第二百九十九話 成功した自分



◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>城内



 十二月三日、十二時二十分。


 十五層の攻略を終え、無事に三番目の中間点へと辿り着いた俺達はガキさん手製の午餐ごさんに舌鼓を打っていた。


 兎にも角にも冒険者は、身体を資本とする職業である。


 特に今回、俺達は一日に二体のボス――それも禁域クオリティの武神達を、だ――を相手取らなきゃならないわけだから、出来るだけランチタイムには多様で上質な(欲を言えば更に美味である事が望ましい)栄養素を摂取したい。そんな欲張りな願いを叶える為にガキさんが皆に披露した料理というのが、



「さ、みんな。午後の攻略に向けて精つけてや」



 突きだし、前菜、吸物、向付、煮物、焼き物、温物、ご飯、水菓子。


 いわゆる懐石料理の順番になぞらえて炊事場から運ばれる季節料理の数々は、舌が天国に昇天したんじゃないかと錯覚を覚える程に好ましく、あの会津ですら眼を見張る程だった。



「なんやボク、今ん所何も役に立ててないっぽいからなぁ。せめて美味しい食事くらいは作らして」



 ガキさんはそんな風にヘラヘラと軽い口調で言っていたけれど、そのクオリティはさっきも言った通り、皆が驚くレベルの超神領域アルテマクオリティである。



 皇国最強の“龍生九士”の一角であり、常日頃から『無窮覇龍』に仇なす者達との戦いに身を投じているガキさんにこんな一面があったなんて。いや、もう……この世界のハイスペ男ってどうなってんだろう。何でも出来るじゃん。完璧超人じゃん。俺の周りで料理やらないのなんて、それこそチャラ男くらいのもんよ。アイツだけは「肉とかとりあえず強火で焼けば良いんじゃないんっすか? でもそうするとどういうわけか焦げつくんっすよねぇ。ほんとマジ七不思議」とか言ってくれるから癒しだよ。……畜生、この特選牛ステーキ超美味ぇ。焼き加減が絶妙過ぎる。



「お家の事情でねぇ。当主になれんかったモンは、家臣として仕える仕組みになっとるから、一通りの事はできてないとあかんのよ」



 幼い頃から兄弟達と争わされて、毎日命の価値がランク付けされる教育システム。

 成る程な、と思ったよ。皇国は基本的に実力至上主義を掲げている。

 そしてその理念は、上に行けばいくほど苛烈で過激になっていくもので、実際ナラカの所も似たような競争カリキュラムが組まれていたという話を本人から聞いた事がある。

 ったく、考えただけでも恐ろしいよな。血を分けた家族を蹴落とさないと将来そいつ等の家来にさせられるだなんて、そんなのはあまりにも……



「残酷ですね」



 そうガキさんに論じたのは、会津だった。


「『睚眦がいさい』閣下の家の方針に意を唱えるつもりはありませんが、僕のような凡人には到底理解できない思想設計です」

「ま、君達からしたらそういう風に映るかもなぁ」

 

 会津の指摘に、しかしガキさんは特別気にする風でもなく飄々とした口調で持論を語った。



「でもな。結局ボク等の住んでる社会っちゅーのは、そういう風に出来とるんよ」



 実力至上主義社会。強い奴が偉くて、個人間、企業間の競争を社会が積極的に推進していく健康で文化的な修羅道絵巻。


 この世界における正しさは、至ってシンプルで残酷だった。


「勝たないとダメやし、秀でてないと上がっていけない」


 強者であればあるほど賞賛と報償を得られるし、逆に弱者、特に成人済みで学生でもない税金未納者への風当たりは、向こうの世界の百倍は酷い。


 しかし、当然ながらそんな社会の在り方を誰もが肯定しているわけではない。主人公やヒロイン、誰であろうと皆が等しく尊いのだと信じる大人、後はそう、



「いいえ」


 聖女様なんかも同じような考え方だ。



「たとえ秀でていなくとも、人は皆で支え合って生きていく事はできます。過剰な優劣思想は、いずれ分断を生みますわ」

「……彼女の意見に僕も同感です」

 

