第二百九十七話 裸の付き合いとこれからのこと




◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二中間点・城<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>ゲストルーム(凶一郎と遥の部屋):『外来天敵』清水凶一郎



 午前六時半。目を覚ますとよく眠っている遥さんの姿があった。

 シーツに身体をくるめながら満足そうにニャゴニャゴしているそのご尊顔に、嘆きや退屈の感情いろはない。


 良かった、と安堵のため息をつきながら静かにダブルベッドを降りてシャワールームへと向かう。

 地中海風のインテリアが飾られた穏やかな寝室を抜け、青色のマットレスとふかふかのソファ群に囲まれた寛ぎゾーンを左に曲がり廊下を通ってバスルームへ。


 色々あって脱ぎ捨てる衣類はパンツ一丁であった為、途中で回収した着る用の服とタオルだけを大理石調のタイルに置き、後はお風呂セットを脇に抱えていざ、湯殿ゆどのへ。



「(……いや、最早乗り物マウントの域、越えてね?)」


 

 <正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>、彼の『天城』より分かたれたこの空飛ぶ要塞城のスペックは、住居空間としてのランクも亜神級最上位スプレマシーである。


 だってこの客間、何百とある客間の一室なのよ? 一流ホテルのスイートみたいな広さの客室が選びたい放題なのよ?


 バスルームにしたってさ、チビちゃんが三輪車で漕ぎ回れる程度の広さがあってさ、しかも風呂の形がでっかいプールみたいなジャグジーバスよ?


 何それって感じじゃん。今までで一番良い暮らししてるまであるよ今回の探索!


「(アメニティも充実。レジャー施設も完備。身の回りの世話は、全部機神ロボット達がやってくれるからマジで攻略に集中出来るんだよなぁ)」

 

 メンソール入りのシャンプーをつけた手で、頭を丁寧に洗いながら花音さんへの感謝と今日の予定について考える。



「(こんな素敵な場所を提供してくれる花音さんとオリュンポスに報いるためにもしっかりリーダーやらなくっちゃな。今日の予定は十五層と二十層だけど……)」


 楽に済ませたいのなら遥かガキさんに任せればすぐに終わる。


 如何に禁域『降東』と言えども、中ボスレベルじゃあの二人の足元にも及ばない。


 雷霆速度到達者プロヴィデンス――――ゲームでは、『確定先制(優先度+3)と3回行動を常在付与するキャラクター特性』という形で描かれていた強者の証。


 敵に回せば馬鹿みたいに厄介で、味方に回ればこの上なく強力なレジェンド級の激レア称号を持つ者がなんとウチのチームには二人もいる。まさに別格のダブルエース。


 勿論、これは速度に限った話ではない。

 出力パワーも、装甲ぼうぎょも、深度レベルも、あの二人の立つ場所はあらゆる点において次元が違う。


 だから楽をしようと思えばいくらでも楽が出来るのだが……



「(そこに依存していたら、いつまで経ってもこのままだしなぁ)」


 組織との戦い。『失楽園ルシファー』の攻略、その後に控える『覇獣域メグセリオン』や『世界樹オーディン』との決戦。


 チュートリアルが始まる前にやらなければならない事は果てしなくて、その為に越えなければならないハードルはどこまでも高い。



「(一部の強キャラに依存したパーティー編成は、必ず綻びが生まれる)」


 ――――レベルを上げた強いキャラを入れておけば良い。

 ――――最強コンボさえ組み込んでおけば、どんなダンジョンでも踏破出来る。


 そういったRPG終盤のお約束を「馬鹿が○ねよ」というノリで潰してくるのが『ダンマギ』というゲームだ。


 開幕先制で【始原の終末エンドオブゼロ】を飛ばしてランダムにスタメンと控えの中から四人を除外してくる裏ボスの前では、どんな極悪コンボも安定しないし、どれだけレベルを上げても強制的にレベル1に引き戻してくるようなダンジョンの前では全員例外なく無力となる。


