第二百九十四話 一日目/夜







 花音さんが『天城』で獲得したエクストラ・リミテッドロール『極光英傑戦姫』


 これは前にも話した通り、ゲーム時代にはなかったifの産物に他ならない。


 『ダンマギ』の彼女が最終的に辿り着いたEXLRは、その銘を『天聖英傑戦姫』と言い、戦術構築も今の花音さんとは対照的な“軍神”スタイルという形で仕上がっていた。


 軍神。

 武神や明王のように自ら赴き敵を滅する者ではなく、天界よりもたらすその“加護”によって英雄達を勝利に導く神格の在り方。


 例えるならばそれは、バッファーであり、回復役であり、更に数多の霊術を駆使して戦う後方寄りの万能アタッカー。


 彼女にはその全てを担うだけのスペックがあった。


 霊術系統の術式をコピーできる『天与神統記ダクトュロス』、

 【英雄の守護者パラス・アイギス】や、【勝利神の凱歌ニケ・グローリア】といった「詠唱顕現」時限定の任意発動型能力アクティブスキルが平常時でも使用可能になる『天聖英傑戦姫』。



 「推しキャラを活躍させたかったら、まず花音と組ませろ」というアドバイスが浸透する位にはその支援性能は圧倒的で、自己強化に特化したアーサーとのコンビネーションは、まさに原作再現と言わんばかりの好相性だった事はダンマギユーザーであれば誰もが知るところである。


 さもありなん。何せゲーム時代の花音さんは、アーサーの愛によって、その力を目覚めさせたのだから。


 そして恐らくは、この「きっかけの違い」こそが『天聖』と『極光』の分岐条件なんじゃないかと、俺は睨んでいる。


 愛……つまり、誰かを支えたいという思いがトリガーとなって彼女が覚醒を果たすと『天聖英傑戦姫』となり、


 夢……つまり、己の描いた理想や正義を貫いて「ヒーロー」になると『極光英傑戦姫』として羽ばたく。



 より噛み砕いて説明するなら誰かのヒロインになると『天聖』に分岐し、花音さん自身が主人公になると『極光』へ至る、みたいな感じだ。


 だってねぇ。完全にこっちの花音さん主人公なんだもん。


 今までの全てのバトルフォームをデフォルトで内包してるところとか、

 歴代契約者の神器を全て使いこなせるところとか、

 極光の翼とか、

 近接限定のコピー能力とか、



 ずるいよ。俺だってこういうのが良かったよ。

 なんだよ粒子ウイルスバラ撒いて相手に失敗を強制させる能力って。人としてやっちゃいけないことしかしてないじゃん。


 俺も花音さんみたいに戦いてぇよ。

 くそぉ。やっぱカッケぇなぁ、『極光英傑戦姫』




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第十層



 

 十層ボス『摩虎羅まこら大将たいしょう』との一戦は、あのまま花音さんが押し切る形で決着と相成った。


 途中、俺や会津のアシストがあったとはいえ、禁域ダンジョンの階層守護者(しかも相手の土俵である近接戦でだ”!)を単騎で討伐してみせた花音さんの成長ぶりには、素直に驚嘆せざるをえない。


 元より何でもそつなくこなすバランスタイプの見本みたいな子ではあったのだが、天城編でその万能性に磨きがかかり、戦士としての完成度がより高い次元に纏まったように思う。



 そんな風に俺が花音さんを讃えると、彼女は少しだけ照れくさそうに微笑んで、


「いや、まだまだですよ。私もっともっと強くなって皆さんのお役にたてるように頑張りますっ!」



 ……この時の衝撃を一体どんな言葉で説明すればいいだろうか。



 ゲーム無印における空樹花音の最終到達点は、精霊の等級が亜神級最上位スプレマシーであり、専用ロールの至高が『天聖英傑戦姫』、《英傑霊装バトルドレス》のクライマックスフォームが《極光天鎧パラス・アテナ》といった形で、要するに今の花音さんとほぼ同じ位階ランクで打ち止めだったのだ。