 ソフィさんの意見に眼鏡の青年が同調する。

 聖女と組織のエージェントが同じ方向を向いている――――彼の表情筋には、「不本意ながら」という気持ちが克明に記されてはいたものの、しかし、確かに彼と彼女の意見が重なったのだ。


「二人共、ほんまえぇ子やねぇ」


 


「せやけどそりゃあ詭弁よ。共同体ッちゅーもんは、大体特定の誰かが我慢して作られとんねん。家族だったら働いてるモン、社会やったら税金カネ払っとるモン。僕だったら敵国のモンや、アホなテロリスト狩ったりなァ。そうやってボク等がそれぞれの役割をこなしながら生きている一方で何もせんでお金もらっとる奴等もおるわけで、……まぁ色んな理由があるんやろうけど、そいつ等はカネも義務も果たさんと生きとるわけやからな、その分の負担は支えるボク等が余計に支払わんとあかんわけよ」



 龍は言った。

 彼等は良くも悪くも実力至上主義者の集まりであり、義務を果たさぬまま社会に活かされている人間には相応の恥じらいと振る舞いをもって生きるべきだとそう考えている。


 さもありなん。

 ――――ここはセーフティネットの不正受給者が、極刑に処されるような社会なのだ。

 獣人や異国民が罪を犯してもこうはならない。

 龍達は何よりも寄生虫を嫌うのだ。強くあれ。弱ければ相応の恥じらいを以て日陰で生きろ、でなければ──と。


 若者が、下手をすればユピテル位の世代の奴でさえ冒険者として働かなければならないのは、こういった龍の価値観マインドセットが千年以上の歳月をかけて醸成されてきたからに他ならない。誰もが生きる為に戦っているのだ。勝たなければ生きていけないと知っているから。


「だから」


 そう、だから


「だから支える側はいつだって戦わなきゃならん。勝って勝って勝ち続けんと守りたい共同体モン守れなくなるからなぁ。家族の前では優しい大黒柱が、職場では鬼のように周りを蹴落とすなんて良くある話や。あぁ、そうそう。ちょっと気になってたんやけどな、君のところはどんな感じの支え合いシステムでやっとるん、会津君?」



 だからみんな戦わなければならない。

 彼も、そしてオレも。



◆<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>第三ラウンジ




「会津はさ、家族の為に冒険者やってんだっけ?」



 昼休憩の後半。オレはせっかくだから会津に色々と聞いてみる事にしたんだ。


 赤を基調とした古代ペルシャ風の絨毯が敷きつめられた五十畳ほどの大きさの広間の中心でぽんぽこと飛び跳ねる無数のぷるぷるさん達(水色バージョン)。



 城主の提案で、中間点在住中のオリュンポス城は、ぷるぷるさん達が自由に往来して良い場所になっていた。



禁域ここ、あんまり人が来れない場所の様ですし、折角ならヤルダさん達にいい思い出作らせてあげたいじゃないですか”



