第三百十八話 三等分の花婿(ゴリラ)





◆◆◆俺とオレとおれ



 やはりというべきか、当然と称するべきか、「おれ」はテュポーンの姿形を模していた。


 ワインレッドの長髪を後ろで男らしく束ね、シャツもタイもスラックスも黒でまとめた大人コーデ。


 顔はオレ達の大嫌いな線の細い系イケメン。ダンマギのメインを張る男キャラは大体こうだ。見栄えが良くて、なんかこうシュッとしてて、ゴリマッチョというよりも細マッチョ。


 ホスト風とでも言えばいいのかな、アーサーみたいにちゃんと筋肉もついた漢キャラも一定数入るんだけどさ、大体みんなどこかホスト風なんだよ。



「やってくれたな、兄弟」


 推定年齢二十代後半あたりの長身イケメンがこめかみをピクピクと引くつかせながら、俺達を睨みつける。


 相手はテュポーン。言わずと知れた破壊神であり、真神であり、アインシリーズ三部作の黒幕ラスボスの片腕であらせられる御方だ。



「ふっ」

「ハッ」


 しかしそんなげに恐ろしき破壊神様をオレ達は鼻息一つであしらってやった。



「何を勘違いしているか知らないが、」

「オレの姉弟きょうだいを名乗っていいのは天上天下でただひとり、そう――――」

「「清水文香だけさ!」」


 最高にカッチョ良いキメ台詞がばっちし決まったので、オレと両手で「イェイ!」とハイタッチを決める。

 こういう時に備えて二人でカッチョ良いキメ台詞集を毎晩考えてたんだ。

 その成果が、ようやく実を結んだぜ、イェイ!


「……なんなんだお前ら」

「俺は清水凶一郎」

「オレも清水凶一郎」


「「そしてお前も清水凶一郎だ」」


 そう。これこそ俺達が目の前の赤髪アンチャンを恐れない理由。


 何やかんやとホスト風の出で立ちで格好つけているが、こいつも結局のところ清水凶一郎なのだ。


 「自分の事をテュポーンだと思い込んでる清水凶一郎」である。うーわ。改めて文字に書き起こしてみると超ダサい。


「てめえら、さっきから喧嘩売ってんのか? あぁん?」


 自分の事をテュポーンだと思い込んでる清水凶一郎がすごんできた。


 しかし自分にすごまれたところでちっとも怖くない。

 それはただの葛藤だ。

 お昼をカレーにするかラーメンにするかで悩んでいるのと大体一緒である。



「いいか、凶一郎テュポーン


 俺は言った。


「産まれちまったもんは仕方ない。〈外来天敵〉が俺達と一体化している以上無理やり離すわけにもいかないし、そもそもお前は俺で、俺はお前だ」

「二人も三人も大して変わらないからな。オレもそれで異存ないぜ」


 日々「新作のブルべプロテインめっちゃ良くない?」とか「分かるぅ。筋肉の形をしたブルーベリーって感じで超よきー」みたいなノリで話し合ってるオレ達に一切の隙はない。


 経緯こそアレで、すっかりこいつに騙されてしまったが、俺達の間では既にテュポーン人格を受け入れる準備が出来ていたのだ。


 ただし、


「お前が三番目の凶一郎オレ達を名乗るつもりなら、ウチのルールにはちゃんと従ってもらう」

「後、お前の目的や思惑についてもちゃんと話せ。場合によっては協力してやらんでもないから」


 その為にはまず、こいつの人となりを見定める必要があった。



◆ボーイズトーク(ゴリラ)



