打って変わってグレンは優しい声で自分よりもだいぶ小さい長老に言葉を返した。
「うむ。それでは明朝、出発するとしよう。祠まで二日はかかる。往復で五日ほどは必要じゃろうからその手はずで三人とも支度をしなさい」
ノア、イズミ、ロシュの三人が満面の笑みで返事をすると、ガルーシャは満足げに部屋を出ていった。
「ノア」
ガルーシャに続いて部屋をあとにしようと扉の近くまできたノアはグレンに呼び止められた。
「母親にはこのこと、ちゃんと話してから行きなさい」
まるで全てを見透かしているかのような眼差しでグレンはノアが返事をするまでじっと見つめた。
ノアは母にかける言葉を頭の中でぐるぐる考えながら村長の家をあとにしたのだった。
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