第4話 帰路
2021年、7月31日。土曜日。
世間はコロナの脅威と猛暑に疲弊しつつも一年遅れで開催された東京オリンピックで賑わいを見せている。
「暑いねぇ~、もうちょっと頑張ってねぇ~。もうすぐ着きますからねぇ~」
普段ならゆっくりめな私の足で10分かかる実家への道はその10分でやっと半分の行程に差し掛かった所だった。
私が生まれるよりずっと前からある商店街をまっすぐ突っ切ればもう間もなく目的地。
今はその商店街の入り口から4割くらい進んだ辺りを移動している。
去年まではアーケードがあって雨に濡れる事なく買い物ができた商店街は今ではその屋根が取り払われてしまっているので真夏の直射日光が容赦なく全身を焦がしにかかってくる。
私ですらこんなに暑いんだし早く実家にたどり着かないと。
亮ちゃんが熱中症にでもかかってしまったら大変だもん。
「おや、沢木さんとこの末っ子ちゃんじゃないか。どうしたんだいその脚。折ったんかい?」
実家でお世話になっている酒屋さんの奥さんが声をかけてきた。
「え、あ、はい。息子を庇って階段を踏み外しちゃって……」
「まぁまぁ。偉いねぇ。しっかり母親してるねぇ。あんな小さかった子が今じゃ立派な大人になって……おばちゃん嬉しいわぁ。ほら、ウチ息子ばっかりの男所帯だからさぁ……アンタみたいな娘育てたかったよォ」
「あ、あはは……ありがとござます」
「結婚してさらに綺麗になったんじゃない? 旦那様も素敵だもんねぇ、スラっとしててさぁ」
「はい、そうですね……」
周囲への当たりが良い啓介さんの周囲のイメージはこれ。
明るく気さくで誰に対しても丁寧に接するので、私以上に私の血縁者からの信頼も勝ち得ているんだ。
「あぁごめんごめん。あ、そうだちょっと待ってな」
いったん店の奥へと姿を消した奥さんがすぐに戻ってくると、その手には冷却ジェルが二つ。
「良かったらこれ使って。この猛暑とその脚じゃ移動も大変でしょう。しっかり対策しな。赤ちゃんのためにも。ね?」
「いいんですかぁ……?」
赤ら顔になってきた亮ちゃんの事を考えたら途中の喫茶店にでも入って一休みしようと思っていたところだけどこれがあればもう10分くらいなら歩けそう。
「いいよいいよ。赤ちゃんもう顔が赤くなってるし。あ、手が塞がってるねぇ。じゃああたしが張ってあげようかね」
「すみません……」
「いいのいいの。こういうのはお互い様でしょ。また買いに来てよ。うちの旦那、アンタのファンみたいだしねぇ」
あっはっはっは、と軽快な笑い声をあげながら亮ちゃんのおでこと私のおでこに冷却ジェルをそっと貼ってくれる奥さん。
「ありがとござます」
「ん、実家でしょう? 行先。あと少しだから頑張りな」
「はい、では……」
「しっかりね!」
一礼をして、再びひょこひょこと実家に向かって商店街の一本道を歩き出す。
いい人だったなぁ、相変わらず。
昔からの顔なじみってだけじゃなくてきっと一見さんにだってああいう感じで接するんだろうなぁ。
小さい頃から酒屋の奥さんはじめ、商店街の人達には良くしてもらったっけなぁ。
ずっと大好きな商店街。
亮ちゃんももう少し大きくなったら駄菓子屋さんとかおもちゃ屋さんで遊ぶんだろうなぁ。
その光景を一番目にするのが自分ではなくここで商いをしている人たちというのはちょっと悔しいというか、負けた感じもするけど。
「もうちょっとだからねぇ~。早くじぃじとばぁばの所に行こうねぇ~」
私はともかく、冷却ジェルを張ってもらったとはいえ早めにたどり着かないと。
「あれ~? 美兎?」
数メートル前方からよく知った声が私を呼んだ。
「あ、
「どーしたの? こんなところでそんな重装備で。骨折したのは聞いてたけど」
両手いっぱいに買い物袋を抱えた実の姉、彩奈が不思議そうな顔をして私を見ていた。
「あ、今からそっちに行こうかと……」
「ええ? そんな話聞いてないけど……。まぁいいわ。ちょっとそれ貸しなさい。持ったげる」
「え? でも悪いし……」
「あんたねぇ、こんな炎天下の中初孫に何かあったら父さんと母さんがうるさいよ? いいから貸して。ほら、亮ちゃんも」
「うん……」
15歳上の兄、
「先行くよ。美兎は後からゆっくりおいで」
抱っこ紐ごと亮ちゃんを預けると、彩姉はカートまで奪ってすたすたと実家へのルートを歩き出した。
「うん、ありがとです」
「何言ってるの、別に美兎のためじゃないからさ」
ありがとです、と心の中でもう一度お礼を言って私は再びひょこひょことカメの歩みで実家に向かって移動を始める。
亮ちゃん、彩姉。
亮ちゃんのお母さんは私なのに、面倒を他の人に見させちゃってごめんなさい。
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