第三百八話 陰陽の瞳に映りし、その運命を求めて






◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点





 未来視によるシミュレーションは、交渉事の序盤であればある程その付加価値を増していく。


 相手の反応。

 求める欲望の種類。

 ブラフや与えて良い情報の精査に、自陣のミスのケアなど、――――未来の情報はその行く末ルートが多岐であればある程価値を上げ、逆に分岐の数が狭まり、半ば落とし所が固定化された話し合いの終盤においては「相手の台詞を先取りする」程度の価値しか持たなくなる。



「ポリコレを封じる方法ですか……」


 未来シミュレーションの自分が奏でた言葉を一言一句、なぞっていく。



「どうやって防ぐつもりなんです? まさか俺達が踏破クリアするまで戦い続けるとか?」

「それも良いアイディアだと思います。ですがその方策には一つ大きな欠点リスクがある」



 かつて太公望と崇められた軍師は、滔々とうとうと自らの論理を広げていく。



「彼女が私を打ち破る事は――叶うのであれば是非そうして頂きたいところではあるのですが――難しいでしょう。しかし、私の打倒ではなく、出し抜け、つまり私の防衛を掻い潜り別の階層にという選択を取るのであれば、大した労力を割かずとも簡単に貴方達の元へ辿りつけるかと思われます」



 ポリコレと姜子牙の戦いは半日以上にも及び、その戦況は終始互角であったという。


 寛容は、自らの同胞を殺された怒りから道士への復讐に執心し、また、姜子牙にとっても殺意ソレは望むところであった為、彼等の戦いは長く続いたそうなのだが、しかし彼曰くポリコレ側が道士を出し抜き先の階層へ逃れるタイミングは幾らでもあったという。



「この身に宿りし“拒絶”の呪いは、あくまで私の死を遠ざける為のものですからね。向こうの方から離れて頂ければ、当然止みます」



 姜子牙、正しくは彼の死を操る呪いの力は、確かに凶悪である。


 雷速で動き、超新星爆発の崩界術式ゼニスを水鉄砲感覚で乱射するこの化け物が一度でも解き放たれれば、地獄が生まれる。


 それは間違いない。間違いないがしかし、彼の戦いはどこまで言ってもカウンター型であり、万が一にでも逃げ出す事が叶えば、それ以上追ってくる事はないのである。



「特にダンジョンは、階層ごとに次元が分かたれていますからね。違う階層に逃がれられてしまえばそれまでです」

「ならどうやって、ポリコレ達を止めると?」

「こちら側も、ダンジョン特有の仕組みで対抗致します」


 道士は言った。

 外から追って来た追跡者たちの群れを完璧な方法で封殺するたった一つの冴えたやり方を、彼は正しく“持っていた”のである。



「難しい事をするつもりはございません。ただ私が何処いずこかのボス部屋に入り、そこで貴方達の完全攻略を待つ。これだけであの恐ろしい侵略者は何も出来なくなります」



 全身が総毛立つ。

 それはシンプルでありながら、盤上の死角を的確についた神の一手。

 最小限の労力で、最大級の成果を上げる理想的な策の提言。



「……ボス部屋に挑戦できるのは、一戦闘につき一パーティーだけ。だから姜子牙さん、貴方がどこかのボス部屋に居続ける限り」

「えぇ、ポリコレさん達はその先へ進む事が叶いません」



 ――――この世界のダンジョンは、ポータルゲートを通して繋がっている。

 そしてその往来は基本的に自由であり、誰もが平等にこの多次元迷宮を駆け抜ける事が出来るのだ。


 しかしほぼ唯一、ルールによってその通行を極端に制限されるケースがある。


 それがボス部屋での戦闘。五層毎に現れる階層守護者達との戦闘は、「一定時間内に該当階層のポータルゲートを潜り抜けた規定人数以下の集団」、つまり一パーティーで行わなければならないという管理者によって定められた“戦いの掟”である。



