第三百十二話 突然変異体の裏表
◆
オリュンポスという特大の例外のせいで、何でもアリみたいな印象になっちまっているが、あんなイカれたケースは、シリーズ広しと言えども片手で数えられる程度しかなく、基本的に
彼等はただの中ボスではない。
出没するエリア付近の階層主と比べても、圧倒的な出力と個性を持ち、ともすれば最終階層守護者すらも超えかねないポテンシャルを持った個体さえいる。
強力な攻撃、場違いな練度、異次元レベルのバトルAI
まさに彼等は“生きた災害”だ。
そして災害であるが故に誰の味方でもなく、等しく全てを根絶やしにする。
故に彼等は多くの冒険者から憎み恨まれ、同時にある種の憧憬と畏敬をもって誅される。
……なに? そんなおっかなくて面倒くさい化け物をわざわざ倒すメリットがどこにあるのかって?
いやいや、お客さん。それがちゃんとあるんだよ。
大いなる試練には、大いなる見返りが伴う――――
乗り越える山がでかければでかいほど、与えられる報酬も大きく弾む。
それは突然変異体だって例外じゃない。
試練の先にはいつだって、目も眩むような宝が眠っているんだよ。
◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第五中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ブリーフィングルーム:『外来天敵』清水凶一郎
「
近未来的なコンセプトが光る銀蒼のブリーフィングルームにその言葉が響き渡った時、多くのメンバーが怪訝そうな表情を浮かべた。
涼しい顔をしていたのはガキさんと遥だけで、他の乗員は少なくとも呆然、花音さんに至っては「マジで何言ってんだこいつ」という感情が、ありありと顔面というキャンパスに塗りたくられていた程である。
「にゃごにゃごにゃご」
猫師匠だけは、一人我関せずといった出で立ちで山盛りのバケットサンドを食していた。
いい食いっぷりだ。見てて惚れ惚れするような早食いである。
遥は当然、俺の立てた計画を知っている。何せこの作戦は、遥の閃きから生まれたのだから。
「うん、みんなが驚く気持ちも良く分かる。だけどまずは、俺の話を聞いて欲しい」
俺は皆に作戦の主旨を伝えた。
“十三道徳”の襲来、伝説の軍師の名を持つ対極の怪物、陰陽眼に関してはこの世界に存在する姜子牙の逸話になぞらえる形で「もしかして……」というスタンスで語らせてもらったよ。
――――彼が己の名を示した事には少なからず意味があった。教科書に載るような有名人であれば、わざわざ面倒くさい言い訳を考えなくても、
「このままじゃ、どこかのタイミングで“十三道徳”との戦闘になる。裏をかこうにもあの道士様が本物だった場合、仙道に伝わる特殊な眼で、俺達の位置を見透かされちまう」
「だからどうにかして、姜子牙さん達の意表をつく為に『降東』の突然変異体を使おうと、そういう事でしょうか凶一郎さん」
「あぁ、そうだよ花音さん」
桜髪の少女の口角がちょっぴりと上がる。
「全てがコントロールされているからダメなんだ。奴等の虚をつく一打を食らわせて予定通りに事が運ばないようにかき乱す」
何かとハサミは使いようという有名な格言があるように、本来であれば厄介極まりない障害であるはずの“
「この作戦が上手くいけば、大幅に時間を稼げると思う。何せコイツは禁域、『降東』産の突然変異体だ」
黄泉さんより頂いた秘伝の禁域指南書の写しを皆に見せる。
「第二十九層を根城とする
ゲーム時代に相対した俺の所感で言えば、彼の“三界の勝利者”に比べれば流石に劣るが、それでも十分“禁域”の突然変異体を名乗っていいレベルのクソボスといったところだ。
だって普通に覚醒状態になると雷速で動き始めるし、全体割合90%ダメージと頭のおかしい威力の範囲攻撃同時に放ってくるし、おまけになんか体力も明らかにバグってるし。
……うん、相変わらずダンマギって感じだ。少なくとも、俺は『降東』一週目でコイツを起こさなかった。セーブができない『降東』でクソゲー大縄跳びなんざやりたくもないし、何より天啓リタマラが捗らないからね。
「どうかな、みんな? 個人的には良いアイディアだって思ってるんだけれども」
「いいですか」
妨害手が気持ち控えめな所作で、手を挙げた。
「勿論だ、会津。気になる所があれば遠慮なく言ってくれ」
「リーダーさんのアイディア、とても素晴らしいと思います。皇国秘伝の“知識”を用いた突然変異体の“
