第三百二十六話 忿怒のトリシューラ②
◆何故こんな無謀な戦いに臨んだのかという至極まっとうな問いかけに対する言い訳:精神の宮殿(回想)
見識のある読者諸兄ならば当然ご理解頂けるとは思うのだが、俺は慎重という字を擬人化したような性格の男だ。
冒険よりも安全、ギャンブルよりも勤勉、コマンドRPGで味方AIに指示を飛ばす時はガンガンいかず、命を大事にする戦法を選ぶし、シナリオを進めるよりもレベル上げに勤しみ兎に角負けない状況、死なないシチュエーションを徹底的かつ多角的に積み重ね、何としてでも勝利をもぎ取る。それが俺という男のプレイスタイルである。
そんな石橋を叩いて渡り、常に清廉潔白なる紳士であろうとするこの俺が何故無謀なチャレンジバトルに挑んでいるのか。
結論から言うと俺は騙されたのである。
カッコつけた言い方をすると自分自身に裏切られたとでも形容するべきなのだろうか。
まぁ要するにアレだ。テュポ吉が騙しやがったのだ。
『次の
斯様な台詞を赤髪野郎がほざきやがったのは、オリュンポスが三十四層に突入した直後の事。時間にして約二時間三十分前の出来事である。
『
成る程、道理だとこの時の
テュポ吉の言う通り、『降東』の三十五層ボス『
ゲームでもばっちり破壊属性の技をぶっ放してきたシヴァ神の2Pカラーは、確かに今の俺達にとって実入りのある相手に思えた。
しかし……
『それはちょっと無茶が過ぎるよ、テュポーン先生』
俺は安全性の理由からホスト野郎の意見に待ったをかけた。
伊舎那天と直接戦い、破壊神の何たるかを現実で学ぶ。あぁ、絶好の機会だと思うよ。
どれだけシミュレーションで戦いの経験を積んでも、やっぱり
精神の宮殿で座学を受け、シミュレーターで動かし方を学び、実戦で完成させる。
うん。実に理にかなったカリキュラムだと思ったよマジで。実在する破壊神とこのタイミングで戦えるなんてまさに運命だとすら思ったね。
しかし、しかしである。
『今の俺達の実力で伊舎那天との
伊舎那天は、ただの階層守護者ではない。
『降東』の明王と深い因縁を持つ彼の神は、最終階層守護者戦の難易度を大きく下げる特殊サブイベント“忿怒のトリシューラ”のキーパーソンであり、武具系としては優に四十五層級の
しかしその条件というのが、「俺達が伊舎那天と戦う」という条件に不利益を被る類のモノだったのである。
『“忿怒のトリシューラ”のクリア条件は【伊舎那天との
『だからその一人になれって言ってんだよ、兄弟?』
当初の予定では、遥に任せる予定だった。
伊舎那天なら、遥でも楽しめるだろうと見込んだ上でのチョイスだったんだよ。
少なくとも俺個人でどうにかできる力量じゃない。そりゃあみんなの力を借りればなんとか打倒まで追い込めるかもしれないけどさ、単騎で挑むには相手の実力が高すぎる。
“忿怒のトリシューラ”は、『降東』攻略に欠かす事の出来ない必須イベントだ。これを無視して攻略するなんてのは最早ある種の縛りプレイであり、舐めプであるとすらいえる。
『伊舎那天との
『だから遥に譲るってか? それが賢い選択だって言い訳すんのか?』
テュポ吉からの問いかけに俺達は押し黙る他になかった。
図星を突かれたからである。
『別に強い女に
『言い方に』
『棘があるゼ!』
『おれの言葉に殺伐としたモノを感じ取ったのなら、それはお前達に思うところがあるからさ。本当に恥を知らない馬鹿なら何も感じない。“女の子に守られて何が悪いんだよぉ”ってみっともなく開き直っておしまいよ』
『……ひどく前時代的な考え方だよ、それは』
『なに、個人の感想ってやつさ。お前達もそういう生き方がしたいってんなら止めやしない』
それは酷くシャクに触る言い方であったが、同時に俺達がこれまで懸命に蓋をしていた心の声の代弁のようにも聞こえた。
――――遥が俺よりも強い事が気に食わないんじゃない。
彼女がどこまでも強くて、誰よりも煌めいている事に俺は何の嫉妬も覚えないし、誇らしいとすら感じている。
最強の頂きに立つのはきっと彼女のような人間だ。
俺はそういう器じゃないし、何より致命的に気概が欠けている。
程々の強ささえあればいい。正直、チュートリアルのクソ雑魚ボスという元々のポジションを鑑みれば今の状態ですら出来過ぎなくらいだ。
『けどな、兄弟』
だから今のままでいいと、そんな風に軟弱な納得感を覚えるその一方で……
『もしもお前が胸を張って遥の横に並び立つ未来を夢見るのなら、』
やはり少しだけ、ほんの少しだけ
『恐らくここが最後の分岐点だ。安全と合理性を第一に考えて強敵との
そんな自分が情けないと思ったのもまた確かだったのだ。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十五層(現在)
『うそつきっ!』
俺は、心の中で叫んだ。
目の前には三又槍を構えた伊舎那天。
武神の共通特性、十二天専用の
スピードにおいてはついに
おまけに! その上! なんと!
