第外話 超神代理闘争盤外戦





◆◆◆探偵へのインタビュー:“異能探偵機構SHERLOCK”所長・蕃神坂ばんしんざか愛否アイナ



Q:かつて貴女は清水ユピテル女史に「“救世主”と『テュポーン』は、早過ぎる邂逅を果たし、世界は正しき英雄の登場を待たずして彼女に“救われる”」と仰いましたが、それはこの状況を予期した上での発言だったのですか?


A:どこまで伝わっていたのか定かではないけれど、確かに伝えたわ。まぁきっと、どこか肝心な部分が「■■■■■こんな風に」食べられてしまったのでしょうね。その後の様子を見ていれば何となく分かるわ。あの子達は未だ“救世主”と『テュポーン』の組み合わせに危機感を抱く事すら出来ずにいる。


Q:ソーフィア・ヴィーケンリードの仕業ですか?


A:救世主よ。アレを個人ニンゲンとは認めないわ。闇もなく、狂気もなく、現実を良く知りながら甘い理想に逃げる事もなく、全てを愛し、全てに愛され、正常かつ清浄に世界の平和と安寧を願い続ける“完全なる善性”を誰がヒトの枠にはめるというの?



Q:答えになっていません。論点をズラさずにきちんと答えて下さい。


A:そうとも言えるし、そうとも言えない。これでいいかしら塵埃を踏み歩くものインタビュアーさん?


Q:良くありません。……もしかして貴女自身、良く分かっていないのではないですか? だからそうやって煙に巻いた言葉ではぐらかす。


 ――――夢の世界に木霊する探偵の大きな溜息。


A:安い挑発。お里が知れるわね。だけど、えぇ、いいでしょう。あえて乗ってあげるわ。ニンゲンでは辿り着けない真実の領域を開いて暴いて解いてあげるのが探偵ですものね。その役割を全うする為に、あなたのくだらない挑発にのってあげる。


Q:御託は良いので早くしてください。



 ――――インタビュアーの偏在する幾つかの並行世界が探偵の右触手ウデによって握りつぶされる。小競り合いの範疇だ。


A:そのままの意味よ。


A:アレ自身は何も望んでいない。それどころか意識すらしていない。だけどアレは、運命の眷族神私達よりも運命に愛されている。未来の記録によれば、『触覚まったん』とはいえ、『運命と心魂の蕃神あの御方』の一部さえも御すのだそうよ。ウチのねぼすけ様が幾ら未覚醒おきないとはいえ、超神の領分で引っ張り合いに勝つだなんて大概よね? 


Q:話しを――――


A:えぇ、えぇ。分かっているわよ。そんなに急かさないでちょうだいな。探偵の話っていうのは往々にして長くて下らないの。知識を受け取る対価として、大人しく私の長話おしゃべりにつきあいなさい。


Q:……


A:アレはね


A:アレは救世主という役割を全うする為に、最も正しい道を進み続ける生き物なの。


A:特異点達が絡まない歴史であれば、龍の世界の終焉おわりの後に。特異点達の発生後の世界では“烏の王”が戴冠を遂げた後に。破壊神を右手に宿し、失楽園を越えて、やがて無限光の果てへ。そうなるように世界まわりが勝手に動いて、状況に合わせて臨機応変に立ち回りながら救世主としての役割を果たす。コミックの主人公が敵に勝ってハッピーエンドを迎えるのと同じようなノリで、アレは救世主として世界を救う。


Q:何もかもが筋書き通りというわけですか?


A:そうではないわ。アレに保証されているのは、アレの生存とゴールだけ。それ以外の端役に関しては、運命はノータッチなの。


A:だから『降東』を例に挙げれば、アレだけが《帰還の腕環》を使って生き残り他は全滅なんてパターンもザラにあるわ。もっと酷い例で言うと清水凶一郎が『明王』に殺されて、テュポーンの人格だけが残るなんてパターンとかね。そうなったらきっとやり易いわよ。特異点の器と知識だけを継承した破壊神テュポーンの誕生なんていかにもって感じじゃない? 三文悲劇丸出しであまり私の好みじゃないけれど。


Q:つまり我々が介入する余地は全くないと?