妨害の
大変、光栄な事である。もしもここで話が着地して終わりなら、さぞや心地よい気分になれた事だろう。
「ですが」
しかし、当然のように彼の話には続きがあった。
さもありなん。わざわざ挙手をして、俺に媚びを売りに来る程会津・ジャシィーヴィルは清水凶一郎を好いていない。
この旅を通して多少は距離が縮まったんじゃないかと個人的には信じたいところではあるものの、客観的にみれば依然として彼は彼のままであり、つまるところ奴の立場は今も変わらず組織の
「この作戦には一つだけ大きな欠落があります」
「というと?」
「仮にこの作戦が上手くいき、首尾よく二十九層の突然変異体を敵側になすりつけたとしましょう」
「あぁ」
「しかしその結果、却って敵側を強くしかねないリスクが生まれるとしたら?」
「
眼鏡の美青年が首を縦に振る。
……まぁ、そうだよな。当然そこを突いてくるわな。
大量の経験値、高純度な精霊石の宝塊、そして何よりも突然変異体からは
俺の<
「課せられた試練が大きければ大きい程、もたらされる恩恵もデカい」という
リスクとリターン。
二つの側面を併せ持つ突然変異体の悪意ある利用法は、本来想定され得る魂胆とは真逆の形で、俺達にリスクを背負わせる。
凶悪な力を持つ突然変異体の“
……そうだな。お前の主張は正しいよ、会津。
この作戦は、上手くいけば敵側の足止めになるかもしれないが、裏目に出れば最悪。徒に敵の能力を強化して終わりになってしまう。
そんな事は、無論承知の上さ。
「……なぁ会津、良い戦略ってのはどういうものだと思う?」
「条件さえ叶えば、必ず勝利を約束するような画期的な一手」
「うん」
「――――ではなく、その計略が
最高の答えだ。やはり彼とこうして意見をぶつけ合うのは気分が踊る。
思考の形態が似ていて、なおかつ読みのレベルが同じ水準にあるからだろうか。
天城後半のナラカと話しているような
「俺も同意見だ。表が出れば勝てるなんてアイディアはただの博打と一緒さ。時にはそういう思い切りも必要だが、理想としてはどの目が出ても勝ちに行ける――――作戦立案者としては、常にこのスタンスを貫きたいものだね」
「敵側の天啓獲得を防ぐ方法があると?」
「ケースバイケースって事さ。遥とガキさんをけしかけて、①二人が倒せそうになかったら、もしくは②討伐に数日を要する強敵と判断した場合は、即時撤退の後、こちらに合流してもらう」
「では、蒼乃さん達が勝てると判断した場合は?」
俺は笑った。
だってその問いに対する答えこそが、今回の作戦の肝であり、骨であり、
「簡単さ。さっさと倒して
最大の美点なのだから。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十九層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>コントロールルーム
午後十七時五十八分、俺達はニ十九層の奥深くで、その“繭”を見つけた。
金色の繭だ。
形は球体で、晴れ渡った冬の朝日の様にキラキラと輝く金色の繭。
その全長は<オリュンポス>と比べてもなお大きく、燃え盛る地獄の大地に焼かれながらも煤一つ立たない様は、明かに常世の理を逸していた。
誰がどう見ても危うさを感じる
……思い出すなぁ、初見プレイ時を。
あ、これ絶対ヤバい奴だって思って全力で現場から離れたもん。
「目標、捕捉しました。……凶一郎さん、本当に良いんですね?」
「あぁ」
俺は湧きあがる卑怯な罪悪感を腹の中に呑みこんで、
「始めてくれ」
花音さんに発進するよう指揮を命じた。
ハッチが開き、二つの人影が地獄の外へと舞い落ちる。
『それじゃあみんた、また後で会おうな―』
『お夕飯までには戻るから、美味しいご飯いっぱい作って待っててニャン☆』
焔の雨降る地の獄を、蒼と黒緑の流星が貫いた。
爆ぜる大地。
割断される幾万の亡者。
白亜の城は、転移門を目指して空を飛び、瞬く間の内に遥達との距離が遠のいていく。
『二人共、手に負えないと判断したらすぐに離脱してくれ』
『ダイジョブダイジョブ、凶さん達は何にも気にせず』
そうして黄金の繭に無数の呪術と斬撃が叩き込まれ、
『一足先に中間点で休んでいて下さいな』
ニ十九層の地平に、目覚めた突然変異体の咆哮が鳴り響いたのである。
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