第三百十六話 ポイントオブノーリターン2
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・メディカル・ルーム
広い廊下を渡り、スケルトンクリア式の
行き先は会津の待つ第三ラウンジ――――ではなく、今朝方世話になったばかりのメディカル・ルーム。
目的は懺悔? いや、告白かな?
何せ、これから始める“攻略”は、かなりタフだからな。
いざという時ブレない為に心のメンテナンスを行って、万全の状態で会津の所へ向かいたかった。
――――彼との約束は、十九時半。
それまでの、大体三十分にも満たないカウンセリングで一体何が変わるんだと思われるかもしれないが、ウチのカウンセラーは他ならぬ聖女様だ。
「お待ちしておりました、凶一郎様」
無人の医務室の所長席にちょこんと座るお下げの少女。
純白のワンピースに着替えた彼女の姿は、いつものように淑女足らんとするしとやかさと十代のあどけなさが奇跡の配合で共存しており、見ているだけで心の中の荒んだ気持ちが癒されていく。
「ごめんね、探索明けに」
「いえいえ。傷ついた方を癒す事がわたくしの本分ですから」
1/fゆらぎと呼ばれる特別な
ざっくばらんに解説するとそれは「人間を心地よい気持ちへと導き、身体と心にとても良い影響を与える音」であり、その声の持ち主が唄う歌は、万人に親しまれる素質があると言われている。
彼女の声はソレの完成系であり、理想形であり、究極系だ。
声を発するだけで万人の心を癒し、愛され、推したくなる――――まさに神の声だ。悩みも不安もソフィさんの声を聞いているだけで薄らいでいく。
「それで、わたくしに折り入ってのご相談というのは?」
「あぁ、うん。……いや、相談というか、ただ話を聞いて欲しくってさ」
今朝の事を思い出す。
腹を下して、一縷の救いを求めてやって来たメディカルルーム。
そこで彼女に癒してもらって、その後少しだけ話を聞いてもらった。
「なにも」
それがすごく効いたんだ。
ともすれば、腹を治してもらった事よりもそっちの方が嬉しかったって位にガツンと効いて、道士の襲来から矢継ぎ早に押し寄せてきたストレスの波濤を根本から救ってもらった気さえした。
「なにもソフィさんに責任を押しつけようだとか、選択を君に委ねたいってわけじゃないんだ」
時の為政者は、お抱えの占い師を雇い彼等の意見を仰いでいたと言われている。
その気持ちは痛いほど良く分かる。だって何かを決めるのってすごく怖いじゃないか。
間違っていたらどうしよう? 失敗した時のリスクは計り知れない。だけどここでこの選択を選ばなかったら、きっとやらなかった後悔が募ってしまう。
ましてやそれが自分以外の誰かの命や運命を背負う選択肢だったら尚更で、
だから誰かに判断を仰ぎたい、自分にのしかかる重圧を少しでも軽くしたい、
だけど、
「俺は自分のやるべき事を知っている。そしてそれは、俺自身がそうすべきだと判断したからなんだ」
愚かしくても、間違っていても、格好悪くても、自分で決めた事には自分で責任を持ちたい。
ストレスも、プレッシャーも、心に溜まる黒い澱みの量も半端じゃないが、それでも俺は自分が選んだ
「だから本当に、話を聞いてくれるだけで良いんだ。肯定も否定も慰めも叱責も全て受け入れる。その上で、」
「貴方は変わらず進むのですね」
「あぁ」
彼女に委ねたいわけじゃない。
ただ俺の話しを聞いてくれれば、それだけで良かったんだ。
◆
「そうだな、どこから話そうか」
時間もないし、あまり長々と話しこむわけにもいかない。
おれは彼女のライトグリーニッシュ色の瞳を見つめながら、ゆっくりと口を開いていく。
「まずはそう、……そうだ。そいつの生い立ちについて話そうか」
綺麗に整備された白タイルの床。鼻孔を掠める金木犀のアロマ。名前の知らない観葉植物が何故か気になって仕方がない。
あぁ、なんというかおれは今、柄にもなく緊張している。
「そいつの親、……いや正しくは、“産みの親”とでも呼ぶべきなのかな」
ゲーム時代に彼が発した言葉を思い出す。
産み出した者が親ではないのだと。
血縁とは最も繁栄した呪いに過ぎないのだと。
彼は自嘲じみた笑みを浮かべながら、主人公達に語りかけたのだ。
