第三百七話 月下の提案
◆ポリコレについて(回想:アルビオンの内的宇宙・429号室)
ポリコレ。
所属は『寛容』
多様性の守護者を謳い、自分達の意見に反論する人間を
保有する契約精霊の詳細は、謎。
元組織所属の
属性不明。名称不明。等級は恐らく
ハッキリ言ってこれだけでも十分に脅威に値する人物だ。
“
加えて彼女は当代の“十三道徳”、その能力の厄さ加減は恐らく相当なもので有る筈なのだが――――
『いいや、ヒーロー。アイツ等にとって、精霊の力なんてものは奴等の格別さの一端に過ぎん。能力だよりの馬鹿が上がれるのは幹部級までだ。十三道徳に名を連ねる輩って言うのは、例外なく全てがヤバい』
駆ける速度は雷速。
身に秘めし狂気の度合いは天井知らず。
奸智に長け、無尽蔵とも言えるスタミナを持ち、三日三晩不眠不休で戦い続けてなお余力を残す異次元の
『アイツは、存在そのものが最悪だ。そこに現れるだけで周りの気分を害し、口を開いた途端にこっちのメンタルを最底辺に貶める。いいか、ヒーロー。絶対に近づくんじゃないぞ。強いとか弱いとかじゃないんだ。あの性根の腐った真正のイカレ■■■■女は、ただ終わってるんだ。口を利くな、耳を貸すな、兎に角アレに出会わないように神様に祈っておけ』
あの時。邪神の中にあるホテルの一室で俺と遥に向かって当代の『寛容』の危険性を説いた時亀さんの相貌は、とても真剣で、心からの誠意が込められていた。
きっと彼は、親切心から俺達に忠言を述べてくれた筈なのだ。
ポリコレは危険だ。
ポリコレは強い。
ポリコレには絶対に近づくな。
――――あぁ、本当に、ありがとうよ。時亀さん。
だけど、だけどさ。
「まぁでも。奴が“禁域”にまで足を伸ばすなんて
……アレはどう考えても、フラグ立ててたよね。「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」並みのフラグ立ててたよね、時亀さん。
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点
「姜子牙さん。貴方の目的があの扉にあったとするならば、その目的が潰えた時点でこのダンジョンに用はなくなっていた筈ですよね」
未来視によるシミュレーションを通じて、俺は「どのような質問を投げ返せば、彼がその言葉を吐くのか」を知っていた。
姜子牙。その身に終焉をもたらすべく、あらゆる死の蒐集に勤しむ死にたがりの
彼の目的は、この『降東』そのものではなく、入口に構えられた“生命吸収の扉”にあったという。
白黒の道士は、皇国に伝わりし伝説の守り罠に一縷の望みを託し、はるばるこの地までやって来た。
しかしながら彼の望みは叶わず、目当ての扉は彼の中に潜む九つの尾によって引き裂かれてしまった――――あぁ、ここまでは良い。……いや、全然良くはないのだが、少なくとも彼が『降東』に来た理由と入口を越えた経緯については納得がいく。
だが、ここからが妙なのだ。
「アンタの望みが“禁域”の入口にあって、そしてその入口が運悪く壊れてしまったとしたらその次は、」
考える。俺が彼の立場にあったとしたらどうするか。
目当ての自殺機会を逃した
「その次は、他の禁域を目指す筈です」
『降東』、『南軍』、『西威』、『北剛』
“龍心”上空の四方に奉られた四方の禁域。
それらには当然ながら『降東』と同様の「適格者以外の侵入を阻む守り罠」が設置されている。
だから彼の立場で物を考えるのであれば、普通、次を目指すべきなのである。
「それとも姜子牙さんは、ここを訪れる前に他の“禁域”も試されたのですか?」
「いいえ」
漆黒の面貌を纏った道士の顔面が小さく横に揺れる。
「私が訪れた“禁域”は、この地が初めてです」
「どうしてです?」
尋ねながら同時に、《思考通信》で遥に『おやつを食べるんだ』と
……このタイミングがベストポジション。
急に遥がおやつを食べだしても、
「おかしいでしょう。アンタの立場ならこんな所でくだを巻いてないで、他の“禁域”に赴いて自分の目的を試すのが“筋”な筈だ」
「えぇ、仰るとおりですよ、清水さん。私も当初はそのように考えておりました。……『明王』に挑むか、他の扉を周るべきかの二者択一ではありましたが、恐らく普段の私であれば後者を選んでいたと思います」
「でも、そうはならなかった?」
「残念ながら」
「何故です?」
遥が胸ポケットに隠していた
「……時に清水さん、貴方は」
道士は言った。
「ポリコレ、という名前に聞き覚えはありませんか」
むしゃむしゃと一心不乱にささみのおやつに被りつく恒星系。いいぞ、猫ちゃん。そのまましばらくおやつと戯れていてくれ。
「ポリコレって言うと、あれですか?
「なんや自分、めっちゃ薄っぺらい事言うやんけ。ペラペラ過ぎて一瞬、
うるさい、糸目!
俺はこれでも
公の場で過激な事言っちゃいけない立場なの!
