第三百四話 望月の大公





◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点:<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・コントロールルーム



 因果という言葉がある。


 物事には必ず原因と結果があり、その組み合わせや関係性によって世は成り立っているという概念だ。


 原因と結果。過去の行いが今や未来に繋がるという四次元規模のドミノ倒し。


 食べたから、太った。

 渇いたから、飲んだ。

 盗んだから、捕まった。

 恨まれたから、殺された。



 結果の前には、必ず原因がある。

 少なくとも俺達の脳は、かくあるべしと「果」に依る「因」を探し求めてしまう生き物なのだ。


 だから人は、原因の見えない結果を恐れるのだ。

 理不尽。不条理。イレギュラー。

 常識では推し量る事の出来ない未知との遭遇は、否が負うにでも緊迫を生む。



緊急事態発生エマージェンシー緊急事態発生エマージェンシー。第四中間点に詳細不明の極大霊力実体が顕れました。各員、直ちに12階のコントロールルームに集結して下さい。繰り返します、緊急事態発生エマージェンシー緊急事態発生エマージェンシー。第四中間点に詳細不明の――――』



 仮定の話をしよう。

 もしもこの第四中間に現れた来訪者の正体が、組織に連なる何者かであったとしたならば、俺は驚きこそすれ、受け入れる事はできた。


 奴らとの間には浅からぬ因縁がある。

 会津の存在、一昨日の戦闘。

 報復や任務の遂行の為に奴等が俺達を追ってきたとしても、それは理解できる範囲の災害である。


 だって、そこには歴とした因果があるから。


 原因が分かっていれば、あり得ない事ではないと受け入れる事が出来る。

 受け入れる事が出来れば、「次にどうすべきか」という初動対応への迅速な切り替えがスムーズに行えただろう。


 しかし、



「(……あり得ない)」


  あろうことか俺はこの時、一瞬固まってしまった。


 なまじ知識がある分だけ、余計に衝撃的だったのだ。



「(何故彼が、ここにいる……?)」


 オリュンポスの全天周囲360度式モニターが映しだす夜の中間点に一人の男の姿があった。

 見かけ上の年齢は二十代後半。身長は百九十センチを越え、肉のつき方は痩せ型、東の大陸に伝わる金刺繍の白道衣を身につけ、鼻先から首筋を機械式の“面貌めんぼう”で覆った怪人物。


 特筆すべきは、その長い髪と、目の色だ。


 黒と白。真中を境にして綺麗なツートーンカラーに分かれたその長髪は、金色の瞳の中心に咲き誇る白と黒の瞳孔をもって一つの太極図として完成に至る。


 初めてそのデザインをゲーム雑誌で見かけたときは、衝撃的だった。


 ツートーンカラーの長髪を太極に見立て、色の異なる白と黒の瞳孔オッドアイを陰陽として捉えたそのセンスには脱帽したよ。



 だが、いざこの場で彼の姿を目の当たりにすると何故だろうか、感動よりも恐怖や嫌悪感の方がはるかに勝るのだ。



 彼はボスキャラじゃない。

 ルート分岐によっては、味方にすらなってくれるキャラクターだ。

 なのに、だというのに、なんだこの震えは。


 あり得ない。どう考えても、彼がここに現れた理由の説明がつかない。


 『降東』は、一度入れば踏破するまで還る事の出来ないダンジョンである。


 そして史実ゲームにおけるダンジョン『降東』は、三作目の時間軸まで前人未到を貫いており、つまりそう、




「(どうして、しかもよりによってなんでこのタイミングに……?)」



 百歩譲って、彼があり得ない偶然に導かれて『降東』に迷い込んだとしよう。


 しかし、このタイミングはあまりにも出来過ぎている。

 皇国が保有している禁域に、

 “保全禁止”の『降東』に、

 俺達が挑んでいるタイミングで、

 彼が現れた。



「(黄泉さんの差し金? いや、彼女がそんな事を企む理由がない。そもそも、道士かれが皇国に来たのは八作目三十年後の筈だ。それまでの細かい足取りが殆ど明かされていない彼を捕まえてどうこうさせるなんざ、例えゲーム知識を持っていたとしても不可能だ)」



 告白しよう。

 俺はこの時、凶一郎オレになって以来の衝撃を受けていた。


 いる筈のない人間が、起こる筈のない時宜に現れた。


 誰が、一体何の為に、彼をここに遣わせた……?



