「彼を想って、夜を越え」

スマホが鳴って目が覚めた。妹ちゃんからだった。

ひどく慌てた様子で「お兄ちゃんが事故に遭った」と電話で教えてくれた。

6年ぶりぐらいに病院へ行くと彼はベッドの上で寝ていた。よくあるドラマのワンシーンのように、心電図の音と遠くを走る車の音しか聞こえない空間の中で、ただ一人、私たちのこころのうちを知らぬまま眠っていた。


久しぶりに二度寝してしまった。

時間も時間なので、近くのコンビニへお昼ご飯を買いにいった。

横断歩道を通った。

“信号機が何色で光っていたか、見ていなかった”

次の瞬間..............................


病院で目が覚めてから久しぶりに家に帰った。最早そこが本当に自分の住んでいた家なのかすらも怪しいのだが、

取り敢えず家に帰った。

例の女性から、アルバムを見せてもらったが、何も思い出すことはなかった。

悲しそうな顔をされた。

「こうして家に来ても、何も思い出せない......か」

自分の部屋のベッドに座り、そうひとりごちた。


お医者さんから、外出許可をもらったので、お兄ちゃんと一緒に家へ帰ってみた。

確証はなかったけど、なにかしら思い出してくれるかと思ったが何もなかった。

本当に、何もなかった。

だけど......

場所を教えられるでもなく、一人で自分の部屋へと行ったり、トイレへ行ったりしていたのだ。

お兄ちゃんは、本当に記憶がないのだろうか。

わたしにはまだわからない。


彼と出会ったのは、確か四年ほど前だったと思う。居酒屋のカウンター席で、やけになってお酒を呑んでいたときだ。意識も朦朧としているなかで、彼は隣に座り、水を差し出してきたのだ。第一印象は「なんだ、こいつ」だ。本当に不思議な人だった。

「父がここにいるはずなんですけど」と彼は言った。なんでも、いつもより父の帰りが遅いから心配して迎えに来ていたのだ。

探している父をほったらかして、私の方へ来たのだ。何とも言えない、不思議な気持ちになった。中学生のとき以来の気持ちだった。

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