第三百十五話 パーティー構築論





◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十層



 夜の荒れ野に静寂が訪れる。

 領域を守る守護者が消え、抜け殻となった三十層。

 帝釈天の退去は彼の神格に呼応して猛り狂っていた雷の御魂を鎮め上げ、夜空に穏やかさという名の終幕を組み与えた。



「(……強かった)」


 術式を解き、大きく息を吐く。

 バトルの結末だけ見れば、即死のワンパンKOであったものの、誰か一人でも欠けていたら相当きつい勝負になっていただろう。


 花音さんの『アテナ』がパーティーの戦力を大幅に増強し、それをソフィさんの祝福が更に上の次元へと高め、俺がコンボ成立までの時間と戦況を整え、最後に会津の大技が火を噴いた。


 このパーティーの構成を思いついた時から一度は試してみたかった即死コンボ。


 詠唱顕現『アテナ』の“全軍英雄化”と聖女の“祝福”という系統の異なる二つの究極強化で等級の壁すらも超えた限界を超越し、亜神級上位ただでさえ凶悪な会津の『冥府』を亜神級最上位スプレマシークラスの出力でぶっ放す。


 本来であれば諸々の準備に結構な時間を要する浪漫コンボも、俺の〈外来天敵〉と【四次元防御】の併用で防護結界を作ってやれば幾らでも時間ターンを稼げる。


 一部のトンチキ共のせいで、『ダンマギ』というゲームは一番強い冒険者キャラに雑に殴らせておけば勝てるゲームんでしょ、なんてイメージを今まで抱かせていたかもしれないが、それはとんでもない誤解だ。


 『ダンマギ』の基本はいつだって、パーティー戦。

 圧倒的な個を持つ敵に対し、こちら側は複数人による相互作用シナジー能力の組み合わせコンボを駆使して勝利を紡ぐというのが、勝ち筋セオリーなのだ。


 その点で言えばこの帝釈天戦は、非常に“らしい”勝ち方だったと思う。


 各々が自分の役割を十全以上にこなし、現存する桜花のダンジョンで比較するならトップ20には入るであろう強敵をエース不在の四人パーティーで抑える事が出来た。


 これは喝采すべき快挙であると同時に収穫である。


 特にパーティー戦での自分の使い方が言語化できるレベルで理解できるようになったのは、個人的にかなりの収穫だった。



「(ヤベェ……! 想像以上に使える……!)」


 単体でもかなりやれるようになってきたと思ってはいたが、パーティー戦での唯一無二性オリジナリティは、単体評価サシの比ではない。


 

 〈外来天敵〉と【四次元防御】の組み合わせによる【赤嵐防護結界】の発生は、あらゆるコンボ技の成立を受け持つばかりか、いざという時の緊急避難先シェルターとしての役割もこなす事が出来る。


 また、ネックである〈外来天敵〉の法則強度もソフィさんと花音さんの二重強化で固めてやれば相当上の次元まで引っ張るれるから、今まで以上の無茶が利くようになる。


 このシステムソフィ×花音×凶一郎の優秀な点は、バフ役と調整役を務める花音さんと俺の双方がメインアタッカー役もこなせるという汎用性の高さにある。


 純粋なサポート特化はソフィさんだけで、後の二人はどちらも討伐者フィニッシャーを務められるだけのポテンシャルがあるから、今回のように他の仲間の介助に回ってもいいし、自分達で決めたっていい。


 窮地に陥りそうな時は、俺×ソフィさんで一度【赤嵐防護結界】を生成した上で、急速治療。


 定員五人のパーティーで想定してみても彼女達は、それぞれ『支援役サポーター』と『運搬役マウント』という欠かす事の出来ない役割を持っているからどんなダンジョンでも絶対に腐らない。


