第3話 襲われる者とそれを襲う者を狙う者。

 さて、こういう転移物だと最初に神が現れてチートな能力やスキルを渡してくれるのだが、俺の場合はそうじゃないようだ。

 いつまでたっても誰も来やしない。

 まあ、ラノベによっては、スキルや能力を自分で気付くパターンもあった。


 いやー、今の状況じゃ何とも言えなぞ……と。

 とりあえず誰でもいいから居ないかね?

 このままじゃどんなフラグを回収すればいいのかがわからない。


 すると、

「ヒヒヒーン」

 馬の嘶きが聞こえる。

 周囲を見回すと遠くで荷馬車が襲われているのが見えた。

 いきなりのイベント。

 三百メートル先ぐらいだろう。

「助けないと!」

 とは思うが、正直近寄るのは怖い。


 そういや、俺が見たラノベの中じゃ、大体『魔法はイメージ』って聞いたことがある。

 大体そんな感じ……だよな。

 初老のおっさんに使えるのかね?


 まずは右目にスコープをイメージすると一気に風景が近づく。

 

 おぉ、目の前にあるようによく見える。

 やはり魔法はイメージで問題なかったようだ。

 視界に十字線?

 そこに当たるのか?

 こうなれば、割り切って調子に乗るしかない。


 スコープの魔法で状況を確認してみた。


 ゴブリンは……八匹?

 アーチャーって奴か?

 木の上に弓を持つゴブリンも居る。

 それを入れて十一匹。

 対する荷馬車側は既に一人倒れていた。

 馬は倒れて怪我をしたのか暴れている。

 荷馬車の上の檻を守るものは居ない。

 

 その檻の中に何かが見えた。

 

 エルフ! 


 思わず目を見張る。


 切れ長の目、長い耳、真っ白な肌。髪は編んであるが、それでも腰近くまである。

 エルフの女性はみすぼらしい服を着ている。

 しかし、ファンタジーの挿絵のような煌びやかな意匠の服を着ていなくても、実物は想像以上に美しい。

 エルフに見とれてしまった一瞬で、ゴブリンたちは檻の中からエルフの女性を引きずり出していた。

 一人なんて我慢ができないのか、早々にズボンを脱ぐのが見える。


 まずはズボン脱ごうとしている奴を狙うことにする。

 見様見真似だがイメージとしてはドラグノフ?

 ライフルを構えるように立ち、呼吸を整えるとゴブリンの頭を狙って撃った。

 理由はわからないが、やったことが無くても何となく当たる自信があった。

「ひゅっ!」

 構えた何かの先から反動もなく何かが出ると、一瞬の後にゴブリンの頭が吹き飛ぶ。

 そして、エルフの顔に青い何かが付いた。


 弾道曲線なんてのは関係ないようだ。

 魔法だからか重力関係なしに直線に飛ぶってことなのだろうか。


 しかし、「魔法はイメージ」が正解で良かったぁ。

「丘の上でライフルを撃つふりをするただのオッサン」なんて恥ずかしいだけだ。

 まあ、誰も見ていないだろうがね……。


 ホッと胸をなでおろす俺。

 それでも、俺は最初のゴブリンに当たったことで更に調子に乗り、次々とゴブリンを狙った。

 何も考えず、確実に一匹ずつ倒していく。

 何だかゲームのようだった。

 非現実に対してゲームということに置き換えて、生き物を殺すことから現実逃避していただけなのかもしれない。


 ゴブリンたちはキョロキョロと周囲を見るが、距離のせいで俺の姿は確認できなかったのだろう。

 残り三匹になったところでゴブリン達は逃げ出した。

 見えないところからの攻撃の恐怖が性欲に勝ったらしい。

 命あっての物種?

 スコープの魔法で周囲を見回し、特に何も居ないのを確認すると彼女の確認に向かった。


「おーい! 大丈夫か?」

 一声かけて俺は荷馬車のほうへ駆け足で近寄る。


 ん?

 体のキレがいつもと違う。

 走り出しが軽快だ。

「よっこらせ」の言葉が出ない。

 前よりも断然素早い動きができる。

 まさにメタボスプリンター! 

 違和感があったが、それは置いて彼女を目指した。


 彼女の周りには頭がなくなったゴブリン。

 自身が初めて殺した動物。

 死体を見て初めて実感すると、思わず胃の物を吐いてしまった。

 胃液の独特の酸味が、口の中に広がる。


 ボーっとしているエルフを見ると、自分がしなければならない事を思い出した。

 ヨロヨロとエルフに向かい、エルフの様子を見る。

 引きずり降ろされた時についたのか、彼女の体には小さな擦り傷ができていた。

 そこからは血が流れている。

 その血がエルフの白い肌を赤く染め、更にはゴブリンの肉片やら脳漿やらが服についてまだらになっていた。


 男の性(さが)なのか、オッサンとはいえ、エルフを観察してしまう。


 俺よりも小さいな。

 身長は170cmぐらい?

 小説とかだと、エルフって細いイメージだけどなぁ。

 結構肉付きいい?

 胸も脳内情報のツルペタ仕様とは違い、結構なものをお持ちだ。

 

 夢中になってジロジロと見ていたと思う。

 そんな観察の途中で我に返る俺。


 いかん! いかん!

 まずは治療。


「ちょっとみせてくれる?」

 力なく焦点の合わない目でどこかを見て、震えている彼女。

 彼女の呼吸は落ち着いているが、ゴブリンの血の事だけではなく顔は真っ青。


 襲われる寸前だったんだから仕方ないか……。


 ゴブリンを殺した俺が次の襲撃者になると思っているのかもしれない。

 そんな彼女から許可の言葉は無かったが、俺は勝手にエルフの女性の体を診た。

 素人目になるが小さな擦り傷からの出血と、打撲による内出血以外は問題ないようだ。


「じゃあ、治癒魔法をかけるぞ」

 俺は声をかけると、「魔法はイメージ」に従い彼女の体全体に魔法をかける。

「細胞を活性化して治れ!」ってな感じでやってみると、出鱈目かもしれないが、それでもエルフの傷は無くなった。


 魔法すげえな……。


「もう大丈夫。ゴブリンは片付いたよ」

 俺は出来るだけ優しく声をかけ、上着を着せた。

 ボーっとして佇む彼女の体を恐る恐る俺の方へ引き寄せると、彼女を横抱きにして頭を撫でた。


 若干不審者気味だが、今の俺には正直これぐらいしかできない。

 彼女は不意に俺の方を向くと俺を見るのだった。

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