第三百二十一話 悲壮なる覚悟



◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ゲストルーム(凶一郎と遥の部屋)


 目が開けた刹那の事だった。まばらな意識を一つに固めて一秒、脇目も降らずに時計を探す。

 銀色に耀くインテリアサイドベッドランプの光時計。指し示す時の灯火は午前四時二十分。


 


 つまり俺は七時間近くもの間寝ちまっていたのである。


 その余りの衝撃と後悔に、たまらず汚い言葉を吐き出しそうになるが、そいつをグッと堪えて立ち上がり、そして


「なん、じゃこりゃ」


 自分の身体がとんでもないことになっている事実を知った。

 テュポーンではない。ソフィさん関連でもない。これはなんというか、あーすげぇなオイ。


「(随分と派手にやってくれたようで)」


 俺は隣でぐっすり眠っている犯人様を起こさないように忍び足で歩きながらシャワールームへと向かった。



 午前五時、事前に伝えていた計画通りにオリュンポスが第六中間点を出る。


 俺はすっごいことになっていた己の身体を丹念に洗い上げ、ついでに『独自の方法』で、不安定な俺の身体を抑えてくれていた猫師匠の身体も洗い上げ──こっちもこっちで大概すごかった──そうして互いにバスローブ姿で向き合った後でようやく昨夜起こった出来事について話し合ったのである。


「まずあたしのE──」

「オーケー。お前はもうそれ以上しゃべるな」


 訂正しよう。俺が一方的に喋り続けた。世の中には言わなくても良いことが沢山あるのだ。何故彼女が急に自分のバストサイズを話し始めたのか全くもって見当もつかないが、兎に角俺は遥にあの精神の宮殿で起こった出来事について包み隠すことなく健全に語ったのである。



「とりあえずテュポーンと話はついたよ。恐らくあんな形での暴走スタンドプレイは今後ないと思うからその点については安心してくれ」


 彼自身の同意とオレ達からの合意を得たテュポーンは、現在時の女神の術式で加速された精神の宮殿内で、鬼のような教導しごきを俺達に行っている。


 感覚としては鬼畜難易度の死にゲーをやりながら、同時にテレビ通話で談笑しているような感じだ。


 意識の二窓。まるで自分がいきなりVチューバーにでもなったかのような複雑怪奇なぎこちなさ。


 しかも精神むこう現実こちらで流れる時の長さがまるで違うからハッキリ言って滅茶苦茶


『これくらい我慢しろよ、“猫好き”、お前らの無茶な要望に答えて、こっちはつきっきりで講義してやってんだ。文句言う暇があったら死ぬ気で覚えろクソッタレ』


 破壊神の理は、俺達が等しく使えなければ意味がない。

 テュポーン人格だけが理解していても、清水凶一郎の身体がソレを覚えていなければ、十全に力を引き出すことが出来ないらしい。


『スマホを買い換えた時、お前らは前の機種のデータを必ず移すだろ?』


 テュポーンは前のスマホに入っていた破壊の理アプリケーションを知っている。使い方も、(外付けだが)扱った記憶も覚えている。


 しかし新しい機種カラダである俺達からしてみれば、前の機種の記憶データなんて知ったこっちゃないのだ。


 破壊の理アプリケーションを使うためにはまず、そいつをインストールしなければならず、テュポーンのように扱う為にはデータを同期させたりIDやパスワードを入力したりして、俺達の機種カラダで使える環境を整えなければならない。