 お決まりの「簡糞」ってやつさ。


 他にもこのレベル帯なら楽勝と思った矢先に突然変異体が現れてゲームオーバーとか、そもそもあっちのステータスが∞でまともにやるだけ馬鹿を見るだとか……まぁ、要するに「ここまですれば大丈夫だろ」という油断や慢心は、まず捨てろっていう事さ。


 確かに今回、攻略用の戦力は足りている。

 どれだけ考えたところで詰む要素なんて見当たらない。


 だけど、



「(……うん、やっぱり今回の中ボス戦は全部四人で戦う方向で行こう)」

 


 十五層、二十層、二十五層、三十層、三十五層、四十層。


 三日で六戦。

 禁域である『降東』の中ボス戦を遥達抜きで戦うのはかなりシビアではあるが、だからこそ試す価値がある。


 一昨日の戦いで俺が新しい術式を手に入れたように、花音さんやソフィさんが中ボス戦を経て新たな力を得る事が出来ればそれだけ対応できる幅が広がるようになる。


 特に花音さんはイケイケだからな。遥との特訓も合わせれば更に化ける可能性もあらずんばって感じだ。


 後は欲を言えば会津との連携も強化していきたいところではあるのだけれど……



「(会津か)」


 温かいシャワーの水が泡立った頭皮を濡らす。


 会津・ジャシィーヴィル。オレ達が『降東』攻略と並行して“攻略”しなければならない相手。


 ――――彼の攻略は、必須であると同時に急務でもある。


  何せ会津が組織側にいる以上、聖夜決戦の話をクラン内で共有する事が不可能なわけだから。


 逆に会津をこちら側に引き込む事さえ叶えば、彼を経由する形で組織穏健派、引いてはその上の導師との会談コミュニケーションに漕ぎつける事すら夢ではない。


 だから何としてでも彼をこちらに引き込みたい。

 その為にはまず、彼との親睦を深める必要があるのだが……



「(どうにも距離感が掴めないんだよなぁ)」


 壁がある。距離がある。そもそも彼は最初から組織むこう側なのでとりつく島が殆どない。その上期限が一週間未満ともなれば……。



「(会津が実は女で、俺にギャルゲー主人公並みのモテ力があればワンチャンってところか。いや、そうなると絶対遥さんがシャーシャーしてくるだろうし、下手すりゃ別の問題が発生しかねん)」


 どうするべきかと煩悶しながら、シャワーで頭を洗い流し考える。


 あぁ、分かってさ。こんなのは、ポーズに過ぎない。俺はきっと「手を尽くした」という言い訳が欲しいだけなのだ。

 悩んでいるフリ。自分が善き人で在りたいという欲目。テメェが傷つかない為の身勝手な自己防衛本能。


 でも、全部分かった上でそれでもオレは――――


「ん?」



 背後からの視線に気がついたのは、リンスを洗い流した直後の事だった。


 この馬鹿みたいに広いゲストルームはオリュンポスの霊子ロックによって管理されており、俺達以外の人間が勝手に立ち入る事ができないように施錠されている。


 つまり、


「遥」


 つまり、脱衣室のガラス張りの窓からこちらを覗く泥棒猫ちゃんの正体は考えるまでもなく恒星系。


 蒼いネグリジェ姿の遥さんが、何ともいえぬ猫目でじーっと俺の裸体を観察している。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



 身体に溜まっていたモヤモヤを一息で吐きだし、それから両手を使って小さなマルを作った。


 たちまち猫ちゃんの瞳が喜びの色に染まる。

 バタバタと活発に動き回りながらお元気に服を脱ぎ散らかす遥さん。

 ……うん、まぁね。あのまま俺のシャワーシーンを素っ裸をガン見されても困るしね。



「旦那様のお背中流しにきましたにゃんっ」


 

 遥さんは当然ながら裸体であった。

 全部見えてる。当然だ。本人に隠す気なんてないんだから。



「タオルとあたし、どっちで洗って欲しい?」

「……タオルで」


 フロアに響くブーイング。すまんな、遥よ。今はそういう気分じゃないのだ。


「その割には大層“ワクワク”しておられるようですがー?」

「生理現象だよ。起きてすぐは、大体こんな感じなの」

「はいはい。そういう事にしといてあげますよ」


 

