第三百五話 怪物三匹、人間一匹
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点
これは、後に遥から聞いた証言を元に俺が脚本と構成を務めた
なにせ俺はこの時当事者でありながら、一体この場で何が起こっているのかが良く分からなかったからだ。
俺が必死に出来る事を模索している
全く、嫌になっちまうよな。
どれだけ強くなっても、この世界には幾らでも上がいるんだから。
◆
最初にしかけたのは、ガキさんだったらしい。
八柱の呪術王がかつて極めた八岐の呪術を現世に降ろす術式こそが精霊『
「こう、何の容赦もなくぐわーって来たんだよ。遊びとか一切なく、ただ殺す為の戦術だったね、アレは」
自分と同じ能力値の分身を、数千体規模で召喚する。
その生成難易度は「複製する対象の情報強度」×「召喚数」
しかし、ガキさんはこれを事もなげにやってみせた。
ハッキリ言ってイカレている。
一人一人が雷速で飛び、遥の攻撃を無傷で受け流す澄江堂我鬼なのだ。
こんなんどう考えたって勝ち目がない。
少なくとも俺だったら、ここで間違いなく詰んでいただろう。
しかし、
「そしたらね、あの白黒の道士服の人がね、タタンッって軽快に回り始めて、それと一緒に周りの孔から九本の尻尾みたいなのがこうグワーってガキさん達を吹き飛ばしたんだ」
遥は良く見ていた。
道士が展開する九つの孔の中に潜むナニカの正体を、初見で見破れる奴なんてそうはいない。
彼女の言う通り、それは尻尾だ。
白金色の巨大な尻尾。
それが数キロメートル先の空間を断絶し、何十何百人のガキさん達を
目覚めた“彼女”は、道士に仇なす事象が息絶えるまで決して止まる事はない。
苛烈に、獰猛に、そして無差別に――――。
雷速で動き回る九つの尾は、何もかもを切り裂いた。
そしてその災いの魔手は、俺達にも及んだのだ。
「アレはヤバかったね―。尻尾一本で凶さんとあたしを同時に片付ける気満々だったんだもん。参っちゃうよ」
迫る白金の尾を、遥は〈龍哭〉の刃で「にゃんっ」と受け止めたらしい。
その様子を白黒の道士は他人事のように眺めていたと、後に恒星系は語った。
「どうにもあの人、本気じゃないっぽかったんだよねー。なんか動きもぎこちなかったし、お人形さんみたいだった」
猫師匠の推論は正しい。
そして、せめてもの抵抗として、彼は
少しでも相手が己を殺めやすいようにと、希いながら。
だが彼の肉体は偉大すぎた。
仙界の英雄の身体は、その行動に魂が宿らずとも雷を越え、
繰り出される雷速の尾撃と蒼き閃光を描く雷速の斬撃。
速さは、互角。
更に言えば『
だから当然、この勝負は遥が一度押し切った。
白金の尾は、孔の発生位置まで弾きだされ、二度三度と激突を繰り返すも結末は全て同じ。
故にこの時点での遥の評価は「すごく強いけど、なんとかなりそう」程度のものであったという。
「速いし、堅いし、すごいけど、それだけ……みたいな? ガキさんもいっぱいいたし、これならって思ったわけですよ」
おかしいと恒星系が感じ始めたのは、四撃目辺りから。
尾の出力が打ち負ける度に急上昇していく様を、彼女は肌感覚で感知した。
「倍から、三倍ってところかな? 押し合いっこする度に尻尾さんがどんどん強くなってくの」
倍。倍。更に倍。これを七回も繰り返せば出力は優に百倍を越える。
ガキさん達が何故か吹き飛ばされているのも、これが原因だった。
それは敗北を刻む度に
押し合いはまずいと思った遥は、発想を切り替えて
『
遥の斬撃は一度断ち切った物に不可逆の理を刻みつける“再生不可の一刀”である。
仮にゲームで例えるとするならば、最大HPそのものを低下させる事象の固定化。
そこに雷速と遥の出力、更にレヴィアタンの概念否定能力と『
「あの
負ける度に強くなるのなら、その一回の負けで立ち直れないくらいグチャグチャにしてしまえばいい。
恒星系の導きだした解答は、シンプルながらも実に効果的だった。
そして期せずしてガキさんも同じような結論に辿り着いたのだとか。
「ガキさんも色々持ってるからさー、特にあの尻尾さんに効きそうなエグイ
斬撃と呪術の多面同時展開。
戦力としては確実にこちら側が上回り、趨勢が傾きかけたその刹那、
「尻尾が一斉に爆発したんだよ」
九つの尾に
その瞬間、第四中間点に極小範囲に固定された九つの
「いやぁ、危なかったよ。凶さんはまだ動きそうにないし、向こうにまで被害及んじゃいそうだったし、急いで『蒼穹』に切り替えて、ずばばばばーんって
そう、この時俺の脳内は、まだ情報処理すら終えていなかった。
ここまで彼等がやらかしてきた一連の
文字通り次元が違った。
俺はこの頂上決戦の渦中において、一度しか動く事が出来なかった。
世界を崩壊させるに足る壊滅事象を雷速で九つ繰り出す道士と、その馬鹿げた熱量の流出を「一万層の空間固定」によりお仕留めるガキさん。
