第三百二十五話 忿怒のトリシューラ①





◆形而下の破壊と形而上の破壊:精神の宮殿(回想)



 破壊神の理を学ぶに辺りまずテュポーンがオレ達に教導してくれた事は、壊す術式どうぐの種類についてであった。



「パソコンやスマホを頭に思い浮かべてみてくれ。アレをハンマーでブチ壊すのが“形而下の破壊”、ウイルスを使って中のデータをぶっ壊すのが“形而上の破壊”」



 ブレイクとクラック。どちらもパソコンを破壊しているという点については同じ“破壊”であるが、壊し方も壊す凶器もまるで違う。


「物理的に壊す方はそんなに難しくはない。デカイ力でブチ壊す。必要なのは技術よりも純粋な出力パワーだからな。力の出し方さえ分かるようになればすぐに壊せるようになるよ」



 問題はクラック……つまり“形而上の破壊”の方にあるとテュポーンは言った。



「概念とか運命とか法則とか希望を壊すって意味が分かんないだろ? そういった視えないし触れないものを壊す為には専門の技術がいる」


 PCを物理的に壊すだけならハンマーを思いっきり振るだけで事が足りるが、中のデータ―――例えばそれらがクラウド上に保存されていた場合などは、こちらもPCを駆使してハッキングなりクラッキングなりをしなければならない。


 そして俺達にとってのPCとは“法則”だ。“形而上の破壊”を成す為には亜神級最上位スプレマシークラスが持つ法則のなんたるかを深く理解しなければならない。



「そういう意味で言えばおれ達の〈外来天敵コンソール〉は一級品さ。兄弟の持つゲーム知識と合わせればかなり気合の入った破壊クラックができる」



 デフォルトで敵への解析能力を持つ〈外来天敵〉と俺が持つ『ダンマギ』のゲーム知識。この二つを上手く活用することでより精緻な破壊の力が産み出せると奴は語った。



法則には法則を、世界には世界をって事よ。壊す為には同じ領域を持たなきゃならない」



 徒に出力を飛ばすだけの“破壊”は二流、法則を破壊できるようになって一流、そして超一流の破壊神ともなれば世界すらも破壊する。俺達はまず一流の破壊神を目指す事になった。


「まずは自分の中の“限界”を壊せ。二十五層の日天戦で、急に強くなっていく感覚があっただろ? アレを意図的に起こすんだ」



 自分を壊す。

 限界を。認識を。

 未だ人の枠組みの中で囚われていた俺の中の固定観念を自分の力で“破壊”していく感覚。


 俗に言う火事場のクソ力やリミッターの解放をというのが、“形而上の破壊”の一歩目なのだとテュポーンは俺達に教えてくれた。



『何? そんな事やったら身体に悪そうだって? バカ言うなよ兄弟。お前達の身体はとっくの昔に人間やめてんだ。足りないのはフィジカルじゃなくて“自覚”なんだよ』



 寝なくても丈夫な身体。

 日天戦で起きた急激な成長。


『限界を壊せ。常識を破れ。超越者の視点を理解しろ』


 種族破壊神としてオレ達が取り組んだ最初の“破壊”は、自分達の弱さそのものだったわけである。




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十五層



 灰燼満ちる烈日の戦場に二つの影が差す。

 一方は伊舎那天いしゃなてん。三十五層の階層守護者だ。

 神話の戦いの最中に『降東』の明王に敗れたシヴァ神の剥がされた神性の一部から生まれた異神格シンクレイト


 階級は亜神級最上位スプレマシー。当然のように独自の法則を使う。

 加えて――――



『初戦の相手が破壊属性同系なんてついてるなぁ兄弟』



 蒼と緑を混ぜ合わせたような体表を持つ三又の槍使いは、武神であると同時に破壊神としての性質も帯びていた。

 さもありなん。伊舎那天いしゃなてんは、シヴァ神より分離した異神格である。彼の神の代名詞でもある破壊の力は異神格であるコイツにも受け継がれているのだ。


『破壊の練度で言えば間違いなくあちらが上手。武術の腕も惨敗。おまけに固有の法則も、十二天としての特性も持っている』


 テュポ吉の羅列したセンテンスの数々に、嘘も偽りもない。


 帝釈天以上の基礎性能と法則強度を持ち、おまけに破壊神としての性質まで持ち合わせた無双の化身。



 そんなかつてない強敵を相手にわざわざ単騎決戦タイマンを挑むなんてどう考えたってイカレてる。


 だが、俺はこいつを一人で倒さなければならなかった。


 その理由の一つには勿論、破壊神の術理を体得する為という側面はある。

 実戦で、しかも本物の破壊神が振るう破壊の力と鎬を削り合う事で、三番目の理の極意を学ぶ。

 

