ジャンクフー道お嬢様・フライドポテト編

殻半ひよこ

無限に食えちゃうから無限に食え、お嬢様


「お待たせいたしました! ご注文はお決まりでしょうか?」

「フライドポテトのLを3つ」


 たとえば、ドレスコードありのレストランとか。

 権威と伝統ある場の舞台上で発されるほうが相応しい、涼やかで礼節ある声が、メニューに一切目を落とさず、すらりと注文を読み上げた。


「塩は別添え、トッピングディップはセットでサイズ増し、揚げたてのものをお願いいたします」

「かしこまりました! お飲み物はいかがなさいますか?」

「コーラのLを。それと、ドリンクのストローなのですが――」


 視線が気になって、周囲を流し見る。

 たまたまこの状況に居合わせた、5月28日午後4時半のO・Jバーガー宝之原たかのはら店の客たちは、半々の反応を見せている。


 半分は、未知。

 呆気に取られる顔、バーガー食べさしで固まる顔、『え、これなに、動画の企画とか? 撮影どこ?』と周囲をきょろきょろ見渡す顔。

 もう半分は、既知。

 お馴染みの名物を眺める、春に桜を見るような『おっ、また来たねえ』の表情が、この光景はさして珍しくないのだと告げている。


 そして、そのどちらの人にも、見惚れる気配が確かにあった。

 それも当然。

 我がクラスの出席番号12番、西城蓮さいじょうれんを語るとき、美点は枚挙に暇がない。


 まず遠くから見たものは、美しく長い白金の髪に眼を奪われる。

 フィンランド人の祖母を持つクォーターの彼女は、スタイルも目鼻立ちも、平凡な日本の高校にはそれこそ妖精が現れたみたいな特別さを伴って際立つ。


 惹かれて思わず近づけば、次はその振る舞いに魅入ってしまう。

 山の高原を吹き抜けるような、高く澄んだソプラノの声。物腰はゆったり柔らかく、聞いているだけでたちまちストレスが消えていくと方々から大評判。


 決心して話しかけたら、もう前までの知らない自分に戻れない。

 大企業西城グループ会長の孫娘という身分に恥じぬ清楚で礼儀正しい立ち居振舞いは好感度の塊、人柄は一輪の花めいて社のイメージアップに貢献する。


 そんな、我が校の首席で誇り、魅力にやられた数々の男子生徒には「お近づきになりたいけどライバルは多いしそもそも恐れ多すぎてアプローチできない、ほら、そもそも花は遠巻きに見て愛でるものでいいんじゃない?」なんて悲しい膠着状態を発生させている、天然で清廉なお嬢様。


 今一番『普段何食ってんのかレシピ』が気になる西城蓮が――はて、どういうわけだか。

 俺、八雲陸やくもりくみたいな、青春空費系無気力帰宅部を誘っての放課後買い食いの最中なのである。


 ――おそらく決め手はアレだな。放課後、教室でぼーっとしてて、めちゃくちゃ暇そうに見えたからだろうなあ、うん。

 合ってますが、なにか。


「お先にお席を取っていますね、陸くん。今日も存分に、自分を解放してください。そろそろ、お昼のお弁当が役目を終えたころでしょう?」


 後ろに並ぶ俺を尻目に、西城はトレイにドリンクとジャンクジャンクな注文お届け待ちの札を乗せ、二階席へと向かう。

 去り際の笑顔は、うちの生徒ならよく知るいつもの通りの穏やかなもの――しかし俺には、どうしてかそれが「早く上がってこい……この高みまで……」と語っているように見えて仕方がなかった。


「お待たせいたしました。お次のお客様、注文はお決まりでしょうか?」

「……特製サラダと烏龍茶を。ドレッシングはノンオイルで」


 ささった用意されたメニューを受け取り、ツレの後を追う。

 ずるいことに、あのお嬢様は映えるロケーションを選ばない。


 窓際の席、学校指定制服のブレザーで放課後の陽を受ける横顔は、このまま撮影して広告に使えそうなくらい画になっている。どこにでもある平凡なファストフード店のカウンター席が、特別な物語のワンシーンになったみたいだ。