 無論、完全に同一というわけではない。

 自分で殴る『極光』と、模倣した霊術のパーティーシナジーや『アテナ』の鼓舞バフを主体として仲間を支える『天聖』とではその役割がまるで違うし、何より五大ダンジョンや無印のメインダンジョンで手に入る各種レガリアやチートアイテムを盛り込んだ「空樹花音の理想編成」まで加味すれば、まだまだ彼女には伸び代があると言えなくはないだろう。



 だけど俺の知る空樹花音の基幹構成要素フォーマットは、ここが最果てであり、その上等というものは存在しない。いや、


 しかし、どうだろうか。


 彼女は“軍神”ではなく、“英雄”を選び、この先の道はシリーズ最難と呼ばれる三作目の世界。


 ならば、そう。あり得ないとは言えないのではないか。


 《極光天鎧パラス・アテナ》が最終形態ではなく、更に上の《英傑霊装バトルドレス》が追加される事も、


 彼女の精霊が真神の域に至り、世界を獲得する事だって。


 禁域ダンジョンや『失楽園ルシファー』といった本来の彼女ならば立ち入る事の叶わなかった次元の戦いに触れることで、一作目ヒロインの限界を越える可能性は十二分にある。


 だって人がどんな風に成長するのかなんて、それこそ環境次第なのだ。


 チュートリアルの中ボスが裏ボスと契約して種族破壊神になることもあれば、ヒロインルートのボスとして立ち塞がる運命にあった只の少女が、“龍生九士”と互角に立ち回るまでに成長することだってある。



「あぁ、そうだな」

 

 だから俺は、胸を張って言ったのだ。


「花音さんならもっとずっと強くなれるよ。大丈夫。この俺が、保証する」




◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第二中間点:『妨害手』・会津・ジャシィーヴィル(組織穏健派所属・コードネーム『逆理』)




 皇歴千百九十年十二月二日午後十八時三十分未明、冒険者クラン“烏合の王冠”の『降東』攻略チームは、目的地である第二中間点への着陸に成功し、その日の探索を満了した。


 初日の探索は道中、階層主戦共に空樹花音の活躍が光る結果となり、改めてこのクランの“層の厚さ”を証左する形になったとエージェント『逆理』は評定づける。


 とはいえその結論を本部へ送る手段がこの『降東』には存在し得ない為、レポートを纏め上げる緊急性は薄い。


 あらゆる通信を遮断するダンジョンの理と、“保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則。


 二つの異界法則が支配するこの『降東』において、エージェント『逆理』が組織の諜報員として活動できる範囲は極めて少ないと言える。


 寧ろ、生きて家族の元に帰るという彼の目標を鑑みれば、徹頭徹尾彼等の味方として振る舞う必要さえあった。


 余計な事はせず、万が一にでも己の正体が曝露ばくろに至るような行動は避け、ただ会津・ジャシィーヴィルとして彼等と協働する事。

 

 この場における造反ぞうはんは、見返りなき自殺行為とほぼ同義だ。


 “保全禁止ノールール”により「あらゆる帰還行為」が禁じられているこの『降東』においては、中間点で置き去りにされる事さえ、事実上の処刑となる。


 故にエージェント『逆理』が選択できる最も賢明な諜報活動は、ひたすらに“何もしない事”であった。


 何もせず、ただ彼等の仲間として在り、可能であれば“欠片”の所有者と思しき清水凶一郎とのコンタクトを増やす。


 直属の上司からの承諾も既に得ている。

 だから彼は、ただ会津・ジャシーヴィルであればそれで良かった。

 まぁ、最も――――



「(この状況で、何が出来るのかといった話だが……)」



 <正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>


 空樹花音の天啓であるその白亜の城は今、中間点の大地に背を降ろし全うな居住区画としての役割を果たしている。


 『降東』はその特殊性故、“街”がない。

 だからこそ、チームの生活基盤は必然的に空樹花音の天啓に依存する形となり、そしてその生活は、存外に心地よかった。


 一人ずつ用意された客室は――なお、清水凶一郎及び蒼乃遥は例によって同室である――西と東の文化風土の違いこそあれど、あの空島に浮かぶ旅籠と比しても遜色なく、身の周りの世話は全て小型の機神ロボットが遂行する為、生活に割くタイムパフォーマンスが非常に良い。