 今の俺にとって伊舎那天いしゃなてんは最高の学習相手だ。

 同じく法則を使い、更に熟練した破壊の力を使う。

 彼に学び、彼と競い、彼を越えることで俺達は破壊神の何たるかを知る。


 だから限界ギリギリまでサシでやり合いたかった。


 これが伊舎那天いしゃなてんに俺が一人で挑む個人的な理由。


 そしてこの申し出をパーティーのメンバーが受け入れてくれたのは、『伊舎那天いしゃなてん単騎決戦タイマンを行う』という条件そのものが『降東』攻略の鍵になると知っているからに他ならない。


 特殊サブクエスト:《忿怒ふんぬのトリシューラ》


 『降東』の明王と深い因縁を持つ伊舎那天いしゃなてんと一対一の戦闘を行い、これに見事打ち勝つ事で最終階層守護者戦を有利に進める事ができる特殊武器を手に入れる事ができるというお得イベント。


 コレをやっているか否かで攻略難易度が大きく様変わりするレベルの必須項目を、知っていながら見逃すバカなんざいる筈もない。



 だから俺がこれからやろうとしている事は自分てめぇ個人の挑戦であると同時に、パーティーの為でもあるのよ。



「加護を」


 ソフィの両掌がおれの手を掴み、祈りの言葉が言祝ことほがれる。

 翡翠の霊光。交わる体温。清水凶一郎という器の中に力の奔流が注がれていく。

 例の言葉と共にソフィの頭を撫でた。


「なんだ? 照れてんのか?」

「凶一郎様の身体でそういう事をするのは止めてください……っ」

「そうかい」


 あまりやると猫師匠がおっかないので、イイ感じのところで切り上げてパスを指揮官様にお返しする。


「にゃあ」


 当然のように遥さんの瞳はシャーシャーモードになっていた。

 足元でプリンセスシャワーを吐き散らかすレヴィアちゃんに心の中でごめんねと謝りながら、もうなんか引くくらい歯の浮くような台詞を並べてマシンガントーク。


「おおっ! はーたんっ! なんて君は美しいんだっ!」

「うにゃにゃ!」



 なんとかご機嫌になってもらった頃合いを見計らってトークと撫で撫でをストップ。

 ……ふぅ、戦う前からなんてスリリングな展開なんだろうか。これからこんなトラブルが頻出するんだろうなって思うだけでお腹の中が痛みで踊るぜ。


「どうしよう……凶一郎さんがちょっと見ない間にとんだハーレム野郎さんになっちゃった」

「違うんだ、花音さん。今朝話した通りテュポーンってやつが俺の身体を乗っ取ってだね……!」



 彼女パートナーがいる傍らで他の女性の頭を撫でたかと思えば、一転ものすごい勢いで彼女とイチャツキ始める浮気男。

 そしてそれらを全て頭の中の別人格がやったなどと供述しており……あぁ、もう考えるのやめだ。真面目に考えれば考える程自分の首を絞めたくなっちまう!


「それじゃあ、みんな。行ってくるよ」

「お気をつけて」

「頑張ってな」


 男性陣からのエールも無事に頂き、心温まる一時を過ごした俺は最後に一息だけ新鮮な空気を吸い込み、そして吐いた。


 一騎打ちが始まれば戦場全体に特殊な結界が張り巡らされ、外部からの干渉を受けられなくなってしまう。


 だから事前に聖女の加護を受けておく必要があった。

 