 原作におけるテュポーンは、聖女の右腕として4~6作目の要所要所でヒョコヒョコ暗躍していた。


 時には主人公達と手を組んだり、はたまた逆に敵側の戦力として立ちはだかったり。


 敵か味方か、謎の人物テュポーン等と公式サイトでは謳われていたが、まさに真神テュポーンは、そういう立ち位置のキャラクターだった。


 しかし、結論から言えば彼は主人公達の味方でもなければ敵でもなく、ただ「聖女」の味方であっただけなのだ。


 彼は手足だった。

 聖女が救世主として世界を救う為に遣わされた救世の使徒。


 彼は聖女が無自覚に発する運命のシグナルを読み取り、その時々でソーフィア・ヴィーケンリードの為になる事をやった。


 ソフィさんがシリーズ通しての黒幕として最後まで暗躍する事ができたのは、実のところ彼の存在が非常に大きい。


 テュポーンは聖女の羽化と、十三番目の超神の降誕に必要な欠片やらイベントを彼女が命じる前に察して叶える究極の単独行動犯スタンドアローンだった。


 六作目の発売前に盛りあがった考察として「テュポーン黒幕説」というものがあったのだが、これはあながち間違いじゃない。


 というのも「全世界全歴史の救済」は、確かに聖女ソーフィア・ヴィーケンリードが望んだ事ではあるものの、それを叶える為にあれやこれやと動いていたのはテュポーンであり、どうするべきかを命じていたのは彼女が無意識に発していた「運命伝波シグナル」である。


 彼女は、あの決定的な瞬間まで何も知らなかった。

 内なる声に従い、真神テュポーンと出会い、それからは良いお茶友達でありボディガードであったらしい。



 ……え、そんな奴と親しかったら、どこかでテュポーンとの関係が主人公達にバレて、大変な事になってたんじゃないかって?


 残念ながらそんな不都合は一度として起こらなかった。

 だってソフィさんだぜ? 最強のラックカンスト勢だぜ?

 世界で一番運命に愛されているあの人が、そんな都合の悪い展開に巻き込まれる事あると思うか?

 そう、答えはノー。断然ノー。

 彼等の繋がりが主人公達に知れ渡るなんて展開は六作目の最終盤までついぞ起こる事はなく、結局テュポーンの暗躍は、ソフィさんが羽化を終え、自身が「黒幕だった」と自覚するまでつつがなく続いたのである。


 で、じゃあなんでテュポーンがそんな従順にソフィさんを救世主に仕立て上げたかったのかというと、これは偏に愛である。


 オレが姉さんの命を何よりも助けたかったように、

 俺があの桜の木の下で蒼い猫さんに「この世界がユメと希望に満ちている」って事を生涯をかけて証明してみせると誓ったように、

 テュポーンは、ソフィさんの「誰もが自分らしく幸せでありますように」という願いを叶えようとした。


 ……実際の原作では終始ゴチャゴチャとしたもっともらしい事を理屈っぽく語っていた赤い嵐さんであるが、最期に語った伝説の告白シーンで「おれはただあいつに幸せになって欲しかっただけなのだ」とプレイヤーの前で心中を告白しやがったので、これは推測ではなく確定情報である。


 

「要するにお前の目的はソフィさんだべ」


 オレの質問に、苦々しげな表情を浮かべながら頷くテュポーン。

 ご自慢の天敵粒子もここでは何の意味もない。

 だって俺はオレで、オレはおれで、おれも俺なのだから。


 みんな揃いも揃って凶一郎なのだ。

 それが分かっているからこいつも大人しくしている。



「誰も彼もがあいつを聖女としてみている」


 観念したように溜息をつきながら、おれが語り出した。


「どいつもこいつもあいつに助けられてばかりで、救われてばかりで、誰一人としてあいつ個人の幸せを考えようともしなかった」


 オレの眉が八の時に曲がり、おれに気づかれないようなさりげなさでアイコンタクトをとってきた。



「(これ、アレじゃね? 「おれだけがアイツの事分かってる」っていうあのパターンじゃね?」)」

「(絶賛思春期って感じだよねー)」

「なんだお前ら、チラチラと」

「「いえ、別に」」


 「自分の事をテュポーンだと思い込んでいる清水凶一郎」に「おれだけがアイツの事分かってる」属性まで詰め込んだらそれは事故以外のなにものでもないが、オレ達がそれを彼に指摘する事はなかった。


