第三百十四話 パーティープレイ






◆術式と法則の違いについて



 亜神級最上位以上と未満の間には「法則の壁」というものがある。


 

 法則の壁。

 こいつは言ってしまえば、世界に新たな常識ルールを刻めるか否かという区分けである。

 亜神級最上位に達した精霊の術式は、基本的に同格に満たない術式で破る事は叶わない(ただし死属性のみ例外だ。アレだけは黄泉の国より、死という絶対不変の定義を流出させるという特別な性質を持つ都合上、ワンランク下の位階でも場合によっては“法則”を喰らう事ができる)。


 まぁ、これだけだと何のこっちゃなのでもう少し噛み砕いた言葉で説明しよう。


 そうだな、じゃんけん。じゃんけんを例に話してみようか。


 まず、グー、チョキ、パーの三つの役。これが術式スキルだ。

 俺達精霊使いは、通常、これらをうまく使い分けながらクールな勝負を行っている。



 グーはチョキに勝ち、パーはグーに勝ち、チョキはパーに勝って、同じ役あいこだったら引きわけさ。


 完全な平等とまではいかないが、大多数の人間がこれならば公平感があるだろうと納得するシンプルながら優れたゲーム。



 しかし法則使い達は、ここに「グーにもチョキにもパーにも勝てる最強の役ダイナマイトを自分だけが使える」という俺ルールを持ちだしてじゃんけんを滅茶苦茶にしやがるのさ。


 普通の術式グー、チョキ、パーでは、法則使いに勝てない所以はここにある。


 自分に都合の良い常識を押しつける特権的な立場、相手の術式を圧倒する出力。


 それ故に彼等と相対する為には、俺達も同等以上に強い権利を主張する他にない。


 逆を言えば、一度「ルールを変える立場」に立ってしまうと、それまでのじゃんけんゲームが全く別の代物になり変わってしまうって事なのさ。


 だって自分だけが最強の役ダイナマイトを使えるなら、そしてその勝負に命がかかっているとするならば、誰だって躊躇なく使うだろう?


 要するに俺達の勝負ゲームは、根本から変わっちまったのさ。


 ただ普通の術式グー、チョキ、パーをぶつけ合う全うな勝負から「最強の役ダイナマイト」やら「負けるが勝ちあべこべルール」が飛び交う法則のど付き合いに。



 あぁ、本当に。

 随分と遠くまで来てしまったものだ。





◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三十層




 三十層のボス『帝釈天』が司りし法則の名は、『雷零らいれい


 これは「①第一雷霆速度以下の速さで放たれたあらゆる事象に対する回避式適応能力を『帝釈天』が獲得し、更に②第一雷霆速度に達していない事象及び物理的実体に対し、『帝釈天』側は攻撃を必ず当たる権利を有する」というものである。



 ゲームでは、称号「雷霆速度到達者プロヴィデンス」及びその上位称号を持たないキャラクターに対して「絶対回避と絶対必中」の特攻性を有するという形で描写されており、まぁ、言うまでもなくコントローラーを投げたくなるようなクソスキルであった。



 当然、この法則ルールは現在俺達全員に適用されている。


 俺、花音さん、会津、ソフィさん。


 そのいずれも雷速の領域には達していない。

 

 ――――つまり今現在、俺達の攻撃は全てかわされる上に相手の攻撃は全て必中という極めて不利な状況下にあるというわけさ。


 当然、“禁域”の三十層守護者の基礎性能が弱い筈もなく、『帝釈天』は武神共通の神域武術と常在再生能力、二十層のボス『因陀羅大将いんだらたいしょう』の全方位雷撃オールレンジアタックを更に強化した【インドラの神雷】、更にはコイツと明王だけが持つインチキ特性まで持つからさぁ、大変。


