第三百二十七話 忿怒のトリシューラ③





◆清水凶一郎というボスキャラの異常性について



 無印をプレイした経験のある者ならば誰もがクソ雑魚認定するであろう中ボス、清水凶一郎。

 チュートリアルに出てきてイキリ散らかした挙げ句、とんでもないクソ雑魚ム―ブをかまして最終的には、怪物に喰われておっぬというまさに倒される為に生まれた当て馬キャラ。

 それがゲームにおける清水凶一郎という男の全てであり、それ以上でもそれ以下でもない。


 ……あぁ、誰もがそう思っていただろう。かくいう俺でだって凶一郎はクソ雑魚だと決めつけていた。

 だって現に奴は、百回やったら百回負けるようなそんな性能のボスだったのだから。


 手持ちの精霊は下級精霊二体のみ。

 相手を眠らせる精霊と、相手の能力を一時的に下げる精霊だ。


 そいつを①眠らせる②能力低下デバフという順番で使用し、最後にクソ雑魚パンチで単体ダメージという驚異の「3ターンに1回攻撃」という体たらく。


 一応シナリオ上は、アーサーがこの「3ターンに1回攻撃」コンボを喰らい、ピンチっぽい演出が流れた後に颯爽と花音さんが登場して凶一郎をボコすわけなのだが、こんなものピンチでも何でもない。

 何せこっちには無印最強の回復役である“癒しの聖女”クリス・シャネルがついているのだ。


 ……まぁ、そもそも奴の狙いが聖女だったのでそりゃあいるに決まってるわけなのだが、ともあれ凶一郎戦というのは主人公であり自己強化型最強勇者ポジションであるアーサー、“癒しの聖女”クリス・シャネル、そして凶犬暴走番長である空樹花音がそろい踏みという劣勢の中「3ターンに1回攻撃」等という戦うウンコみたいな雑魚がボスを務めるというその後の「理不尽不条理押しつけぶん投げ祭り」なダンマギのボス戦群とはまさしく真逆な“プレイヤーへの接待”が繰り広げられる運命さだめなのである。


 誰がみてもクソ雑魚な凶一郎。

 負けるしか能のない凶一郎。

 唯一褒められるべき点は、女の子には手を出さず、アーサーばかりを集中狙いしてくるという多少の紳士性だけであり、それだってそもそも「聖女を浚おうとするんじゃねぇよ」って話なので、どうあがいても原作のオレは只のチンピラさ。


 しかし、この戦いにこそ全ての鍵があったのだ。


 あまりにも雑魚過ぎる上に殆どイベントバトルのようなものなので、誰もが検証するまでもないと見逃してきた隠された事実。


 そりゃそうさ。適当にボタン押してるだけで勝てる戦うウンコを攻略しようなんて考える奴はどこにもいない。


 だけど、だけどな? この凶一郎戦、絶対勝てるという当たり前の要素を取っ払って考えるとちょっと妙なんだよ。


 精霊は下級精霊二体。おまけに①の眠らせると②の能力低下デバフは、どちらも放出系なんだ。


 術式を飛ばす、つまり遠距離攻撃の類は凶一郎オレ達が最も不得手とする分野である。


 今だって〈外来天敵〉や『十三次元の踏覇者』等のアシストがなければ碌に扱えない程だ。


 恐らくゲームの世界の凶一郎は血の滲むような努力を何年も繰り返し、術式を飛ばす方法を身につけたのだろう。

 そのせいで大分もったいない能力配分になったのだと思うが、それ自体は素晴らしい事だ。


 しかし、どれだけチュートリアルの中ボスが努力を重ねたところで主人公には勝てない。


 なんてたってこっちの精霊は下級、相手は物語スタート時点で亜神級上位。

 どう足掻いたって勝ち目がない。その辺のチンピラと従軍経験者が勝負にならないのは当たり前の事で、一方的な勝負運びになるのは火を見るよりも明かだった。



 にもかかわらず、だ。

 凶一郎は、あのアーサー相手に一度も外すことなく


 これはどう考えてもあり得ない事だ。

 スペックは圧倒的にあちら側が上、精霊の性能に至っては月と金魚のフンである。

 聖剣の加護を持つアーサーには、《星硬の切っ先カレドヴルフ》という常在発動能力パッシブスキルが備わっており、ゲームでは「彼に迫る悪意ある事象に対して聖剣の光が自動で迎撃オートガードを行う」というフレーバーテキストを「①自身の精霊等級ランク未満の状態異常&弱体化攻撃に対する完全耐性と②回数制限つきの単体攻撃無効化能力」という形で書き表していた。


