第三百一話 異神格




◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十層:『外来天敵』清水凶一郎



 ある神話における最高神が、他の神話においては悪魔として描かれる事は残念ながらままある事だ。

 「対訳」、「零落」あるいは「習合」

 神を悪魔という形で真逆の存在に貶めたり、天使や部下という形で自分達の信仰する神の下につけたり。


 その扱いは神話によってマチマチであるものの、ある種の相互影響力インタラクティブ性というべき「神話解釈の共有」が、この世界には多数存在する。


 ――――ある神話は、積極的に悪魔を生んだ。

 ――――またある神話は、他の神話に乗り込み、神を別の名に改宗させた。


 勝利と闘争の武神十番目が紡ぐ『護法神話』は、主に後者の形式に属する神話である。



 その中でも特に有名な逸話が、破壊と超越の羅神三番目が収める『アーディティヤ神群』との戦いだ。



 二つの神話が衝突し、互いが互いの神性を喰らい合う神話的バーリトゥード。


 その勝敗の行方については、ここではあえて伏せさせて頂くが、結果として二つの神話には、互いの神格の一部が流出した。


 

 “異神格シンクレイト”、異なる神話の神性の一部が別の神話の世界観に取り込まれ、別の神性としての自我を得た異神話同位体。


 


 二十層のボス『因陀羅大将いんだらたいしょう』もまた、この“異神格シンクレイト”に属する尊格だ(正しくは、三十層のボスがこの尊格の本尊で、彼は言うなれば“異神格シンクレイト”の化身アバターに過ぎないのだが、この辺りの説明についてはまた追々)。


 真神“天帝”インドラの一部が、『護法神話』に習合し十二の方位を司る神将の一部となった存在。


 彼の備わりし能力は三つ。


 第一に武神としての基本特性。専門武術は、げき

 

 第二に十二神将がそれぞれ持つ固有の加護。

 『因陀羅大将いんだらたいしょう』の場合は、『諸根具足』と呼ばれる常在発動型術式パッシブスキルがこれに当たる。


 『諸根具足』、この大願が意味するところは即ち、状態異常の無効化と損壊事象の拒絶。


 一定ランク以下の状態異常を一切受けつけず、二ターン毎に“そのターンに受けたダメージ総量分のHPを回復する”というクソみたいな耐久チート能力。


 あぁ、分かってる。これだけでも十分過ぎるよな。ダンジョンの中ボスがやっていい限度ラインを余裕で越えてやがる。普通だったらここでおしまいだ。おしまいにした上でクソゲーだろう。


 しかしこいつは『ダンマギ』のボスで、しかも歴代最悪の名を欲しいままとした三作目のボスなのだ。


 だから当然のように三つ目その先がある。


 第三の能力。天帝インドラの雷。――――三十層のボス帝釈天からの更なる派生として存在するこのスキルは、『オリュンポス・ディオス』の至高神ゼウスに勝るとも劣らないレベルの全方位雷撃オールレンジアタックを絶えず、フィールド全域にまき散らす。


 近距離、遠距離、補助の全てを一人で担う文句なしの万能選手クソボス野郎。

 “禁域”十二神将シリーズの最終盤階層ファイナルステージを務めるだけの事はあって、これまで戦ってきた二柱の神将を上回る実力を、彼は確かに持っている。



オン



 ――――ここ二日ですっかりお馴染みとなった暗がりの神楽舞台フィールドに、紫雷の百華が咲き乱れる。


 直径四百メートルの戦闘空間全域に広がる雷の暴風。

 こいつを展開しながら、極超音速での接近戦をしかける積極性は、まさに武神。

 


「(五層上がっただけで、随分ハードになったもんだなぁ!)」


 『降東』攻略も、いよいよ中盤戦へとさしかかり、いよいよクソゲーエンジンが温まって来た。


 おれは外来天敵の赤粒子をソフィさんの周りに集束させて【四次元防御フォースフィールド】のバリアを張る。


 特訓の意味も兼ねて、前半戦はなるべく〈外来天敵テュポーン〉を使いたくなかったのだが、敵が全体攻撃をしかけてくる以上は仕方がない。


 

