第三百九話 獅子身中の虫
◆偉人属性について
ダンマギには各シリーズごとに「偉人枠」と呼ばれる特殊なキャラクターグループが存在していた。
あちらの世界における偉人や英雄の名前を冠したキャラクターを登場させ、元ネタに近似した属性を
位置づけとしては「同姓同名な上に似たような経歴特性まで持つ別
陳腐な差別化を図りたかったのか、はたまた各方面に“ご配慮”した結果なのかまでは定かではないが、ともあれダンマギにおける偉人キャラは「そういう立ち位置」として界隈からの認知を受けている。
“厳密に言えば、彼等は我々の良く知る偉人達ではありません。しかし同時に私達は彼等の中に溢れんばかりの
――――これは、かつてダンマギの二代目総合プロデューサーが、ファンミーティングで熱弁した「偉人枠リスペクト宣言」の一幕である。
この台詞そのものについては後に「死にたがりの太公望のどこにリスペクトがあるんだよカス」だの「御社のリスペクトというのは英雄を女体化させた挙げ句、有料DLCで水着コスチュームを売り捌く事なんですか?」だの「普通にトンデモファンタジーとして売っとけばいいのに。変に意識高い発言するから炎上するんだよ」等と散々物議を醸す運びと相成ったわけなのだが、しかるに「偉人枠」というキャラクターカテゴリーが、ダンマギ運営から愛し推されていたというのは良くも悪くも紛れもない事実であると断じる他にない。
ステータスは極髙、専用特性&汎用強特性鬼盛り、最初から付属されている複数のインチキチート
彼等は総じて強かった。
彼等は例外なく秀でていた。
味方であっても、敵であっても
特に人気の高い
そんな「偉人枠」の一角に該当する英雄が、昨夜俺達の前に現れた。
姜子牙。
最古の大軍師にして不死の道士。
その実力は本人が
しかし恐ろしい事に、彼の本領は計略にこそある。
人類史最古の大軍師。
その驚嘆すべき知性謀略こそが姜子牙の最大にして至高の武器であり、特筆すべき逸脱性である事を留意しなければならない。
――――そう。
①俺よりはるか格上の策略家が、
②前触れもなく唐突に現れて
③迫る危機に警鐘を鳴らし、
④こちら側に交渉を持ちかけてきた。
何もないと考える方がおかしな話さ。
いや勿論、彼が善意の第三者であり、俺達に親切で協力してくれている可能性も否定はできない。
白と黒。彼はあの有名な対極図のように二つの側面を矛盾なく孕んでいる英雄だ。
だから本当に姜子牙が俺達の味方である線も最後まで除外するべきではない。
……べきではないが、しかしそれでも俺は、
◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十三層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ブリーフィングルーム:『外来天敵』清水凶一郎
「今後の探索予定だが、姜子牙が敵である前提でプランを組みたいと思う」
銀と蒼を基調とした近未来デザインの会議室に緊張が走る。
『降東』探索三日目、午前七時三十五分。俺達“烏合の王冠”Bチームは、オリュンポス城内のブリーフィングルームに集まり、昨夜の一件に対する緊急対策会議に熱を注いでいた。
月下の第四中間点に突如として現れた謎の道士、繰り広げられた怪物達の饗宴、迫る襲撃者の脅威。
昨夜も軽く話し合いはしたものの、本腰を入れた対策会議は今朝が初である。
夜ではなく朝に議論の場を設けた理由は主に二つあった。
第一に第四中間点には渦中の人物である姜子牙本人が居座っていた事、そして第二に休息を取った上で話しあった方が建設的な意見を交換できるという脳のリソース的な問題。
前者は言わずもがなだが、後者も割と看過できない要件だからな。
実際俺もひと眠りした事で大分冷静に考えられるようになったし、やっぱり適度な休息と食事はマストだと改めて痛感したよ。
「道士様には悪いけど、昨夜あったばかりの他人の言う事を鵜呑みにしてプランを練るなんて危険な真似は俺には出来ないよ」
思考がクリアに働き、奏でる言葉の音色も心なしか軽い。
「ポリコレを名乗るテロリストが俺達を追っている。恐らく三日前に仕掛けてきた奴等の親玉か何かだろう」
「その『報告』自体が
鏡のように磨き上げられた銀テーブルをはさんだ右斜め向こう側に座る中性的な美貌の諜報員。
……そうだよな。お前の立場ならそういう方向に方向に舵を取るわな。
「何の為に嘘をつく必要があるのさ。ここまで降りて来て、テロリストの脅威を伝えて、それで本人は大人しく
「架空の危機を煽り、対価として禁域立ち入りの件を放免する交渉を持ちかける為、とか?」
「だったらこんな回りくどい事なんかせずに、さっさと
