2話 優しい英雄の息子
「聞いたぞ、ノア。お前、族長会議でとんでもないこと言い出したんだってな」
燃えるように赤い髪の男はノアの横に腰を下ろすとまるで世間話をするような言い草で語り出した。
何かあると決まってここに集合する。村の東の坂を十分ほど登った見晴らしのいい小さな丘にポツンと二つの影が射している。
「親父がえらい剣幕で家に帰ってきてさ。オレの頭を噛みちぎるんじゃないかってくらい興奮してたぜ」
何が可笑しいのか、赤髪の男は笑っている。
「まさか、お前が派遣団員になるって言い出すなんて誰も思ってなかったんだろうな、ハハッ」
ノアは気恥ずかしくなって俯いた。英雄の息子とは名ばかりで、村の若者の間では英雄の拾い子などと馬鹿にされているのだ。同じ銀髪でも親子とは到底思えないほど、あまりにも共通点がなかった。
英雄グレアは怪力なのに、拾い子ノアは非力だ。
英雄グレアは勇敢なのに、拾い子ノアは臆病だ。
英雄グレアは偉大なのに、拾い子ノアは凡庸だ。
あらゆる皮肉を浴びせられながらもノアは、それでも父の背中を追い続けている。そしてようやく今日、近づくための一歩を踏み出せたのだ。周りからすれば、突拍子もないことを言い出した馬鹿なガキなのであろう。
「笑うなよ、ロシュ。僕だって一生懸命考えて言ったことなんだから」
目にかかるほど長い前髪を鬱陶しくいじりながらノアは不貞腐れた。
「いやいや、オレはお前を誉めてるんだ。昔っから自分の意見をはっきり言わなかったろ?ノアもようやく一人前に意見が言えるようになって、大人の仲間入りってことさ」
ロシュはがっしりとノアの肩を掴むと喉の奥で不気味な笑いを漏らした。ウルフの血を引くロシュは他の人とは違った喉の使い方をする。
「それでさ、イズミには事前に言ったのか?」
ノアは言葉に詰まった。イズミの存在についてすっかり忘れていたのだ。彼女がこの無謀な計画になんていうか、考えなくともわかっている。わかった上で実行に移すことを決意したノアはイズミのことについて、今の今まですっかり頭から消していたのだ。
「その顔は何も言っていないみたいだな。あー、オレ、そろそろ帰ろう――」
イズミが来る前に逃げてやろうと画策したロシュだが、一足遅かったようだ。
「ノア!」
聞き慣れた声に男二人は肩をすくめた。二人してゆっくりと後ろを向くと、そこには鬼の形相をした黒髪の少女が仁王立ちで立っていた。下から見るイズミはやたらと大きく見えた。
「一体全体どういうつもり?お父さんに聞いたわ。派遣団員になるなんて私、聞いてないわよ。なんで私に何も言わなかったの?」
「――ごめん」
ノアは縮こまったままとりあえずイズミに謝ってみた。今にもまた怒鳴られそうなノアに助け舟を出したのは半笑いのロシュだった。
「イズミは心配性だからな。こんなこと言ったら、行かせられないって言うだろ?」
「一人で行かせられるわけないでしょ。ノアが行くなら、私も行く」
えっ、と男たちは顔を見合わせた。予想だにしていないイズミの言葉に二人は驚きを隠せない。
「あれ?私なんか変なこと言った?」
二人の様子にイズミはキョトンとしている。もっと反対されるとでも思っていたのだろうか。そんなことあるわけがない。赤ちゃんの頃から三人ずっと一緒だったのだ。
イズミは幼馴染を一人で危ない戦地に行かせられるほど無情な人間でもなければ、ようやく自分の意志を見せた幼馴染の心を折れるほど自分勝手な人間でもない。
「反対しないんだ」
なんだかイズミらしいな、とノアは心の中でつぶやいた。
「当たり前でしょ。おじさんの無念を晴らしたいのは私もロシュも同じなんだから。ノアが行くなら、私たちもついて行くわ」
「おいおい、オレの分まで話をまとめようとするなよイズミ」
勝手について行くことをイズミに決められた赤髪のウルフは再び喉の奥で不気味に笑った。言葉の端々に隠された興奮を幼馴染である二人が見逃すはずがない。
「ロシュは何も言わずについてくる気だったでしょ、どうせ」
イズミに目論見を見透かされ、ロシュは声を出して笑った。
「ハハッ!お見通しか。まあ、そう言うことだ、ノア。オレらは当然お前について行くぜ。お前がどれだけ嫌がろうとな」
言い出したら聞かない性格なのは小さい頃からわかっている。親友二人を巻き込むようなことはしたくないと口では言えても、本心では有無を言わせずついて行くと言ってくれたことに、ノアは安堵していたのだ。
「ずるいよな、二人とも。僕が断れないのを知っててこんなことを言うんだもん」
「ノアは昔から優しすぎるのよ。そんな人を一人で旅立たせるなんてできないわ」
「あの墓に誓いを立てたのはお前だけじゃない。ノア、心配すんな。お前にはオレらがついてる」
英雄グレアの死に、ノアと同じくらい心を痛めつけられた二人の言葉はどんなに強引なものでもノアの心を揺さぶってしまうのだ。
ノアはイズミとロシュを交互に見やり、呆れに近い深呼吸をしてから躍る心を押さえきれずに笑みをこぼした。
「とんだ旅になりそうだな」
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