 九月に行われた“烏合の王冠”の選抜試験を思い出して欲しい。


 あの時、俺達は集まってくれた参加者を小分けして“死魔”の再現体に挑んだ。

 途中参戦を許さないボス戦のルールを逆利用した封殺戦略ジェイルプラン


 知ってしまえば何て事はないレベルのシンプル性。

 しかしこのシンプルさこそが、逆に奴等に付け入る隙を与えない絶対的な隔壁として機能する。



「ねーねー」


 ささみバーをぺろりと平らげた恒星系が、胸元から二本目の肉おやつを取り出しながらちょいちょいと服の裾野を掴み、尋ねてくる。



「中ボス戦って、あんまり長くやってると追いだされるんじゃなかったっけ?」

「ん。あぁ、“次元飛ばしスワイプ”の事な」



 “次元飛ばしスワイプ”、円滑なダンジョン運営を行う為に管理者側が設けた強制退出システムの通称である。


 悪質な嫌がらせに妨害、無自覚な時間遅延など、ボス部屋周りの仕様をついた迷惑行為というものは、昔からとても多かった。


 で、このトラブルを解決する為にダンジョンの神はある時期から“次元飛ばしスワイプ”システムを各ダンジョンのボス部屋前に導入するよう便宜を図ったのだ。


 その“次元飛ばしスワイプ”システムの詳細についてだが、ものすごく簡単に説明すると、


 ①ボス部屋が使われている状態で、

 ②そのボス部屋に繋がるポータルゲートに2パーティー攻略可能人数×2以上の冒険者が触れることでシステムが作動し、

 ③その認証人数に応じた時間制限タイムリミットが新たにボス部屋に設けられ、

 ④既定の時間制限タイムリミット以内にボスを倒し、次の階層へと進まなければ強制的にダンジョンの外へと飛ばされる


 まぁ要するに、ボス戦に時間をかけ過ぎてダンジョンの流動を妨げる冒険者がいた場合、そいつ等を民主主義的な方法で追いだすシステムなのだが、ことこの『降東』に限り“次元飛ばし”は、その意味を為さない。


 何故ならば、



「『降東』には、“保全禁止”の禁忌法則がある。冒険者を外に追い出す“次元飛ばし”は、使えないよ」




 禁忌法則。それはダンジョンの理を曲げ、冒険者に特別な禁忌を課す法則の名。


 禁忌法則は、ダンジョンの通常ルールを上回る。

 法則の衝突が発生した場合に優先権を得るのは、いつだって特殊ルールの方だ。


 あらゆる帰還行為を許さない“保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則は、民主的な除外機能として設けられた“次元飛ばし”を喰い破る。



「念の為、管理者ヤルダの皆さんに裁定ジャッジを頼みたい。少々お時間の方、頂いても?」

「えぇ、勿論」



 許可を頂いたので、早速オリュンポスの花音さんに《思考通信》で連絡を取り、城内のぷるぷるさん達に「『降東』内での“次元飛ばし”の有無」について確認をとってみた。



『確認取れました! 凶一郎さんの読み通りです。『降東』では、“次元飛ばし”の機能が全面的に停止しています』



 『降東』の禁忌法則に抜け道はない。

 “生贄制度”も“次元飛ばし”も“保全禁止”の禁忌法則の前にはことごとく打ち消され、あらゆる帰還行為が超神の権限の元、禁じられる。



 だからこの次元、ダンジョン『降東』と呼ばれる特殊な法則が支配する世界に限って言えば、「ボス部屋の占拠」という害悪封鎖行為バッドマナーが通じてしまうのだ。


 とても恐ろしい事に――――。



「ありがとうございます。姜子牙さん。率直に申し上げて素晴らしいアイディアだと思います」



 流石は天下の大軍師様である。

 地の利を生かした乾坤一擲の方策は、“十三道徳”すらも殺し得る神仙の算術と評しても、何ら誇張ではないだろう。


 しかしだからこそ、恐ろしくもある。


 初対面の俺達にここまで彼が尽くす見返りとして一体何を求めるのか?



「そちらの要求を教えてください。こちらの探索に支障が出ない範囲内でならお受けいたしますよ」


 白黒の道士は、穏やかに微笑みながら言葉を返した。


 これだけの犠牲を払い、彼が俺達に求める事。


 それは――――





◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十一層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ゲストルーム(凶一郎と遥の部屋)



 翌日、まだ草木も眠る丑三つ時に、俺達は第四中間点を発った。


 “十三道徳コンプライアンス”の一角が俺達を追いかけてきたという事実が明るみに出た以上、いつ襲われるやもしれぬ第四中間点に停留する事は危険であると判断したが故の、早期発進アーリーアクセスである。



「良かったの、凶さん?」



 ダブルベッドに横たわる遥が少しだけ不安そうにそう尋ねた。吐息のかかる距離まで近づいた蒼色の瞳。どれだけの逢瀬を重ねても、彼女の瞳の美しさに抱く心の動悸は止まらない。