「よう、待たせたな」

『…………』


 足を一歩進める度に近づいていく死の視線。

 灰被る烈日の戦場で唯一人佇む蒼緑の武神は語らない。

 そこにあるのは二つの視線だけだ。今はまだ、二つしかない。


「そこのイカした槍持つ兄さんや」


 唇が震える。今ならまだ引き返せると、弱気な自分が闇色の誘惑を囁いた。

 みんなで戦おう、命大事に、サブイベントを安全に踏破するなら遥に変わってもらった方が確実だ。



 ……あぁ、そうだな。そうかもしれない。だけどさ、弱気な俺よ。それは賢いし確実かもしれないけれど、ちょっとだけ



「俺と一対一サシでやらない?」


 ちょっとだけ格好悪いじゃないか。


『…………!』



 伊舎那天いしゃなてんの両の眼が煌々と煌めく。


 刹那、灰の地に竜胆色の閃光が瞬いた。


 およそ半径百メートル圏内に広がる円形の封印結界。


 ただ内と外を隔絶するだけの敷居バリアであるソレは、しかし堅牢性という一点に置いて真神級の密度を誇る。


『冒険者の申請を階層守護者が受理したため、特殊ルール“決闘”が有効となりました』


 空から流れるシステムアナウンス。歌姫のように美しいその声は、ダンマギ内で何度も聞いた実力派有名女性声優のこえそのもの。



『これより当区画は一対一の決闘領域となります。決闘領域内はいかなる外部干渉も承認されません。また、両決闘者の内のいずれかが死亡、あるいは降参リザインの宣告がなされるまで決闘領域の解除が認証される事はありません』



 要するに逃げれないし、仲間からの援護も受けられないし、決着がつくまでこの結界は解除されませ~んという意味だ。


 あぁ、ちなみに降参の宣告っていうのは別に「降参したら、助かります」って意味じゃないぜ? 

 降参したらダンジョンの管理システムによる処刑が執行されるっていう論法だから、負けた方はいずれにせよ死ぬ。


 だから生き残るためには勝つしかないのよ。

 目の前の、明かに強そうな、亜神級最上位スプレマシーに。



『それでは守護者並びに冒険者チャレンジャー様、多元宇宙ダンジョン史に残る善き決闘を』


 

 俺は一人で勝つ。


「(《時間加速》、《天敵粒子生成》)」


 戦端の火蓋が切られたと同時にまず俺が試みたのは自陣の形成。


 時の流れを加速させ、赤粒子の生成散布速度を高め、放出。


 紅く、赤く、血よりもあかく。


 解き放たれた真紅の侵略者たちが竜胆色の決戦場を自分達の色に染め上げていく。


「(舐めやがって)」

 

 伊舎那天いしゃなてんは、動かない。

 シヴァ神のパチモンカラーみたいな色をした異神格の武神は、ご自慢の三又槍を天に構えたまま不動に佇む。


 未来視での先読みを加味してもノーモーションだ。


 奴はこの決闘領域が赤粒子に染まりきるまで何もしてこない。


 全く。ありがたい限りだよ。どうぞ舐め腐ってくださいって話さ。

 触覚であり、触媒でもある天敵粒子さえバラ撒いてしまえば勝ちへのルートは幾らでもある。


 得意の【四次元防御】を駆使した時間停止。

 更にそこからの派生で防御不可能の四次元変作動を連続で引き起こす【千点瞬滅】

 間に《遅延術式》を挟んだっていいし、感染さえさせちまえば【壱式】の能力で奴のあらゆる権利を蹂躙できる。



「(やっぱここは【時間停止】スタートが丸いか)」


 【壱式】の法則強度は良くも悪くも中途半端バランス型だ。


 決まれば勝ち確だが、“個人型インサイド”を極めた『降東』の武神連中相手にはどうにも通りが悪い傾向にある。


 要するに【希望潰えし、スリーアンヴォス無情の果実クロト】の絶対蹂躙能力を決める為には、“無敵の人ドゥーマー”戦の時のように弱らせて抵抗できない状態に持っていく必要があるって事さ。