 広々としたラウンジの片隅で、ペーパーバックを読みながら、会津・ジャシィーヴィルとしての役をこなす。


 暖炉の周囲には二人の探索メンバーと大量の客人がいた。


 空樹花音。

 ソーフィア・ヴィーケンリード・


 そして、



『わーいわーい! お城だ! お城だ!』

『こんな素敵なお城、ボク初めてみました!』

『キラキラお城、アタシここに住みたいなぁ』


 空色の軟体生物の集団が、ラウンジの中を楽しそうに跳ねまわっている。


 ヤルダ四丸四のっとふぁうんど、ダンジョン『降東』の中間点を管理するこの小さな奉仕者達が何故夜のオリュンポスにいるのか。


 その理由は、目の前で大量のヤルダを抱きしめているえびす顔の城主にある。



“どうせですし、ヤルダさん達もこの城に招いちゃいましょう! 大丈夫です! ウチ、とっても広いのでっ!”



 ――――その言葉を端的に訳すのであれば、思いつきという言葉が相応しい。


 要するに空樹花音は暇だったのだ。夕食こそ皆で共に食したものの、清水凶一郎は蒼乃遥に引きずられるようにして早めの就寝。


 澄江堂我鬼は、意外にもしばらく彼女達との団欒に付き合い、小一時間ほどカード遊びに付き合っていたが午後九時過ぎには、自室へと戻ってしまった。


 桜髪の少女はその後もしばし己やソーフィア・ヴィーケンリードとの語らいを続けていたが、どうやらこの少女、もう少し賑やかに遊びたかったらしい。



 そうして彼等が招かれた。

 ヤルダ四丸四。

 中間点の管理者でありながら、その存在証明アイデンティティを半ば果たせずにいた奉仕種族達。


 需要と供給が奇跡のように合致したこの会合は、互いにとってとても良い刺激となったのだろう。


 ヤルダは元より、とても人好きする種族だ。

 人を愛し、人の役に立つ事を自らの喜びと定め、遊ぶ事が大好きな精霊達。


 彼等にとって、このお呼ばれは渡りに船だったのだろう。


 桜髪の少女と楽しそうに戯れ、聖女と一緒になって歌を唄い、自分の所にもやってくる始末だ。


 とてもではないが、何かを行う気に等なれなかった。

 彼等は子供だ。

 まるで孤児院で過ごしている時のような錯覚さえ覚える程に子供なのだ。


 その在り方も含め、殊更に邪険に扱う気にはなれなかった。

 何よりもこの状況を進んで壊すような行動は、「問題のある人間」としてのレッテルを貼られる恐れがある。


 だから会津は、つかず離れずの距離感を保とうと、周囲の様子をうかがいながら思考を整理して……



「(……おや)」



 そこで一人、ぽつんと柱の隅でこちらの様子を眺める気弱な表情の個体ヤルダを見つけたのである。




◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・塔へと続く石段(十二月三日午前二時二十二分)





―――――――――――――――――――――――



・『天聖』と『極光』の分岐条件


 作中でゴリケルが言及していた通り、初めての詠唱顕現時に「誰かのヒロイン」として覚醒すると『天聖』、自ら主人公になる道を選ぶと『極光』になります。これはアーサーに限った話ではなく、相手がゴリケルでも『天聖』になります。肝は少女がこれから目指す在り方の違いで、幼い頃の夢ではなく誰かの側にいる幸せを第一とすると『天聖』になり、幼い頃の夢を真っすぐに突き進むと『極光』に至ります。

 ただしこの違いは、『天聖』にしろ『極光』にしろその時点での指針でしかなく、また両者の間に明確な優劣は存在しない為、これらが空樹花音の生き方を絶対的に縛る楔になる事はあり得ません。

 少女の未来は、いつだって無限大です。




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