こいつには未来視が効かないらしい!
俺は、オレ達は、騙されたのだ。
情に訴え、プライドをくすぐり、無責任な「大丈夫だって、おれが責任取るから」という言葉に転がされた挙げ句、こんな死地に放り込まれた。
なんという悲劇。今となってはおれの悪辣さも、
『死ぬ! これ確実に死ぬ奴じゃん!』
『今すぐ姉さんに会いたい! ここでおっ死ぬなんて勘弁だ!』
当然ながら凶一郎
俺とオレは、この悪しき状況を招いた諸悪の根源であるテュポ吉にあらん限りの憎悪と殺意を込めて誹謗中傷を行った。
その大層醜い光景を、世の中では「責任転嫁」だとか「被害者面」という形で言い表すそうなのだが、そんな事は知った事ではない。
これ程までに切迫した状況に追いこまれておきながら、涼しい顔をしていられる方がおかしいのだ。丁度今、俺達二人に首を絞められながらもニヒルに微笑しているテュポ吉のように!
『落ちつけよ、兄弟達。まずは状況の整理だ』
軍師気取りの新参者は言った。
『おれ達の基本戦術である〈外来天敵〉の粒子散布は、あいつの暴風によって消されちまう。加えて只でさえ速度で負けているおれ達は、アイツの“視認性の破壊”と“是空”の
『『良くねぇよ』』
ちなみに“
“
絶え間ない連続した動きを重ね合わせることで、まるで千の姿に分かたれたかのように相手を翻弄するのが“
遥の得意とするスタイルが“
俺はオレと肩を組みながらオイオイと泣いた。
但し書き付きとはいえ、一部の技術が遥よりも上回っているかもしれない敵。
そんな化け物相手に俺達が勝てるわけない。
まさか自分に裏切られてゲームオーバーを迎える事になるとは思いも寄らなかったぜ。
なんて斬新過ぎる
『落ちつけよ、兄弟達。本題はここからだ』
現実世界の時間換算で0.00001秒。
《時間加速》と走馬灯の相乗効果で引き延ばされた精神世界の中心で赤髪野郎が言葉を説く。
『まずは相手の
『……まずは武神の基礎特性、次に十二天専用の
『“
法則使いとしての分類は“個人型”、十二天専用の特殊能力も『降東』の武神らしくクソ強い自己強化系で纏まっているシヴァの異神格野郎は、総じて全ての項目が万遍なく
雑に言えば遥さんと同じ系譜。戦いを楽しむ為ではなく、ひたすら勝ちを狙いに行く遥と思っておけば大体合っている。
こっちの能力を下げたり、じわじわと状態異常攻撃でなぶったり、俺みたいに特異なギミック攻撃をバラ撒いて相手を制圧するなんてチャチな真似はせず、こいつはただひたすらに己の武力を行使して勝ちに行くタイプだ。
破壊の力や暴風の三又槍を使うという点においては、源流であるシヴァ神に通じるところはあるものの、伊舎那天の戦闘スタイルは彼の神と割りとかけ離れている。
これは恐らく異神格として護法神話に取り込まれたという過去が大きく起因しているのだろう。
シヴァ神のように圧倒的な破壊力と三番目由来の無法な超越性で全てを圧倒するのではなく、己を一柱の護法神として定め、剛健なる武技を以て敵を鎮める。
『勤勉、堅物、理性的。情動に流されず、あのおっかない顔でポーカーフェイスを決めながら淡々と己の役割を遂行する。武の求道者にして鍛錬のオニ、
テュポ吉がまた知った風な口で語る。
『護法神の特性は、
『
『言い得て妙だなオレ君よ。まぁ、その通りさ。宿敵を倒す為なのか、単純にトレーニング好きなのかまでは知らんが、今のアイツは間違いなく自己鍛錬に余念のない護法神そのものだよ』
だから、こんな風に様子を俺達の動き方をじっくり見ているのだと自身の推察を述べる赤シャツ野郎。
『武芸者ってやつは大なり小なり戦いそのものに深い価値を見出す生き物だ。だから珍しい
確かに奴が攻撃の動作に入る気配はない。
少なくとも、俺達がこうしてワチャワチャと脳内会議を交わしている
『チャンスだ』
テュポ吉の言葉に熱がこもる。
『敵はおれ達の行動パターンを一瞬で解析する程の洞察力を持ちながら、まだ“見”の姿勢を崩さない。意表をつくならこのタイミングがベストだ』
『…………!』
清水凶一郎には一つ明確な弱点がある。
それは
『破壊のルールは覚えているか? 壊す事の出来る対象は、カテゴリー毎に一つずつ。それから概念的なものには“世界の修正力”が働くから――――』
