第二百九十三話 英傑叙事詩館
◆◆◆
これは示唆ではなく、解答だ。
ifの亀裂はとうの昔に走り出ている。
◆◆◆『
『降東』は、全四十五層からなるダンジョンだ。
まず五層区切りでボスとの戦いがあり、そこを抜けると中間点に辿り着く。
最終階層の五層前ではこれまで相対した中ボス達とのボスラッシュ戦が待ち構えていて、更に進んで最終階層前まで辿り着くと、“最終中間点”と呼ばれる特別な中間点で休むことができるようになる。
つまりいつも通りというわけさ。
ダンジョンをダンジョン足らしめる定義づけ、要するにグランドルールの類は、ここ『降東』においてもいかんなく適用されている。
これは二十四時間周期のマップ変更や、天啓の獲得条件なんかも同様に
だから――敵がクソ強くて、フィールドが馬鹿広くて、“
ただしそれも、“あちら側の事情については”という限定条件付きの話になるのだが。
今回の探索については、“
来る今年の聖夜に行われる組織武闘派との聖夜決戦。
禁域ダンジョンの前払いと、『
今日は十二月二日。
決戦の日時は
残り三週間弱しかないこの貴重な時間を有効に使う為には、到底
ボス戦と中間点の数は共に九つずつ。
これを一日十層ペースで進軍し、最終中間点で一日休みをとって十二月七日には明王戦。
正直滅茶苦茶タイトなスケジューリングだ。
遥やガキさんのような超戦力と、オリュンポスという
ただね、このハイテンポ進行には一個落とし穴があるのよ。
先の『持国天』戦を思い出してほしい。
遥が「にゃあ」と鳴いて猫パンチ。
雷速で放たれた恒星系の拳は、あらゆる概念法則を無効化し『再生負荷』の不可逆性さえ携えて、階層主『持国天』を一撃でぶち抜いた。
あぁ、見事だったよ。
ケチのつけようのない完勝だった。
だけどウチのパーティーで、アレと同じ事が何人出来るんだって話なわけよ。
遥が雑にワンパンで倒してしまったせいで色々と台なしになってしまったが、五層のボスである『持国天』は、正直かなりやばい
強くて、堅くて、速くて、おまけに神域の武術を持つ再生能力持ちの強耐性ボス。
位階はギリギリ亜神級上位だが、
それが東の四天王『持国天』の本来の実力であり、同時に彼のバトルスタイルは、このダンジョンに出現する全てのボスの基本形であるとも言える。
このダンジョンに出没するボス達は兎に角“隙がなく強い”
オリュンポスのように三桁を越えるスキルとギミックを持っているわけでもなければ、レヴィアタンのように宇宙へ顔を出す程の巨大化を果たすわけでもない。
ただ堂々と、圧倒的に己の武威を示し、それだけで全てを終わらせる。
まるでどっかの誰かさんみたいだろう? そう彼等の強さは、ウチの恒星系のソレに近い。
で、ここからが一番重要なんだ。
さっき『降東』のルールは、“
あぁ、そうさ。クソッタレな事に一緒なのだ。
『常闇』の五層が『黒鬼』と『悪鬼』で、その最終階層守護者が『ザッハーク』であったように、
『天城』の五層が『ミノタウロス』で、その最終階層守護者が『オリュンポス・ディオス』であったように、
『降東』の五層は『持国天』で、その最終階層守護者は
だから『持国天』レベルで足踏みをしているようでは、話にならないのだ。
トップに依存した戦術構築は、万が一彼等が戦えなくなった瞬間に瓦解する。
そうでなくとも、パーティーに足手まといがいたらエース達にカバーリングの負担がかかり、十全に戦えなくなる恐れがある。
追いつけはしなくても、足手まといにならないレベルまで鍛える必要があった。
そしてこの短期間で強くなる方法といえば――――
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第九層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>第一ラウンジ
「というわけで、十層のボス戦はガキさんと遥を抜いた四人でやります」
そう発言した途端、遥がものすごく渋い顔をした。
うん。気持ちはよくわかりますぜ、遥さんよ。
道中は暇を持て余し、おまけに唯一楽しめそうな中ボス戦まで奪われて逆ワクワクって感じなのだろう。
本当に申し訳なく思う。
しかしリーダーとして、もう十分育ち切っている猫ちゃんにこれ以上経験値を独り占めさせるわけにもいかんのだ。
「後で模擬戦付き合うから」
「……にゃぁ」
「ボクとも後で戦ろうな、遥ちゃん」
「……にゃぁ」
「夜も模擬戦……頑張るからっ」
「にゃあっ♪」
ようやく機嫌を治してくれた。
恥ずかしい。みんなに惚気てるとか思われたらどうしよう。
違うんだよ? イチャイチャしたかったわけじゃないの。これは遥さんのストレスを和らげるために必要な施策であって、決して見せつけたいとかそういうのじゃなくて……
「リーダーさん。そろそろ続きの方を」