 だって俺達も全然こいつの事を笑えない立場にいるからだ。


 オレはちょっと危ないレベルのシスコンだし、俺なんて現在進行形で遥さんに【にゃんにゃ】されている。


 つまり清水凶一郎は、どう転んでもダサいのだ。


 だから俺達は言葉を交わすまでもなく、それも「うんうん、それも多様性DEIだよねっ!」と奴の個性ダサさを受け入れた。



「厄介なのは、奴自身がそういう在り方を望んでるんだよ」



 恋バナは続く。


「“誰もが自分らしく幸せでありますように”と願っているのは、アイツ自身の意志だ」


 ソフィさん。ソーフィア・ヴィーケンリード。


「誰に強制されたわけでもなく、ソフィ自身が地獄のような環境の中で育んだ自己起源オリジナリティ、それを否定する事は誰にも出来やしないし、何より未来かつてのおれはそれを叶える為に動き続けた」


 彼女を想うテュポーンの暗躍は、確かに功を奏し、六作目の時間軸で救世主を十三番目の超神の座へ引き上げる事に成功した。


 全超神の関与と歴代シリーズの主人公達総出の最終反抗リベリオンがなければ、きっと彼女の願いは正しい形で成就していた事だろう。



 ――――しかし、そうはならなかった。


「今更あの時の繰り返しを行おうとは思っていない。結果だけ見るならおれ達は失敗したわけだからな」

 

 同じように失楽園を経て、セフィロトとクリフォトを巡り、三柱の超神の欠片を集めたところで、おれ達は最終局面で失敗するだろう、とテュポーンは言った。


 敵対した四から六作目の主人公ヒーロー達の殆どが不在なのだからむしろチャンスなのでは、と思われるかもしれないが、赤い嵐の御兄さんの推測は正しい。


 なにせこの時代にはまだ全盛期の四季蓮華がいる。

 皇国最強の“龍生九士”が健在で、『無窮覇龍』の治世下だ。

 歴代二位の強さと謳われた八作目のラスボスの肉体的な黄金時代はここだろうし、運命の観測者ウォッチマン達の監視網もあの時代とは比べ物にならないくらい厳しい。


 何よりも、この時代は歴代最強が健在なのだ。


 リリストラ・ラグナマキア。全ての精霊使いが束になっても敵わないと公式から明言を受けた議論の余地もない位圧倒的で最強な三作目のメインヒロイン。


 皇国崩壊前の化け物達がこれだけいる状況下で、聖女陣営が「あの時以上の結果」を出すのは、いかにソフィさんといえどもクソゲーに近い。


 そもそも、聖女の運命が動き出したのは、『無窮覇龍』がリリストラ・ラグナマキアと相討ちになった後の話なのだ。


 無論、それすらも加味した上でソフィさんの運命は廻り始めているのだろうけど……。



「聖女の片腕であるお前さんがこうして呼び出された以上、何かが起ころうとしてるってのは俺も分かる」

「けどお前がオレである以上、利益相反になるような振る舞いを許可するわけにはいかないのよ」

「あぁ、分かってる。癪な事に、ここではおれ達の権力がきっかり三等分に分かれているようだしな」



 だから交渉をしよう、とおれは言った。



「おれに自由と権利をくれ。勿論、清水凶一郎お前達のルールを逸脱しない範囲内でいい。その代わりにお前達に力の使い方を教えよう。破壊神テュポーンの力をマックスポテンシャルで引き出せるようになれば、相当ヤバい領域に手が届くぜ?」

「相当ヤバい領域って」

「具体的にはどれくらい?」


 ワインレッドの男はクールに笑った。


「今の遥に勝てるようになるくらい?」















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