第三百十七話 三者面談
◆◆◆俺とオレ(回想:十一月某日)
「なぁ」
アレは遥との天城旅行を終えた翌日か翌日の事だったと思う。
「その、さ。お前って遥の事どう思ってんの?」
「は? キメェ」
目の前には鏡の前で幾度となくみたお馴染みの顔が立っている。
ただしこいつは、痩せ型だ。無印のチュートリアルで出てきた清水凶一郎の体型とウリ二つな痩せ型の凶一郎。
辺りは真黒。
どこでもない、
夢の中だという事に、すぐに気付いた。
だって起きている時の俺達は、いつも上手い具合に溶けあっているから。
こうしてこいつとゆっくりお喋りが出来るのは、精神のタガが外れた夢の中だけなのだ。
夢の中だけで会える相棒。まぁ、相手が凶一郎なので全然ロマンチックじゃないのだが。
「別に好きだよ。お前が姉さんを好きな位には」
「え? それはつまり最推しって事? 公式供給だけじゃ飽き足らず同人グッズまで額縁に飾って、ついには紙とペンで自作のグッズ作って部屋の壁に貼る位好きってこと!?」
「うるせぇ!
「それ位好きって事なんでしょ! ねぇっ!」
パンチが飛んできたので、仕返しにキックを繰り出した。
醜い喧嘩だ。しかし対象が自分自身な上、ここは俺達の心の中なので何の問題もない。
だから些細な事でもボカスカと殴り合えるのだ。
「落ちつけよ、俺」
オレは言った。
「オレ達は体験を共有してるし、普段は考え方も統一されてる。だから遥の事は、ちゃんと好きだ。一人の女性として心から尊敬しているし、オレ自身も常に彼女に尊敬されるような人間でありたいと強く思っている」
だけど、と凶一郎は小さく首を振った。
「オレにとって一番大事なのは今も昔も変わらず姉さんだ。多分死ぬまでそうなんだろう」
二人で一つの俺達は、ほぼ全ての価値観が一致している。これまで特に軋轢もなく清水凶一郎としてやってこれたのも、このユニークな体質のおかげだ。
俺はオレだし、オレは俺。
だからどちらの意識が強く出てきても問題なく話を続ける事ができるし、自分達の長所を混ぜ合わせて戦う事もできる。
だがそれでも一点だけ、決定的に
「今となっては唯一血の繋がった家族なんだ。オレをここまで育ててくれたのも姉さんだ。姉さんが幸せに生きてくれさえいればそれでいい。その為ならオレなんてどうなっていいとさえ昔は思ってた」
「?」
「……お前には感謝してるって事だよ」
なにその歯にモノ詰めたような言い方。もしかして照れているのだろうか。
「兎に角、これからも清水凶一郎の
「
「その代わり! 姉さんに関しては一歩も譲る気はないからなっ! 変な虫が寄りつこうとしたら全力で追い払うし、よっぽど良いパートナーが現れない限りはオレがあの人を養い続ける」
「分かってるよ、相棒。お前がそうしてくれているようにオレも姉さん関連の事に関しては出来る限り目を瞑ろう」
「とりあえずオレより年収の低いやつは論外だな。姉さんの顔じゃなくて胸に目を寄せてる奴も○す」
「ハイハイ。ご苦労なこって。……そう言えばこの前二人で風呂に入った事あったじゃん。姉さんが服脱ぐ直前で意識飛んだから俺その後のこと何にも覚えてないんだけど」
「…………」
「普通家族とは言え、あの年齢で一緒に風呂に入ったりしないじゃん? いや、とやかく言うつもりはないんだ。だけど
殴られた。
だから思いっきり蹴り返してやった。
◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・メディカル・ルーム
「にゃあ」
いつから彼女はそこにいたのだろうか。
蒼乃遥が立っている。光に当てられた猫のように瞳を尖らせながら、じっとこちらを見つめている。
「(――――どういう、事だ)」
十九時三十一分。約束した“三時間”の半分しか過ぎていない。
他ならぬ「俺」の命じた作戦を放棄してまで、彼女がここに来た理由が全く分からない。
「遥」
「あの、遥様」
焦る俺と何かを告げようとするソフィを尻目に遥はきゅむきゅむと歩きながら丸椅子を手に取り腰を落ち着け、そして
「ドゾ、ドゾ、続ケテ下さい」
せんべいを齧り出した。
沈黙。ばりぼりと噛み砕かれていくしょうゆ味のせんべい。
猫の瞳は絶えずこちらを捉えていて、まるで掴みどころがない。
大人しく静観を決めているところが、逆に不気味だ。既に身体から蒼色の粒子を放出させて、いつでも〈外来天敵〉に対応できるように布陣を固めている所も隙がなかった。
そして――――
「遥ぁっ!」
そして彼女の降臨がトリガーとなって俺の意識が再び脚光を浴びる。
「とりあえず俺を連れて、部屋までダッシュ!」
「にゃんにゃ」
急いで煎餅を食べ終え、俺の身体を持ちあげる猫ちん。
心の中で何かが暴れているが、それを二人分の力で抑えつける。