 一応、一部のボスはこの能力を貫通して攻撃を与えてくるだとか、自動攻撃無効化能力の回数制限は初期レベルだと一回きりといった穴はあるのだが(実際に凶一郎戦では、聖女が「アーサーの加護が突破された!?」と驚いている)、それらを補って余りある強能力だ。


 問題は、これを凶一郎が突破しているという点にある。


 邪龍王のような風格のあるボスが加護を突破する分には良い。

 何らかの外部的な要因により、聖剣の加護が機能しないという展開もアリだろう。

 しかし、凶一郎は違う。

 天下のクソ雑魚オリンピック万年金メダルである清水凶一郎がアーサーの《星硬の切っ先カレドヴルフ》を突破するというのは余りにも解釈違いな上、どれだけ言葉をオブラートに包んだところでその不可解さは拭えない。


 いや、そういうのを抜きにしたって、「開始時点から完成された戦士である主人公アーサー」に対して、「ただのチンピラである凶一郎」が「不得手な遠距離攻撃を百発百中で当て続ける」というシチュエーションがそもそもおかしいのである。


 ゲーム上の都合でしょ、と言ってしまえばそれまでさ。

 しかしご存じの通りダンマギというゲームは良くも悪くもとことんまで細部にこだわるゲームである。


 プロット上の設定と戦闘時の性能が極端に乖離する事はまずないし、それに何より他のボスキャラがあれだけ底意地が悪く作られているのに凶一郎だけが弱過ぎるというのもどうも妙な話だ。


 だったら最初から、


 いずれにせよ、攻撃を当てようが当てまいが清水凶一郎がクソ雑魚であるというそしりは免れないんだし、寧ろそうした方が余程自然だろうに。


 しかし運営は、凶一郎に攻撃を当てさせた。

 百発百中で、花音さんが乱入しなければならないと認識させる程度にはアーサーを追い詰めて。



 つまりは、そう。清水凶一郎の一連の奇跡ミラクルには、なにかカラクリがあったのだ。

 そう考える方が蓋然性が高い。


 では、そのカラクリとは何か?


 精霊の性能、ではない。

 凶一郎がダンマギで契約を結んでいた二種の精霊はいずれも下級であり、序盤の少し後には普通に雑魚敵として出没するようになるコモン枠。


 アーサーの聖剣に勝てる道理などどこにもない。

 

 ならば凶一郎が何らかのアイテムなり天啓なりを使ってインチキを働いたのか。

 これもノーだろう。ダンマギの公式プロフィールには、登場時点での天啓所持数が記されているのだが、凶一郎は当たり前のように“天無し(天啓を持っていない冒険者の数ある呼び方の一つだ)”と記されてあった。


 だからそう、凶一郎は精霊の力でも何らかの道具に頼る事もなく、アーサーのオートガード能力を突破したのだ。


 精霊の力でもない。

 道具の能力でもない。

 ボッチ野郎だったから当然仲間だっていない。


 そうなるともう、この現象を説明できる仮説は一つしか残されていないのだ。


 彼の名探偵は、こう言った。

 あらゆる可能性を消去した末に唯一残ったものがあるとすれば、それが如何に奇妙であったとしても、真実となる。



 だから、結論としては。


 清水凶一郎には、才能があったのだ。

 ダンマギのボスキャラに相応しく、

 様々な残念さをかき消す程のたった一つの輝きが、

 きちんとオレにもあったのだ。



◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第五中間点(回想)