 そこに遥のようなエースと、そのダンジョンに適した特攻キャラを配置すれば、


 ①エースによるゴリ押し

 ②特攻キャラによる役割破壊

 ③ソフィ×花音×凶一郎のトライアングルフォーメーション


 みたいな形で三方向の戦略を同時に展開できるようになるから、相手側に相当なプレッシャーをかける事が出来る。


「(これもしかして、汎用テンプレパが完成したんじゃないか)」



 テンプレパーティー。

 強さと汎用性を兼ね備えた一つの黄金式。

 多くのダンジョンに対応できるこの組み合わせは、今後のパーティー選抜で俺が最初に目指すべき基準となるかもしれない。


「(……いや、これヤッベェな。対応力が半端ない)」


 桜花トップ20レベルのボスを一方的に倒せるほどの戦術骨格フレームワークは、現時点でさえ五大クランでも通用するレベルの傑作である。


 加えて――――



「! なんか私、新しい術式スキルを覚えられそうです!」

「まぁ、花音様も? 実はわたくしも……」



 “禁域”産亜神級最上位スプレマシーの四人討伐。これ程の偉業を収めれば、当然その経験値たいかも莫大なものになる。


 ……そう、このシステムは使えば使う程強くなるのだ。


 使いやすい上に、応用の幅が広く、更にやり込めばやり込む程システムのレベルが上がっていく。



「(やべぇぞ、やべぇぞ。これは)」


 とんでもない発見をしてしまったかもしれない、と一人子供のようにはしゃいでいるところに本日最大の功労者が涼やかな笑みを浮かべながら近づいてきた。



「お疲れ様です、リーダーさん」

「おおっ! お疲れ会津!」



 オレは気持ち声高めで、彼の活躍を労った。



「いや、マジですげぇなお前。亜神級最上位一撃必殺ワンパンとかヤバ過ぎだろ! オレ、あの即死技決まった時ブルッちまったもん。お前すげぇよ、マジすげぇ!」


 演技ではない。

 心からすごいと思ったからこそ漏れ出た賛美。


 実際、彼は良くやってくれた。


 『冥府』の疑似的な亜神級最上位スプレマシー化という並外れた力を涼しい顔で乗りこなし、あの驚異的な広範囲即死攻撃を一度の挑戦で成功させたのだ。



「お前、これだけの腕があって、只の『妨害手』だったって絶対ぜってーウソだろ! 強過ぎるって『冥府タルタロス』! 敵ナシだってその術式スキル!」

「ハハッ、褒めるべきは空樹さん達の術式の方ですよ。僕は彼女達がくれた力の恩恵にあやかっていたに過ぎません」

「またまたー! 謙遜しちゃってコイツ!」


 どれだけ強力な支援を受けたとしても、それを扱う術士がくだらなければ大した成果は出ない。


 サポート役に回ってくれた彼女達の献身が素晴らしかったという点についてはオレも二の句も無く同意だが、同時に今回の勝利は、会津の実力があってのものだという事も忘れてはならない。


「どう? なんか新しい術式覚えたりした?」

「残念ながら。『レヴィアタン』戦で獲得したばかりですし、そう簡単には溜まらないみたいです」


 僕の精霊は、成長が遅いのでと自嘲を含んだ笑みで語られた彼の言説に、オレは深い共感の念を寄せる。


 死属性の精霊は、特別で強力な性質を有している分、その成長が非常に遅い。


 亜神級上位の段階で、一部の亜神級最上位スプレマシーと渡り合う程の出力と術式集束性を持つ代償とでも言うべきなのだろうか。この属性を宿した精霊は、全ての精霊種の中でも一際レベルアップへの歩みが遅く、真神の領域に至った個体数も極端に少ない。



