第三百二十三話 最初に破壊するべき対象は……





◆◆◆『外来天敵テュポーン』:清水凶一郎



 四日目の探索は、謝罪と共に始まった。

 まず、約束をすっぽかしてしまった事を俺が会津に謝り、それからニ十九層の突然変異体を予定よりも早く倒し過ぎてしまった事を遥が皆に謝った。


 そんな事で、と思うかもしれないが、約束を破ったらまず誠意をもって謝るのは社会人として当たり前の事である。

 何故、あいさつをしなければならないのか? どうして最低限の礼儀やマナーが必要なのか?


 それは俺達がチームで動いているからに他ならない。


 猿でも分かる話さ。俺達は一人では到底為し得ないデカイ目的を成し遂げるために集まっている。

 だったら周りの仲間の貢献意欲モチベーションを下げるような筋の通らない傍若無人はやるべきじゃない。


 特に俺はリーダーで、遥はエースだ。

 クランの中で顔役を務める機会の多い人間がその辺をなぁなぁにして話を進めるのは他のメンバーに不満を募らせるリスクがあるし、最終的には組織の硬直化、形骸化、実のない独裁体制を招く危険性がある。


 上の立場だから何をしてもいいとか、強いから全てが許されるとか、そんな愉快な勘違いをしていると必ず足元を掬われる時が来る。


 人は一人では生きていけないから、他者を思いやらなくてはならないのだ。

 特に直接的な関わりを持つチームのメンバーに対しては、常に敬意をもって接するべきだと俺は思っている。

 勿論、個人の意見だ。チームの数だけそれぞれの規範があるのだろうし、中には先導者が易々と頭を下げるのは組織の沽券に関わるから止めた方がいいんじゃないかと思う人もいるだろう。

 だからこれは、あくまで俺がチームを運営する時の話。郷に入らば何とやらってワケよ。


 ともあれ、俺達は三日目のやらかしについて可能な限りの説明を行いながら皆に謝罪の言葉を伝えた。

 テュポーンのあれやこれやについては、



「なんか急に〈外来天敵〉の副作用で謎の人格が現れて俺の身体が暴走をハジメタンダ」

「本当に大変ダッタネ、凶さん!」


 という体で話を進めた。

 ……ウソは何一つ言っていない。あのバカが暴走したのは事実だし、〈外来天敵〉の副作用である事も紛れもない真実である。

 ゲーム知識とか、奴の目的――つまり聖女関連のあれやこれやである――こそ隠させて頂いたものの、俺の中に自分の事をテュポーンだと思い込んでる破壊神が住み着いてしまった件についてはしっかりと皆に報告しておいたので、普通に活動する分については特に問題ないかと思われる。


 『降東』班は協調性に長けたメンバーが多い事も相まって(ちなみに『降東』班の対義語である『西威』班は黒騎士の旦那を除いて大変“奔放”なメンバーが集まってらっしゃるので、同じような状況でもきっとここまでスムーズにはいかなかった。『天城』組から花音さんとハーロット陛下をコンバートするだけでそこには途方もない混沌が生まれるのだ)、皆割りとすんなり受け入れてくれた。



 特にソフィさんなんかはある意味最大の被害者であるにも関わらず、



「テュポーンさんの件については私も出来る限りの協力を致します。昨夜の件につきましてはお気になさらず何なりとお申し付けください」



 という心強いお言葉を頂いた。


 俺はちょっとだけ泣いたよ。

 だって、昨夜おれのやった行動は社会通念上許されるべきではない大罪だ。


 カウンセリングにかこつけてソフィさんを口説き、運命の相手だどうのこうのと訳の分からない理屈をほざき散らかす。


 セクハラを訴えられてもおかしくないし、最悪心に深い傷を負ってしまっていたかもしれないあの恐怖体験を経てなお、彼女は変わらぬ慈愛をもって俺達を赦し、あまつさえ協力したいと自ら申し出てくれたのだ。


 俺はおれを殴った。何が恋だ。こんなに優しくて清らかな女性にあんな怖い思いをさせやがって。


 聖女とか、ラスボスとか、そういった肩書きよりもまず優先するべき事は、彼女が一人の女の子であると言う事だ。


 そこを忘れて「ソフィさんだから何をしても大丈夫だろう」と都合よく彼女を判断するのは間違っている。


 だからオレは、せめてもの罪滅ぼしとして全力で君を守るとソフィさんに誓った。



「テュポーンが悪さをしでかしそうになったら俺が全力で奴を止める。不愉快な思いをしたり、嫌だなと思ったらすぐに教えてくれ。万難を排してでも君の事は俺が守るから」

「ありがとうございます。凶一郎様。お心遣い感謝いたします。……でも」


 俺達からの決意に対し、ソフィさんはほんのりと頬を赤らめながらこしょりと耳元で囁いた。


「わたくし、あの方とは仲良くなれる気が致します。……何故かはわからないのですが」


 




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十二層:<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・荒野