「凶一郎様、あの御方は一体?」

「分からない」


 聖女からの問いかけにおれは心底からの想いを告げた。


 分からない。分からない。分からない。分からない。


 あらゆる不測の事態を想定した上でここに来たつもりだったのだが、流石にこのレベルのイレギュラーは考えもしなかった。


 頭が痛い。意識がうまく纏まらない。



「(落ち着けよ、凶一郎。お前がここで怖気づいてちゃ示しがつかないだろうが)」 


 あぁ、そうだ。俺はリーダーで、みんなを纏める義務がある。


「……ヤルダさん達は?」

「みんなオリュンポスに乗っています」

「オーケー。じゃあ花音さん達はここで待機。念の為俺達が下に降りたらオリュンポスを飛ばして出来るだけ上に」


 まずもって大切なのは、被害を出さない事だ。

 仲間達は勿論の事、ヤルダさん達も傷つけたくはない。


 『降東』に街がない事が意外な形で功を奏した。


 花音さん達にはできるだけ道士かれの側から離れてもらい、場合によっては先に出てもらうよう指示を飛ばす。



 そして、



「遥、ガキさん。一緒に来てくれ」


 こちらは化け物二人を懐刀に入れながら、交渉しょうぶに臨む。


 何もかもがイレギュラーなこの異常事態に対する最低限の対応としては、恐らくコレが最善だった。




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点



「こんばんわ、月が綺麗な夜ですね」



 彼の言う通り、確かに幻想的な夜だった。空には満天の星と、淡い光を放つ望月。そして重力の楔から解き放たれた神の居城が、悠然と星の海を泳いでいる。


 対照的に地上は、何とも侘しい有り様だ。街のない中間点。道もなく、管理者の気配もなく、悪い意味で視界がとても済み切っていた。



 白黒の道士は、俺達に美しい微笑みを投げかけた。

 その声の調べは優雅なリリックテノール。良い声だ。ダンマギの主要キャラクターは、あっちの世界の人気有名声優さんの声とほぼ同一なので、彼の声もまた非常に耳心地がいい。



