第4話 解放。

 私の前に現れた男が私の傷を治す。

 そして、私に彼の上着をかけた。

 そして、私を抱き寄せると、頭を撫でる。


 心地いい。

 頭を撫でられたのなんていつ以来?

 もう二十年は経つかしら。

 お父様に撫でられて以来……。

 あの街では髪の毛は撫でられる物じゃなく、掴まれる物だった。


 目の前で弾けたゴブリンの顔。

 何が起こったのかはわからない。

 でも男の顔を見るとそれが霧散した。

 私は助かったのだ。

 その事を実感すると、周りが見えてきた。


 ------------------------


 彼女の目に光が戻り、彼女が落ち着いたようだ。

 ただ、どう声をかければいいかわからない。

 仕方ないので、

「んー、俺はマサヨシ」

 と声をかけてみた。


 ド〇えもんじゃあるまいし。

 俺も間抜けなファーストコンタクトだと思うよ。

 でも、なんて言ったらいいのかわからないだろ?

 仕方ないからコミュニケーションの基本……自己紹介だ。

 悟〇も言ってるし……

 それよりも、日本語が通じるか……。


 そんな事を考えながら彼女を見ていると、彼女は俺を見て、

「私はクリス、あなた何者?

 魔法使い? 僧侶?

 黒い目に黒髪なんて珍しい。だったら魔法使いかしら?」

 と逆に多くの質問をぶつけてきた。

 俺が何者か測りかねているようだ。

 ただ、俺としては言葉が通じることが嬉しかった。 


「『魔法使いか?』『僧侶か?』って問われても俺自身よくは分からないんだ。

 さっきの治癒魔法は君を治療しなきゃと思って念じたら使えただけでね。

 まあ、魔法が使えれば魔法使いというなら、俺は魔法使いなのかもしれないが……」


 魔法など数分前から使い始めたのだ、詳細など答えられるはずもない。


「ふーん、そう……」

 一応納得してくれたようだ。

 すると、

「あっ、お礼がまだだったわね。

 本当に助けてもらってありがとう。

 もうだめかと思った」

 クリスさんは大きく安堵のため息をつくと、澄んだ緑色の目で俺を見ながら言った。


「しかし、なんでゴブリンに襲われるようなことに?」

 俺は気になって聞いてみた。

「私はこの先の街、ドロアーテの商人に納められる予定だったの。

 理由はわからないんだけど、そこの彼はドロアーテに行くまでの時間を間違えたらしい」

 クリスさんは転がる男を見た。


 そこの彼?

 うえっ……内臓を盛大にぶち撒いて死んでいる男がいる。

 餌付きそうになる。

 再び吐きそうだ。


「遅れると罰があるみたいで『近道を使って間に合わせる』ってこの道を使ったら、この辺を根城にしていたゴブリンに見つかってあのザマよ。元々ゴブリンに襲われるからって使われていなかった道。護衛も無しで使うなんて自殺行為だったのよ!」

 クリスさんは、ゴブリンに襲われ内臓がはみ出て死んでいる彼のを、憎らし気に睨みながら言った。


 んー、恨んでるねぇ……。

 結構酷いことをされたのかね?


「私は奴隷でね。

 今は彼が所有者だから、彼から離れてしまうと体が痺れて動けなくなる制約を付けられている。

 死体を一緒に動かすというなら別なんだろうけど……そのせいで、ここから動けない。

 他人への攻撃も、魔法の使用もできなくされてるから、戦うこともできない。

 助けてもらってなんだけど、要するに私は役立たず」

 クリスさんは悔しそうな顔をして諦めの色を浮かべていた。

 すでに馬も死んでおり、馬車が使えない今、死体ごと動かせるような移動手段もない。

 

 死体を背負う気も無いしなぁ……。

 若いならともかく衰えた俺にその筋力があるかどうか……。


 俺は腕を組んで考える。

「他にどうにかする方法は無いのか?