 本当に花音さんは、すごい人だ。

 この地獄のような禁域環境で、管理者であるヤルダさん達の気持ちすら汲み取っている。


 言われてみればそうなんだよな。ここのヤルダ達は、他の次元の管理者達と比べて著しく暇な存在だ。


 人が好きで、冒険者の役に立つ事を何よりも喜びとしている種族が、何百年何千年と閑散とした時間を過ごしてきた。


 花音さんの言う通り、彼等にとってこの瞬間は、待ちに待った奇跡の出会いなのだろう。


 ――――短い期間かもしれないが、この『降東』攻略が彼等にとってもよい思い出になりますようにと願いながら、隣の闇属性に視線を送る。



 会津の膝には、一柱のぷるぷるさんが座っていた。

 少し緊張しているのか、紫色の本をめくる手の動きが妙にたどたどしい。

 ぷるぷるさんと黒衣のエージェント。見れば見る程奇妙な組み合わせだが、うーん。



「えぇ、まぁ。といっても、血の繋がった家族というわけではないのですが」


 彼が素直に自分の身の上を話してくれたのは、別にオレに胸襟を開いてくれたとかそういうわけではなく、それが単純に既知の情報だったからだ。



「面接の時にも少し話させて頂きましたが、僕の遺伝子上の血縁者かぞくと呼ぶべき人物達は、産まれてすぐに僕の事を捨てましてね」



 経済的な事情か、持って生まれた異能の瞳を疎んだのか――――いずれにせよおよそ人道的とは呼べない人間達だとは思うが、しかし今となっては顔も知らない赤の他人に思う憎悪きもちは欠片もないと彼は仮面の笑みを浮かべながら答える。



「むしろ感謝したい位ですよ。どんなロクデナシであったにせよ、彼女達が産んでくれなければ僕は生きていなかった。そうしたら今の家族と出会う事もなかったわけで、だから差し引きで言えばありがとうプラスなんだと思います」

「なんというか……すごい大人な考え方だな」


 普通、そんな簡単に割り切れるものじゃない。

 かくいうオレがそうだったから。


「オレはさ、親父とお袋が先に逝っちまった時にさ、すごく悲しくて、不安で、ちょっとだけ恨んじまったよ」

 

 それは子供みたいな感傷で、……いや、実際に子供だったんだろう。


「オレ達これからどうすればいいんだよ、ってさ。なんで死んじまったんだよってさ。そんなことばっかり考えて、姉さんにも随分と迷惑を」

「良いんですよ、子供はそれで」


 会津の紫がかった青色の瞳が、オレを見つめる。

 初めてピントが正しくあったような、そんな気がした。



「子供が子供らしく生きる事に何の資格がいるんですか。強いとか弱いとか、そういう二元論ことじゃないんですよ、生きるのって」


 それはガキさんの問いかけに対する真っ向からの反論アンサーであり、恐らくは彼の本音に近い意見なのだろう。


「リーダーさんは、病気がちだったお姉様の為に冒険者になられたんですよね」

「あぁ。うん、まぁ」

「とても立派だと思います。あなたの在り方を、僕は尊敬しています」

「それは、」


 お前もだろう、とオレは思った。


 面接の時からずっと感じていた事だ。

 オレ達は似ている。


 戦う理由が家族に由来するところも、大切なものを守る為ならばどんな手段さえも辞さないところも。


 “彼”は、失敗しなかったオレなのだ。

 どこかの誰かのように、ゲームのチュートリアルであっさりとおっぬ事もなく自分の力だけで家族を守り抜いた、言うなれば成功した清水凶一郎。


「……なぁ、もしよかったらさ」


 彼からの賞賛に対する返しの言葉を有耶無耶にしたまま、オレはズルく話をすり替える。



「差し障りのない範囲でいいから、聞かせてくれよ。お前の家族の話しもさ」






◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・荒野:『極光英傑戦姫』空樹花音





「ぴぎゃっぷ!」



 珍妙な悲鳴は、わざとやったわけではなかった。

 打ちこまれた正拳パンチの衝撃で、幾許かの岩山に自分型の穴を開けながら宙へと吹き飛んでいる内に自然とこんな情けない声が出てしまったのである。



「だめデスよ、花音ちゃん」


 きゅむきゅむと風のない荒野を歩く蒼い髪留めの推し。


「そんなんじゃ、いつまで経っても新しい技覚えられないよ……デス」



 猫師匠の授業は、大変にスパルタだった。





―――――――――――――――――――――――


・特別付録! その頃のチビちゃん!



◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・弐の律『西威』・第二中間点:『第六天満破界砲撃手』清水ユピテル



 少女は、中間点に浮かぶ雲を見上げながらおもむろに呟いた。


チビちゃん「ウ○チ!」

チャラ男「確かにウ○チみたいっすね。こう巻いているタイプの」

チビちゃん「肯定うんち!」


 う○こみたいな空を、二人は眺め続けた!

 


 特別付録! その頃のチビちゃん!

 おしり!



















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