A:そうとも言い切れないわ。


Q:?


A:例えば秋頃に私が清水ユピテル他二名に介入した事件を覚えている?


Q:貴女が訳知り顔で現れて、結果何も出来なかったあの回ですね? 探偵ピエロ様。



 ――――ばこしゃり、とインタビュアーの偏在する幾つかの並行世界が探偵の左触手ウデによって握りつぶされる。やれやれ、とインタビュアーは肩をすくめる。


Q:図星をつかれたからって怒らないで下さいよ。貴女は救世主への対策として、あの三人に特別な加護を授けましたが、彼等はいずれも別のチームに配属された。これを敗北や失敗と言わず、何というのです?


A:釣りよ。


Q:はい?


A:だから釣りなのよ。通すべき本命守護者メインプランを確実に通す為に、あえてそうじゃない子達に加護を与えたの。


A:テュポーンと救世主が『降東』で早過ぎる邂逅を果たすとして――まぁ実際にその通りになってしまったのだけれど――ソレを邪魔立てする“可能性”を持つ者達が現れたら、“運命”はどのようなシナリオを描くかしら。


Q:除けますね。確実に。


A:実際、あの子達は別のチームに選ばれた。ものの見事に全員ね。


A:清水ユピテル、火荊ナラカ、西秋院虎白。私の加護を持った三人が選ばれないという事は、残った六人の中から旅の仲間が選ばれる。


A:そうなるとまず黒騎士の可能性ラインが除外されるわね。運命にもルールがある。他チームの先導者を務める彼が、清水凶一郎と同じチームに入る世界線は……まぁゼロとは言わないけれど極端に少ないわ。


A:何もかもを変えているわけじゃないのよ。というよりも、私がそう出来なくさせた。


A:幾らアレが全知性体殺人事件の犯人とは言え、今はまだ幼体。二つも三つも運命の天輪を動かした上に、真神と綱引きまでしたら、流石にキャパシティオーバーでしょ。


Q:まぁ、貴女が負けた事実に変わりはありませんが。


A:存分に嘲笑いなさいな、ベイビーミイラ。事件を解決に導く為なら、幾らでも恥をかくのが探偵よ。


Q:…………


A:運命は、私が加護を与えた三人を払いのけた。けれど、残りの選出は蓋然性の高さに従って――つまりおかしな現実改変が起こらなかったという事ね――選ばれた。


A:黒騎士はチームを率いる。清水凶一郎の陣営は、アレにとって唯一安全な運搬役である空樹花音を選ぶ。除けた三人は黒騎士へ。烏の王は彼にとって最も蓋然性の高い選択肢である蒼乃遥を傍らにおき、対となる特記戦力であるハーロット・モナークは黒騎士の方へ。最後に消去法として『逆理』があちら側に引き取られて編成完了。


Q:ダメじゃないですか、完全に。時の女神の眷族神も、結局肝心なところで離されてしまったし。


 夢の世界に、千の笑い声が這い寄る。


Q:なんですか、その気味の悪い嘲り方。


A:いえ、ごめんなさい。とんだ童貞ベイビーもいたものだと思って――。


 探偵の観測領域である幾つかの世界線が朽ちて滅びた。不要になった世界線ラインを剪定する役目を担う観測者達の少しだけ悪趣味な戯れ。


A:いいこと、大人赤ちゃんベイビーミイラ。愛の力というのはそれなりに偉大なの。だから――――







◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・メディカル・ルーム



「テュポーン……?」


 我が渾身の自己紹介はじめましてに対するソフィの反応は、そりゃあ訝しげなものだった。


 こいつは基本誰に対しても悪感情は抱かない。だから拒絶される心配はまぁないとしても、それなりにビビるんじゃねぇかと気を揉んでいたのだが……まぁそこは流石聖女様だ。


 驚いているし、状況に対する疑問符こそ浮かべているものの、ただそれだけだ。


「それは凶一郎様の天啓レガリアの名前では?」

「あぁ、合ってるよ。おれは<外来天敵>から出力された外付けの人格メモリ。『天城』の悪夢と、産みの親の設計図に、先の歴史をまぶして作られた本物よりも真正なる贋作フェイク。要するにバカクソ強ぇ<外来天敵おれ>の副作用として産まれた自我おれってわけ」