 〈外来天敵テュポーン〉の使用はソフィさんの防御のみに留め、『因陀羅大将いんだらたいしょう』の攻略は正面突破で行う。


「会津、花音さんっ!」


 フロントラインは、会津と花音さんを両翼に迎えたスリーマンセル。


 ソフィさんを〈外来天敵〉×【四次元防御】のコンボで守りながら会津に敵の遠距離攻撃を阻害してもらい、俺と花音さんで両面からゴリ押し。


 この強敵を相手取るには些かパワー系が過ぎる作戦ではあるものの、このプランは花音さんたっての希望である。


 折角彼女がやる気になってくれているのだ。

 リーダーとして、そして一人のダンマギファンとして、空樹花音のその先へ繋がる成長の手伝いがしたい。

 ……来る『明王』戦に向けて、武神のリアルを学びたいって側面もあるしね。



『しかしどうするんです? アレの耐久力を考えれば、一撃必殺以外のプランは骨が折れますよ』

 

 脳に響き渡る会津の声。《思念共有》を通じてメンバーに疑念の声を上げながら、黒衣の死神は厳かに『冥府』の門を開く。


 《開闢の闇夜calling》、直径五メートル大の闇がここに開かれた。


 “逆必中”の呼び寄せにより、正しい方向感覚を見失った紫雷の理達が、我先にと冥府の中へ翔け抜けていく。


 相変わらず頼りになる能力だ。

 

 『因陀羅大将いんだらたいしょう』自体は、『諸根具足』の加護により状態異常を跳ね除ける力があるものの、彼から放たれた術式には、その効能は及ばない。


 対霊術用のブラックホールとでも形容すべき《開闢の闇夜calling》の術式が次々と十二神将の霊術攻撃を呑みこんでいき、戦局の行方を純粋な白兵戦勝負へと塗り替えていく。



『リーダーさんの〈外来天敵〉×【四次元防御】のコンボで敵の動きを止めてから、僕が【奈落の暴帝The Abyss】で仕留めれば簡単に終わりますよね、コレ』

『あぁ。全くもって正論だよ、会津』


 ちらりと、後方の景色を見やる。


 後方五十メートル先。赤い嵐の防護壁に守られながら、《身体強化の祝福》を前衛に祈祷おくるソフィさん。彼女の力は絶大だ。お陰で戦闘メンバー全員が三倍速三倍出力オーバードライブ状態で動けている。あぁ、本当に聖女マジ聖女。


 そしてその更に百メートル後方ではガキさんと遥が二人でポーカーを嗜んでいた。


「2のワンペアにゃ」

「Aとキングのフルハウスや」

「にゃあー!」


 大変申し訳ないが、二人の立ち位置は今回も控えメンバーだ。

 育ち切っている方々に一撃必殺ワンパンしてもらえば、そりゃあ楽だが他のメンバー―――つまり俺達が育たない。


 同様に、会津の掲げたお手軽即死コンボも、手軽過ぎるのだ。



『全部ソレで片付けられるなら、それでも良いんだけどな。『明王』相手にそのコンボ通ると思うか?』

『ハハッ。まぁ、無理でしょうね』



 護法神話において、破壊神シヴァ烏摩妃パールヴァティを調伏し、アウェーである筈のアーディテイヤ神話においてすらその打倒にシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマー、インドラの四柱の真神の力とさる神性の力を合集させてようやく打倒に至ったと伝えられる武の極神。



 彼の“三界の勝利者”を相手取るにあたって、温い無法チートなど塵芥ゴミのように消し飛ばされる。


 なにせ奴は、この『降東』に籍を置く七柱の守護者、その全ての加護を持つのだから。


 そしてその“集合スキル”は、奴が持つ膨大な数の特性の内のたった一つに過ぎず、『オリュンポス・ディオス』で例えるならば、戦争工房アレスの量産する『タロス』一機分程度の価値しか持たない。


 

 そういう相手なのだ、ここの『明王』は。


 

 一定ランク以下の状態異常の無効化と損壊事象の拒絶――――どう考えたってクソチートな『諸根具足』が前座の七分の一以下の扱いを受けるようなインフレオーバーザワールドがこの先で待ち受けているというのに、それをメインギミックとして活用してくる敵をで打ち倒したところで、何の自慢にもなりゃしない。


