第三百二話 領域外の天啓






◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第四中間点:<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・荒野




 午後十八時三十六分。無事本日の目的地である第四中間点に辿り着き、探索を終える。


 一日に十層ずつ突破と計二回にも及ぶボスとの戦闘。

 何度も言うようにこいつはかなりハードな行軍だ。オリュンポスという機動と利便性と安全性を兼ね備えたスーパー飛行要塞があって、ようやく実現可能な無理難題クソゲーといっても何ら誇張ではない。


 衣食住の全てを兼ね備え、移動も戦闘もこなす飛行城。天啓〈オリュンポス・ディオス〉の手厚さは、ハッキリ言って数ある飛行マウントの中でも群を抜いている。


 いや、これは〈オリュンポス・ディオス〉に限った話ではないのだ。


 〈骸龍器ザッハーク〉、〈外来天敵テュポーン〉、俺達がこれまでの旅で手に入れてきた“領域外のアンフォームド天啓レガリア”とでも呼ぶべきゲーム未登場のオリジナル天啓達は、どいつもこいつも呆れるほどに規格外な力を持っている。


 ならばこそ、この“領域外のアンフォームド天啓レガリア”を狙って排出できるようになれば、俺達の戦力は飛躍的な速度で上がっていく――――とは、思うのだが、しかしてその発生条件が杳として知れないのもまた事実。



 ――――まず第一に考えたのが、貢献度だ。最終階層守護者戦で、一番活躍した人間が特別な天啓を獲得する。つまり一番すごい奴が特別な天啓を獲得する『MVP報酬』の亜種だ。これならば納得もいくし、公平感もある。

 だからもしも俺がダンジョンを運営する立場で、冒険者に“領域外のアンフォームド天啓レガリア”を渡す権限を持っていたとするならば、恐らくはこの贈呈案MVP報酬制度を選ぶだろう。


 しかし、どうやらダンジョンの神様の選定基準は、どうもそうではないらしい。


 例えば『常闇』、“邪龍”アジ・ダハーカ並びに“邪龍王”ザッハークとの決戦において最も活躍したのは誰かと問われれば、それはもう全員と答える他に解答はない。


 あの戦いは、皆が死力を尽くした結果であり、誰が欠けていても“邪龍王”討伐には至れなかった激戦中の激戦だった。


 ……少なくとも俺じゃない。最後の一撃ラストアタックこそ決めたものの、それは遥や旦那やユピテル達が繋いでくれた血路の先にあった最果てのバトンであり、口が裂けても「俺単体の勝利」ではなかった。



 だから、“領域外のアンフォームド天啓レガリア”の習得条件は、単なるMVP報酬ではない。



 じゃあ、俺が転生者だから? 恐らくはこれも違う。

 『天城』戦において“領域外のアンフォームド天啓レガリア”を獲得したケースは、俺以外にも花音さんや“笑う鎮魂歌レクイエム”の皆さんと、計六人にも及ぶ。


 また、同様の理由で「ラストアタック説」や、「超神の術式で倒した説」等も消えるだろう。


 ならば一体、どのような理屈で“領域外のアンフォームド天啓レガリア”は、現れるのか。

 ……個人的に推したい説としては、「ゲームの主人公達が確定入手する専用天啓レガリアと同一説」というものがある。


 

 主人公やヒロイン達が各ルートや特別シナリオの最終段階で確定入手するあれらの専用装備は、どれもこれも非常に強力で、そのキャラクターの魅力や特性を最大限に引き出すスペックを誇っていた。


 ①MVPを取る必要も②ラストアタックに拘る必要も③特殊な出自すらも関係なく強力な天啓を入手する手段として、これ程近似する例は他にない。


 つまり、



「つまりおれ達もギャルゲーをすれば、激つよ天啓レガリアを手に入れられると思うんだけど、どうだろうか?」

「お馬鹿さんなのかにゃ?」



 あっさりと切り捨てられた。猫ちゃんは辛らつだ。特に他のメスの匂いを嗅ぎつけると大層冷淡になる。


「まぁ、聞けよ。遥。何もおれは自分のハーレムが作りたいって言ってるわけじゃないんだ」

「そんなのが現れたら、片っ端からぶっ斬ってやるにゃ」



 やれやれと肩をすくめる。仮想世界の荒野で愛しの彼女と二人きり。

 だというのにドキドキよりも動悸動悸って感じなのはどうしてだろうか。ははっ、奴の目がマジになってきやがった。……そろそろ真面目に話した方がよさそうである。



「ていうか、凶さんの説にはそもそも無理があるよ」

「というと?」



 猫ちゃんが駆ける。極超音速げきおそだ。模擬戦前の準備運動といったところだろう。



「ボス戦って基本命懸けじゃん? 死ぬかもしれない未知の敵さんとの戦いの中で、あたし達は勝つ為に自分の全てを燃やして戦うわけじゃない?」

「まぁ、そうね」


 〈骸龍器〉を使い、未来視を機能させ、各種強化の術式で自分の身を固めてようやく捌ける遥の徒手攻撃ステゴロ


 ……読みづらい。未来が読めていて、速度も同次元の筈なのに。どうにも遥の攻撃は避け切れない。



「そんな状況だとさ、多分普通にあると思うの。戦闘の最中に告白したり、恋の気が昂って良い感じになっちゃったり、こう吊り橋効果というか生存本能というか、兎に角そんな感じのドラマって割とイベントなんじゃないかなって」

「……言われてみれば確かに」



 実際、遥が俺に告白してくれた瞬間がまさに“邪龍王”戦だったわけで、遥はあの時あの瞬間、間違いなくヒロインだった。


 だから、俺が掲げたギャルゲー理論に則るのであれば、『常闇』の“領域外のアンフォームド天啓レガリア”は、遥が得るべき代物の筈だ。


 しかしそうはならなかった。

 あの時特別な天啓を得たのは俺だけだ。


 ……何故?



