第三百二十話 ReCoda



◆破壊神の教え



「話にならないな」


 俺は答えた。魅力的な提案であることは認めた上で、とりあえずのノー。即決は俺のスタイルじゃない。相手の出方やより上質な情報を引き出すべくここはあえての否定型から入る。


「あれだけのお得能力のオンパレードに加えて破壊神の能力だって? おいおいどんだけ盛れば良いのさ<外来天敵テュポーン>さんよ。ありがたすぎて逆に何かあるんじゃないかって勘繰りたくなってきちまうぜクソッタレ」


 幾ら混成接続突然変異体の天啓、それも“領域外の天啓”に位置するレベルのものであったとしても、これは流石にやり過ぎである。


 天敵術式の時点で既にオーバースペック気味の性能であったのだ。ここから更に“破壊神の理”まで付与されるとなるといよいよもって亜神級最上位の枠からハミ出してしまう。


 加えて────


「そもそもソレの使い方は、お前に教えて貰わなきゃ駄目なやつなのかい? 放っておいてもいずれは勝手に“解凍”されて使えるようになるタイプなんじゃないなと俺は踏んでるんだが、そこんところどうよ“おれちゃん”」


 根拠はあった。

 二十五層で垣間見た謎に強くなる感覚。

 素の敏捷性で劣る俺達があそこまで彼を圧倒することが出来たのは、今思い返してみれば“テュポーンの力”の解凍が進んでいたからだったのだろう。


 そして“解凍”は、とうとう“おれ”の意識を目覚めさせる域にまで至った────この間俺達は何をしてたかって? 勿論、何もしてないよ。全ては勝手に起こって、勝手に進んでいったんだ。だったら“その次”も勝手に起こると推察するのが自然だろう。わざわざ『自分の事をテュポーンだと思い込んでいる残念な凶一郎』にあやかる事もない。勝手にこの身体が覚えてくれれば全部が無料タダだ。


「やはり自分は騙せないな」


 恋する怪物の王子様が肩をすくめる。なんて態とらしい態度。


「あぁ、全くもってその通りだよ。別におれが教えなくても、お前達の身体はいずれ破壊神の理をその身に刻む」

「あっさり認めるのな」

「なんかムカつくぜ」

「自分に嘘をついても仕方がないからな。事実は事実としてちゃんと認めるよ。その上で」


 その上でこいつが何を売ろうとしているのか?

 最近流行りの漫画アプリが如く待てば無料で得られるサービスにわざわざこちら側が対価を払う利点なんて……いや、そうか。


か……!」


 ホスト野郎の相貌が喜色に染まる。あぁ、最悪だ。こんなあこぎな商売があっていいのか。


「おい俺、時間がなんだっていうんだよ? こいつの言い分なんて無視してのんびり破壊神の力とやらが使えるようになるのを待ってようぜ」


 凶一郎シスコンの言い分は正しい。わざわざこんな厄災野郎の手なんざ借りる必要はないのだ、本来は。

 待てば無料。あぁ、最高の響きだよ。俺だったこんな状況でもなければ迷わず無料コースで速決さ。だが、しかし、けれども……


「そのいつかは、いつ訪れるんだろうなぁ?」


 その“解凍”が、一ヶ月後や二ヶ月後では困るのだ。


 最悪でも聖夜決戦前、もっというならば────


「ポリコレの来襲、姜子牙の降臨。おれ達の『降東』攻略は、当初想定していたプランから随分と遠いところに来てしまった」

「てめぇもその一因だろうが」

「被害者面してんじゃねぇぞカス」

「おいおい。おれはお前達の味方だぜ? 迷惑をかけちまったことに関しては謝るが、あれはただの災難さ。空から隕石が降ってくるようなものだよ」


 もしもソフィさんを選んでいなければこうはならなかったと奴は暗に言っていた。そして<外来天敵>を手に入れた俺がソフィさんを選ばない運命などあり得なかったという事も。あぁ、忌々しい。なまじ正論だから、こっちが言い返せないところとか特に。


「この『降東』に絡まりついた運命の綾は、最早お前達の用意した戦力や策謀のキャパシティを越えようとしている。おれの計算では“後ひとつ”──後ひとつでもイレギュラーが起これば間違いなくゲームオーバー。お前達は志半ばで命を落とし、ソフィだけが運良くダンジョンを抜け出して『降東』編はおしまいだ」