 こんな俺でも君を解放できたらと思うんだ」

 そんな俺の言葉が意外だったのか、

「私を助ける? あなたが?」

 きょとんとするクリスさん。

「できればだけど……」

 自信がない俺は言葉が尻すぼみになってしまった。


 そんな俺を見て「ふぅ」っとため息をついて苦笑いすると、クリスさんは話し始めた。

「奴隷は一度奴隷になると奴隷から解放されることは無い。

 この忌々しい隷属の紋章は一度つけられると二度と外すことができないと言われている」

 苦い顔をしながらクリスさんは続ける。

「私は魔法書士によってこの隷属の紋章をつけられた。

 契約上そこに転がっている彼の持ち物なの。

 そして、奴隷の制約で私は縛られてしまっている」

 そう言ってクリスさんは目を伏せ言葉を終えた。


 しかし、しばらくして、

「ただ……。もしもだけれど……」

 期待ともあきらめとも見えるような顔をしたクリスさんが、

「隷属の紋章を強引に上書きできれば、所有者が変わる。

 制約を変えれば、私は自由に動ける」

 と言って俺を見る。

 この方法がクリスさんの一縷の望みなのだろう。


 ふむ、紋章の上書きね……。


「もし、俺が上書きできればどうなるんだ?」

「所有者が変わり、私はあなたの奴隷になるわ。

 私はあなたの物」

 クリスさんが言う。

 そして暗い顔になると、

「ただ……現実には無理。

 元々魔力が高い魔法書士が書いた紋章を強引に上書きするには、この紋章を書いた魔法書士よりも更に数段大きな魔力が必要なの。

 そんな魔力を持つ者を私は聞いたことが無い。

 普通の人間より魔力があると言われているエルフの私でさえ無理だったのだから、あなたにも無理だと思う」

 悔しいのか、手が白くなるぐらい固く握り涙を浮かべていた。


「とにかく大きな魔力を流せばいいんだな。

 だったら試しに俺に紋章の上書きをさせてもらいたいんだ」

 すると、クリスさんが貫頭衣(と言っていた)をめくり左肩を出す。

 そこには五百円玉ぐらいの大きさの黒い紋章があった。


 こちらの世界に来てから、体が軽い。

 間違いなく何かが変わっている。

 実際魔法も使えた。

 もしも俺がこの世界に来て魔力を持つ存在となったのなら、俺はどのくらい魔力があるのだろう……。


 そんな事を考えると、俺は紋章の上書きをやってみたくなっていた。

「まっ、無理だとおもうけど」

 力なくクリスさんは言う。

 その後、

「でも、どうせこのままだと動けないまま死んでしまうだけだし……やってみるだけやってみてよ」

 と「失敗しても気にしないから……」とでもいうふうに目を逸らす。

 それでも、小さいながらも何かしらの期待はしているようだった。


「やってみて、やっぱり無理だったら申し訳ない」

 自身の無さに事前に俺は頭を下げると、

「言ったでしょ! 期待はしていないって」

 少し怒ったようにクリスさんが言い、目を合わさないようにそっぽを向いた。

 

 期待していなくても、本当は「隷属の紋章から解放されたい!」と希望を持っているくせに!

 でないと俺みたいな初めて会ったような奴に解放の方法を言わないだろう?


 そんな事を思いながら俺は軽く屈伸や伸びで体をほぐした。


 まあ、ストレッチが魔力には関係ないだろうがね……。


「では……」

 俺はクリスさんに近寄ると、紋章に手を当てて少しずつ魔力を流す……。というか、この世界に来て魔法を使ったことで俺が魔力と思っている物を流し込む。

 何かが魔力の流れを邪魔していたが、なんだかイラっとして、それをぶち壊すように大量の魔力を流した。

 すると、紋章が輝き、どういう理由か紋章の一部が赤く変わりはじめ、しばらくすると全てが真っ赤になった。

 紋章から抵抗がなくなる。


 あれ?


「紋章の色が変わったけど上書きってこれでいいのかね?」

 俺はクリスさんにそう尋ねたが、クリスさんは口を開け固まっている。

「おい、大丈夫か?」

 と俺は声を大きくして再び聞くと、数瞬の後クリスさんが復旧し、

「えっ、ホントに?

 私が無理だったのに、こんな人が?」

 クリスさんが言葉を失った。


 こんな人はないだろうに……。

 そりゃメタボだから、外見からは期待できないだろうがね。

 まさか、メタボが魔法に関係するのかね?

 

 クリスさんが、

「これであなたの物に変わったはず」

 と言って興奮していた。

「クリスさんのすべての制約を解除」

 俺が呟くと、クリスさんの体が輝く。

 そのあと、クリスさんはいきなり走り出すと結構遠くまで行き、そして全力で戻ってくる。

「本当に制約がない!

 ありがとう!」

 そのままクリスさんがダイブして抱き付いてきた。

 大きく柔らかなものが俺の腕に当たる。

 

 おぉ……ノーブラだぁ……。


 久々の生乳(なまちち)堪能してしまった。


 俺は生乳(なまちち)を結構気にはしていたが、さも気にしないふうに、

「頑張ったつもりは無いんだけど……でも、意外と簡単だったよ。

 それじゃ俺の奴隷でお願いします」

 俺は頭を下げ、

「あっああ、よろしく」

 テンションが戻ったクリスさんが笑いながら返事をした。


 ああ、そうだ。

 言わなきゃいけない。


 ふと考える。

「えーっと、ちょっと聞いて。

 クリスさんは奴隷っぽくしなくていい。

 危ない所で戦ってもらったり、俺の性欲の世話をしてもらったり、そんなことをしてほしいわけじゃないから。

 見た感じ家事はできなさそうだし……。

 つまり、隷属の紋章があるからといって俺の奴隷にならないでください」

 俺はぺこりと頭を下げた。


 これが俺のスタンス。

 正直、奴隷などないところ来たのだから、俺が奴隷なんて扱えるはずはないのだ。

 それに、逆に尻に敷かれていた方なのに、女性に命令なんてできません。

 たまたま出会ってこう言うことになったが、別に奴隷が欲しかったわけじゃない。

 縛ったり羞恥プレイがしたい訳ではないのだ。

 ただ助けたかっただけ……。

 そう思って出た言葉……のはず。


「家事が出来なさそうだし……は余計よ!

 まあ、できないけど」

 と突っ込まれた後、

「でも、初めて聞いたわ、『奴隷になるな』って。

 わかった、あなたの奴隷にならない。

 いつもの自分で居ることを心掛けるわ。

 旦那様なんて呼ばないわよ?

 マサヨシでいい? 

 逆にあなたはクリスって呼んで」

 クリスが嬉しそうに笑った。

 そんなクリスを見て「エルフが笑うと綺麗なんだな……」と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る