 そんな隣に、自分が入り込むのは若干、結構、気が引ける。横に凡庸を添えて特別が際立つのならばまだいいが、美しかった空間そのものが台無しになるのは忍びない。


 ――いや、ま、いいか。

 画が台無しになると切ない、と本人に言われたわけでもなし。


「ほい、失礼」


 カウンターの隣に座って、トレイを置く。何気ない感じに往来を眺めていた西城の視線が、俺の顔に行き、俺のトレイに行き、それからまた俺の顔へと戻る。


 ――笑顔だ。彼女は優しい笑顔を浮かべている。

 だが、そこにはほんのちょっと、気持ちの揺れが見てとれる。コミック的な感情表現エモートなら、ピピピピピと冷や汗の飛んでるやつ。


 いや、そりゃ気持ちはわかるけどね。

 バリエーション豊富なバーガーが売りの店に来て、この頼みかたは疑問だろう。おくびにも出さなかったけど、受付のお姉さんも同じ気分だったんじゃないかな。


「あのね、陸くん」


 やがて、何らかの意を決したらしい西城が口を開いた。


「なにさ」

「サラダはヘルシーですよね。でも、お芋だってお野菜だから、ぜんぜんヘルシーなんですよ?」

「油のドレスを纏ってんだが?」


 うん。

 今の一言だけで正体見たりではあるが、改めて。


 家柄・性格・能力に申し分なき正統派お嬢様、西城蓮……彼女は、一般にお嬢様という存在属性の対極に位置するといわれる存在であるジャンクフード、栄養バランス&カロリー度外視・味付け濃いめ油多め背徳感マシマシ系食品全般をこよなく愛する、異端のお嬢様感性の持ち主なのである。


 将来の目標(随時追加中)は『日本で本格イタリアンビーフが食べられるサンドイッチ・チェーンの開設』。


「素敵ですよね。ただでさえ美しい肌のおじゃがが、運命の舞踏会たる一皿のために着飾るなんて。私も、かくあらねばなりません。おじゃが精神、淑女に最も不可欠なるもの」


 むん、と気合いを入れるお嬢様。信じられるか、フライドポテトに対する敬意だぜこれ。

 ――しかし、申し訳ないな。その盛り上がりに、あんま共感できなくて。


 西城はここまで熱く語ってくれるけど、俺――ジャンクフードの類って、あんまり詳しくないんだよね。食った回数も、それこそしっかり数えて覚えてるくらいに。


「17番でお待ちのお客様、お待たせしました」


 おっと。西城の意気に呼応してか、注文が満を持して運ばれてきた。


「揚げたてフライドポテトのLが三点、こちら別添えの塩と、トッピングディップセットのサイズ増しです」


 圧巻。

 その一言に尽きる。

 カウンターはそこそこに広いものの、店員さんが持ってきたトレイ二つでスペースは消し飛んだ。


 トレイAには紙のケースに入ったフライドポテトのLが2個、トレイBには同じLポテが一個に加え、ねじられたナプキンの包みと手のひらサイズのカップがある。

 西城はおもむろにカップを掴み、封をペリリと剥がす。中は赤のケチャップ、乳白色のマヨネーズ、オレンジがかったチーズソースのエリアに区切られていた。


「――――はぁ」


 うっとりとした吐息が、北欧クォーターの艶めいた唇からこぼれだす。

 音楽教師をその演奏で号泣させたと噂のたおやかな指が、白と黒の鍵盤ではなくカップから突きだす幾本のポテトをなぞり、一本をつまみ上げる。


「見て、陸くん。素晴らしいです。揚げたてでなければ、この色艶はありません。ほんのひとときだけ、刻一刻と失われゆく、ああ、真の賞味時期……クルーのかた、よいお仕事をなされています――」


 今にも泣き出しそうなほどの感動を、西城は、引き抜かれたポテトにぶつけた。


「では。最初の一本は、そのまま、ありのまま、プレーンで」


 小気味良く、爽快な音がした。

 彼女の言葉を借りるなら、【真の賞味時期】にある揚げ物のみが発することのできる音。例えるなら、打ち上がった花火が弾ける一瞬、作られた意味、最高の役割が果たされた黄金色こがねいろのファンファーレ。