 想像するだけで身震いしたくなるような糞な結末。今回の旅は、既に俺個人の知恵や工夫でどうにかなる域を抜けている。赤髪野郎の言うように、今でさえ限界ギリギリの綱渡り状態だ。ここに後ひとつでもポリコレ道士級の未知が絡めば、間違いなく全てが悲劇的な方向性に終わる。

 ……今のままでは。


「お前に師事を受ければどれくらいの速度で破壊神の力を身につけられる?」

「《時間加速》や《思考加速》を内側に使い続けつつ、程よく実践もこなしてギリギリ60時間。万全の体制で臨みたければ三日は欲しいところだな」

「長い。待てて一日だ」


 四日目で四十層を攻略。五日目には『明王』戦。


 突然変異体を用いた作戦があぁいう形に落ち着いた以上、最早いつ奴等が仕掛けてくるか分からないのだ。悠長に構えている時間はない。あいつの件だってあるのに。


「いつ来るのか分からないんなら少しくらい腰を落ち着けても一緒だろう」


 おれがやれやれと肩をすくめる。ゲーム時代を再現したかのような見慣れたジェスチャー。曲なりにもテュポーンの名を語るだけの事はあるな、と場違いにも思ってしまった。


「それにこれは推測だが、おれが奴等の立場なら『明王』の目前で仕掛けるね」

「その根拠は?」

「一網打尽を狙うなら、ここ以外あり得ないだろ? 唯一の逃げ道が『明王』の御前だなんて死刑宣告にも等しいだろ?」

「効果的な一手だとは思うが奴等がそう動く保証はどこにもない」


 指し手が常に最善手だけを狙いにいくような賢人であればテュポーンの言葉に耳を傾けても良かったのかもしれない。 しかし、相手はあの“太公望”だ。酸いも甘いも善も悪も清も濁も全てを兼ね備えたあの太極図そのもののような仙人様に、こちらの小賢しい裏読みなど通じるはずもなく、それに何より……


「俺達の位置座標はあの白黒道士に把握されている以上、奴等は簡単に裏をかくことが出来るんだ」

「だから速攻一択ってか? 読みやすいねぇ全く」


 沈黙、からの睨み合い。白状するとその時の俺は確かに焦っていた。“命を大事に”という考え方は、冒険者達のまとめ役として確かに不可欠な思想体系だ。

 だがそれ故に相手に読まれやすいのもまた事実であり、姜子牙程の手練れであればほぼ確実にその隙をついて策を練ってくる。


 ────だからこその突然変異体だったのだ。


 思考パターンも、位置座標も完璧に掌握している完全上位互換の戦略家にいっぱい喰らわせるためには唯一の優位性といっても過言ではないゲーム知識由来の奇襲をぶちかます他になかったのだ。


