第三百二十八話 忿怒のトリシューラ④
◆
〈
〈骸龍器〉の変身時間は、百八十分だ。
短くはない。むしろ、亜神級上位産の天啓としては破格の数値だ。
だがしかし、基本的に《時間加速》を使う事が戦術の基盤となっている今の俺のバトルスタイルにおいて、この縛りは決定的に喰い合わせが悪い。
今の時間加速の最大値は、百二十倍。
ここに『帝釈天』戦で強化されたソフィさんの《五倍化の祝福》を掛け合わせて六百倍。
相手が一秒分動く間に、俺は六百秒分働けるってのはこの上なく明快なアドバンテージだが、一秒が
たった十八秒。たった十八秒だ。
そう。
俺の全力は、十八秒しか持たないのだ。
しかも貴重な復活スキルを持ち、困った時の
ゲームでは、貴重な《
十八秒。たった十八秒である。
全てを賭ける局面であればいざ知らず、蘇生機能を持ち合わせた〈骸龍器〉を序盤の段階で切る事は俺の心理特性上、まずあり得ない。
しかも相手は、あの『伊舎那天』だぜ?
個人型の法則持ちで、“禁域”『降東』の最後にして最強の中ボス。
武神特有の超再生能力を持っているこの難敵を相手に、命綱の〈骸龍器〉をいきなり切るなんて今までの俺なら絶対にしなかった。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「…………」
炸裂する赫骸龍の連打。
破壊神の理と、天敵粒子を纏ったその両の手は、まるで燃える焔のように煌々とした赤光を放ちながら、青緑色の異神格の肉体を叩き潰す。
奴の動きは、相変わらず見えない。
自身への“視認性”を破壊した伊舎那天の身体は、気づいた時には別の位置に移動していて、千にも及ぶ絢爛たる槍の御技が、四方八方のべつ幕なしに俺を襲い続ける。
「
しかし、それでも俺は拳を撃ちこむ。
時間認識の限界を破壊した今の俺達にとって、一秒の攻防は余りにも長く、そして濃密だ。
伊舎那天が千の武術を叩き込む間に、俺はニ千の拳をブチ込んでいる。
雷速の世界の住人にとって、九秒なんて久遠の彼方だ。
だから、問題などなかった。
十八秒で決め切れるという自信と覚悟があるのなら、〈骸龍器〉の使用は、なんのリスクも存在しない。
……まぁ、とはいえ。
「(大した奴だよ、全く)」
敵もまた、正真正銘の化け物。
三十九の《遅延術式》を喰らい、今も俺の拳に展開した《遅延術式》のおかわりを喰らい続けながらもなお、引き下がらない伊舎那天。
流石はシヴァ神の異神格。破壊と超越を司る三番目の羅神の最高傑作を源流に持つだけの事はある。
覚醒。覚醒。無限に覚醒。
伊舎那天が今もまともに動けている理由は、詰まるところ自分の限界を越え続けているからだ。
十番目由来の極め切った武技と、三番目由来の無限覚醒地獄。
まるでどっかの誰かさんを相手にしている時のような理不尽さを感じるね。
このタイプは言うまでもなく、俺の天敵だ。
というか、誰だって苦手だろう。
常に覚醒し続けながら、神域の武術を容赦なく振るい続ける。
速く、鋭く、強靭でありながら、しなやかに。
遥の扱う剣術奥義のような華やかさこそないものの、その卓越した槍捌きは暗闇の荒野に差し込む雷のように勁烈だった。
更に言えば、こいつは武神でありながら破壊神でもある。
三又の槍に施された破壊の理は、触れたものを分解し、容易く灰に変えてしまう。
そう、この戦場が灰に塗れているのは、奴が世界を破壊しつくしていたからに他ならない。
広域殲滅にして一撃必殺。
俺の身体が
だが、それでも――――
「遅えっ!」
遅かった。その覚醒速度ではてんで遅い。
《遅延術式》を纏った拳でぶん殴りながら、同時並行で【
放たれる
彼等にとっての外来天敵と混ざり合って赤く染まった時間と破壊の螺旋光は、徐々に、しかし確実に2pカラー野郎の時間を奪っていく。
体内に二つの人格が存在しているからこそ実現可能な
俺が〈骸龍器〉でぶん殴る事に専念している傍らで、オレが【
時の女神の術式は絶対だ。
