第2話 俺、転移しました。

 俺の名前はマサヨシ四十五歳。

 今は独身。

 分譲マンションに住み、それなりの会社でそれなりの仕事をし、それなりの給料をもらっていた。

 背は……それなり?

 一メートル八十三センチ……昔は背が高いと言われていたが、普通に百八十センチ台の若者が増え、ただのメタボな百五キロになっている。

 結婚はしたぞ……子供は居なかったけどな。

 離婚したわけじゃないぞ……死別したんだ。

 老眼が進み、小さな文字はちょっと離さないと見えない。

 体も若いころのように素早く動くことができなくなっていた。

 ちょっとした段差に躓くなんて日常茶飯事だ。

 加齢を感じる。


 こんな俺が妻に出会ったのは今より少し前、三十九歳の時だった。

 その頃には「一生一人かな?」と半分思っており「借家よりはいいかね」と思った2LDKの中古マンションに住んでいた。

 ある日、冬の寒い日。

 雨でずぶぬれになった女性が玄関前の階段に座っていた。

 名はミハル。

 俺の妻になった女性の名だ。


 不審者に思われないか?


 とは思ったが、

「何があったかは知らないが、今のままじゃ風邪をひく。

 帰る金がないのなら出すし、話を聞いて欲しいなら俺の部屋に来ればいい。

 聞いてやる。

 ジャージぐらいしかないとはいえ着替えも出すし、暖かいものぐらいは食わせるぞ」

 と俺が言うと、美晴は俺を見上げ、部屋に来ると言った。

 それが初めての出会いだった。

 当時の妻は二十七歳、一回り差。


 美春が風呂に入りジャージに着替える間に湯を沸かし、インスタントのワカメスープを出した。

 ただ、そんなインスタントのスープを啜ると、妻は苦笑いしながら

「あっ、暖かくておいしい」

と言った。

 俺は真面目に事情を聞く気はなかったが、美晴は誰かに話を聞いて欲しかったようだ。

 泣いていた理由や自分の意見を言いたいだけ言うと、涙を拭いて笑った。

 俺はタバコを吸いながら、その話を聞いていた。


 最初は、貸したジャージを返すために、マンションの前で待っていた美春。

 そのうち美春は当たり前のように俺の部屋に来るようになり、いろいろなところへ出かけ、そして体を通わすようになる。


 向こうの親に挨拶に行った時は歳の差に呆れられたものだ。

 それでも許しを貰い、結婚することになった。

 結婚して帰ると誰かが居る生活は楽しかった。

 充実していた。

 俺は美春の尻に敷かれていたと思う。

 でもそれが嫌なわけじゃなかった。

 まあ元々俺自身がしっかりしてなかったっていうのもある。

「今日も頑張ってね!」と送り出されるのが嬉しかった。

「タバコは健康のためにやめてね!」と言われて会社でしか吸わなくなり、匂いをつけて帰れば、苦笑いしていたのを思い出す。


 でもその生活が無くなる……。美春が病気になったのだ。


 あっという間だったよ……何もできずに亡くなり、俺は一人になった。

 名前がそうだからって、さっさと逝っちまいやがって……。


 もっと早く気づけたんじゃないか?

 もっと一緒に居てやれたんじゃないか?

 

 その後悔が三年続いた。

 後悔しながらも何もせずに居られる生活を続けられるはずもなく、仕方なくゴミ屋敷のようになった部屋の掃除を始め、掃除、洗濯、料理までを出来るようになっていた。


 妻が居る時は任せっぱなしだったんだけどな……。


 ある日、仕事への出勤途中、交差点を左折してくるトラックの前を歩く子供を見つけた。

 運転手の視線は子供を見ておらず、誰が見ても轢かれるタイミングだ。

 気づいたときには勝手に体が動き、子供を突き飛ばしていた。


 結果、俺が轢かれたようだ。

 不思議と骨が折れたり肉が千切れるような音やそれに伴う痛みは感じなかった。


 まあ俺みたいな人生半分終わっている奴よりも人生はじめの子供が生き残るほうがいい。


 そんな事を考える間に、倒れて動けない俺の目の前に血だまりが広がるのが見えた。

 目を動かせば、子供が泣いている姿。

 怪我は無さそう……良かった。

 そして俺の周りが真っ黒になった。


 気付くとチューブスライダーのような中を進むような感覚。

 遠くに光るものが見える。

 その光がどんどん大きく広がり、眩しさに目を細め、耐えられなくなって目を覆う。

 そうして気が付くと俺は小高い丘の上に立っているのだった。



 青々とした空に雲が広がる。

 トラックに轢かれた体は元に戻り、痛みさえない。

 気持ちいい風が吹き、丘から見下ろせば何も無い大自然が広がっていた。

「んっ、あー」

 俺は伸びをする。

 そして、現実に戻ると、今の状況を感じてふと出た、

「違和感が半端ないな」

 という言葉。


 黒のスーツにネクタイ、ワイシャツを着て革靴を履いたおっさんが、カバンを持って丘の上にっている。

 孤独だからと美味い飯を食べに行ったか、仕事が嫌になって逃げてきた姿にしか見えない。

 しかし、空を見上げると「ギーエ」と言って、見たこともない巨大な鳥が空を舞う姿で、自分が生きていた場所と違うことが認識できた。


 時計を見ると十二時丁度。時計は例の、象が踏んでも壊れなさそうなGのチタンの奴だ。電波ソーラーな時計だから電池交換が無くて済むのが利点である。


 こっちじゃ、電波は意味無いか……。

 それでもタイマー代わりには使えるだろ……。

 使いきれていないスマホは、トラックとの接触時にポケットから放り出されたのか、どこにもなかった。

 

 あり得ない事に神経がマヒしているのか、俺は驚くでもなく俺は淡々と分析を続ける。


 ネットが当たり前になり、色々な人がその中に小説を書いている。

 暇つぶしにそういう小説……特にラノベ的なものをスマホを使って読んでいた俺には、異世界転移というのは身近だった。

 おじさんも昔は〇ードス島とか、風の大〇とか、当時のファンタジー系の小説を読んでいたわけで。

 まさか自分が異世界転移するとは思わなかったよ。

 自分が転移したことを認め、俺は丘の上で自嘲気味に笑うのだった。

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