 必要なのは、俺達個々人の進化と覚醒。


 特に花音さんは、「認めたくないけど、伸びしろあるよあの子」と遥さんが複雑そうな顔で認める程の成長ぶりを見せている。



 だからここは、



「正々堂々、越えていくぜ、やれ、〈獄門縛鎖デスモテリオン〉ッ!」



 不可視不認識の鎖が、『因陀羅大将いんだらたいしょう』の四肢を覆う。このランクの相手に〈獄門縛鎖〉の絶対拘束は適用されない。


 ハッキリ言って拘束術式としてのコイツは、大分型落ちだ。


 だが、その不認識ステルス性は今でも健在であり、そこにひと手間加えてやれば、



「掴んだぜ、【四次元防御フォースフィールド】」



 今でもこうしてクソ厄介な足止めとして機能する。


 鎖を媒介に、俺と敵を繋げる事で【四次元防御】下に相手を引きずり下ろす『時間停止』の亜種。



 利便性で言えば〈外来天敵〉×【四次元防御】でOKなところがあるし、鎖に触れた上で俺ごと時を止めなければならない都合上、シングル戦ではまるで使い物にならない代物だが、しかし、っていうのは、このコンボにしか許されない専売特許。



「(さぁ、準備は整った。いけ、会津、花音さん)」



 二人が両サイドを駆け抜ける。


 会津は左に、花音さんは右に。


 まず仕掛けたのは会津だった。

 《開闢の闇夜calling》の術式を通して発言した冥府の門が揺れ動き、中から闇の霊力を纏った夥しい数の黒槍が超音速で射出される。



「《恩讐の槍衾vengeance》」



 黒槍の一斉掃射が白銀の巨神10メートル級を貫く直前で時間停止の拘束を解く。


 不死性を殺すと言われているその槍は、自己治癒力という隠れ特性マスクデータそのものに侵略をかける死の概念だ。



 会津の『冥府』は、必ず何かを殺す。

 そしてその出力は、概念が限定的であればある程に上がっていく。



『!?』


 神将の巨体が右にぐらついた。


 穿つ闇槍は、『因陀羅大将いんだらたいしょう』の身体を容易に貫き、壊せど壊せどもその都度『不死殺し』の概念を吐きながら爆発し、終わりのない無間地獄を広げていく。


『――――!』


 この攻撃がよほど堪えたのか、『因陀羅』のヘイトが完全に会津の方へ集中する。


 あぁ、間違ってないと思うぜ『因陀羅』さんよ。全ての攻撃にデバフと状態異常がついてくる即死攻撃持ちなんて真っ先に狙われて然るべき対象だ。


 けどなぁ。


「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 一瞬、たった一瞬『因陀羅』の背が彼女にとってのガラ空きとなったタイミングで、



「ダイナマイト――」



 花音さんが燃えたぎる『神炎の棍棒ウルカノス』を大きく振りかぶって、



「――・かいッ!」


 振り抜いた。

 轟いた。

 燃えて、爆ぜて、まるでメジャーリーガーの豪腕バッターに打たれた白球のような豪快さで白銀の巨神が場外へと吹き飛ばされ、



「敵将、『因陀羅』討ち取らせて頂きましたっ!」



 そして次の階層へと続く次元の扉が開かれたのだった。




―――――――――――――――――――――――




異神格シンクレイト――――ある神性の一部が別の神話に移り、そこで別の神性として新たに生を受けた存在。起源との関係性は、かつて同一であった別人であり、仮にぶつかり合う事があったとしても、O.Dのゼウス戦のような真贋神判ジャッジメントは、起こらない。大抵の場合、勝負に負けた側の神性の一部が別の神話に習合されるというケースが多い。



・『降東』のボスが纏う加護―――― 一個一個がチートと呼ぶに相応しい能力である上、後で最悪の形でまとめてもう一回遊べるドンされる。明王にとっては七つ集めてようやく一つの特性としてカウントしてもいいかな、というレベルの児戯に等しき業。公式ガイドブックにも、「これらに躓いているようでは話にならないゾ!」という舐め腐った記述がある。












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