「兎も角そいつが本当に最悪な奴でさ、ガキをガキと思わず平気で自分の所有物だと思っていやがる最低の
虐待というのとも、ちょっと違う。
気に入らないから殴るというよりは、炎天下に
「思うにその
暗い部屋に閉じ込められ、
だけどそいつは泣く事も、怒る事もなかった。
ただ当たり前のように受け入れていたのだ。
機械的に。虚無的に。何もかもが無価値という捩じれた博愛精神をもって。
「殺しとか、破壊とか、まぁ世間一般にいわれる“悪い事”を何度もさせられた。気に入らないところがあれば直ぐに
ソフィさんは何も語らない。
ただ真剣に、おれの言葉を聞きいれて、受け止めてくれている。
「で、ある日突然棄てられた。役割が終わったとか何とか、それらしい御託をベラベラと並べられて、それで丸っとお役御免さ」
「そいつの人生に救いはなかった。少なくとも、親ガチャに関しては大失敗だったと言ってもいい」
ガチャの重みが分かってない奴等は、知りもしない癖に「努力すれば変われる」だの「
そいつ等は虐待された経験もない癖に、虐待された奴等に説教をかます。
そいつ等は親の金で何不自由なく暮らしてきた癖に、恵まれない奴等を努力不足と嘲笑う。
そういう奴等を数えきれないほど、彼は踏みつぶした。
“視れ”ば大体分かるのだ。
その人生がどれだけの幸福に富み、どれだけの勝利に彩られ、どれだけ環境に恵まれていたのかが。
「生い立ちが不幸に塗れたそいつは、何もかもを憎み、徹底的に恨み尽した。自分こそが最も不幸な存在だと。自分より幸福な道を生きてきた人間にこのキズの痛みが分かる筈がないのだと。そいつは長い事、深い深い奈落の底で赫怒の気炎を燃やし続けたのさ」
――――分かるが故に容赦はしなかった。
全てを蹂躙し、否定し、禁じて、そいつのアイデンティティを真っ向から否定する。
人生最大にして最後の挫折を最上の調理法で喰らわせる。
そいつは呪われているが故に、不幸であったが故に強かった。
だから、
「だから“彼女”を初めてみた時、目を疑ったよ」
――――鮮烈な光景だった。
決して忘れる事はない、忘れる事の許さない運命の日。
「自分よりも不幸で不運で不遇で不自由な子供時代を過ごしていた筈の人間が、誰よりも正しく清らかであろうと励んでいる。……奇跡みたいな在り方だった。まぶしくて、見てられなくて、狂おしい程妬み嫉んだ」
「あ、あの、凶一郎様」
「……?」
ソフィさんの表情に僅かばかりの当惑が見える。
輝くライトグリーニッシュブルーの霊子。ソレはまるでキスをするかのようにおれの赤粒子とぶつかり合い、混ざって溶ける。
「その、大変申し上げにくいのですが、そろそろお時間の方が……」
「ん。あぁ」
メディカルルームの東側に置かれた丸型の掛け時計が、午後十九時二十七分を指し示している。
会津との約束の時間まで後三分。
少しペース配分を間違えたかもしれない。
しかし、
「そんな事はどうでもいい」
野郎との逢瀬など些事に過ぎないと一笑に伏しながら、同時に強い疑念が湧く。
「おれは今、お前と話したいんだソフィ」
待て。
「えっと、あの……分かりましたっ。凶一郎様がそう望まれるのであれば」
望んでない。頼んでない。言って、
「安心しろよ。責任はおれが取るから」
言ってないのに。
「馬鹿な奴だった。欺瞞ではなく、偽善ではなく、
身体が自由に動かない。
まるで他人の台詞を聞いているようなそんなよそよそしさを感じながら、俺は凶一郎の言葉を聞いている。
「強制ではなく、一体化ではなく、滅びを前提とした現状維持でもなければ、独り善がりの幸せの押しつけでもない」
何が起こっている? 俺達の身体が急に誤作動を起こしている。
「意志のない魔法のランプじゃない。誰かを除け者にした選別の方舟でもない。不要な感情を抹消するわけでもなければ、多様性を否定する者でもなく、光も、闇も、どちらにもなれない者達も平等に受け入れ、どれだけ長い時間がかかっても必ずみんなを救うと心に決めた」
……本当に?
“「馬鹿なやつだったよ」
おれは言った。
「馬鹿みたいに真面目で、馬鹿みたいに人を愛していて、馬鹿みたいに世界の平和を願ってた」”
――――本当にこれは急変で、空から隕石が降って来るかのような予想もつかなかったアクシデントで、何の予兆も伏線もなく現れたイレギュラーなのか?