そして恒星系は、宇宙規模の破壊現象を「びっくりしたにゃん」の一言で斬り伏せた。
ここまでの攻防をしておいて、三者は当たり前のように無傷を貫いた。
人が一生をかけても到達できないような境地をたったの一歩で踏み抜いていく到達者達にとって、この程度の技の応酬は、じゃれ合いですらない。
爆ぜた筈の九つの尾は、瞬く間の内に蘇り、再び破壊の惨禍を産んだ。
大地が割れ、空に亀裂が走り、中間点に看過できない
遥のお陰で決定的な
――――俺の意識がようやく動き始めたのは、この辺りからだった。
世界は目まぐるしい勢いで様変わりしていき、桃と黒と蒼色の光がストロボのように点滅する。
考えるよりも先に最大出力の《時間加速》を発動させた。
どうするべきかは、未来視でこの光景を見たときから決めていた。
世界の流れが120分の1のスピードに減速する。
それでも奴等が何をしているのかがまるで分からなかった。
世界が割れていく。裂かれ、穿たれ、焼かれて、溶けて。
…身体が何かに掴まれた。
きっとアレは遥だったのだろう。
『
このイカれた戦闘環境で俺が生き抜く為には、不可欠な
移ろいゆく景色。天地も東西も、何もかもがコマ切れで変わっていく。
俺はただ、赤粒子の生成に全てを注ぎ込む。
「もう二人共、めっちゃすごいの。技のレパートリーが豊富って言うかさ、なんかピカピカしてドチャドチャして、エレクトリパレードって感じで! ふきんしんかもしれないけど、すっごい楽しかった!」
その間、どれだけの攻防が行われたのかは俺には分からない。
何度も言うが、俺と彼女達の間には隔絶した実力差があり、次元が違う。
直接戦えば、何もできずに負けるだろう。
分かり切っている事だ。そこに恥や悔しさすらも感じないわけだから、俺は最強には至れないのだ。
……こればかりはしょうがない。
人間の在り方として俺は最強キャラランキングに名前を連ねられるような強度をしていないのだ。
だからそれは良い。ソレは良いがしかし、
「――――暴れ過ぎだぜお前ら」
だからと言って、何もできないかっていえばソレも違う。
俺は動く。いや、格好つけるのはよそう。一度しか動けなかった。
だが、その一度で十分だった。
遥に乗せられながら、周囲に赤粒子を振り撒き、そしてただ一度、
「……【
それを唱えた。
「……!」
「これは」
発現する黄金の時計盤。
こいつ等のような化け物相手にだからこそ、この術式は機能する。
崩壊寸前の第四中間点が、変貌を遂げる。
降ろされる時の針。
刻むはⅠの文字。
九つの孔は閉門し、一万にも及ぶ
割れた地面。大きく開けた次元の裂け目。燃え盛る大気に夥しい数のクレーター。
あぁ、そんなものは
あるのは平凡で、のどかで落ち着いた――――詰まる所は平和な中間点の夜。
怪物達の騒乱などありはしなかった。
当の本人達は困惑している様子だが、世界はかくも平和に満ちている。
優しい風。平坦な地面。月夜に浮かぶ天の城は、何の
「九尾は閉じた。
こいつ等の理屈は至ってシンプルだ。
強い奴が一番偉い。目を張る結果を残した奴には従うが、この戦いに割って入れないような雑魚の言い分は死んだって聞かない。
「ご不満ならもう一回試してみるかい。多分無駄だと思うぜ。アンタ達がどれだけイカれた規模の大乱闘をかましても、この世界は傷一つつかない。俺が
だからこうして力を示した。
九つの孔の無力化も、一万体の“龍生九士”の消失も、互いが互いに出来なかった偉業である。
故に奴等は俺の話を聞くしかない。
怪物達の饗宴は、これにて幕引き。誰一人傷つかず、何ひとつ壊れずハッピーエンドでごきげんに
「全員、交渉のテーブルについてもらう。人間らしく話し合いで解決しようじゃないか」
ここからは、俺の時間だ。
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・特殊コンボ:
必要キャラ:蒼乃遥、清水凶一郎
解説:雷速で動けないゴリラを、遥さんが雷速で動く事で赤粒子の散布速度を飛躍的に高める純愛コンボ。普通、雷速で動けない人が雷速で動くと反動や何やらで即死してしまうが、そこは『嫉妬之女帝』の概念防御で徹底的にカバー。このコンボを使えば雷速の世界に踏み入れる事のできないゴリラでも、爪跡を残せるかもしれない。遥さん曰く振れば振る程粒子の出がよくなるとか。
((*ΦωΦ)੭ꠥ⁾⁾「にゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」←シェイク中猫ちゃん!
・来月7月26日はコミカライズ一巻発売日です。
それを記念して7月いっぱい火、木、日の週三更新でやらさせていただきます!
というわけで次回は7月2日火曜日更新です!お楽しみにっ!
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