 ……もうここまで盛っておいて報酬が精霊石と経験値だけって何の冗談なんだと思ってしまう。


 やっぱ三作目の殺意って他のシリーズと比べても頭三つくらい抜けてんのよ。


 これ、桜花だったら普通にベスト20くらいにはランクインするレベルの最終階層守護者スペックだからね。


 なんでソレが最後から二番目の中ボスポジションやってるんだろう。


 何もかもが異次元過ぎて流石にキレそうだった。

 今朝、ソフィさんに治してもらったばかりのポンポンがすっかりまた「痛い痛いペインペイン」と泣きわめいていやがる。



「【赤嵐防護結界】」


 《時間加速》×〈外来天敵〉で高速生成した赤い嵐をドーム状に固め、その上に【四次元防御】を付与を加えて完成させた即席の絶対安全圏セーフティエリア


 奴が自己紹介じみた白雷チャージを行っている僅かな間隙をついてのオブジェクト生成であった為、その直径は十メートルにも満たないものの、まぁ十分さ。

 粒子を通じて霊力の光源を作り、仲間達と向かい合ってパーティーの準備を始めていく。



「花音さん、『帝釈天』の法則の弱点はどこにあると思う?」

「はい! 本人が雷の速度で動けるわけじゃないところにあると思います!」


 大変お元気な返事であった。

 そして彼女の答えは概ね正しい。



 『雷零らいれい』は、『帝釈天』が雷速に至る能力ではない。

 彼はこの法則の適用下において、確かに雷神の如き絶対性を有しているが、その本質は相手を下げる事による疑似的な雷霆速度到達者プロヴィデンスの実現、要するに俺と同じ弱体化デバフよりの支配者なのだ。


 この違いは、数少ない『帝釈天』の穴とも言える。


 確かに攻撃は当たらないし、あちら側の攻撃はおしなべて必中ではあるものの、こうしてセーフティゾーンは作れるし、未来視であいつの行動を読む事もできる。


「(……まぁ、そうはいっても十分速いんですけどね)」



 ゲーム時代、『帝釈天』の敏捷性アジリティ設定は、ひとつ前の『日天』を上回る値を記録していた。


 攻略データを参照に現実の速度換算で両者を比較すると、『日天』が50-60km/s に対し、『帝釈天』が70-80km/s



 音速に換算するならマッハ205から235

 秒速150キロメートルの壁とも称される第一雷霆速度ステップリーダーの最低ラインと比較しても半分程度の速度は有している。


 奴が礼儀と構える武芸者ではなく、「こんにちわ、○ね!」タイプの外道だったら、とっくの昔に死んでただろうな俺達。



「ミソは、必中ではあっても必殺ではない事。そして必中効果はあくまで狙い撃ちオートエイムでしかないという部分にあると俺は思っている。つまり解答札アンサーは?」

「『アテナ』と『冥府タルタロス』のコンボですね!」



 大正解である。



「絶対回避と必中全方位雷撃オールレンジアタックの護法神。――――あぁ、確かに強力だよ。まともに武術チャンバラごっこでやり合えば、俺達はきっと瞬きする間もなくゲームオーバーだろうさ」


 赤い穴蔵の中での小スピーチ。

 ある者は真摯に聞き入り、ある者は眼帯の下から愛想笑いを浮かべ、ある者は「ちゃんと話についていけていますよ私!」とでも言いたげなドギースマイルを一かけら。



 敵は強大。

 味方は僅か四名。


 少し前の俺達ならばきっと、遥達の影に隠れながら固唾を飲む他になかっただろう。



「だけど」



 俺達もまた、牙をとぎ続けてきた。

 遥達の進化の早さに比べたら、そりゃあ少しばかりおっとりしているかもしれないけどさ、その歩みは確かに俺達を次のステージへと押し上げて、着実に、着実に亜神級最上位おまえたちの喉元まで、