「凶さんはね、多分“術式変換速度”が異常に速いんだよ」


 謎の解明が果たされたのは、今秋。

 遥と『天城』旅行に出かけて、あの壮絶な模擬戦を戦いぬいた後の事だった。



 精霊術の発動において人間側のセンスに補正がかかる要素は、大別すれば五つの基準に分けられる。


 即ち、


 霊力貯蔵量どれだけ持てるか

 霊力の最大拡張範囲どこまで撃てるか

 霊的どれだけ指向性自由に操れるか

 霊力収束性どれだけ強く出来るか

 そして術式変換速度どれだけ速く撃てるか


「さっきの模擬戦、あたしすっごく速く動いてたじゃない」

「あぁ、めっちゃ速かった」


 遥は俺との模擬戦で手を抜く玉じゃない。

 ましてやあの時はお互いに新しい天啓や能力オモチャが手に入って初めての模擬戦だった。


 こんな状況下であのワクワク大魔神様がハッスルしない道理はない。


 あの時の遥さんは間違いなく雷速の域に達していた。

 測ったわけじゃないから詳細な数値までは分からないが、間違いなく伊舎那天のソレを上回っていたと思う。


 そいつを



「凶さんはね、停めたんだよ。何度もさ」


 確かに停めた。〈外来天敵〉に【四次元防御】を絡めた疑似的な時間停止。


 あの時は未来視がきちんと機能していたし、遥自身がものすごく直情的な動き方をしてくれていたからハマった部分はあるけれど、しかし、それでも。


「凶さんはね、当てたんだよ。あたしに」


 言われて初めて気がついたのだ。

 未来が読める。それはいい。時間と場所が分かっていれば、後はタイミングを読んで術式を置くだけで攻撃が当たる。


 しかし、術式を当てる為には、こちら側で霊力を解となる式へと変換し、それを正確に発動させるという手順を踏む必要がある。



「何度も何度も正確に当てたんだよ」



 遥との模擬戦において、俺には天敵粒子というアドバンテージがあった。

 活動状態の赤粒子は俺の一部として適用され、それに触れた者は問答無用で俺の術式の対象となる。


 しかし、対象になろうが何だろうが、「霊力を術式に変換し、発動させる」という過程を省く事は絶対に出来ない。


 未来を読もうが、術式が必中状態に至ろうが、肝心のスキルの構築が間にあわなければ何の意味もないのだ。


 ――――裏を返せば、俺はあの時点で既に間にあっていたのだ。


 雷の速度で動く遥の刃が俺を切り裂く前に時間停止の術を完成させて、それを何度も彼女にバカスカと撃ち込んでいたのである。


 思い返してみれば、“邪龍”アジ・ダハーカ戦での【四次元防御】を用いた尻尾破壊なんかもそうだった。

 未来視がない状態で、俺よりも速い邪龍の龍尾攻撃に対して完璧なタイミングでのカウンターを決めるには、ゼロコンマ何秒で術式を即時起動できるセンスが不可欠である。


 つまり、それこそが清水凶一郎の曠世の才マグニフィセント


 聖剣の自動反射防護オートガードが対応できない速さで術式を飛ばし、雷速にすら適応できる異次元の術式変換速度。


 これまでオレ達が抱えている欠点のせいで、陽の目を見る事のなかった才能が今こそ正しく牙を剥く。


 認識の問題は、破壊神の力によってブチ壊した。

 射程距離の少なさは、便利な道具の力でハッ倒す。


 そして、



◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十五層(現在)