「ああ、だめです。これ、こんなの、止まりません」


 最初の一本で堰が切られれば、それからは早かった。西城の指は次々にポテトをつまみあげていく。


 すごいのは、その所作はあくまでも上品なところだ。

 根本のマナーがブレていないというか、がっついている感じがしないというか。ここまでして、彼女は依然お嬢様を保ったままである。反則だろ。


「ジャンクフードと聞けば、誰もが思い浮かべるハンバーガー。バンズとお肉と野菜とを一口でかぶりつく快感と魅力は間違いありませんが、その脇を支えてきたサイドメニューとて十分に、いえ、十分以上に顔なのです。ジャンク味溢れるテイストはクセになりますやみつきです時折無性に食べたくなってたまりません。O・Jバーガーのフライドポテトはディップソースにも力を入れており、ケチャップ&マヨネーズの二種のレギュラーディップとシーズン限定ディップを用いての味変は美味しく楽しく飽きが来ず、L3個くらいならペロリといけてしまうのです。いいですよね、バーがなしであえてポテトだけでストイックにお腹を大満足させてしまう、このいけない満足感」


 早口ながら聞き取りやすい解説も平行し、見る見るうちに減っていく、ポテト・ポテト・ポテト。

 眺めていた俺の喉も思わず鳴るほどの、それは見事でうまそうな食いっぷり。


「うふふふ」


 辛抱たまらなさそうな俺の様子を見たらしく、フライドポテトをつまみ上げた指を、西城はくるりと回す。


 果たして。

 その笑顔は、慈悲であったか、蠱惑であったか。


「陸くん、はい、あーん」

「…………あーん」


 抵抗しようという気力なら、本日、放課後の買い食いに誘われ、のこのこと店までついてきた時点で枯れている。

 夕焼けの赤に負けない黄金色の食感を、歯で、舌で、思うさま味わった。


「……っ」


 鮮烈な塩気に脳が喜ぶ。カリカリの表面に中のホクホクが組み合わさり、どちらかだけでは決して到達することのできない、油の、揚げ物の、オンリーワンな味わいが怒濤の勢いで攻めこんできた。


「……あー……」


 しかと味わった後、思わず漏らしてしまった吐息の意味を、西城は耳敏く、できた人間らしい気配りで察する。


 彼女はLサイズの紙コップを手に持つと……いや待て待て。

 フタが外れた紙コップには、ストローが2本ささっている。

 そういやさっき、レジのところで何か言ってましたっけね!


「どうぞ。せっかくのフライドポテト、烏龍茶じゃあ物足りませんよね」


 ……ポテトを食らわばコーラまで。

 いっそヤケな勢いでストローを咥えると、西城ももう片方のストローを咥え、それこそ、フライドポテトを両端から咥えあうくらいの距離で、青い瞳と目があった。


 ……ああ、ちくしょう。なんなんだこれ。

 こういう関係になった時から、やっぱり俺には、このお嬢様がわからない。


 そもそも、どうして俺みたいな無気力人間と西城みたいなのがつるんでいるのかと言われれば、そんなの俺だって首を傾げる。

 思い返せば三週間前、高校に入学して同じクラスになるまで特に接点もなかった相手に対して、こいつは放課後、なんかいきなり話しかけてきたのだ。


『陸くん。今日も一日がんばったので、お腹が空いてしまいましたね?』

『え……いや、温存してたんで、別に……?』


 混乱と困惑から、我ながらどうかと思う返答をしたものだ。

 そしたらまあ、例の若干困り冷や汗顔をさせてしまったので、慌てて『いやちょうど来ました、波が。アー小腹スイタナー』と訂正した結果、今のようなイベントが起こるフラグが立ったらしかった。


 大体週に一度のペースで、西城は放課後に声をかけてくる。導かれる先は、彼女好みのジャンクフードが出てくる店だ。店舗として構えたところにいくこともあれば、キッチンカーで買ったものをベンチでいただくこともあった。


 で、今回はこのバーガーチェーン。西城さんもお誘いの第一声から『季節は春。そう、新じゃがの時期ですねえ』と上品に、かつ欲望の油をじゅわじゅわ煮えたぎらせてコンタクトを取ってきたものだ。


「コーラでポテトを流し込む……お見事なお手前です。すっかり陸くんも、ジャンクフー道に入門しましたね」

「いや俺は別に……はい?」


 待って?