「お、おう」
黒装束のエージェントに急かされた俺は、
「前衛は俺と花音さんで受け止める。ソフィさんは後方支援と回復、会津は基本
「リーダーさん。
「あぁ、うん。いいよ」
俺は黄泉さんから貰った『降東』の
今回の提供者役は、黒騎士の旦那ではない。
黄泉さんが役を買って出てくれた上、こんな本格的な
“知っている人間が
――――うん。ありがとう黄泉さん。正直、旦那に全部任せるのも限界だって思ってたところなのよ。
この調子で、『
「さて、それじゃあ十層のボスについておさらいしておくぞ。十層のボスの名前は――――」
◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第十層
十層のボスの名前は、『
五メートルを優に超える巨躯と、右手に携えた大斧、その相貌は武神の一派に相応しく精悍であり、纏う霊力の多寡は十層目にして『持国天』の領域をはるかに上回る。
この辺の方々の猛々しい形相は、いつだって険しく、そして激しい。
「ソフィさんと会津は、遥達の後ろに隠れながら援護の術式を。花音さん、いけるねっ!」
「はいっ!」
暗がりのお堂に、活きの良い声が響く。
長さと幅がそれぞれ百×百で構成された正四角形の
その数は右方と左方に三つずつの計六翼。
輝かしき光の翼をはためかせながら、縦横無尽にフィールドを翔ける花音さん。
その
《
光矢、風槍、地斧、火砲、水刃、桜盾、勇翼、闇鎌、そして歴代の契約者達を象徴するあらゆる『神器』が、彼女の求めに応じて馳せ参じ、共に最新の神話を刻んでいく。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
『!?』
これが今の彼女のデフォルトだ。
オリュンポス・ディオスという圧巻の城塞や、
今の花音さんは、単騎でバリバリに
六翼の極光翼による超高速の三次元駆動。
遍く神器をのべつ幕なしに召喚使役する
加えて、
『
「その
『
その隆々とした白銀の身体に幾重もの
『
《
無駄な余波を残さず、その大斧の中に神威を凝縮させた天部の御業。百の斧技を着弾の衝撃波で同時再現するこの武術は、ともすれば、あの『ミネルヴァ』ですら膝をつく程の絶技だったと思う。
しかし花音さんはそれを難なく避わし、更に強烈な六連撃まで叩き込んでみせた。
何故か? その答えは彼女が『天城』で獲得した『極光英傑戦姫』のエクストラリミテッドスキルに在る。
《
かつて敵と味方と己を繋ぐ事で発動していた「能力値の同期」は、その高い“模倣性”を引き継いだまま、似て非なる可能性を桜髪の少女に与えた。
《
敵味方問わず、花音さんが「体験した動き」を貯蔵し、それを任意、あるいは
つまり今の花音さんは、敵味方問わず一度見た動きを超高精度なコピーで自分のものに出来るのさ。
そしてそれは武芸百般は勿論の事、回避やダッシュといった「運動の分野」、あるいは「気の起こり」の察知や、先読みといった「感覚能力」ですらも例外ではない。
「
桜髪の少女が、空を翔ける。
右手に構えた
虚の死角移動術、遥の加速、そして
「《
先程見たばかりの『
―――――――――――――――――――――――
・『極光英傑戦姫』――――ゲーム時代には存在しなかった空樹花音のオリジナルロール。ゲーム版の専用ロール『天聖英傑戦姫』が「軍神」としての側面が強いロールであるのに対し、こちらは「英雄」としての側面が強く反映されている。
所持しているロールスキルは合計四つ。
第一のスキルは、
本来であれば、詠唱顕現中にのみ発動可能な『アイギス』のクライマックスフォームをデフォルトで使用可能状態に設定する
これらの神器は、全て
なお、『天聖英傑戦姫』の方は、これとは対照的に非詠唱顕現状態でも『アテナ』のアクティブスキルが使用できるようになるEXLRスキルを所有している。
いずれのロールも、詠唱顕現時に両方の能力が使えるようになり、全ステータス全術式がランクアップするのは同様。
第二のスキルは、《
花音がこれまで体験した武術や動きを記録再現する能力。物理系統限定のコピー能力の一種であり、味方は勿論、敵の武術も自分のものにする事が可能。
流石に(ノФωФ)ノの動きを完全再現する等の無法はできず、あくまで花音の能力と霊力(自身のスペックを越える動きを真似すると、そのランクに応じて莫大な霊力を消費する事になる)、そして「その攻撃を花音が十全に理解できる事」等の条件がつく為無欠の能力というわけではないのだが、それでも
なお、『天聖英傑戦姫』の方はこれとは対照的に、霊術系統限定のコピー能力を持ち合わせている。
辿り着いた答えの違いが正しく両ロールの特徴として反映されているのだ。
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