赫式RED収斂星域ZONE



 そして、オレ達の赤き彗星は、破壊の光を宿しながら、灰燼織りなす暴風の戦場に産声を上げた。



 赫式RED収斂星域ZONE――――それは、四つの構成要素から成り立つ四重複合術式


 触媒となる天敵粒子

 防御不能、解除不可能の絶対性を誇る時の女神の《遅延術式》

 結合した《遅延術式》の基を相手に届ける為の推進力として『十三次元の踏覇者』の放出エネルギーを利用して、

 更に敵からの干渉に負けないよう、【壊式・牙破破壊神の理】で破壊力の増幅ブーストをかける。


 開かれた神域は、物換星移ウーラノス万物平定ゼウス天城神羅オリュンポス


 いずれも光や雷といった放出速度に秀でた神威達。


 『十三次元の踏覇者』にはルールがある。

 一つの神域の開門時間は、十三秒。一日に開門できる回数は、一つの神域につき十三回ずつ。


 だからこの戦いにおいて、もう三つの神域の扉を開く事は出来ない。


 だって、



 天敵粒子の生成。

 《遅延術式》の構築。

 『十三次元の踏覇者』の開門。

 破壊神の理による増強。


 これら四つの工程からなる赫式RED収斂星域ZONEを、三種×十三度の都合三十九回。



 おれの力で到達した超越者の時間認識能力で雷速の領域を支配し、オレの術式変換速度で圧倒する。


 伊舎那天は、動かない。

 指一本すら動かせない。


 奴よりも早く世界を演算し、奴よりも速く術式を叩き込んだのだ。


 炸裂する赫式RED収斂星域ZONE


 暴風を突き破り、伊舎那天の限界認識速度外から放たれた赤き彗星。


 その数、三十九連装。


 破壊神の理を纏いし、星の煌めきは『帝釈天』程度であれば、掠めただけで蒸発する程の威力と熱量を秘める。


 しかし、



『(行くぞ、〈骸龍器ザッハーク〉)』



 ――――無傷。


 シヴァ神より分かたれた異神格の番人は、その美しい躯体に傷一つつけぬままゆっくりと槍を構えた。


 《遅延術式》による解除不能の速度低下を三十九回受け、極限まで遅くなった状態で



 亜神級最上位が持つ固有の法則。

 十二天としての特別な加護。

 明王を除けば『降東』随一の武技と再生能力に、

 最強の破壊神であるシヴァを起源とする破壊の力。



 雷霆速度到達者プロヴィデンスという絶対的な優位点こそオレの赫式RED収斂星域ZONEによって打ち砕かれたものの、奴の武器は未だ八割が健在。

 

 つまり、



「(ここからが、本番だ!)」



 

――――――――――――――――――――――─



Q:六話で邪神がゴリラの術式変換速度を「優れている」と評していますが、コレ、どうみても優秀止まりじゃないですよね? 邪神は何故、このような評価を下したのでしょうか?

A:主たる理由は二つあります。

 第一に邪神はずっと寝ていたので、強さの判断基準値が神代の時代で止まっておりました。

 邪神が活動していたのはスサノオノミコトやアマテラスノオオミカミがピーヒャラピーヒャラピッピッピとやってたような時代だったので、その時代の基準でみてもゴリラの術式変換速度(+霊力収束性)を「優れている」と評価していたので、この時点でかなりゴリラの才能を買っていたのだと思います。


 そしてもう一つにして、最大の理由がゴリラのぽんこつさにあります。


 本来、術式変換速度が最も機能する場面というのはチビちゃんやシラードのような後衛で術式を撃つようなタイプなのですが、凶一郎はご存じの通り術式の射程距離が驚くほどにウンコです。


 また、時間認識能力についてもここに至るまで常人の域を出なかったので、「なんか術式作る速度が異様に速いけど全然飛ばせないから結局意味ないやんけ」となり、彼の特異な才能を完全に活かしきる事ができませんでした。


 その為、苦肉の策として得意分野を伸ばす方向で訓練した結果出来上がったのが、凶一郎版【始原の終末】の習得です。加速の最高到達点である【始原の終末】は、本来習得までに恐ろしい程の労力がかかる術式なのですが、ゴリラは術式変換速度という加速に関わる領域が曠世の才マグニフィセントだったので、不完全ながらも半年足らずで【始原の終末】を習得するに至りました。

 ゲーム的に表わすのならば『曠世の才:術式変換効率』という専用特性を持っており、加速に関する必要習得ポイントが百分の一以下になるといったところでしょうか。何と言いますか本当に一芸に特化したピーキー型です。

 総評としては「判断基準がバグってたし、ゴリラのポンコツ部分が目くらましとして機能してたせいで正しい評価が出来なかったけど、結果としてなんやかんやうまくいったのでオーライ」というのがこれまでの邪神の育成計画になります。


なお、才能に対する練度ですが、書籍版4巻の凶一郎を400000とすると、ウェブ版ゴリラが60000、ゲーム盤の凶一郎が200くらいです。


 なので、書籍版凶一郎が使える超必殺技や、あの特殊な専用戦闘スタイルを、今のゴリラがすぐに使うことはできません(後者の方は、ワンチャンあるかもしれませんが)。


 アレは曠世の才を持つ者があの技名が指し示す通りの地獄のような修練と前人未到の大偉業を成し遂げた果てにある「ダンマギのボスキャラ清水凶一郎」としての最高到達点のようなモノなので、色々と時間のない今のゴリラには中々難しいのです。


 要するに邪神マジ邪神案件なのだ!


 邪神「めんご!」








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