『壊し続けなければならない……だろ?』
テュポ吉の首が満足そうに上下する。
しかしながら真に自在な破壊を行使する権利は、真神級以上でなければならないという神様界隈の決まり事があるらしく、その域に至らない者達の破壊は、幾つかの縛りがついた『制限付き破壊権』という扱いで等級分けが為されていると、先の座学でテュポーン先生が教えて下さった。
亜神級最上位、つまり
特に
しかしてその厄介な縛りのルールは、当然あちらさんにも及ぶ。
自らへ向けられる“視認性”を破壊し、“是空”と合わせて滅茶苦茶動きが読みづらい状況を作り上げた伊舎那天は確かに厄介だが、縛りの影響でこれ以上の“形而上学的破壊”は行使できない。
更に言えば“形而下の破壊”に関しては、双方共に破壊神であり、同属性への耐性を持っている為ぶつけ合っても決して有効打にはなり得ない。
ならば
「(あっちは既に破壊神のカードを切っている。これ以上はない)」
ならば、今度こそこちらの番だ。
ガキさんとの戦いで壊し方のコツは大方掴んだ。
欠点を克服する為に壊すべき対象も既に分かっている。
後は――――
『いけよ兄弟』
『オレ達は三人で一つだぜ』
満たす。赤き衝動を。
開く。己の中に眠る禁断の扉を。
壊す対象は只一つ。自分の限界。人と神との境界。
「(【
俺の世界に突き刺さる赤色の楔。
ソレは清水凶一郎という器を、自我を、在り方そのものを根底から穿ち壊す破壊の絶理。
壊す。壊す。人を人たらしめる境界線の外側へ今、
【破式・
俺の思考は飛び出した。
停まる。止まる。伊舎那天が、遥達が、世界の全てが停まって見える。
破壊したのは、時間認識。清水凶一郎が感じられる時の流れの限界を破壊し、その視点を超越者の領域へと無理やりに引き上げた。
人間が処理できる情報の量には限度がある。
アンタのスマホに100ペタバイトのアプリを入れようとしたら「ふざけんなバカ!」って拒絶されておしまいだろ?
デカ過ぎる情報はそれだけでストレージを埋め尽くすし、最悪コンソールそのものをお釈迦にしちまう。
身の丈に合わない情報なんて集めるべきじゃないのだ。さもないと――――
「(ッ痛!)」
今の俺のように地獄を見る羽目になる。
時間認識の破壊。超越者達の視座を手に入れた代償として待ち受けていたのは、情報の洪水による思考領域の圧迫。
より短い時間を認識できるようになるという事は、それだけ多くの情報を我が身に取り込むという事だ。
遥やガキさんのような超越者達と俺の違いはそこに
彼等の視点、彼等の世界。常人では決して耐えられない圧縮された時間の奔流。
『安心しろ』
情報の洪水に溺れそうになる俺を掴むテュポ吉の声。
『お前の身体はとっくに人間を逸脱している。この程度の破壊でどうにかなっちまうほどヤワじゃねぇよ』
破壊神の肉体。その意味するところを俺は今、改めて理解する。
人ならざる身は、溢れだす情報の洪水を正しく受け止め正常に咀嚼している。
頭痛だけで済んでいるのがその証拠だ。確かに痛い。痛いがそれでも……
「(……耐えられない程じゃない……!)」
全身が熱を帯び、視界はチカチカと点滅を繰り返し、頭は沸騰するように痛い。
だがそれだけだ。それ以上はない。
普段から邪神の術式で時の流れを操作していた経験も活きているのだろう。
要するにこれは俺の意識に限定した《時間加速》の延長なのだ。
ならば耐えられない道理なんざない。
破壊神の肉体×時の女神の契約者
最も確実に、最も速く超越者の道を辿る為の意識改革は、一先ずの成功をみたと言ってもいいだろう。
とはいえ、こいつはあくまで“眼”を良くしただけだ。
意識の雷速化。一万人のガキさんが雷速駆動でバラバラに動きだしても見分けられるほどの神の視座に、身体の方が全くついていけてない。
だから、
『いこう、
だからこの状況を有効活用する為には別のアプローチが必要だった。
そしてその鍵を握るのは、他ならぬ
『《
ボスキャラとしての清水凶一郎の
『
オレちゃんの才能が、この戦況に風穴を空けるってことよ。
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