「(トリガーは、愛。そしてこいつもまた、“清水凶一郎”)」
ルールは大体理解した。そしてこいつが真神テュポーンではなく、凶一郎の派生形だとするならば俺の土俵に持ち込む事も可能だろう。
薄れゆく視界。離れていくソフィさん。
「ソフィ!」
おれは言った。
抵抗も暴動も起こすことなく、その一瞬におのれの全てを込めて。
「愛してるっ! また会おうっ!」
遥が複雑そうな声で「にゃあ」と鳴いた。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・渡り廊下
「それで」
不機嫌そうに、警戒心すら薄ら滲ませて、
「なんか変なものにでも取り憑かれたのかにゃ?」
第一声はそれだった。確信をついた問いかけ。思わず俺は「なんで?」と質問で返してしまった。
「どうして、そう思った?」
「ほら昨日二人で模擬戦トレーニングした時あったでしょ?」
「うん」
二十層の攻略を終えて、第四中間点に辿り着いた後の事である。
あの時はまだ道士の来襲もなかったから平和そのものだった。
「あの時、凶さんと“
「入手手段が何なのかとか、そういう話をしたな」
遥の顔が近い。今の俺はお姫様だっこをされている身なので、いつもよりも余計に猫師匠の顔が近かった。
「あの時ね、君ちょっとおかしなこと言ってたんだよ」
“つまりおれ達もギャルゲーもすれば、激つよ
“お馬鹿さんなのかにゃ?”
「凶さんはね」
遥がじっとこちらを見つめながら、俺に語りかける。
「基本的に立てる戦略が慎重なの。ゲームで例えるなら“命を大事に”ってタイプの堅実派。一度こうと決めたらすごく思い切りが良くなるけれど、不必要に藪をつついてイベントを楽しむお馬鹿さんじゃない」
アレの文脈は、ボス戦で“
我がことながら正気ではない。
ゲームとは違い、一度きりの大勝負。
その最中、あえてゲーム知識の及ばない敵の“未知”を引き出した上で勝つだなんて、到底命を預かる者のアイディアじゃない。
「あたしはそーゆーのワクワクするタイプだから全然気にしないけどさ、凶さんは違うじゃん。だからね、薄らとだけど変だなって思ってたんだよ」
ものすごい洞察力だ。こと清水凶一郎に関して言えば、多分こいつは
「で、でも待ってくれ遥」
しかし幾ら遥が名探偵張りに鼻が利くといっても、限度がある。
駆けつけに来てくれた事は大変ありがたいのだが、経緯はどうあれ彼女は作戦を果たさずにここへ来たのだ。
……何故?
「勘です」
その問いに対する衝撃の解答がこちらである。
「乙女の勘というやつです。凶さんが別のメス猫とイチャイチャしてる
「! 『
「こちらをご覧くださいな」
猫師匠が「にゃごにゃご」と何かを唱えると頭上に刺すような金色の光が灯り、中から二尺と四寸程の長さの七支刀が現れた。
「
「わーお」
俺の彼女はやはりぶっ飛んでいた。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ゲストルーム(凶一郎と遥の部屋)
「それで、これからどうするの?」
部屋に戻り、一度水分を補給した後の事である。
「このまま急いで会津君のところ行く? それとも」
「…………」
ベッドに腰を落ちつけたまま一瞬だけ考える。
テュポーンと会津、どちらも看過できない特大バグではあるものの――――
「ガキさんは?」
「一緒に帰って来たよ。あたしの不安が的中してたら伝えてほしいって伝言頼まれたから、教えるね」
“ボクも一緒に責任取ってあげるから、まず自分のこと大切にしーや”
……なんだよ。
「ガキさんめっちゃいい人じゃん」
誰だよ、線目キャラは裏切るとか言った奴は。ここまでしてくれるんだったら例え裏切られても、何も文句ねぇよ俺は。
「遥」
仲間の後押しもあって、潔く覚悟を決めた俺はパートナーに、精神の宮殿へのガイドを申し出た。
「俺の意識を奪ってくれ。あいつに、テュポーンに会いに行ってくる」
「痛いのと、痛くないのと、エッチなやつ。どれが良き?」
「……痛くない奴で」
「えっちなので良いのね」
「……痛くない奴で」
「分かった分かった。えっちなのでいきますよー」
「痛くないやつで!」
そうして俺の意識は、どこにお出ししても全く恥ずかしくない至って健全な方法で退出し、
◆
「にゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
◆◆◆俺とオレと……
「よう、おれ。いや、テュポーン様とお呼びすればいいのかな。とにかく」
「…………」
「はじめまして、だ。こっちが
この時、初めて三つの人格が一堂に会する事と相成ったのである。
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