 しかし、俺が考えた乾坤一擲の方策は他ならぬこいつの登場により一部の狂いが生じた。


 だからついこう思ってしまったのだ。どの口がほざいているのかと。


「……オレは」


 俺達の問答が悪い方向性に硬直しかけたその時だった。


「オレはこいつの話を受けるべきだと思ってる」


 言ったのは凶一郎。この身体の本来の持ち主でもある。


「お前の気持ち悪いも分かるよ相棒。オレだってこんなところさっさとおさらばして姉さんに会いてぇよ」


 続く言葉は勿論「でもさ」、俺には俺の、こいつにはこいつの考え方というものがある。清水凶一郎という人間は、意外と複雑なのだ。


「オレ達はこの状況を打破するカードが欲しい。そしてこいつは多分ソレを持ってると思うんだ」


 俺とオレの関係性はいつだって良好だが、今回に限って考えるならば二つだけ違う部分がある。


 その一つが遥と姉さんだ。俺は瞳を開けばすぐに恒星系に会いに行くことが出来るけど、凶一郎はそうじゃない。


 姉さんには、清水文香には『降東』を踏破しない限りもう会うことは出来ない。


 『天城』の時とは、まるで逆のパターン。一番会いたい人に願っても会うことが出来ないという最も過酷な縛り。


「多少のリスクは覚悟に入れた上で学ぶべきだと思うよオレは。そして学ぶ以上は、しっかり学びたい。中途半端は一番駄目だ」


 漏れ出した溜め息は、思っていたものよりも一回り以上大きかった。


「(……そうだな。こういう場合はハッキリどちらかに決めるべきだもんな)」


 一瞬だけオレにアイコンタクトを送り、それからワインレッド髪の男に向けて結論を述べる。


「……六十時間だ。俺達も頑張るからお前も全力で教えてくれセンセイ」

「本意じゃなかったとはいえ、お前達の計画をご破算にしちまった分の責任はちゃんととるつもりだよ。安心してくれ先輩達」


 とりあえず、仲直りの握手。先に俺とおれが。続いておれとオレが。最後に何故かオレと俺が握手をして、この謎の儀式は終わった。


「それでテュポーン、お前は俺達に何を求めるんだ?」


 あちら側のプランを受け入れる準備は出来た。となれば次に尋ねるべきかは「お前は何を求めているか」だ。


 ……まぁ想像はできる。確実にソフィさん絡みのことだろう。


 問題は具体的な内容とその頻度、あるいは濃さだ。


 強さを得る代償として多少の自由には眼を瞑るつもりだが、それにだって限度がある。


 だから、こいつが何を望んでいるのかをしっかり言語化した上で吟味する必要があった。


「……さっきの質問を覚えているか? どうして<外来天敵おれ>がここまで高性能なのかってやつ」

「? あぁ、覚えてるよ」


 そうしてテュポーンが語り出した真実は、俺の想像を軽く越えた厄物モノだった。


「通常天啓レガリアは、全ての武器の鍛冶者セレクターにして所有者コレクターである勝利と闘争の武神十番目の権限をあの活字中毒者が拝借する形で産み出される。……ここまでは良いな?」

「あぁ」


 界隈では有名な話だ。ダンジョンは十二の超神が少しずつ自分達の力を貸し与える形でその複雑な構成を為している。


 奴の言うとおり、天啓は全ての武術と武具の親であり、変わることのない頂点者でもある勝利と闘争の武神十番目の領分だ。

 彼の築き上げた設計図を基に対象となる精霊の複製概念を抽出したものが、天啓となる。これが、俺達が天啓と呼ぶものの正体であり、仕組みである。


 だが、


「<外来天敵おれ>は、


 テュポーンは言った。

 この身は武神の理によって為されたものではないと。己は特別な規格なのだと表明したのである。


「さっきも教えたとおり、おれはあの双首活字中毒者ライブラリアウトが手ずから設計図を用意し、造り上げたものだ」


 二番目、つまりダンジョンの神が特別に造り上げた“二基目のテュポーン”


 当然そんな横紙破りを行えば、全ての武器の鍛冶者セレクターにして所有者コレクターである十番目が黙っちゃいない。あるいは、自身の理を宿す終末兵器の勝手な再生産に三番目が顔を潜めるかもしれない。秩序を司る五番目が抗議に来る可能性もあるかもしれないし、魔術の天敵である破壊の神の新たな創造を九番目が認めるとも思えない。


 だが、


「だが、この状況はどうだ? おれはアイツにとって最上のタイミングで目覚め、こうしてお前達と仲良くやっている」

「何が言いたい?」

「分からないか? 。ソフィのやつがこれからやろうとしている事も、お前達特異点の存在も、全部バレてるのさ!」


 如何にソフィさんが運命に愛されていると言えども、無から有を産み出すことは出来ない。


 <外来天敵>を産み出したのはダンジョンの神二番目だ。

 ソレを武神十番目が認め、羅神三番目が目を瞑り、殲神五番目が口を閉じて、魔神九番目が手を汚さず、そして、



時の女神四番目が承諾した」


 あり得ないことだ。何の意図もなければどこかの誰かが必ず干渉を試みたはず。


 いや、あるいはだからなのか?

 七番目の使徒であるポリコレ

 十一番目に呪われた姜子牙

 六番目の手足であるガキさんは俺達を守るように派遣され、

 あの不自然な遥の登場は八番目に付き従う旧支配者の誰かが運命を操ったが故のもの?


 一番目の主神は、言うまでもなくソフィさんが信じる“主”そのものだし、これはもう考えれば考えるほどそうだとしか……


「超神共の真意なんて知ったこっちゃないが、少なくともアイツ等はおれを使ってあの馬鹿をどうにかしようと企んでる」

「根拠は?」

「あの場面で遥が来たことで確信したよ。あぁ、こいつ等アフターケアまで万全なんだってな」


 反論の言葉が喉を通らない。遥の登場は、俺ですら目を剥く程の違和感だったから。


「さて、それらを全て踏まえた上でおれの目的と願いを語ろうか」


 赤い嵐が精神の宮殿に吹き荒れる。


 テュポーンは語る。己の大いなる願いと彼女への気持ちを。そしてその頼み事に対して俺達は、


「そんな難しく考えなくていい。おれがお前達に頼みたいのは」


 俺達おレたちは、



◆◆◆『降東』攻略四日目





 










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