第二百九十二話 のっとふぁうんど





◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第一中間点



 中間点とは、冒険者にとっての救済オアシスである。


 人界へ帰還できる転移門ポータルゲートの存在、活気あふれる人の営み。

 旅の合間に許された一時の楽園は、いつだって俺達を温かく出迎えてくれた。

 そう。ダンジョンには街がある。街があって出口があるから、普通でいられたのだ。


「分かってはいましたけど」

「本当になんにもないね」


 その“当たり前”を失った中間点の光景は、絶句する程侘しかった。


 景色自体は、これまで見てきた未踏破エリアと大差ない。

 温かな快晴、穏やかな気候、そしてまっ平らな大地。


 探索エリアと比較すれば、まるで天国と見紛う程に平和でのどかな何もない場所。

 

 これが例えば第五中間点の景色であったとするならば、恐らく誰も不平を洩らさなかっただろう。

 だがここは、第一中間点。

 始まりの街であり、本来ならばダンジョン攻略の中心として栄えていなければならない場所だ。


 その場所が「手つかず」っていうのは、想像よりも大分キツいものがあった。


 後ろを振り返る。五層と中間点を繋ぐ次元の渦扉は、いつの間にか消えていた。


 “保全禁止ノーセーブ”、戻る事も帰る事も叶わないダンジョン『降東』の禁忌法則カリギュラリティ


 この中間点にあるのは、入り口だけだ。

 六層へと繋がる一方通行の転移門ポータルゲート

 それ以外のなにもない。なにも、ないのだ。



「この何にもない場所が第一中間点ってのは、ちょっとへこむなー」

 

 遥が何気なくごちたその一言が全てだった。

 何もない。誰もいない。廃れているどころか始まってすらいない。



「そんな事はないと思いますよ」


 反駁はんばくは、思わぬ人物の口から飛んできた。


「会津?」

「確かに人はいませんし、建物も道も何もあったもんじゃありませんが、」


 黒装束の美男子が手指で輪っかを作り、それをおもむろに口に加えて「ぴゅい」と一吹き。



「ここがダンジョンの中間点ならば、先住民がいる筈です。“保全禁止”の禁忌法則は、彼等の存在まで封じたわけではないでしょう」


 彼の言葉が何を示しているのか。

 その答えが俺達の前に現れたのは、会津が口笛を吹いた直後の事であった。



『わー! 冒険者さんだー!』



 水色の身体をした全長四十センチほどのぷるぷる生物が、地面の下からぽこじゃかぽこじゃかと。



『はじめての冒険者さん!』

『やっとお目にかかれた冒険者さん!』

『嬉しいな! 嬉しいな!』

『ようやく僕達も他の子みたいにおもてなしができますっ!』



 気づけば俺達の周りには百を越えるプルプル星人達が楽しそうにはしゃぎ回っていた。


『ようこそおいでくださいました冒険者サン。ボクはヤルダ四丸四のっとふぁうんどと申します。ふつつかものではございますが、どうかよろしくお願いいたします!』

『ボクはー、ヤルダヤルダ四丸四っていいますー。何もないところですがー、どうかゆっくりしていってくださいー』

『吾輩、ヤルダ四丸四という名前のものでござりまする。冒険者サンの為ならばこの命喜んで捧げる所存! 何なりとご命じ下され』


 

 そうだ。中間点には、彼等がいた。

 ヤルダシリーズ。中間点の管理者。

 《無限増殖》、《完全情報共有》、《物質創造》の三特性を兼ね備えた中間点限定の何でも屋で、お仕事と冒険者が大好きな愛らしきプルプルさん達。


 

「ほら、やっぱりいた」 


 会津がその中の一匹をゆっくりとした所作で丁寧に抱き上げる。


 瞬間、会場は『いいな! いいな!』の大合唱となった。



『冒険者サン! ボクも抱っこしてください!』

『ワタシも、ワタシも!』

『だっこ……どんな感じなんだろ』


 アレだけ物寂しかった中間点の景観が、あっという間に賑々しくなってきやがった。


 女性陣達の表情も、入場前とは比較にならない程晴れやかだ。

 特に遥さんなんて、久方ぶりのワクワクモードである。


 すげぇな、プルプルさん達。

 そして一番意外な人物がヤルダシリーズと仲良く触れあっている事に、オレは衝撃を隠せなかった。




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>第一ラウンジ



「別に。慣れてるわけじゃないですよ」


 どうしても会津とプルプルさん達の関係性が気になったオレは、午後の移動時間を利用して彼にそれとなく尋ねてみた。


 ガキさんは相変わらずシアタールームで映画鑑賞。遥と花音さんは、シミュレータールームで模擬戦に励んでいる。


 だから今この『第一ラウンジ』にいるのはオレと会津とソフィさんだけ。

 三人で温かい暖炉を囲いながら各々好きな事をやって過ごすこの時間は、不思議と悪い心地がしなかった。

 


「アレでも彼等は中間点の管理者ですから。冒険者として生き抜く為に取り入る術を身に付けただけです」

「いやぁ、その割には」

「会津様、とても楽しそうでした」


 編み物中の聖女と顔を見合わせて、小さく笑う。


 そう。あの時の会津は、楽しそうだったのだ。

 思わずソフィさんすら指摘したくなる程に、彼はプルプルさん達を愛でていて、



「……なんですか、さっきから。その生温かい視線を止めてください」

「会津って、もしかして可愛いもの好き?」

「僕、視覚的な造形美うつくしさに価値基準を置いていないので」

「つまり会津様は、あまり可愛いものがお好きでないと?」

「好きでも嫌いでもないという事です。……あえて言うなら無関心でしょうか。誰がどういう形であったとしても、そんな事はどうでもいいんです」

「じゃあお前さんが仮に面接官だとして、スーツがヨレヨレ、寝癖ぐちゃぐちゃ、髭がボーボーな応募者がやって来ても何とも思わないの?」

「服装の乱れや清潔感といったステータスは、中身に関連する事象でしょう。当然それができていない応募者の評価は低くつけます」


 おぉ、と小さな感慨を覚える。

 なんか会津と会話のキャッチボールが成立している気がするぞ。

 気のせいかもしれないけれど!