「向こうの流儀に付き合う必要なんざ毛頭サラサラない。向こうが最強の役ダイナマイトで来るんなら、こっちは拳骨ぐーを固めて顔面粉砕パンチだ」



 届くようになったんだよ。





「いくぞお前らっ!」



 防護結界シェルターを解き、白雷轟く夜の荒れ野を四人一斉に駆け抜ける。


 ……実際には俺がソフィさんを抱きかかえている為、足音は三人分なのだが心意気はきちんと四人分だ。



 闇の門がエージェントの上空に顕現し、英雄の守護神は勝利の凱歌を高らかに歌い上げ、聖女の祝福が赤き嵐の中心で清浄な輝きを煌めかせる。



 【赤嵐防護結界】は、パーティー戦でこそその真価を発揮する術式だ。


 どれだけ発動に準備を要する大技だろうが無問題。


 仲間の術式を確実に完成させ、どんな時でも最強最適の状態に引き上げる事ができる。


 『アテナ』の顕現、『冥府』の解放、聖女の多重祝福に天敵粒子の生成。

 絶対防御結界の中で研ぎ澄まされた四つの牙が一つに重なり絢爛豪華な四重奏カルテットをここに刻む。



おん


 雷神の命に応じ四方八方から降り注ぐ護法の白雷。


 数は千、その一つ一つが『雷零らいれい』の法則を帯電し、俺達に必中する理を纏っている。



「(数も質も申し分がなく、おまけに必中効果までついている亜神級最上位の雷。評価甘めで八十五点チビちゃんくらいはつけてやるよ)」


 実際この護法神カミサマとユピテルがやり合えば多分良いところまではもつれると思う。


 最終的には何だかんだでチビちゃんが勝つだろうが、きっと本人も「ハイパー拒絶案件チ○チン」くらいの評価はするだろう。


 だがな、帝釈天様よ。



「《開闢の闇夜calling》」



 生憎こちとら四人チームで挑んでんのよ。


 冥府の門が、雷神の神威を吸いこんでいく。


 《開闢の闇夜calling》――――霊術攻撃を完全に無効化する死属性術式。


 『霊力経路バイパス』や術者の定めた方向性ベクトルといった“操縦性に関わる特定の構成要素”に干渉する特殊な霊力力場を“中”に有した“逆必中”の事象暗黒吸収ヘイトコントロールは、十五層の『波夷羅大将はいらたいしょう』戦を模すかの如く、帝釈天の霊術攻撃を吸引し彼の雷霆ぶきを殺した。



 死属性は、同ランク帯と比べて明かに飛び抜けた出力と集束性を兼ね備えている。

 その“死”は、亜神級上位でありながら並みの法則使いを喰らい尽くしありとあらゆる事象を無明に返す。


 戦場をハーフ第一雷霆速度ステップリーダーで飛び交いながら雷撃の乱れ撃ちを続ける長髪美貌のカミナリ様。


 だけど、無駄だ。アンタの必中ほうそくは、『冥府』の“逆必中ほうそく”に殺される。


 何も難しい話じゃない。単に力比べでこちらが勝っているというだけの明快なる帰結。


 必中は破れ去り、遠距離攻撃という手段カードを一つ失った帝釈天は、即座に周囲の白雷を己の内に帯電させ、誰よりも速く天を翔けた。


 遠距離理戦から近距離戦への迅速なる切り替えスイッチ


 絶対必中と絶対回避の二重法則を擁する亜雷速の護法武術は、瞬く間の内に俺達を蹂躙し、神に勝利を――――



「!?」



 ――――もたらす事はなかった。



「どうした帝釈天様よ。そんな距離ばしょで息を巻いてたら、いつまで経ってもアンタの拳は届かないゼ」



 半径百メートルの区間に展開された真紅の嵐。


 旋回範囲スケールを百メートルに限定し、分布密度を高めた粒子操作によって構築された濃いめの嵐は、領域内の内外を完全なる赤色に染め上げた。



「あぁ、もしかして入れない? 絶対回避が反応して? そりゃあ随分と面倒な法則のうりょくをお持ちで」



 絶対回避。霊術、物理、デバフ、状態異常の全てを避ける無法チート能力。

 

 どんな強力な攻撃も回避する事ができれば無に等しく、それを法則レベルで実現できる帝釈天はある意味無敵の存在だろう。



 しかし、絶対回避による無敵は、あくまで「避ける」という条件とセットで運用される事象だ。


 