「! それでは……凶一郎様は!?」



 あぁ、流石としか言いようがない。この状況で、他人の為怒っているのだ。

 若い頃ならもう少し自己中心的やらかわかいかとも思ったんだが、こいつの利他性は筋金入りらしい。

 ほんと、馬鹿な奴。



「安心しろ。別に取ってくったりしてねぇよ」


 とはいえ、ここでこいつに誤解を受けるのは本意じゃない。


 ソフィは自分に対してはとことん無頓着な奴だが、他人の為なら怒れるのだ。

 そういうタイプの人間に――まぁこいつの場合それが極まり過ぎているのだが――わざわざ嫌わると分かっていながら、すかした態度で煙に巻くのは愚の骨頂。


 だからおれは混じり気のない真実の言葉を奴に伝えた。

 清水凶一郎とは、どういう仕組みの人間であるのかを。

 


「ニ重人格とも、ちと違う。接している他者ニンゲンによってキャラを変えているのさ。ほら、会社での自分と、趣味仲間と遊ぶ自分と、恋人や家族と過ごす自分ってちょっとずつ違うだろ。アレの延長みたいなもんよ」


 普段は「俺」が思考の大半を担っていて、姉や会津の事になると「オレ」が顔を出す。

 境目が曖昧だから、小さな例外はそれなりにあるが──例えば昨日、おれが遥との会話に口を出した件とかな──、基本はこうだ。

 逆に夜なんかは起きてても仕方がないので色んな意味で俺以外は寝ている。


「おれ達は、好きな女の前に立つと人が変わる」


 で、そしてそこに新たに「おれ」が加わったってわけ。

 で、そのトリガーは言うまでもなくこいつだ。


 ソーフィア・ヴィーケンリード。

 馬鹿で強情でだけどとびきりに良い女。


 世間の評価や歴史的な意義は関係ない。おれにとってこいつは救世主それ以上でもラスボスそれ以下でもなく、ただの女なのだ。


 ただの好きな女。

 おれの意識は、こいつを引き金として目を覚ます。



「つまり、凶一郎様はご無事なのですね」

「あぁ、無事さ。侵されたわけでも呑まれたわけでもない。おれは清水凶一郎という器のルールに従って自分の権利を行使している正当な人格じゅうにんだ」


 少しの沈黙。そして再び開く聖女の唇。


「テュポーン様」

「様はいらん。呼び捨てにしてくれ。おれはお前にそう呼ばれたい」

「……テュポーン」

「おう」


 ソフィはどんな相手にも「様」をつけて恭しく接するが、頼めば意外とこちらの好みに合わせてくれる。

 恐ろしく人に好かれる性質だからお姫様扱いされるだけで、割りと本人はノリが良い気質なのだ。


「貴方が現れた理由……」

「その理由ってのは“原因”? それとも“動機”の方?」

「後者です。貴方がわたくしに会いに来た“目的”と言い換えてもいいかもしれません」


 おれは笑った。

 目的ね。んなもんは決まってる。



「特異点達の介入によりこの世界の歴史は大きく変わろうとしている。だからおれ達も――――」


 




「にゃあ」





◆◆◆



A:だから弱り切った貴女の紡ぐ運命程度なら、猫はたやすく破って追いつくわ救世主。


A:超神代理闘争? しないわよそんな馬鹿な事。でもそうね。あえていうならこれが私達の超神代理闘争。


A:さぁ、役者はここに出揃ったわ。

  


―――――――――――――――――――――――




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