 猫のように蠱惑的で、宝石のように魔性。どれだけ節くれだった心も、この蒼い恒星さえ眺めていれば緩やかに浄化されていく。

 本当に魅力的な猫ちゃんだ。ちょっとずるいとすら感じる程に。



「姜子牙さんの件、あんなに安請け合いしちゃって」

「安請け合いというか、実質選択権なんてなかったからなぁ」



 白黒の道士の申し出は、ある側面から見れば非常に高価であり、またある側面から見ればタダ同然と言っても差し支えのない願いであった。



“ここに来る道中、各方面に色々とご迷惑をお掛けしてしまいましたのでね。その件を此度こたびの労役をもって相殺という形に処して頂きたいのです”



 良く言えば贖罪。

 悪くみれば人の弱みにつけ込んだ押し売り。


 しかし、いずれにせよ白黒の道士はその献身に見合う対価を俺達に求めた。


 といっても、俺に罪人の恩赦を認める権利なんてものはない。

 この交渉事に対する最終的な判断を下したのは、歴とした裁く権利を持つ『睚眦がいさい』、即ち澄江堂我鬼その人であった。



“ま、背に腹は代えられへんわ。えぇよ、姜子牙君。ボクらが無事に『明王』の間に辿り着いて、そんでコレまた無事にボクがダンジョンの外に出られたなら、ここへの立ち入りやその他諸々の悪さは全部「組織の奴等がやった」って事にしてあげる。ただし少しでも変な真似しでかしたら、今度は真剣マジで君の事シバキ回したるからな”



 ガキさんは、道士との協定を受け入れてくれた。


 “龍生九士”としての職務や面子もあるだろうに、彼は俺達の為に折れてくれたのだ。



“なぁに。来なきゃ来ないで「結局、組織なんておらんかったやん。全部自分の創作ちゃうか?」って詰めればいいだけの話しやし。そんな畏まらんでもえぇよ、凶一郎君”


 そんな風にふざけた調子で「丸儲けや」とほくそ笑んでいた『睚眦がいさい』の“龍生九士”であったが、しかし俺は知っている。


 

 澄江堂我鬼という人物は、一度交わした約束を反故にするような男ではない。

 それが敵であれ、得であれ、結んだ以上は正しき契約として履行する――――そんな、律義な一面もまた、彼の魅力であると多くのダンマギユーザーが語っていた。


 無論、ゲームはゲーム。現実は現実だ。

 およそ十年先の三作目ものがたりを基準にして考えるのは些か早計ではあるだろうし、彼がどういう態度を取ろうと、それは断じて「解釈違い」にはなり得ない。



「まぁ、向こうが裏切らないって保証もないわけだからなぁ」


 姜子牙。八作目で主人公達の味方にもついた不死の道士。

 彼は初めて会った俺達の為に、その身を呈してポリコレを封殺する策を実行すると言ってくれた。


 ゲーム時代は味方だったキャラクター。

 専用の装備やサブイベントも用意されていて、スタッフからも愛されていたキャラクターだったように思う。


 しかし彼の仲間入りは、前述したように「ルートによっては」という但し書きがつく条件分岐型だ。


 姜子牙は、味方シロにもなり得るし、クロにもなり得る不思議なキャラクターだった。


 そしてこの時代の彼が、俺達にとってどちらなのか。

 その結論いかんによっては、この『降東』攻略の難易度もこれから大きく変わってくるだろう。



「いずれにせよ、俺達に選択権はないんだ。出来る事といったら、裏切られてもいいように探索のスピードをできるだけ早く進めるくらいの対策しかとれないわけで、要するに考えても仕方がないわけよ」

「おおっ! 一周回ってポジティブって感じだね!」



 姜子牙の作戦は完璧だ。

 彼が裏切らない限りは、確実にポリコレ達の動きを封じる事が出来る。


 しかし、もし彼が何らかの心変わりを起こし、開かずの扉を開けたとしたら――――



「(頼むぜ、道士様よ)」



 どの道、俺達に選択肢はなかった。

 彼を捕まえようが倒そうが、どの道ポリコレ達は追ってくる。



 白黒の道士の気分一つで状況が変わる危険なゲーム。


 いつの間にかこの冒険の趨勢がポッと出の仙人に握られているというおぞましい事実に寒気を覚えながら、俺はベッドにくるまりもうひと眠りしようと瞳を閉じたのである。




◆◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』:第一層(約一日前)