 その力は確かに無法ではあるが、無欠ではない。


 絶対に避ける法則と、絶対に避けられない現実が事象の衝突コンフリクトを起こした時、世界の理はひしゃげた紙袋のように歪むのだ。



「俺の天敵粒子ウイルスは、お前に対する“攻撃”だ。絶対回避の法則がある以上、お前はこの領域に入れない」


 絶対回避。敵の攻撃を絶対に回避する法則。

 赤嵐。直径百メートルの空間に充満する天敵粒子の坩堝。


 絶対避けなければならない法則と逃げ場のない攻撃領域テリトリーが事象の衝突コンフリクト場合、その裁定は、大別して三つのパターンに分けられる。



 ①絶対回避の法則は発動せず、帝釈天は攻撃領域テリトリーに侵入ができる。

 ②絶対回避の法則が働くが、避けられる場所がない為帝釈天は攻撃領域テリトリーに侵入できない。

 ③絶対回避の法則が働き、攻撃領域テリトリー側が帝釈天を避け、帝釈天は俺達の元に届く。



 恐らく、本来であれば③の裁定が下っていたのだろう。


 帝釈天の扱う術式は法則だ。

 物理的な常識を自分のルールに書きかえる法則使いの術式は、「相手の攻撃が勝手に自分を避ける」なんてシチュエーションを容易に押しつけ、越えていく。


 これには使う法則の相性もあった。

 帝釈天の『雷零らいれい』は、遥や“無敵の人”と同じく“個人型インサイド”に属する。


 一方〈外来天敵〉は、“全体型アウトサイド”よりも狭く、“個人型インサイド”よりも強固ではない中間型バランスタイプ


 対象を個人に縛ることで法則の出力を上げている個人型の法則とぶつかれば、基本的には押し負ける力関係にある。


 だから③が正解なのだ。本来であれば、


 しかし、


増強ドーピングさせてもらったぜ、たっぷりとよぁ」



 それはタイマンで比べた時の話だ。


 こっちには仲間がいる。詠唱顕現時限定で「個人型の強度を備えた全体型」に変身する花音さんの『アテナ』と、聖女の祝福による出力の多重限界突破。



 任意発動型アクティブ術式スキル英雄の守護者パラス・アイギス


 その効力は、無敵概念付与、継続霊力回復、神速肉体復元の三重奏からなる究極の防衛術式。


 任意発動型アクティブ術式スキル勝利神の凱歌ニケ・グローリア


 弱体化の解除及び無効化、亜神級最上位スプレマシーの領域に味方を引き上げる『神域限界突破』


 『アテナ』のバフは味方を亜神級最上位スプレマシーの領域に引き上げた上で無敵化する。


 既に亜神級最上位の位階にいる法則使いにかけた場合は、「個人型の強度を備えた全体型」という覚醒アテナの法則強度が上乗せされ、更に聖女の出力限界突破が付与されれば、その最終発揮値は天文学的な速度で急上昇。



 帝釈天の法則出力なんてとっくのとうに超えてたっていうわけさ。


 そしてこのヤケクソ強化で己の限界の先に辿り着いたのは、何も俺だけではない。



「譲るぜ、奈落の支配者タルタロス。ここはとっくに黄泉の世界なんだって事を、あの雷神様に教えてやんな」

「御意」



 闇が伸びる。

 真紅の嵐を抜けた先に見える荒野を、大気を、雲を、雷鳴を呑みこみ戦場の全てを冥府に飲みこむ漆黒の殺意。



 死属性。

 泉の国より死という絶対不変の定義を流出させるという極めて希有な性質を持ち、亜神級上位のランク帯でさえ一部の亜神級最上位と渡り合える程の高出力を持つ最強属性の一角。


 その力を扱う亜神級上位の『冥府』が、花音さんの『アテナ』により亜神級最上位スプレマシーの位階を一時的に獲得し、更に聖女の祝福でステータスを三倍以上の出力に底上げされたら、どうなるか?



『――――これは』


 驚愕の声と共に、帝釈天が空へと逃げる。

 亜雷速。絶対回避。その二つを組み合わせた長髪の雷神が本気で逃げる姿は、それはもう壮観だった。


 こいつは強い。間違いなく強い。敵として相対した中ではブッチギリで最速。まともな鬼ごっこでは、到底かなわないスピードの世界を確かにこいつは持っていたのだ。


 しかし、



「幾らアンタが速くても、避ける場所がなきゃあ宝の持ち腐れよ」


 染まる。染まる。世界が闇に染め上げられる。


 空を喰らい、星を呑み、ありとあらゆる光を駆逐しなおも広がる死滅の闇黒。


 逃げ場などない。

 回避する隙間すら与えない。


 触れればアウトの死の理が、やがて戦場の全てを闇に包んだその時、


「【奈落の暴帝The Abyss】」



 帝釈天は断末魔の声すら上げることなく闇に溶け、後にはもう何も残らなかった。





―――――――――――――――――――――――


Q:チビちゃんはどうやって『帝釈天』に単騎勝ちするんですか?

A:そもそもチビちゃんは雷使いなので『帝釈天』の『雷零』があまり効かないので相性が良い(+EXLRスキルや、邪神にもらったおみやげの加護も影響してくる)。

 近接戦はハイパー拒絶案件チ○チンだが、老神ジジイに乗って何とかこれをやり過ごし、最終的にケラウノスの黒雷を食った老神ジジイがスーパージジイ(全裸)になって何やかんや第一雷霆速度に辿り着く。

 その後激しい肉弾戦と『帝釈天』の固有加護の凶悪さに苦しめられるも、最終的にチビちゃんが爆死したガチャの怨念を糧に限界突破を決めて華麗なるフィニッシュブローを決めてゲームセット。

 勝利メッセージは、「哀しみを知る者だけが強くなれるのサ」




 今月7月26日に、コミカライズ版「チュートリアルが始まる前に」一巻が発売致します。


 それを記念して7月いっぱいは(火、木、日)の週三更新でがんばらさせて頂きます!


 次回の更新は7月23日 火曜日です! お楽しみにっ!

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