当たった時点で必ず効力を発揮する。
防御は無意味。
そして、回避を決めるには今の伊舎那天は、あまりにも遅すぎる。
無限に続くと思われた多段攻撃の
『
一日に使用できる門の開閉権利は、一次元につき、一つまで。
つまり、十三×十三の計百六十九発が、【
一応、回帰能力を持つ【再誕する新世界秩序】と組み合わせる事で弾数を実質二倍に増やすという裏技があるにはあるのだが、一度しか使えない【再誕】を手札一枚の
永遠に続くと思われていた〈骸龍器〉と【
好機を見出した伊舎那天の第三の眼が額に輝き、彼の持つ亜神級最上位としての法則が開きかけた瞬間、
「隙だらけだぜ、馬鹿野郎が」
千点瞬滅。
付着した天敵粒子を媒介として【四次元防御】の殺意が牙を剥く。
発動。停止。解除。発動。停止。解除。
時が停まり、再び動き出したその刹那に《遅延術式》と破壊の理を帯びた赫骸龍の拳を叩き込む。
そうして、
「…………!」
そうして生まれた未知の衝撃を前に、2Pカラー野郎の第三の眼が再び閉じる。
ざまぁみろだぜ、クソ野郎。お前の法則のタネはとっくの昔に割れてんだよチクショウめ。
そしてここまでの工程が“お膳立て”だ。
伊舎那天の
時が停まれば、全ての
緑色の暴風が止み、代わりに赤い嵐が灰色の戦場を席巻する。
覚醒したければ、覚醒すればいい。
単純な足し算と引き算の話さ。
時間が停まり、あらゆる事象が鈍化して、赤い嵐が龍のアギトとなって無数無限に術式を増やすなか、どれだけお前は強くなれる?
俺は殴る。
オレは撃つ。
おれは嵐を振り撒いた。
時間停止によるフィードバックダメージは確実に2pカラー野郎の身体を蝕んでいき、解除後の隙をついて叩き込まれる赫骸龍の乱打は、下限なしのデバフ地獄に敵を誘う。
空と大地には、テュポ吉の創り上げた天敵粒子製の巨龍達がひしめいていた。
四つ足有翼のドラゴン達の口腔から放たれるブレスは、凝縮された天敵粒子を熱エネルギーに昇華させたもの。
熱に侵される灰の戦場。
時間停止により動きを停められた伊舎那天を龍炎の大海嘯が八方から襲う。
伊舎那天が司りし法則『
言うまでもなく強力無比であり、プレイヤーの心を折る為に設計されたようなインチキスキルではあるが、この能力には三つの欠点がある。
第一に『
第二にカウンターの反射能力には限度があり、基本的に真神級以上の術式に対しては機能しないという事。
そして第三に、
「分身の触媒は、この“特殊な灰”を使わなければならない。……そうだろ?」
ゲーム時代は、単体ボスである伊舎那天に対して、十二回全体攻撃を当てる事でようやく現れる「灰が晴れた」という特殊テキスト。
RPGもののお約束として、「全体攻撃よりも単体攻撃の方が威力が高めに設定されている」ってのがあるのだが、『ダンマギ』における伊舎那天戦は、こういうプレイヤーの思い込みを利用して「単体ボスに対して、頻繁に全体攻撃を使わなければ勝てない」というクソギミックを用意していた。
全ステータスが恐ろしく高く、強力な自己再生能力持ちな上、
破壊神の理は、同じく破壊神の理で相殺し、
無限覚醒は、覚醒を上回る速度で弱体化をかけ、
無限分身は、ギミックの要となる特殊な灰を無効化する事で発動を防ぎ、
完全反射は、そもそも第三の眼を開かせない事で発動を封じる。
「さぁ、次の手札を切れよ伊舎那天」
再び始まる【千点瞬滅】と《遅延術式》殴りの停止遅延コンボ。
戦場を包む景色は、灰から赤へと様相を変え、どこにいこうと何をしようと天敵粒子が作動する。
「お前の繰り出すカードの
三つの人格をフル活用した
「俺がその槍の新しい主になってやんよぉ!」
破壊神の理という新たなカード。
そして、
「ヒャッハー!」
そしてここで伊舎那天との単騎決戦というイベントを乗り越えて、俺達は更に上の次元へと進む。
〈
俺達のタイマンは、更に激しさを増す。
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