「もっと単純な理屈だと思うよ―。ほら、『常闇』も『天城』も、ゲームにはなかった形態モードを敵がしてきたんでしょ」



 恒星系の拳打の嵐を、未来視で探りながら受け流していく。

 ……“千貌”だっけか。五体八識を総動員して無数のブラフを絶えず展開し続ける武術の極意。


 遥の千貌ソレは、未来視すらも撹乱する。

 全力ともなると、一秒に何億もの結果がほぼ同時に出力されるせいで、読み合いもクソもなくなるからである。



「ゲームにはなかった形態が出てきたから、ゲームにはなかった報酬が貰えた。これなら大体の事に説明がつくんじゃないかな?」

「うん。俺もそれが一番近い気がする」



 敵がパワーアップしたから、報酬もパワーアップした。


 これが“領域外のアンフォームド天啓レガリア”の解として最も適切だって事は流石に俺も分かっている。


 だがこの説が正しいと仮定した場合、“領域外のアンフォームド天啓レガリア”の獲得条件を狙って満たす事は事実上不可能になるんだよ。


 何故って、



「初見の一発勝負で、発生要件不明の覚醒形態引き出して勝つって大分無理ゲーじゃね?」



 この世界が現実で、ゲームのような無限試行トライ&エラーが出来ない以上、「ゲームには無かった新形態」を狙って引き出す事なんざ事実上不可能である。


 加えて今回のボス、『降東』の明王が覚醒形態になんて至った場合、考えられる最悪のケースとしては、真神級が降誕する可能性さえあるのだ。



「(……てか、何馬鹿な事考えてんだよ、俺は)」



 そりゃあ、“領域外のアンフォームド天啓レガリア”を手に入れる事が出来れば、心強いよ?

 だけどそれで仲間を危険にさらしてちゃ世話ねぇだろうが。


 ちょっと強くなったくらいで浮かれてんのか? そういう慢心が命取りになるって事はお前が一番分かっている筈だろうに、何を寝ぼけた事を言って……



「凶さん?」

「いや、悪い。前言撤回。普通に安全策で行きましょう」

「大丈夫?」


 身を案じながらも、繰り出される回し蹴りの破壊力は尋常じゃなくて、空を切ったその蹴りの衝撃は、付近の岩山を真っ二つに割断し、なおも進撃を続けていた。



「てかさてかさ、そんなに強いの、ここのボス?」

「俺が百回死んでもお釣りがくるくらいには」



 おー! と猫ちゃんの目がワクワク色に輝いた。



「早く戦ってみたいな、その明王さんと」

「きっと気に入ると思うよ。系統的にはお前さんと似ている所があるし」

「えー、ってことは可愛い系? それとも綺麗系?」

「うん、阿修羅王そうだね



 かっ飛んできたミサイルパンチを右ステップで交わす。

 余裕とまではいかないが、遥相手にこの手札で捌き切ったのだ。十分、重畳と言っていいだろう。




「うん。良くなってるね。ちゃんと避けれてるし、防げてる」

「防御と回避の武術的回避アーツエスケープは、しこたまお前さんに鍛えてもらったからな。ようやくコツが掴めてきた気がするよ」

「それもあるんだろうけど」


 拳を引っ込めながら、意見を述べる恒星系。

 何かを考え込むように顎に人差し指を置く姿が堪らなく愛おしい。



「一昨日の件、あったでしょ? 凶さんが悪い組織に連れ去られて、だけど格好良く追い払ったやつ」

「あぁ」

「あれがね、大分良い方向に働いてる気がするんだ。亜神級最上位強い人達との戦いが凶さんを目覚めさせたって言うのかな、なんか色々な事がすごく上手くなってるような気がするよ」

「マジか」


 ちょっと嬉しい。

 自分でも多少の自覚はあったものの、やはり他人に、しかも遥に褒められるとその喜びは極上の味になる。


 やはり実戦だ。何を置いてでも強敵との実戦こそが成長の近道となる。



「よし。じゃあ、ウォーミングアップはこの辺にしてガチ稽古の方、お願いします」

「おーけー。何を重点に鍛えたい? 〈外来天敵〉? それとも新技の特訓?」

「新技の方でお願いしやす」



 であれば、と遥さんがいそいそと二本の刀を抜き、これまたいそいそと『布都御魂みーちゃん』の複製を、産み出した。



「……いつの間に増えたの?」

「ガキさんと何回か模擬戦こなしている内に」



 わーお。三桁複製も近そうだ。



「でも、その技の限界試すんだったら、これくらい必要でしょ?」

「あぁ、助かるよ。遥」



 俺は術式の名を念じた。


 光る時の葉。

 紡がれる因果の奔流。

 金色は、白。

 せる仮想の荒野に広がる波の乙女の歌よ。


 宙に広がる金色の時計盤。

 刻まれた十二の時の時の名が告げるは、天つ日の万象。



 赤い嵐を荒野に撒く。遥はニコニコしながら待ってくれた。


「ねぇ、凶さん」

「ん?」


 時計盤の成就が完成した瞬間、彼女が動き出した。


 その速度は雷速、未来視を解析する間もなく繰り出される常軌を逸した剣吹雪の暴力は、容易に俺の予測を越えていく。


 仮想世界の全域を余すところなく切り刻むその太刀筋は、回避も防御も俺に許さず何もかもを切り刻み、そして



「その術、何て名前だっけ?」

「……【零の否定シンギュラリティ】」



 金色の文字盤が、Ⅰを刻む。







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