 彼我の距離は、およそ十五メートル。音声会話を無理なく行えながら、同時にすぐにはしかけなれない距離。


「(……まぁ、化け物連中からしてみれば余裕で危険域圏内レッドゾーンなんだろうけど)」



 右には遥、左側にはガキさん。

 どう見たって激ヤバな面子だ。俺が彼の立場だったら、苦笑とうんこを同時に漏らしてごめんなさいと土下座していたところだ。


 だが彼――目の前の道士からは、そのような怯えや緊張感といった感情がまるで感じられない。


 この二匹の怪獣さん達が突然牙を剥いたとしても、自分であれば問題なく対処できるとでも言いたげな、ある種のゆとりが彼にはある。



「こんばんわ、そして初めまして」



 俺は言った。張り付けたような営業スマイルを浮かべながら、彼にあいさつの言葉を送る。



「清水凶一郎と申します。冒険者をやっております」


 あいさつは大事だ。例えイレギュラーの化け物相手でも、まずは筋を通し、穏便に解決できるルートを模索する。



「ここ、ダンジョン『降東』には、二日前から挑んでおります。隣の二人は、同じチームの仲間です」



 まだ何も分からないこの状況。しかし、ゲーム時代の彼の立ち位置スタンスを考慮に入れるのであれば、絶対に友好的に振る舞った方がいい。


 この白黒男は、鏡だ。

 殺意を以て接すれば、敵対に繋がり、

 好意を以て接すれば、ちゃんと相応の態度で返してくれる。



「あぁ、これはどうもご丁寧に」


 予想通り道士は典雅な笑みのまま、小さく頭を下げて下さった。九つの黒孔が開く気配は、まだない。



「ありがとうございます、旅の御方。このような素性も知れぬ者を相手に誠意と名を示して下さった事とても嬉しく思います」



 そうして彼は、「であれば、私も名乗らなければ失礼にあたるというもの」と、それはそれは優しげな口の調べで己の名を語り明かす。



「性はきょううじりょあざな子牙しがいみなしょうと申します。かつては大公、斉太公、姜大公等と大それた贈り名で呼ばれていた事もありますが、今は只の姜子牙きょうしがとしてこの悠久なる時を永らえています」




 姜子牙きょうしが、より一般的な通り名としては太公望たいこうぼうというものがある。



 かつて東の大陸にあった「とある国」の軍師であり、この世界の教科書には「世界最古の軍師」との記述がある大人物。


 彼は正真正銘、太公望その人だ。


 その名を騙る偽者でもなければ、英雄の名を継いだ継嗣あととりでもなく、真に数千年の歴史を生きた不死の仙人(とはいえ、ダンマギのプロデューサー曰く「ダンマギ世界に出てくる偉人英雄は、全て地球の人物団体とは関係のない同姓同名の別人」との事なので、彼もまた、“ある国で軍師を務めた同名他者別キャラクター”というのが正しい彼の立ち位置なのだろう。いらぬご配慮万々歳である)。


 率直に言って全くもって意味が分からなかった。どうして普通にダンジョンを攻略していたら、歴史上の偉人が降って来るんだ? 乱数がバグりすぎていて、開いた口が塞がらねぇぞコンチキショウめ!



「(とはいえ、意志疎通コミュニケーションは取れている)」


 

 この世界の姜子牙きょうしがは、非常に厄介な「癖」を抱えてはいるものの、そこさえ抑えてしまえば割と話が通じる方である。


 その証拠にゲーム時代の彼は、ルート次第では八作目の主人公達に協力する事もあった。


 だからそう、組織の幹部連中のように最初から終わっている奴等とは違い、彼とは交渉に臨む余地がある。


 まずは話を聞き、それからお互いの目的を確認しあって、最終的に当たり障りのない結論へと持っていく。


 相手が化物だからと言って、必ずしも戦いを仕掛ける必要なんてない。


 何事も穏便に、穏便に



「まってや、凶一郎君」


 穏便に済ませれば――――



「あの、ガキさん」

「ごめんなぁ、お話しのとろこ割りこんでしまって」


 暗緑色の和装に身を包んだ睚眦がいさいの蛹が、俺達の間を遮るような形で前に出る。



「せやけど、立場上、どうしてもこの人に聞かないけん事があってなぁ、だからほんま申し訳ないんやけど、ちょっとだけボクに時間くれへん?」


 言葉遣いこそ上司に伺う体であったが、それは只の確認に過ぎなかった。

 

 彼は皇国最高戦力“龍生九士”の一員だ。高々冒険者クランの親方マスターに過ぎない俺ごときが制御できるような器ではない。



「なぁ、姜子牙きょうしがさん」



 線目の呪術龍が言った。



「『降東ここ』なぁ、一応立ち入り禁止区画なんよ。間違っても一般の方が入ってこられへんようにえげつない扉の仕掛けや、大勢の龍達ガードマンに護らせてた筈なんやけど」



 ――――まずい、と直感が叫んだ。

 次に未来視が描く惨憺たる“未来”を視て愕然とした。


 まずい。まずい。これはもう、



「自分、どうやってここまで来たん?」

「……お若い龍の方、どう答えればその殺意ほこを収めて頂けますか?」



 止められない。



 睚眦がいさいの霊力が光る。

 応するように道士の周囲に九つの孔が開く。


 そして化け物達の衝突を抑えるべく、蒼い恒星が刃を抜いた。





―――――――――――――――――――――――


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