 馬鹿みたいに多いデータ量は、イコールそのまま俺達の労力だ。清水凶一郎は現在進行形で破壊神の理を覚えている。オレも、そして俺も。


「その破壊神の力っていうのは、どんな能力なの?」

「文字通り壊す力さ。やってることは死属性と一緒。そして死属性ほど終焉オワってもいない」


 殺すことと壊すことの間に明確な差など有りはしない。


 死という絶対的な終わりを担保とした激稀少レア出力お化けと比べて、破壊属性はそこまで稀少でもなければ絶対的でもない。


「家だとユピちゃんとかもそうなんだっけ」

「秩序との複合だな」


 破壊属性持ちの精霊は、往々にして“喰らったら終わるタイプ”の性質を持っている。

 ユピテルのケラウノスの場合は、自然現象の操作を司る“秩序”が雷を、“破壊”の資質が瘴気を司り、重ねて二重属性デュアルシンボルとなる。


 ────余談となるが、この“秩序”が『ダンマギ』のとんでもない難易度詐欺の一端を担っており、火とか水とか雷とか風といった普通のゲームで扱われる属性相性の相克サイクルのだ。そしてその親しみやすい属性サイクルに慣れてきた頃合いに、偽りの──あるいは、縮小された箱庭ミニチュア──ゲームシステムが突如として終わりを迎え、“概念”やら“運命”やらといった真に悪質な属性達れんちゅうがこぞって牙を剥く。


 想像してみて欲しい。頑張って属性相性を覚えてようやく初心者を脱したプレイヤーの前に立ち塞がる“◯◯は無敵である、攻撃は通らない”という意味不明なシステムメッセージの恐怖を。

 “△△は、降りかかる全ての災厄を運命の祝福によって退けた”という目を疑いたくなるような一文を。


 「楽しかったぜぇ! お前との属性相性ごっこぉ!」と運営が高笑いしてそうなこれら一連の転換点は、そのあまりにも衝撃的な展開から「真のチュートリアル」と揶揄されており、『ダンマギ』がいかにユーザーの心を折ることに全力を注いでいるのかがよく分かる一例として槍玉に挙げられたりもするのだが、さておき話を破壊属性に戻そう。


「“死”が一度撃てば終わりな大量殺戮兵器とするならば、破壊は電子クラック能力を兼ね備えたドリルだ」

「どういう意味ですか?」


 遥さんが意味もなく足を組み換えながら尋ねた。普段、「あおあお」言っているのにランジェリーカラーはピンク&黒。全くもう、本当にこの子は……。


「その方が興奮するでしょ?」

「っ!……“破壊”の力というのは」


 我ながらわざとらしい咳払いだった。


「破壊の力というのは、貫通性に特化した体系システムなのさ」


 “死”のような出力にものを言わせた面の制圧ではなく、一点に力を注ぎ込んだ点の突貫。

 しかしその力は、唯一単体にて十二の超神の理全てに通じる性質を持つ。


 破壊神と呼ばれる者達があらゆる神話の終末兵器リセットボタンとしての役割を担っているのも、この万有貫通性があってこそ、である。


「“形而上の破壊”と“形而下の破壊”──まぁ、物理的な破壊と概念的な破壊と言い換えれないこともない──この二つをマスターすることで、あらゆる法則を打破できるってのがテュポーン先生のご見解だ」


 例えば先に挙げた“◯◯は無敵である、攻撃は通らない”等と抜かす糞やろうを概念破壊うるせぇバカとぶん殴ったり、あるいは“△△は、降りかかる全ての災厄を運命の祝福によって退けた”という理不尽を運命突破知らねぇカスと吹き飛ばしたり。


 破壊の力は、極めれば極めるほど世界へのカウンターとしての切れ味を研ぎ澄ませていく。


「どうなるか分からないけど、この力を明王戦前に使いこなせるようになればかなりすごいことになると思うよ」


 これまでの時の女神の術式を基軸とした局所転覆マスカン戦略に、<骸龍器>による物理決戦能力、ここに<外来天敵>の支配制圧性ときて、破壊神の無比なる破壊力まで加われば……