 だから相手が待ってくれている今の状況は、はっきりいって滅茶苦茶ありがたい。


 存分に侮ってくれよって感じだ。



「(格好つけてんのか、強者特有の矜持プライドってヤツなのかは知らないが、お生憎様だぜ2pカラー。お前の防御じゃ俺の術式は防げんよ)」



 付着する赤粒子。

 動かない伊舎那天。

 その傲慢に、俺が出来る最大限の“おもてなし”をもって報いるべく、俺は時の女神の術式を打ち込もうとして……



『…………!』



 暴風カゼが吹いた。

 赤い嵐を真っ向から吹き飛ばすような強い暴風だ。


「な……っ!?」


 何をされたのか俺にはさっぱり分からなかった。

 嵐を喰らう暴風。予備動作などなく、未来視が役目を果たす間もなく、

 理解が追いついた頃には戦場を包んでいた筈の天敵粒子が跡形もなく消し飛んでいたのである。


『アイツは油断なんてしちゃいない』


 心の中のおれちゃんが言った。



『初対面の相手、それもわざわざ決闘をしかけてくるような自信家ばかやろうが一体どんな戦術をしかけてくるのか、出方を伺ってたんだよ』


 攻撃側オフェンス防御側ディフェンス、実力が拮抗している両者が相対した時、果たして一体どちらの側がより多くの手札を消耗する傾向にあるのか。


 諸説あるが基本的には前者の方がより多くの手札を切りやすい傾向にある。



 動くのは攻者、倒さなければならないのも攻者。

 逆に防者は、打ち砕かずとも相手の攻撃さえ防げればそれで事足りるから、(攻め手に比べれば)少ない労力で戦況をコントロールする事ができる。


 ――恐らく伊舎那天はこの、短い攻防を通して俺の戦い方を見抜いたのだろう。


 術式発動の直前に赤粒子を暴風でかき消したのはマグレでも何でもない。

 奴はシヴァ神由来の戦闘経験値と“眼の良さ”を駆使して俺の攻撃を読み切り、またとないタイミングで反撃の暴風を繰り出した。


「(……でもどうやって?)」


 ……どうやって未来視の予測を越えたというのだろうか。

 伊舎那天が赤粒子を吹き飛ばす未来なんて、俺には全く読めなかったんだ。



『破壊したんだよ、


 精神の宮殿に赤髪野郎の溜息が響く。


『お前の未来視は、予知じゃなくて予測だろ? 視界の中の情報を基に高度な予想を立てて最も有り得る可能性を透視する』



 そう。未来視は、あくまでも高度な予測技能だ。起こる事を絶対に予知するわけでもなければ、自分にとって都合の良い未来を剪定するわけでもない。

 素粒子単位で視界の情報を読み解き、過去からの積み重ねで未来の結果を予測する言わば演算能力の延長線上にある技術体系。


 故に当然、間違える事もある。

 未来を確定させる能力ではなく、あくまで高度な予測に過ぎないわけだから「可能性として」間違えるリスクはあるのだ。



 だが俺の未来視の予測は、これまでほぼ百パーセントに近い精度で戦況を予測し続けた。

 遥やガキさん相手だと速過ぎて見えなかったり、視覚外からの不意打ちには弱かったりと弱点こそあれ、俺の視界に映る範囲の予測は、いつだって外れることなく映し続けてきたのである。


 それが今回、初めて外れた。

 テュポーンの言う“視認性”とやらを破壊されたせいで。


『視認性ってのは要するに視た物を正しく理解できるかの度合いだ。お子様向けに訳すなら“見えやすさ”と言い換えてもいい』

『その見やすさっていう情報概念ファクターを破壊されたから、あいつの動きが予測できないって事か!?』

 

 さっきも述べたように俺の未来視は視覚情報を因として予測行動に映る演算技術だ。

 だから何らかの妨害――例えば辺り一面が闇に包まれてしまった時等――によって俺の眼が良く見えない状況に陥れば当然、その精度も落ちてくる。



 今、俺の前方百メートル先には伊舎那天いしゃなてんが立っている。

 蒼緑色の肌も、右手に構えたご立派な三又槍も視えている。

 なのに、肝心な部分が上手く捉えられない。

 速いとか遅いとかそれ以前の問題だ。

 アニメを見ていて一秒ごとにシーンがスキップされている感覚とでも言えばいいのかな。動作の始点と終点は視えるのに、その間の過程だけがふっ飛ばされているから伊舎那天の動きが飛び飛びカクカクに映るのだ。


 視えているのに、視えない。中割りが壊滅的な作画崩壊アニメを見させられているような気持ち悪さ。



 スピードも技巧もあっちの方が上だっていうのに、俺は奴の行動をロクに追えないでいる。


 これはちょっと、



『ちなみにさっきの暴風には破壊属性が含まれてたな。破壊神おれ由来の破壊耐性レジストがなかったら間違いなく死んでたぞお前ら』



 流石にヤバくないですかね……?





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