「まぁねぇ。姜子牙君の足の速さなら、普通にお隣の国まで一足飛びやろうし」
そもそも姜子牙は死を望んでいるのだ。
極刑など、むしろ喜んで受け入れそうなものである。
「信頼を稼いで仲間になるわけでもなければ、変なアイテムを渡してこちらを呪うわけでもなく、彼はただ迫る危機だけを報せて俺達と別れた」
察するに姜子牙の目的は、第四中間点で俺達をその眼に捉えた瞬間に達せられていたのだろう。
陰陽眼。一度捉えた対象の動きを次元の狭間すら越えて見通す
会津の精霊眼に勝るとも劣らない最高等級の精霊眼を持つ彼の双眸は、俺達の位置座標を絶えず記録し、道士の知恵となっている。
要するにアイツは今、俺達の動きもポリコレ側の動きも完全に把握している状態にあるんだよ。
偉人属性共通のゴリ押しハイスペックとセットで運用すれば、思うがままにゲーム盤をかき乱す事だって朝飯前だろうさ。
「まぁ用心するに越した事はないからね。何もなく終わるならそれはそれで良いわけだし、ここは悪い事が起きた時のパターンに沿って色々と考えていこうよ」
響いた言葉は、会心の
これには会津も大人しく引き下がる他なく、花音さんが小さな声で「あっ、そういう話をしてたんですね」と膝を打つ。
「遥の言う通りだ」
当然この善き流れを見逃す俺ちゃんではない。
相棒がくれた絶好のパスを拾い、ここぞとばかりに会議の場を動かしていく。
「何もないならそれでいい。だけど何かあった時に対策を打ってなかったじゃお話しにならないからな。あくまで仮の話、悪い目が出た時の予防策として話しを進めていく。みんなもそれでいいかな?」
肯定的な反応が五人分。
底の見えない脅威に対する本格的な話し合いは、こうして幕を開けたのだった。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十四層
――――とはいえ、である。
幾ら俺達がウンウンと六人分の知識を寄せたところで、中々満足の解答を導き出す事はできなかった。
今回の問題の最もいやらしい所は、仮に姜子牙をどうにかしたところでポリコレ達の襲来は止められないという点にある。
あの道士は、指先一つでこのゲーム盤を幾らでもかき乱せる立場にこそいるものの、直接的な脅威という意味で言えばやはり純然たる悪である“
だって太公望にはちゃんと言葉も意志も通じるけど、あの
どれだけ強くて賢い奴よりも、何を言ってもキレ散らかして法も倫理も無視してくる輩の方が俺は怖い。
“
そんな奴とは出来る限りお近づきになりたくないし、喋りたくもない。
しかし奴等は来るだろう。だってあの太公望様がわざわざ
「思ったんですけど、これ僕等の内の誰かが姜子牙さんの案を実現すれば解決致しませんか?」
なんという冴えたアイディアだと思わず唸りそうになった。
実際、効果的な案ではある。
誰かがボス部屋で蓋をして、侵入経路を完全に塞ぐ。
そうすれば姜子牙が裏切ろうが何をしようが、俺達の探索を阻む者はいなくなり、後はのんびり五人で明王を倒せば全て解決。
……うん。色々と問題点はあるけど、合理的な策だとは思うよ、確かにね。
でも、でもさ。
「(お前絶対裏切るじゃん、エージェント『逆理』よぉ)」
発案者が会津というだけで、全てが台なしだった。
スパイが潜んでいるこの状況で、ロックダウンなんざ出来るわけがねェのよ。
「(クソ、ここに来て会津の採用が裏目に出た)」
会津・ジャシィーヴィル。
組織穏健派のエージェントにして俺がこの『降東』で攻略しなければならない相手。
「(許されるのなら、もう少しじっくり進めたかった)」
ナラカや虚の時のように、ダンジョン攻略を通じて仲良くなれればそれに越した事はないと何度も考えた。
……だけど、
「(組織の上の連中が来たら、こいつは必ず裏切る。いや、
ポリコレが襲来し、道士が現れて、遥とガキさんが彼等の対応に追われている内に会津まで裏切ったら、それはもう攻略どころの話ではなくなってしまう。
「(やるしかない。今日だ。今日の内に会津とのゴタゴタに決着をつける)」
――――後に俺の運命を決定的に変える契機となった十二月四日は、まるで冬の曇り空のように寒く曇った空気感の中幕を開けたのである。
―――――――――――――――――――――――
・偉人枠
ものすごい似た経歴の人もいれば、全然違う人もいる。前者は割りと姜子牙、後者は他の宇宙で銀河戦争やってたどっかの誰かさん(詳細は書籍版4巻参照)。なお無印の主人公アーサーがこの枠に入るかどうかについてはノーコメント(モチーフではあるが、彼自身はこの時代に生きる人間であり、けれども……)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます