第三百話 乙女の特訓事情



◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・荒野:『極光英傑戦姫』空樹花音



 個人の感想である事は無論承知の上で聞いて欲しいのだが、『降東』組――つまり私達のパーティーは、かなり高次元の領域で纏まっていると思う。


 はー様や澄江堂ちゅうごうどうさんといった人間やめちゃってる人達は言わずもがな、それ以外の私達四人だけでみても歴としたパーティー構成が出来上がっているのがこのチームの特徴だ。


 攻撃、防御、妨害、補助、回復。パーティー戦において必要な五つの役割を最低でも二人以上のメンバーがこなせる上、白兵戦、殲滅戦どちらにおいても亜神級最上位スプレマシークラスの火力を引き出す事ができる。

 ――強力無比な盤面制圧能力で、戦況を土台からひっくり返す凶一郎さん。

 ――極めて稀少レアな死属性の闇を使いこなし、唯一無二な妨害能力でフィールドをかき乱す会津さん。

 ――ソフィさんの《祝福》と《癒し》の力は、ちょっと見た事もない次元の出鱈目っぷりだし、

 ―――かくいう私もあの旅を経て色々と出来るようになった。


 コレに加えて、二人の特記戦力きりふだを擁しているのだ。

 もうなんというか、負ける方が難しいんじゃないかという位圧倒的なパーティーである。


 『天城』の時もそうだったが、凶一郎さんは本当にパーティー采配が上手い。その時その時で最適なチームを作り上げて、成果の最大値を貪欲に勝ち取っていく姿はまるで神話にでてくる賢王ウィザードのようですらある。

 

 しかし、当の本人はまるで慢心している様子はない。

 それどころか、不安を感じている素振りすらあって……



「にゃあ」



 夕焼けに染まる仮想の荒野を駆ける猫師匠。

 その速度スピードは、極超音速を優に超え今の私がギリギリ回避可能なレベルのおそさだ。


「(マッハ三十、澄江堂ちゅうごうどうさんとのバトルではー様が出していた速度の三百分の一以下っ!)」


 はー様の雷速ぜんりょくを考えればとるに足らない領域の駆け足であるがしかし、私にとっては真剣にならざるを得ない絶妙なバランス。


 彼女の武器は拳。それも右ストレート一本である。


 更にその狙いが私の腹部である事も予め宣告されていた。


 十キロメートルは離れていたであろう彼我の距離差があっという間に埋まり、間もなく彼女の拳が私の身体に直撃する。


 この訓練の達成条件は至ってシンプルだ。はー様の攻撃が私の身体に炸裂するよりも速く私が彼女に一撃を与える。


 狙いは端から分かっていて、しかも速度自体は対応できない程ではない。


 だからそう、理論上はすぐ終わる筈の修行なのに――――


「(はー様が、)」



 筋肉の収縮、視線の方向、重心の位置、汗や呼吸の感覚、そして溢れだす霊力のベクトルや、気の起こりに至るまで、その全てが


「(本当にお腹を狙っているって事で良いんだよね……?)」



 ――――猫師匠の猫目がじっと私の顔を見つめている。その瞳は「ブッつぶしてやるにゃ」と雄弁に語っていて、これがシミュレーションである事をつい忘れてしまいそうになる位に阿修羅王かわいらしい


「(腹パンをかわして、流水刃オデュッセウスの波状攻撃で一撃当てる……これで良い筈だよね)」


 ――――蒼い霊力の籠った拳は明かに私の顔面を抉りに来ている。腰の動きも、足運びも全部全部「顔面を狙うにゃ」と言っていて、私は、


「(私は……っ)」


 私は、極光天鎧パラス・アテナの六翼をはためかせ、彼女の左側面へと回り込む。狙いは顔面右パンチへのカウンター。

 はー様の右手がカラ振りを起こした空白につけ込む形で流水の蒼刃を彼女の周辺三百六十度に展開し、回避不能の波状攻撃を猫師匠の全身にこうズバッとした感じで叩き込んで



「ぴぎゃっぷ!」


 お腹に破壊光線を撃たれたような熱と衝撃が駆け巡り、私の身体は辺りの岩山を六つほど巻き込みながら吹き飛んだ。


 爆ぜる岩山。崩壊する渓谷。はー様の攻撃はその一つ一つが怪獣的で意味不明だ。

 『アテナ』の加護のお陰でなんとか微傷で済んでいるけれど、雑なパンチ一発でこんな地形破壊攻撃を起こしてしまうはー様は、本当にはー様だ。


 しかし、どういう事だろうか。


「(ちゃんと避けたと思ったのに)」


 腹部への攻撃を宣言した上での頭部への強襲……をブラフとした腹部圧迫はらパン、というのが私が今しがた受けた攻撃の正体なのだろう。


 はー様は嘘なんてついていなかった。ちゃんと私のお腹を攻撃するつもりで動いていたにも関わらず、それを信じられなかった私がいらない事をして、結果、この有り様だ。


 しかも、


「(私が避けた位置って、多分はー様にとっての最適攻撃点スイートスポットだったんだよね?)」


 最適攻撃点スイートスポット、ここに打ち込めば最適な威力を発揮できるといわれている物理的特異点。サッカーボールが蹴る位置によって飛ぶ距離を変動させるように、生物への攻撃も打ちこむ場所とタイミング次第で如何様にもその結果が変容する。


 はー様の拳に込められた霊的仮想質量係数とマッハ三十規模の速度の乗算で私を殴ったとしても、通常ならばあそこまでの地形崩壊だいさんじにはならない筈。


 つまり猫師匠は、自分の攻撃がクリティカルヒットになるように私をあの位置へ誘導したのだ。


 なんという技巧テクニック。同じパラメーターで戦っても術者の技量次第でここまで差が出るなんて。


「その様子をみるに、何をされたのか位は分かってるみたいデスね」


 はー様が、若干カタコトなトーンで私に話しかける。


「誘導されました。頭を狙われると思って、隙だらけにもみえたので、それでカウンターを……」


 この訓練では、遠距離系の術式の使用を禁じられている。だから「接近戦で戦う」という選択肢、それ自体に問題はなかった……と思う。

 けれどその方法がダメダメ過ぎたのだ。


 はー様は、ちゃんと言っていた。私の腹を狙うって。

 だけどそれが信じられず、まんまと猫師匠の擬態ブラフに嵌り、その結果がこの腹パン岩山貫通ポンポンペインである。



「(これが理合いの極致)」


 術式とか、身体能力とか、そういったものに頼らなくても勝ちに利する。


 どれだけ沢山の術式や異能アプリケーションを持っていたとしても、それを運用するOSが足らなければ只の宝の持ち腐れだ。


 特にここ『降東』は、武を司る神々の神殿だ。

 ――――『摩虎羅大将まこらたいしょう』との一戦を思い出す。彼――もしかしたら“彼女”なのかもしれないが――は確かに強かった。

 剛力であり俊敏であり堅牢であり武勇に優れた神界の番人。

 きっと少し前の私だったら手も足も出ずに負けていた事だろう。


 だけど『天城』を経た今の私にとって彼は、『摩虎羅大将まこらたいしょう』は、もっと楽に倒せてしかるべき次元の相手だったように思う。


 少なくとも性能面においては私の精霊の方に大きな軍配があった。

 はー様までとはいかなくても、せめて十五層で会津さんが魅せた動きと同程度の仕事はできて当然というか、……もっと、そうもっと早く『摩虎羅大将まこらたいしょう』を倒せた筈なのだ。


 しかし現実は世知辛いというか、兎に角そうはならなかった。

 

 理由は分かっている。私が一撃で神将を仕留める機会をことごとくし損じたからである。


 では何故私だけがもたついてしまったのか? これも答えは明瞭だ。


 武芸者としての経験値。積み上げた武錬の差。

 速度で勝り、終始押していたにも関わらず、私は致命の一撃クリティカルヒットを最後まで撃たせて貰えなかった。


 恐らく『摩虎羅大将まこらたいしょう』は、今のはー様と同じような方法で私の攻撃をかわし、捌き、たとえ受けざるを得ないような窮地に立たされてもそのダメージを最小限に抑えるように立ち回って、回復の時間を稼いでいたのだろう。


 スペックで勝っていても、理合いに敗れれば苦戦は免れない。

 いわんやこれが、最終階層守護者『明王』ともなれば、赤子の手を捻るような容易さで私をねじ伏せてくるだろう。


「はー様」


 私は猫師匠に尋ねた。


「どうすれば、はー様のようになれますか」

「……花音ちゃん」


 猫師匠の瞳孔が、静かに開く。


「それはつまり、私のように凶さんとイチャイチャラブラブするような関係になりたいと、そういう宣戦布告バトルフェイズと捉えてよろしいデスね」

「ち、違いますよぅ」

「この泥棒猫ちゃんめっ!」



 はー様は、たまにものすごく面倒くさくなる。





「先読みの技術って言うのはね、要するに相手の意図を正確に読み解く事なの」


 猫師匠が入門編として教えて下さった理合いのロジックは、座学の上ではとてもシンプルな理屈だった。


「眼、耳、鼻、肌感覚に霊覚、その他一切合切自分の全部を総動員して、相手のやりたい事を看破する」


 じゃんけんをした。私がパーで、はー様がチョキ。はー様が勝った。


「筋肉の収縮、視線の方向、重心の位置、汗や呼吸の感覚、溢れだす霊力のベクトルや、細かな『霊力経路』、後は俗にいうところの“気の起こり”なんかもそうだね。人間も神様も動く以上は必ず予兆サインをだす。花音ちゃんは、これを視るところまではできてるみたいだね」



 もう一度じゃんけんをする。私がチョキで、はー様がグー。また私が負けた。



「……うん。良いセンスしてると思うよ。戦いながら読むのって周りが考えている以上にしんどいし、慣れてないと逆に弱くなっちゃうことだってあるからなえ。そういう意味では情報を読みながらちゃんと戦えている花音ちゃんは、一流りっぱだよ。このあたしが保証する」



 じゃんけん。私がグーで、はー様がパー。

 じゃんけん。私がチョキで、はー様がグー。

 じゃんけん。私がパーで、はー様がチョキ。


 何度やっても、何回裏をかこうとしても、必ず結果は私の負け。

 あいこすら起こらない。完全にもてあそばれている。


「だけどなまじ読めていると、逆に利用される事があるの。十層で戦った『まこなんとかさん』いるでしょ?あの白銀マッチョさんがやってた事も突き詰めてしまえば“こういう事”なんだ」


 

 じゃんけん。負ける。

 じゃんけん。負ける。

 じゃんけん。ムキになって全ての手に勝つ反則技ダイナマイトを繰り出したが、役が成立するタイミングでバーチャル親指をポッキリと曲げられて、ただのグーにされてしまった。当然負けた。



「読む事が出来るんだったら、今度は考えてみて。もしも相手が擬態ウソをついていたら必ずどこかに矛盾が産まれる筈だから。逆にこっちがウソをつく時は、兎に角沢山動くか、全く読ませないか。前者のスタイルを“千貌”、後者のスタイルを“是空”っていうんだけど、……まぁこの辺はおいおいね」



 私はこの時、二つの事を決めた。

 一つはこの『降東』を通して必ず武の神髄を自分のものにするということ。

 そしてもう一つは、



「とりあえず一回、あたしからじゃんけんで一勝奪ってみ。それが出来るだけで、大分



 はー様の前で、二度と全ての手に勝つ反則技ダイナマイトを使わないという事だった。



◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二十層





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・ダイナマイト→グーの形にした後で、親指をピンと上に立てることで完成するじゃんけん最強の役。ダイナマイトのスイッチを押す時の象形拳であり、ダイナマイトの爆発の前では、ハサミも石も紙もピストルも全て塵となって消えるので勝つという小学生奥義クソガキフェイバリット

 一見すると無敵で最強の技だが、親指さえ消し飛ばしてしまえばただのグーに成り下がるので、

相手がダイナマイトをしてきたら迅速に敵の親指をヾ(ΦωΦ)/して、こっちはパーを出してやろう! きっと相手は泣きべそかきながら負けを認めてくれる筈だ!









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