「彼等は」



 淡々とした口調で、彼は言った。その視線は、ペーパーバックに向けたままだ。



「彼等は、純粋に僕達の役に立とうとしています。例えそれがダンジョンの神に命じられた強制命令ギアスであったとしても、そんな事などお構いなしに僕等を好いて、仕事をこなし、懸命に生きている。そんな生き物を邪険に扱える筈などないじゃないですか」


 言うだけ野暮だったので口には出さなかったが、要するに彼がヤルダさん達に向ける感情は『愛玩』ではなく『尊敬リスペクト』なのだろう。


 なんて真っすぐで、正しいものの見方。

 髪の毛の先からつま先の隅まで“闇属性”って感じのルックなのに、その観点は聖者のソレに近い。


 ウチで言うなら、そう。



「会津様の気持ち、とても良く分かります」


 「ソフィさんみたいだな」と思い至った時には既にご本人が目を輝かせていた。



「ヤルダの皆様は、とても頑張り屋で、優しくて、私もこうあらねばと常に元気をもらってます」

貴女ソフィア彼等ヤルダを讃えるなんて、随分と機知の利いた皮肉アイロニーですね。……もしかして、狙ってます?」

「?」

「あー、ソフィさん。おれちょっとお腹が空いてきちゃったから、一緒にマカロンでも焼かない?」



 口がこれ程までに早く回ったのは、久しぶりの経験だった。


 あぶねー。こいついきなりブッ込んできやがった。大分衒学的げんがくてきな物言いだったけど、明かに敵意のある台詞だったぞ、今のは。


「(なんだ、会津ってソフィさんの事が嫌いなのか?)」


 んなアホな。ソフィさんのどこに嫌う要素があるというのだ。お前、エージェントなんだろ。メンバーと不和を起こして良い事なんて一個もないじゃん。え? もしかして自分で抑えられないレベルでソフィさんが苦手って事? いや、待て待て。それは流石におかしいって。邪神とか凶一郎俺達ならまだしも、凶一郎>>>ソフィさんになる事だけは絶対に、天地がひっくり返ってもあり得ないって!



「! もしかして今のは、グノーシス派の神学書にかけた言葉遊びだったのでは!? 会津様は、神学の方にも明るいのですねっ! すごいっ!」


 

 そんでもって、こっちはこっちで全然効いてないし。



「(何、このチーム遥→花音あっちだけじゃなくて、会津→ソフィこっちも問題ありなの? 人間関係拗れまくりパーティーなの?)」



 あまりの混迷ぶりに思わず天を仰いでしまう。


 この時、俺は初めて後悔のような感情を想起してしまった。


「(人選、ミスったかもしんねぇなぁ)」



 何もかもが、後の祭りではあるが。




◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第六層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>シミュレータールーム・仮想空間・ステージ・杞憂非天:『極光英傑戦姫』空樹花音



 はー様こと蒼乃遥さんのバトルスタイルは、とてもシンプルだ。

 いや、誤解の内容に注釈を入れておくと、本来の彼女のバトルスタイルはそれぞれ別の特性を持った神剣魔刀四種を状況に分けて複製展開するという大変技巧的テクニカル戦術構築デッキビルドであらせられるのだが、私たち人類のおよそ大半は、その領域まで辿りつけない。


 何故って、その理由こそシンプルだ。



「じにゃあああああああああああああああああああああああっ!」



 彼女は至極単純に、生物としての存在強度レベルが桁違いなのである。


「シャーッ!」


 天まで届く程膨大な蒼い覇気オーラを爆発させながら、私の元へと迫りくるはー様。


 その相貌は、女の子がしちゃいけない次元の悪鬼羅刹かわいさであり、拳に乗せた霊力はもっと阿修羅王かわいかった



「くっ――――」



 全神経を集中させて、彼女のぐるぐるパンチを避ける。


 受けるのはご法度だ。仮に受けるにしても、三枚も四枚も手札を切る事になるような攻撃は避わすに限る。


 ――――そしてその判断は間違っていなかった。……正し過ぎた。



「……うそ、でしょ」



 『天城』の最終層“杞憂非天”を再現した天空のフィールドに、「ぼばっけぶぅ」という絶対に出ちゃいけない類の風韻が炸裂。



 彼女の大きく振りかぶった拳から解き放たれた風の圧力は、そのまま獰猛な颶風となって、偽史統合神殿オリュンポスを囲う十二の神域を吹き飛ばし、更には破砕した。



「いいですか、花音ちゃん」



 私は、九時から十二時の神域エリアが吹き飛んだ偽史統合天城オリュンポスの再現体を見上げながら、強く思う。



「今のが大体、『持国天さっきのボス』くらいの威力速度パラメーターです。コレ位は軽く捌けるようにならないと、ヤバいデスよ」



 お父さん。ヒーローへの道は、未だ長く険しそうです。





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