 今やたらトンチキな名称出ませんでした?


「ジャンクフー道。それは、世に溢れる魅惑のいけない食品たちを、①長く、②健やかに、③周囲と己にもとることなく、味わい楽しむための心得です。品性と礼節を旨に自らを律し、欲に溺れることなかれ、さすれば一度の摂食で、数度分に比する満足感を得られると調査結果も出ています」

「どこ調べの何ソースよそれ」

「【ジャンクフー道を嗜む令嬢の会】です。会誌は電子で月に二度、第一・第三金曜発行。全国津々浦々のおすすめ店情報、ジャンクフー道有段者様方のインタビュー記事もとてもよろしい読み応えなんですよ。いつか私も、誌面でとくと推しを語ってみたいなあ……」


 やめろやめろ第二第三のジャンクフード大好きお嬢様の存在を匂わせるな。こちとらまだまだ目の前の西城一人の存在も受け止めきれてないんだよ。


「……しっかし、ようやくいっこ納得したわ。ジャンクフー道、ねえ」

「あっ、陸くん興味あります? 資料、お送りしましょうか?」

「ないからいいから送らんで」


 謎が解けた、と思っただけだ。


 ――人は、食ったものから出来上がる。

 ジャンクフードなんて、カロリーも栄養価も偏ったもんの愛好家にしちゃ、西城の身体はきちんとしていた。


 肌はすべすべ、体型も良し、運動系部活の勧誘合戦は五月の今も続行中で、健康そのもの。

 そこにどういうカラクリがあったのか突き止めるのも、彼女の道楽に付き合う理由だったのだが――。


「なんのこたぁない。ちょっとくらいのマイナスが混じったくらいじゃびくともしないくらい、普段のプラスをきっちり積み重ねてただけか」

「ふふ。御存知ですか陸くん、この世にはチートデイというものがあるのですよ?」


 知ってるけどさあ。

 チートデイとは、ダイエットなんかの食事制限期間中に、ストレスの解消・基礎代謝の低下防止等の理由で『好きなものをお腹いっぱい食べていい日を設ける』やつだ。


「ごほうびが待っていると意識する。それが、日々の課題をこなしていくコツなのです。私もジャンクフー道を初める前と後では、生活の充実が段違いに変わりました。泥の中から咲く美しい花があるように、一見いけない行動を取っているおかげで、より健全な己でいることもできるんですよ」


 その言葉は事実なのだろう。

 声はまっすぐで、表情にも屈託がない。週一のお楽しみを自分で自分に作って与えて、さぞかし潤ったに違いない。大事だよな、気分転換とかストレス発散って――。


「――あ」


 あーあー、へえへえ、なるほど。

 そういうことか、やっとわかった。

 どうして西城が、お優しくて人のできたお嬢様が、俺なんかに声を掛けたのか。


「急いで息抜き自作しないといけなさそうなくらい、俺って、楽しくなさそうに見えたんだ?」


 そりゃあまあ、そう言われれば、否定なんてできないけど。

 だってそうでしょ。無理なんだもん。


 ――ガキのころからやってたバレーで、特待の推薦入学が決まってた高校にさ。

 事故って怪我して推薦どころか選手生命まで消えて、入試で普通科受け直して。

 今更急に、ずっとやってた生き甲斐やめて、まだ若いし、新しい好きなことしながら将来の夢決め直そうって言われても、ちっともわかりゃしないわけ。


 ジャンクフードなんかさ、三週間前まで、食ったことなかったんだよ。

 放課後に買い食い行ってる連中は、15年、ずっと見送る側だったよ。


「はい。お辛そうに、見えました」


 表情は、薄い微笑み。

 俺の素性を知ってるやつらがよくするような、他人事の同情や、腫れ物扱いのそれでなく。

 近づいて、手を取って、同じ目線で語る瞳。


「放課後、陸くんは部活に入っていないのに、ずっと教室にいましたね。遠くから聞こえる、運動部の皆さんの声を聞いて……あてどもなく教室の、黒板の上を見詰めて。まるで、ネットの向こうからやってくる、相手のサーブを待つみたいに」