“聖女を悲しませてはならない。
それはおれ個人がこのきったない絵面を見せたくないと思うが故のエゴであり、同時に世界の安寧を保つ為の措置でもある”
――――否
“「つまりおれ達もギャルゲーもすれば、激つよ
――――予兆はあった。確かにあったのだ。
――――特定の誰かへの執着。
――――自分のポリシーと矛盾したアイディアの提言。
“「まぁ、聞けよ。遥。何もおれは自分のハーレムが作りたいって言ってるわけじゃないんだ」”
――――繰り返し繰り返し人知れず、ソレは
“「……ぐぅの音も出ない正論だ」
「わたくしの正しさなど、どうだっていいのです。もっと建設的な話をしましょう。凶一郎様のお身体を悩ませる根本的な原因は何なのでしょうか?」
彼女がおれの為に怒っているという事象が、何故だか無性に嬉しかった。”
――――その秘密の
“何度時間をやり直しても、おれはお前を喰いにいく”
――――見逃し、続けて
“『
“『いいえ。それ以上です。何せこの天啓は、マスターが■■■■■の精霊使いになるのではなく、マスター自身が■■■■■になるのですから。言うなれば――――』”
邪神はかつて言った。
天啓<外来天敵>とは、「清水凶一郎が■■■■■である」という定義を世界のルールに紐づける法則であると。
種族が■■■■■になり、身体性能、霊的性能性、その他赤い嵐が持っているとされるあらゆる異能、理、特殊技能が
だが、定義とは何だ?
赤い粒子が出て、天敵法則を使いこなせばそれは■■■■■なのか?
違う。勝手に説明書を呼んで、俺がそうだと思っていただけだ。
仮説を立てる。最早全てが手遅れになってしまった大馬鹿者は、今になってようやく天啓<外来天敵>の真の意味を知る。
――――自我の侵食ではない。それは違うと邪神がわざわざ教えてくれた。
だが同時に、清水凶一郎が■■■■■であると定義づける為には性能や種族だけではなく、キャラクター性というOSが必要であったとしても何もおかしな話ではない。
矛盾しているようだが、単なる言葉遊びだ。
侵食はしないが、同居はする。
“偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス
原初にして贋作を束ねた稀代の二次創作作家が作り上げた
そして■■■■■の産みの親でもあるダンジョンの神は、彼の
そこに『ダンマギ』という■■■■■の未来と末路を描いた
「約束通り喰いに来たぜ、救世主」
未来の記憶を有した■■■■■の降誕というバグが成立する。
◆◆◆
必ずこの時が来ると信じていた。
何故ってそれは
奴の運命が世界救済へと向かっているのなら、片腕であるおれが出ないわけにはいかないからな。
蒼乃遥が現れず、イレギュラー達の干渉も抑えられた凪の時間。
特異点達の介入によって、世界の歴史は今大きく変わろうとしている。
怪しい動きをみせる超神達。どちらに転ぼうが歴史の転換点となり得る聖夜の戦い。
何もかもが無茶苦茶だ。あらゆる事象が特異点を中心に狂い始めている。
だからそれに合わせてこっちも
何せおれ達は一度負けてんだ。
万全の準備をして、幾重にも策を巡らせて、あり得ない程の力まで行使して、それでも
計画を修正する必要がある。
そして運命にとことん愛されているこの聖女様は、またとないタイミングでおれを
相変わらずぶっ飛んだ女だ。
だけど同時に嬉しくもある。
おれは破壊神である前にこいつの右腕なのだ。
その役割を最もうまくこなせると判断されたからこそ、おれはここにいる。
「(邪魔をするなよ
さぁ、始めよう。
目覚めの時は、ここに来た。
「貴方は……一体?」
「清水凶一郎だよ。俺でもなければ、オレでもないが、確かに正しく清水凶一郎だ」
天啓の制約の元、おれ達は平等におれであり凶一郎でもある。
だからこの説明で何も間違っちゃいないのだが、それだと少し味気ない。
なんで、そう。敢えて昔の名前で名乗らせてもらおうか。
「あぁ、だがソフィ。出来る事ならお前にだけは、この名前で呼ばれたい」
破壊神。
外来天敵。
真紅の嵐。
どれもこれもそれなりに思い入れがあるが、やはりおれは、
「おれの名前は――――」
タダ、ひとつ。
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第二百二十話 「ポイントオブノーリターン2 I am」
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運命の転輪に、
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・お知らせ
「チュートリアルが始まる前に」コミカライズ第一巻が、本日7月26日午前零時より(つまりたった今より!)発売致しました。
電子書籍版は例のアレにより予約不可の状態でしたが、発売日と同時に問題なく配信開始致しましたので、是非是非お楽しみ頂けましたら幸いですっ!
1巻には書籍版を軸にした凶一郎オリジナルの裏ボスダンジョン大冒険やアル、そして遥さんとの出会いなど見所が幾つも幾つもあるのですが、なんとここでしか見ることのできないおまけコンテンツも充実しております。
私の設定解説や、ここでしか見れないカカオ先生の書き下ろしイラスト、そして○○発行券(発光券じゃないよ!)もバッチリ発行されている上に、それを十全の作画力で書き上げた最強のおまけ漫画まで!
驚天動地の超神級作画でお送りするコミカライズ版「チュートリアルが始まる前に」をお好きな媒体で堪能して下されば幸いにございます(なお紙版を特定の店舗でご購入頂くと、とってもにゃんにゃんな書き下ろしブロマイドがついてきます! 詳しくは、作者のXや近況ノートの方をご確認くださいませーっ!)
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