第1幕 

1話 受け継がれる英雄の意志

 山脈の連なるグルテール地方のとある山の上に位置するハインシュタット村では四年ぶりに族長会議が行われていた。四年前に開催されたころはまだ少年だったノアが家長として重々しい空気の会議に参加していた。

「また奴らに動きがあったようじゃ。ファーブで四年ぶりに派遣団員を集めるとの連絡がきた」

 人口わずか二百人ばかりの村の家長たちが集められた集会所で村長のガルーシャが口火を切った。まるでこの事態を想定していたかのように周りの大人たちは「やはりか」などと反応しては険しい顔つきになっている。

「みなも知っておるとおり、前回の派遣ではハインシュタットの英雄グレアがあの邪悪な魔物どもに立ち向かったが、亡き者となってしまった」

 険しい顔の大人たちはまたも口々に英雄グレアの名を呼んだ。

 村の英雄であったグレアは四年前の族長会議の後、村を出てから一度も戻ってきてはいない。ファーブに集結した第三派遣団が魔人レングレムの討伐に失敗し、派遣団が壊滅した報せが届いたのはグレアの旅立ちからわずか半年後だった。第一、そして第二派遣団にも参加したグレアだったが、三度目の正直という願いも虚しく、英雄の命は邪悪な巣の中で散ったのであった。

「グルテールの民として我々に課された命は前回と同じ、村民一人の派遣じゃ」

 一瞬にして部屋は静寂に包まれる。この村の人々にとっては派遣団への参加は死を意味するのだ。自ら進んで名乗りを上げる者はいない。

「前回の結果を考えれば、みなが躊躇ためらうのはわしもよう分かる。じゃが、これは村の民のためなのじゃ。おまえたちの家族のためなのじゃ。全てを飲み込んで名乗りを上げてくれぬか?」

 一層の静寂がみんなの間をすり抜けていく。

 ここ、ハインシュタットの村は山の上に位置することもあり、魔人レングレムが巣くうファーブの郊外からはだいぶ離れている。ファーブ近郊の町村と違い、魔物の影響を受けにくいのだ。彼らにしてみれば、そんな縁のないもののために命を懸けて戦うことなど考えられないのだろう。

 ノアは今にも壊れそうな椅子の上で四年前の光景を思い出していた。

 英雄グレアの旅立ちを村中の人が見送りに来ていた時のことをノアは今もはっきりと覚えている。村のために命を懸ける男の背中は偉大でかっこよかった。そんな偉大な男にいつかなることをノアは英雄グレアの亡骸もない墓の前で誓ったのだった。

 静まり返った部屋の端の方で細い手が上がった。

「僕が行きます」

 紫の眼をした青年が立ち上がると物音ひとつしなかった部屋が一気にざわつきはじめた。「ノアはまだ子どもだ」やら「子どもが何を言っているんだ」などと大人たちが騒ぎ立てる。

 村長のガルーシャが持っていた杖を地面に二度叩きつけた。部屋にはまた静けさが戻る。

「ノア、おまえはまだ子どもじゃ。子どもにそのような危険なことを任せられるはずがなかろう」

 ガルーシャに賛同するように大人たちは頷く。

「僕はテリア家の家長としてここに呼ばれたんです。あと二週間、十六歳の誕生日を過ぎれば僕ももう大人です。どうせ誰も手を挙げる人はいなかった、そうですよね?」

 痛いところを突かれたようにまた険しい顔をして大人たちは黙った。

「それに――」

 意を決してノアは立ち上がる。

「それに、僕は英雄グレアの息子です!僕が行きます」

 紫の眼をした青年は強い意志を宿した面持ちでガルーシャを見つめた。ガルーシャは青年を真っ直ぐと見つめ返し、納得するように頷くと「なるほどな」と一言だけ言い残し集会所を後にした。

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