「……よく見てんなあ。ヒトが見られたくなかったトコ」


 どの日のことかはよくわからない。

 何しろ、高校に入学してからはずっとそんな感じだったもんで。


「なに、ジャンクフード大好きなお嬢様は、ぶっ壊れて役立たずになった廃品ジャンクな奴もお好きなのか? やれやれ、俺もとんだ相手につまみあげられたな」


 軽口を叩いて笑いながら、俺は西城のポテトを無遠慮に取る。

 表面は塩気があってカリッとしていて、中は甘味があってホクホクしていて。


 俺の知らなかった味。人生に必要なかった味。

 今はこれが嫌いじゃない。

 特に、冷めちまったら食えたもんじゃなくなるところとか、共感できる。


 ――人は、食ったものから出来上がる。

 今まで食ってきた経験、身に取り込んできた生き甲斐が崩れた俺には――冷めたポテトは、まさしくお似合いの味なのかもしれない。


「はい。私は好きですよ、陸くんのこと」

「へえ。そりゃどうも。一応聞くけど、なんで? こんなどうしようもない、なんでもないやつ」

「放課後、こうやってつきあってくれてるじゃないですか」

「暇だからな。やることなくて」

「それだけじゃありません」


 話しながらまた、彼女がポテトを摘まむ。愛しそうに、嬉しそうに、口に運ぶ。


「この趣味、隠していないんですけど、お知りになられたかたにはがっかりされることもあるんです。本物の私よりも、ご自身で思い描かれた西城蓮のほうがお好きみたいで。でも、陸くんは言ってくれましたよね」


 ……三週間前を、思い出す。

 放課後、強引に連れ出された公園で、そうだ。円形の広間に何台もキッチンカーが停まってて。


 あの時は、特にオススメだって、でっかいクレープを奢られた。生地とクリームにチョコソースだけの、シンプルなやつだ。


 運動のための身体を守るんだ、間食なんかご法度だと、摂生に摂生を続けていて。

 いつしか自制している意識もなくなっていた食い物を、半ば自棄で、もう自分は廃品だからと卑下さえしながらかぶりついた、最初の一口の、あの味は――。


「『わるいことしてる気分があると、味って、こんなふうに変わるのか。なるほど、そりゃあお前も食いたいよな』って。口の回りをクリームで汚しながら、仏頂面だったのを、少しだけ笑って」

「…………」

「実を言いますと、あの瞬間から君にめろめろなんです。何度でもまた君の、いけない顔を見たいのです」


 西城が摘まんだポテトが、ケチャップとマヨネーズを経由して、俺の口に運ばれる。冷めはじめたポテトの、ややしんなりした食感にトッピングがよく似合う。


 新しいドレス。

 新しい味わい。

 最盛期の終わった後の、やりなおしのやりかたが、身に染みた。


「これからもぜひ、私と一緒にわるくておいしくてきもちのいいことしてくださいね、陸くん。これからの生きかた、青春をどんなふうに過ごすかは、元気になって、その気になれるようになってからゆっくりと考えればいいんです。それにですね、私、大好きですよ。冷めてしまったフライドポテトも。あれはあれで、できたてにはない味わいもあって――」

「……んん。ちょっと待った。西城、そこ、異議あり」

「え……?」

「友達と一緒に、放課後飯食って駄弁るとか。それはそれで全うな、これまで俺がやってこなかっただけの青春だと思ってるよ。……あれ。この時間が楽しかったのって、友達だと思ってるのって、俺だけじゃないよな……?」


 ぴたり、と。

 これまでなんだかんだ淀みなかった、西城の手が止まる。笑顔もふいに真顔になって、青い瞳がじっとこちらを見つめていて、それからにこりと微笑み直し、こんなことを言う。


「陸くん。もし本当に将来に夢が見つからなくてどうしようもなくて困り果ててしまったら、いつでも言ってくださいね。私、当家に貴方をお迎えする準備ならもう現段階で万端ですから」

「……サンキュ。考えとくわ」


 かくて提示される、(実行が)易くて(話が)速くて(騒動の)味が濃い未来への誘いをとりあえず保留して、口直しの烏龍茶を一口。


 ……うああ、やばいやばい。

 その、今にも取って食われそうな表情、ちょっとゾクゾクしちゃったよ、西城。

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ジャンクフー道お嬢様・フライドポテト編 殻半ひよこ @Racca

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