「速さの問題はどうするの?」

「アルの術式と破壊神の特性を組み合わせれば面白いことが出来る……と思う」

「防御は……元々心配ないか。速さの問題さえ何とか出来ればあのナンデモ防御で防げるもんね」

「攻撃方面もかなり変わると思う」


 真神の“世界”こそ持っていないものの、変わりに俺達には“時の女神の術式”という唯一無二の個性がある。


 これまで培ってきた清水凶一郎の戦略に破壊神テュポーンの能力を掛け合わせることでランクの壁を越えられる構築を目指そうぜ、というのが赤嵐先生の指導方針だ。


「まぁ、実際のところどうなるか分からないけどね」


 等と謙遜しつつも俺の心には確かなワクワクがあった。


 新しい戦術、新しい特性、新しい技。これ等を試す喜びを忘れてしまうほど、俺は“子供”を忘れちゃいない。


 認めるのはシャクだが、テュポーンの提示した条件は俺達にとって渡りに船だったのだ。


 最大の窮地と思われたあの人格交代事件の先にこんなチャンスが待ち受けていたなんて思いもしなかったよ。


 まぁ、とはいえ。


「それで? テュポーンさんは講師代に何を要求してきたのかにゃ?」

「……毎日三十分のカウンセリングと、週二回のティータイム」


 遥さんの瞳が分かりやすく不機嫌になった。


 いつレヴィアちゃんがその辺で悶え始めてもおかしくない嫉妬パフォーマンスである。


「つまり、こういうこと?」


 怒りに揺れる胸部装甲レベルE。 


「君はパワーアップイベントと新しい女の獲得イベントを同時に解放できたと、そういうわけなんだね。すごいね、一挙両得だね」

「いや、あくまでカウンセリングとお茶をするだけで……」

「いかにもモテる男が言いそうな言い訳。凶さんはやっぱりギャルゲーがお上手だね☆」


 空気が凍りつく。いや、全くもって、その通り。「強くなりたいから他の女性と公認でイチャイチャさせて」なんて理屈が通るわけがないのだ。しかも「あっ、これは全部別の人格がやってることなんで、俺は遥一筋なんで」なんて理屈が通ると思うか? もしも逆の立場だったら間違いなく気絶する自信があるよ俺は。


「テュポーンは、プラトニックな関係を貫くと仰っております」

「それを信じられるほど、遥さんは聞き分けが良い子じゃないのでー」


 取りつく島もない。分かっていた事だ。奴の願いは、遥の求める幸せと相克する。簡単に、言葉だけで納得して貰えるような物ではない。


 ────覚悟を示す必要があった?


「……致し方ない。この手は使いたくなかったのだが」


 俺は、プロンプト戦と同じ要領で、特別な品物を取り出し、それを机の前に静かに置いた。


「? 何それ? 小型のエッケザックス?」


 黒い棒状のソレに対する遥の反応は、概ね正しい。但しこれは武器ではなく、どちらかといえば防具に分類される代物だが。


「ちょっと前に浪漫工房ラリ・ラリで作って貰ったものだ。材質はエッケザックスと同じで論理回路による変形機能もついているが1種類の変形機構しか存在しないように作られている」


 元々は、天城のようなパーティー編成時に遥を不安にさせないように作って貰った逸品であったが、これも何かの縁だろう。俺はこいつを誠実さの証として、嫉妬の女王様に献上する。


「エッケザックスと同じ材質で作り上げた貞操帯ガチ◯コガードだ。コレを股間につけた人間は鍵を開けて貰わない限りエッチな事ができなくなる」


 遥の顔がかつてない程驚愕に震えた。


 ……そんな顔をするなよ、遥。力を得るためには代償がいる。お前に少しでも納得して貰えるなら俺は、俺は……。


「股間にエッケザックスだって、つけてやるさ……!」


 ちょっとだけ、泣いた。



───────────────────────


・遥さんの眷属神候補と属性の小話


ポイントオブノーリターンで邪神が言っていた通り、本命が破壊と超越の羅神で、次点が勝利と闘争の武神、大穴が秩序と審判の殲神という順番なのですが、これは“超越”の部分があまりにも遥さんに適していたからというのが大きな要因となります。普通に考えれば武神がピッタリなのですが、それすらも上回る超越(進化、覚醒と言い換えても良いかもしれません)能力を持っているが故のこの評価です。


超神は大体◯◯と✕✕の△神という形で表されますが、この◯◯部分がゲームでいうところの属性、✕✕は、より個人のパーソナリティーに由来した特性あるいはその属性だけが覚えられる特別な技のようなものです。


自然現象全般は秩序担当なので、大概のキャラクターはこれか勝利(武術系統)を持っています。


また、眷属神化は持っている精霊というよりかは、個人の資質により選定される部分が多いので“◯◯と✕✕の△神”の✕✕の部分に属する在り方が重要なファクターとなります。


それを踏まえて今の遥さんを考えると、属性が時間と概念と勝利の三重属性、特性が因果と超越と闘争の三系統となります。

 

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