 ――――そう。数多の勢力が入り乱れるこのゲーム盤の実権は、彼が握っていた。



「時にポリコレさん。貴女、どうしてこの地に来たのです? 唯の観光というわけでは勿論ありませんよね」

「誰がてめぇにおしえるかよカス」


 入り乱れる億千の術技の応酬。

 地獄と形容される『降東』の地に降り注ぐ、更なる上の怪異災害。


「まぁまぁ、少しくらい良いじゃないですか。散々矛を交えてこの有り様です。何日何十日と繰り返したところできっと結果は変わりませんよ」



 白黒の道士と『寛容』の決戦は、両者無事のまま明け方まで続いた。

 血はなく、消耗もなく、ひたすら世界に傷だけをつける不毛な戦。



「私はそれでも構いませんが、貴女達はそれで満たされるのでしょうか? もしも、この先に貴女達が追い求める“誰か”がいると仮定した場合、その方々は今貴女がこうしている間にも下の階層に進んでいるかもしれませんよ」



 極彩色の凶人の牙が停まる。

 瞬間、九つの黒孔が道士の命により閉められた。


 

「矛を収めて頂き感謝致します。おかげで“彼女”も鎮まりました」

「……ゴチャゴチャうるせぇぞ三下。畏まってないでさっさと用件を話しやがれ」




 ポリコレは殺意を隠した。

 憤懣やるかたない思いであり、また、いずれは殺すと魂の奥底に殺意を刻みながら、しかしあの九尾の化け物が現れない範囲で一時的に


 理性によるものではない。

 ただ、目の前の煩わしい障害物を突破する為だけに彼女は己の中に湧き立つ激情を彼方の領域へ消し飛ばしたのである。


 

 完全な狂気に染まりながら、その狂気を自らの意志で自在に配する自立性。


 ただの怪物ではないと、人知れず彼女に対する評価を上げながら、白黒の道士は己の双眸を指す。



「この不便極まりない不死のろいの対価として、私の身体には幾つかの権能が与えられておりましてね、端的に申し上げると一度視た物の位置を恒常的に探知サーチする事が出来るんですよ」


 

 ――――その黒と白に分かれた瞳孔は、千里を越え、次元の障壁すらも隔てる事なく写しとる。


 精霊眼が一つ、“陰陽眼”

 瞳に刻まれし陰と陽の対極は、真実を見通し、引いてはその事象にまつわる運命さえも閲覧する。



「ポリコレさん、協力致しませんか。視るに貴女の上司が授けた方策プランは、特定の地形、特定の条件を満たさなければ成り立たない難物であると思われます」

「……成る程。てめぇ、そういう口か」



 寛容の口角が釣り上がる。


 それは感心であり、興味であり、殺意に至らない程度に調整を施した臨界寸前の憎悪。



「悪い奴だなぁ、仙人様よぉ。てめぇ、



 万物を見通す目と、二つの陣営へのコンタクト。

 その二つの条件さえ整えば、このゲーム盤は完全に道士の手中に収められる。



「いいぜ、。その代わり次にあった時は覚えておけよ」

「えぇ。その時は存分に私を殺めてください。貴方が私の終焉になる事を、心より願っております」




 白もなく、黒もなく、道士はひたすらに無を目指す。


 それこそが彼がここに至った理由。


 死の拒絶に触れぬ条件で己が消えゆく運命を、彼はこの『降東』の地に見出していた。






 かくして集められた運命の欠片達は、約束された宿命にむけて走りだす。


 ――――全ての眷族神が果ての大地に揃うまで、後■日。





―――――――――――――――――――――――




・次元飛ばし

 ダンジョンの流動性を高める為のルール。

 基本的には民主主義性で、より多くの冒険者の申請があればある程、設定されるタイムリミットはタイトになる。

 前述したルールの他にも、

 ①最終階層のみ、次元飛ばしは完全無効

 ②基本的にはニパーティー以上の申請が必要になるものの、通常階層の「二十四時間リセット」の刻限が近づいている場合のみ、一パーティーの申請でも可

 ③一度踏破した冒険者は次元飛ばしの申請票数にカウントされず、中ボスとの再挑戦の際も、未クリア者一名の申請で、強制除外される


 等、細かいルールが非常に多い。

 また、入場人数が余りにも多い場合は、ダンジョンの神が融通を利かせて、複数の複製次元いりぐちを用意する事もある(※大分特別イベント。殆どない)。

 


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