大体この世界のポリティカルコレクトネス、歪んでんだよ。
多様性を謳っておきながら、「ただし獣人族、てめぇらはダメだ」だからね! 根底に「獣は人間じゃないから
「これは失敬。普通はそちらを思い浮かべられますものね」
道士が笑った。笑いながらその視線が遥へと向く。
――――猫ちゃんは一心不乱にささみバーに齧りついていた。
そこには、既知の名前に対する
「にゃごにゃごにゃご」
今の遥さんを支配する感情は、剥き出しの「
「(残念だったな、姜子牙さんよ。その
不意の質問を投げかけ、覚悟の定まっていない第三者の反応をみて出方を疑う。
……あぁ、初見でそれをやられていたら引っかかっていただろう。
だが生憎こっちには未来視があるもんでね。アンタがどういう腹芸を仕掛けてくるか全部まるっと予習済みなんだよ。
「(『天城』で腹を壊す程、腹芸やった成果がちゃんと出てるな。笑っちまうくらい演技の幅が広がってる)」
隙はみせない。
先を読んだ上で的確に相手の意図を見抜き、こちらに有利な盤面を形成する。
悪いがこの土俵ならアンタにだって負ける気はしねぇぜ、太公望さんよ。
さぁ、話し合いを続けようか。
「ポリコレというのは、ある人物の名前です。恐らくは
「随分とその、ぶっ飛んだ名前ですね。思想が強そうだ」
「……否定は致しません。彼女は良くも悪くも“お強い方”でした」
道士は語った。
入口を壊し、これからどうするべきかと思案していたところに彼女達が現れた事。
彼女達はポリコレを含め、六人の
「短い問答の末、彼女は私に襲いかかりました。あぁ、これについては誤解のないように捕捉しておきますと、私が“殺めて頂けませんか”等と挑発じみた物言いを行ってしまったせいでもあります」
――――彼の悪癖だ。余りにも希死念慮が強過ぎるあまり、初対面の相手に向かって「殺してくれ」と頼み込む。
ゲーム時代の彼曰く「殺してくれそうな相手を選んで申し出ている」との事らしいが、いずれにせよ頼まれた側は堪ったものではないだろう。
普通は引く。俺だったら全力で逃げるだろう。
しかし、ポリコレを含めた寛容のメンバーは、そうしなかった。
当たり前のように道士を殺そうと殺戮の魔手をつきつけて、
「“彼女”が
九つの門より現れたその尾の一撃は、瞬く間の内に寛容派閥の幹部級と思しき人物達を殺害。
『降東』を奉る塔の一部を切り刻みながら、殺意を加速させる身内の荒みぶりに危機感を覚えた姜子牙は、これ以上被害を拡大させない為に自らダンジョンの中に飛び込んだのだと、彼はとても悲しそうな声で俺達に陳述した。
「なぁ、凶一郎君。こいつ頭おかしいんとちゃう? 自分で煽っといて、いざ殺しに来たら
ガキさんの言葉は、全くもって正論である。
……正論過ぎてぐぅの音も出ない程であった。
しかし同時に、この情報開示が俺の中の彼の信頼性を少なからず高めた事も、また事実である。
「(幾らでも隠し通せた筈だ。その下りは)」
例えば、この話は「入口の付近で右往左往としていたところに急に寛容派閥が現れて、やむなく迎撃した」と言っても十分に通る。
だと言うのにこの道士は、自分に落ち度のあるエピソードを明け透けに開陳し、自らの非を認めたのだ。
「(① 始終常在的な被害者面、②都合の悪い事を無視して話を進める隠蔽気質、③他者への過剰な攻撃性と④それを周りに無理やり認めさせようとする恥知らずな程の
無論、善人とは呼べない。迷惑か否かと問われれば間違いなくハタ迷惑で、出来れば誰もいないところに隔離しておきたい人物である事は間違いない。
だが、彼にはウソがなかった。許されるかどうかは別として、こと「このダンジョンに限り協力できるかどうか」という観点で見た場合、「ウソをつかないパーソナリティ」というのは、非常にポイントが高い。
「(あるいは敢えて、そういうキャラを装っているという線も考えられるが、実際この道士、ルートによっては主人公達の味方もするし、何より未来視の全ルートで答えが一貫してるんだよなぁ)」
少なくとも話しを聞く価値のある人物ではあるというのが、この時の彼に対する偽らざる本音であった。
「その後、怒れるポリコレさんと第一層で戦闘になったわけなのですが、……彼女、どうやら貴方達を襲う為にこの場所を訪れたようでしてね」
彼は言った。
戦闘の末、ポリコレを含めた寛容派閥を一時的に術式で封じた事。
しかしその術式は長くは持たず、ポリコレの程の猛者であれば一日とかからずに破り捨てるであろう事。
「そこで清水さん、私から提案があるのです」
そうして彼は言ったのだ。ポリコレという誰がどう見ても厄介な追跡者を自分ならば抑え込める。だから、
「私と協力しませんか? 無論、この場限りの同盟です。ある条件さえ呑んで頂ければ、貴方が明王の間へ無事に辿りつけるよう、責任をもって私があの方々を封じます」
「……さっき一日しか封じられないって言ってませんでしたっけ?」
「それは手段を選んだ場合の話です。少しの策と、僅かな覚悟、そしてこの身を犠牲にすれば、彼女達が貴方達に介入する線を完全に消し去る事ができます」
だから、協力致しませんかと、道士は穏やかな微笑みを浮かべて言ったのだ。
月明かりがほんのりと、俺達を照らす。
―――――――――――――――――――――――
・道士の「殺して下さい」
仙人は気の力で、その人の形を見透かすので人の悪性を即座に見破る。そして彼が己の殺害を頼む相手は決まって組織武闘派に所属できるレベルの悪党であり、彼もその辺を分かっていてやっている。
つまり道士の「殺して下さい」とは即ち
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