「オレのも育つの遅いから、お前さんの気持ちは良く分かるよ」

「リーダーさんの精霊ウェイブスも、相当難儀ですよね」



 ウェイブスというのは、ウチの邪神様を公式で言及する際に俺達が使っている名前である。


 『波の乙女ウェイブス』、特別な時間属性を有する亜神級で登録した際の精霊等級ランクは亜神級中位。

 術式は強力だが成長が遅く、まるで死属性のようなランク詐欺と大経験値メシ喰らいという特性を持っていたが故に中々次の段階に進めずに足踏みしていたのだが、ここ数カ月の間に起こった邪龍王、偽史統合神殿との激戦を通して成長し、最近ついに亜神級上位にランクアップを遂げた――――というのが一応のカバーストーリーとなっている。


 あぁ、ちなみに『波の乙女ウェイブス』というのは邪神が自分でつけた仮称だ。


 俺はどうせなら、と『白キ刹那ノ騎士剣ヴァイス・リッター』というカッチョ良い名前を提案したのだが、汚物を見るような眼で「死んでください」と却下ボツを喰らった。


 全く、やれやれって感じだろ? 千年以上眠っていたせいなのかな、ちょっとだけ名付けのセンスが古風なんだよ、アイツ。



「あぁ、オレも最近新しい技覚えたばっかだったから、進展ナシって感じだよ」

「お揃いですね」

「確かにな!」



 ハハッ、と軽く笑い合う。

 お互い腹に一物抱えている者同士の会話だ。

 そこに真意や本意がどれだけ含まれているかなんて分かったものじゃない。


 だけど、それでもオレは思ってしまうんだ。

 例えこの愉快な会話に含まれている楽しさが欺瞞に満ちたものであったとしても、胡椒粒一つくらいでもいいから、そこに真実ホンモノが宿っていてくれたら嬉しいな、と。


 そんな風にガラにもなく思ってしまうのだ。




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ゲストルーム(凶一郎と遥の部屋)



 三十層の戦いを終え、本日のノルマを無事に済ませた俺達は、第六中間点で一時の休息を楽しんでいた。


 

 ダブルベッドに置かれた機械式の小型時計が十九時を指し示す。

 遥達と離れてから約一時間。

 三十層のボスを倒し、山のように大きな精霊石をなんとか回収して、それから軽くメディカルチェックを行ってから、簡単な挨拶を済ませて一次解散。


 かなりハードな一時間だったが、妙なやりごたえもある。

 何といっても、自分の中での確としたパーティー構築論が出来上がってきたのが嬉しい。


 あぁ、本当ならこの熱を帯びたまま、遥と二人きりで散歩をして心地よい興奮を余すところなく味わっていたい。



 しかし残念ながら、そうはいかんのだ。


 ここに遥はいないし、この時間は彼女の犠牲によって生まれたもの。


 無駄にするわけにはいかなかった。

 帝釈天の討伐によって生まれた活気ある熱を、色々な気持ちが混ぜこぜとなった義務感で冷やし凍らせ、無理やり冷めた自分を作り上げる。



 遥とガキさんの奮迅によって紡ぎだされた凪の時間。


 この千載一遇のチャンスを利用して、俺は今夜、会津・ジャシーヴィルを攻略する。


「(もう迷うな。俺は自分の為すべき事をやるだけだ)」


 決意を込めて、一歩歩き、そのまま一歩、また一歩と扉の外を目指す。



「(行こう)」



 ドアノブを開き、廊下の方へと身体を進める。


 覚悟はとうに定まっていた。




◆◆◆



 ――――あぁ、もしも。

 もしもあの時に戻る事が出来たなら、

 俺は迷わず部屋に戻り、鍵をかけて、ベッドにの中で休む事を誓うだろう。


 予兆はあった。それも幾度となく。

 だけど俺はそれを見逃して、見逃して、見逃し続けて――――


 ――――そして最後の選択さえも見誤ったのである。




―――――――――――――――――――――――




・次回「第三百十六話 ポイントオブノーリターン2」は7月26日金曜日午前零時配信予定です!

 コミカライズ版「チュートリアルが始まる前に」一巻の発売と同時に配信される第二部屈指の特別なストーリーを皆様是非是非お楽しみにっ!







 


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