 朝の会議が終わり、ついでに朝食も食べ終えた後、俺達はいつものように各々の時間を自由に過ごす事にした。


 戦いに備えてもうひと眠りする者、訓練にはげむ者、他のメンバーと親交を深める者。

 皆が三十五層到着までの余暇時間を思い思いに過ごす中、俺は城内のシミュレーターを使ってある人物との仮想稽古に力を注いでいた。



「本当にええの? 凶一郎君」

「はい。思いっきりやっちゃってください、ガキさん」



 晴天の光差す仮想の荒野に、線目の呪術師が屹立する。

 澄江堂ガキ、皇国最強の龍生九士が一柱、睚眦がいさいの蛹であらせられるこの人の胸を借りる事ができる俺は幸せ者だ。

 本来ならば気が遠くなる程の金とコネを積まなければならない奇跡のマッチアップ。

 破壊神の力を会得する為の実践演習として、これ程バリューの高い相手もいないだろう。


「破壊神の力ねェ」


 深緑色の呪術師が匕首をゆるりと抜きながら、笑う。



「確かにそないなけったいな力が使いこなせるようになれば、手札も増えそうなものやけど」

「はい」

「それって君の根本的な弱点をどうにかできる力持ってるん?」

「…………」


 俺の根本的な弱点。

 それは兎にも角にも、敏捷性の低さに他ならない。


 術式の強さは、超神の理によって抜きんでている。

 防御面においても【四次元防御】のお陰で怪物達ともやり合える。

 だがスピード。それも物理的なスピードだけが超越者達に追いつけない。


 どんな強力なスキルを持っていても、これでは宝の持ち腐れだ。

 俺が何かをやる前に、それどころか何が起こったのか認識すらさせないまま、怪物達は雷の速さで動き戦場を真っ赤に染め上げるのだ。



 だから俺が次のステップに進む為には雷霆速度到達者プロヴィデンス連中と渡り合えるだけの敏捷性を獲得しなければならない……という話なのだが、果たしてそれが破壊神の力でどうにかできるんかというのが、ガキさんが俺に問うた文意である。


「単体としてはノーであり、全体としてはイエスであります」

えろう含みのある言い方やね」

「格好つけてるわけじゃないんです。組み合わせればいけそうだなって感じで」


 破壊神の理は言うまでもなく攻撃に全振りした能力だ。

 これが純正足る三番目の理である『超越』の特性を兼ね備えていれば遥のようなスーパー限界突破キャラに慣れたのだろうが、テュポーンの属性は空間と破壊の二重属性である。


 呼んで字のごとくのぶっ壊す力に、自分の肉体出力を急に激つよマッチョにするパワー等ない。


 だから破壊神の理を幾ら学んだところで、俺が雷霆速度到達者プロヴィデンスになれるわけではないのである。


 しかしこれはあくまで破壊神の能力単体での話だ。

 俺がこれまで磨き上げてきた時の女神の術式と破壊神の力を組み合わせれば、俺達にしか出来ない方法で怪物達と渡り合えるようになると、あのホスト崩れは言っていた。



三十五層に行くまでになんとしてもモノにしろよ野郎共。力の理解は、そのまま解凍速度に直結する』

 

 ……そういうわけで俺は、破壊神の力の基礎を体得するべく、睚眦がいさいの龍生九士に挑む運びと相成ったのだが、



◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十三層:<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・荒野



「遅いで」


 当然ながら、そう易々と上手くいく筈もなく俺はガキさんに四桁単位でハッ倒されて死んだ。


 シミュレーター内の時の流れを百倍速まで上げているおかげで一時間の修行でも百時間分の訓練になる。


 龍生九士とぶっ続けで百時間も戦えるなんてありがた過ぎてたまんねぇぜコンチクショウ!



「目のつけどころは悪くないと思うで」


 スタートの合図と同時にガキさんが消える。

 無明。何も分からず脳の信号が事象を認識する前に俺の身体がバラバラに引き裂かれ、戦いが終わる。


「けど、どんだけごっつい力でも使えんのならないも同じや」


 ガキさんと相対してみて改めて分かった事がある。


 速い奴等は皆、認識している世界が違うのだ。


 雷霆速度到達者プロヴィデンスは、雷の世界を


 考えてみれば当たり前の話。彼等の認識している世界は、俺とは比較にならない程早い。


 頭の作りからしてそもそも別格なのだという事をまざまざと見せつけられるような圧倒的な敗北。



『物理の話じゃない。認識のレベルで負けてんだよおれ達は』


 癪ではあるが、テュポーンの解説もありがたかった。



『上の世界の連中は、無意識の領域で自分の中の時の流れを切り替えている。音、雷、光。どれだけその規模がインフレしようとやる事は同じだ』



 時の流れを読む力。時間認識能力とでも言うべきそれは、高ランクの超越者であれば誰もが当たり前のように持っているセンススキルである。


 “時間”認識能力。


 そう。スピードの根源にある原初の概念は、何を隠そうウチの邪神様の管轄にあったのだ。



『認識をブチ壊せ。お前が最初に破壊するべき対象は、お前の中の時間の流れだ』


 

 負ける。負ける。ひたすら無様に負け続けながら、俺は俺の中の時間認識能力を破壊アップデートした。


 荒野に闊歩する一万人の睚眦がいさい


 八大龍王の力で五桁単位の分身が出来るガキさんは、今の俺にとって極上の見本サンプルだ。



「早よう凶一郎君。自分の失態ミスは自分でまくらな格好つかへんで」

「ウス! 頑張りますっ!」


 雷速で動く一万人のガキさんの動きをひたすら味わいながら、『認識の限界』を高めていく。



「(このアクシデントを利用しろ。今ここで自分テメェの殻を打ち破るんだ)」


 いつポリコレ達が襲ってきてもいいように一回一回の模擬戦に全神経を集中させながら、



「っしゃぁおらぁあああああああああああああっ!」



 俺達はひたすら訓練に打ち込んだ。



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