 等と言いつつも、ちゃんとタオルを使って背中を流してくれる遥さん。

 

 ごしごしと背中をさする感覚が絶妙に心地いい。



「今日もお悩みですねー」

「飽きもせずにな」

「なに悩んでるの?」

「会津の事」


 俺は正直に話した。遥相手に強がる必要なんてないし、どうやら俺は顔に出る性質たちらしいので。


「仲良くしたい気持ちはあるんだよ。でもそれってやっぱりどっか打算的っていうかさ、結局アイツと仲良くなったところで全部おためごかしなんじゃないかって」

「あーね」


 背中が泡立っていく。気持ちい。垢と一緒に心の中の澱も浄化されていくような、そんな感覚。


「どうしたいんだろうな、俺は」

「仲良くなりたいんだよ、凶さんは」

 

 ぽんぽん、と遥の温かい手の平が俺の肩を叩く。


「あのね、本当になんとも思ってなかったらね、そもそもそんな事で悩んだりしないもんなんだよ」


 むにゅむにゅとした柔らかい感触が背中をやんわりと包んでいく。

 随分と弾力のあるタオルだ。……新しいものに換えたのだろうか?



「好きの反対は無関心って言うじゃない? 仲良くするべきかとか、仲良くなったところでとか、そんな事考えてる時点で君は会津君に興味深々なの」

「でもさ」

「でももだってもバットもハウエバーもありませんっ」


 ぴちゃんとお尻を叩かれた。痛くはなかった。


「いい、凶さん。何でもかんでも善悪で測れるわけじゃないの。特に好きとか知りたいって気持ちはどんなに綺麗な言葉で着飾ったって深層心理つまるところはエゴなんだ。ねぇ、凶一郎。君はどうしたいの? 耳を塞がず一回ちゃんと心の声に従ってみ」

「俺は……」


 言われた通りに考えてみる。

 どうするべきかではなく、どうしたいのか。

 答えはすぐにやって来た。



「オレはきちんとアイツの事を知りたい。時間はないし、こんな事を言う権利はないかもしれないけど」


 どうしても彼の事情を他人事とは思えなかった。


「出来る事なら、アイツの事情を、アイツの言葉で聞きたいと思っている自分がいる」

 

 それが間違いだと知りながらも、家族の為に身をやつす彼の姿は、オレが姉さんの為にとった未来ゲームの姿に似ていて、だからこそアイツの気持ちを分かってやれるんじゃないかってつい考えちまうんだよ。



「そっかそっか」


 遥が笑った。穏やかで軽やかな声だった。



「ならその為に、凶さんがやれる事は?」

「どうもこうも答えは一つさ」

 


 霧が晴れる。迷いが消える。



「向き合ってみるよ。お前が花音さんとそうしているように」


 やっぱり俺の選択に間違いはなかったよ。

 遥がいてくれて本当に良かった。




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第十五層



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現界詞スペル

 天啓保有者レガリアホルダーが天啓を世界に顕す際に唱える言葉。

 無詠唱でも唱える事は可能だが、音声、あるいは霊声を介して呼びかけることで余計な手間(座標の設定や、どの向きで出現するかなど)を省く事ができるので、大抵の天啓保有者は、現界詞スペルによる召喚を多用する。


 選ぶ言葉は自由に設定でき、


①シンプルなもの:黒騎士の○○天啓展開

②自分なりの呼びかけをするもの:ゴリラの「いくぞ、骸龍器ザッハーク」、ポリ子の「天啓隷属アタシに従え」等


 その呼び方は様々。

 ただ一度設定した現界詞スペルは、仕様上二度と取り消せない為、チビちゃんがゼウスの現界詞を「ウ○チぶりぶりざえもん」にしようとした時にはゴリラが珍しく真面目に「お前それで本当にえぇんか(意訳)」とお説教した為、寸前のところで変更となった。

 良くも悪くも人の個性が爆発する。





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