第二百九十一話 張りきって準備し過ぎた人達の末路






 ゲーム……特にRPGなんかやってるとさ、ついストーリーとかそっちのけで経験値稼ぎに夢中になっちゃう時があるだろ。


 レベル上げして、サブクエストこなして、もっと遠くに、もっと高みへって冒険し過ぎて気づいたら次のストーリーの推奨レベルを大きく逸脱しちまっててさ。

 もうボスなんか下手したらワンパンで沈んじまって、前後のイベントムービーとの温度差ギャップがとんでもない事になっちまうのよ。


 あれなー、マジで意見割れるよなぁ。


 レベル上げは最小限に留めて敵との熱いバトルを楽しみたい「推奨レベル派」と、出来る事は全部やってレベルの暴力で無双を楽しみたい「経験値稼ぎ派」


 正直さ、俺はどっちの気持ちも分かるんだよ。


 レベル上げ過ぎて肝心のバトルがイージーモードになり過ぎたら、それもう只の作業じゃんっていう「推奨レベル派」の気持ちも痛いほど理解できるし、ギリギリのバトルに負けてまた最初からやると時間食う上に嫌な気持ちになるから万全を期した状態で戦いに臨みたいっていう「経験値稼ぎ派」の楽しみ方も一理あると思うんだ。


 これはどちらが悪いとかじゃなくて、結局のところプレイスタイルの問題なんだよな。


 戦う事そのものが楽しいのか、戦って勝つ事が楽しいのか。

 この問題の答えに決着がつく事なんてゲームの歴史が続く限りはきっと絶対にないだろうし、かくいう俺もゲームの種類やその時の気分によってどちらの属性にも転ぶ時があるから、一概にこうだとは言えない。


 ただしそれはあくまでゲームの話だ。


 現実の俺は、ギリギリのバトルを楽しみたいだなんて微塵も思わない。


 というか思っちゃいけない。


 俺は皆の命を預かる立場のリーダーで、そんな俺が「敵との熱いバトルを楽しみたいから準備は程々に留めるぜ!」なんてほざいたらその瞬間にパーティーは終わる。


 リーダーのメンタリティは常にパーティーを勝たせる方向に向いていなければならない。


 全ての準備を整えて、

 不確定要素も不安要素も極限まで死亡フラグも極限までへし折り、

 あらゆる状況、あらゆるパターンを網羅した上で幾つもの戦術を並行して設計デザインする。


 それが俺の役割であり、果たすべき使命なのだ。


 「戦いの楽しさ」なんて、必要ない。


 用意すべきは「楽に戦える」シチュエーション。


 より安全で、より勝率の高い戦術を練り上げるのは指揮官として当然の職務であるとすら言える。


 だから当然、今回も入念に準備をさせてもらった。


 戦闘能力は勿論のこと、道中の運搬性能に至るまでとことんパーティーメンバーを吟味し、暇さえあればあれやこれやと考えた結果、気がつけば、そう――――




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第三層・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>城内




「えぇ。そりゃあ勿論、感謝してるかどうかって聞かれたら即答でありがとうございますって答えますよ? お部屋は広くて綺麗だし、ベッドはふかふか。おまけにプールもジャグジーもシアタールームまであって、身の回りのお世話は機神ロボットさん達が全部やってくれる。えぇ、えぇ。ご飯も大変美味しゅうございます。室内温度もすっごい快適で、外が雷と嵐とマグマの竜巻でグチャグチャになってるなんて信じられないくらい過ごしやしゅうございますよ! えぇ、えぇ」



 緑色の革ソファに寝そべりながら、蒼いにゃんこが猫目で何か言っていた。


 スウェットに着替え、不機嫌そうにお煎餅をバリボリと召し上がるその姿は完全にオフのソレである。


 一体、誰が信じるだろうか。今の俺達が絶賛探索中の身であるという事を。


 ガキさんは別の部屋で映画鑑賞に浸っているし、会津は六畳ほど離れた別のソファに座りながら読書。


 ソフィさんは、ミニダイニングで機神ロボット達とパンケーキ作りに勤しみ、花音さんは腕を組みながら天井の空間照射型立体映像エアリアルスクリーンを眺めている。


 スクリーンに映る外の景色はそりゃあ酷いもんだった。


 地面を溶かす溶岩流。

 武器を持ち、互いが互いを喰らい合う修羅の群れ。

 幾万にも及ぶ鬼の軍勢同士が争い合う荒野の戦場をどうにか抜けたと思ったら、今度は無数の冰剣の生えた凍てつく極寒地獄のお出ましだ。

 毒の沼、雷の暴風、害虫達に覆われた黒い森。


 『降東』の空間設計エリアデザインを一言でまとめるのならば地獄である。


 超音速航行で一エリア辺り約一時間半ほどかかる広大なフィールドの中には、数えきれないくらいに富んだバリエーションの地獄があり、冒険者はこれを“保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則を負った状態で踏破しなければならない。


 流石天下の三作目だ。広大な地獄。多様な悪意。並みの冒険者であれば一層攻略すらままならない程の超高難易度。


 しかしそんな地獄の災害万博も、白亜の天城にかかれば平易な道らしい。

 <正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>、空樹花音に与えられし『天城』の天啓。


 全長五百メートルを越える壮麗な神の居城オリュンポスは、マッハ三のスピードで大空を翔け巡る。


 城内の人間を守る為に敷かれた“多重式全天周次元防護結界”

 転移門ボータルゲートに特殊な波長を送ることでマウント状態のまま次の階層に移る事が出来る“多次元接続システム”

 城に近づく不届き者を全自動で迎撃する“百六十九連装自動識別選択型十三次元霊力転換砲”

 極めつけはあの『十二偽神』達を再現体として生産、使役する《偽典・神統記ディオス・マキナ》。


 もうね、どう考えてもやり過ぎよ。

 

 早い話精霊『オリュンポス・ディオス』の全権委任能力なわけですよ。

 <骸龍器ザッハーク>や<外来天敵テュポーン>なんかもそうだが、どうもダンジョンの神が直々に作っている天啓はぶっ壊ればかりが揃っている気がする。


 ゲーム時代も主人公やヒロイン限定で確定ドロップする類の天啓は、大概ヤバかったもんなぁ。


 とはいえ、花音さんと<正偽統合天城O,D,P>のお陰でこんな快適に進めているのだ。


 感謝こそすれ、不便さを感じる部分など全くなく……



「快適過ぎるんだよっ!」



 猫ちゃんが叫んだ。

 ソファベットに横たわりながらシャーシャーと叫んだ。



「全然冒険感ないじゃんっ! ぐーたらしてるだけじゃんっ! お菓子食べてるだけで目的地につくなんてこんなの、こんなの……」



 ぷるぷると、全身を怒りで震わせながら、しかしソファから決して頭を離そうとせず、蒼のにゃんこさんは、



「ただの旅行だよっ!」


 思いの丈をぶちまけた。



「なんだったらただの旅行より快適だよっ! 何このソファ!? ふかふか過ぎて全然動く気しないよっ! 素敵過ぎて一生このお城に住んでいたいくらいだよっ! でもこれは間違っても冒険じゃないよっ! だってあたし全然ワクワクしてないもんっ!」



 褒めているのか、貶しているのかイマイチ判別がつかないが、恐らく本人も分かっていないのだろう。


 いや、気持ちは理解出来るぜ遥さん。


 俺達は城に乗ってるだけだもんな。これは確かに冒険じゃない。利便性と快適さの代償として俺達は冒険ワクワクを失っちまった。あぁ、それは大変嘆かわしい事だ。お前がにゃーにゃー言いたくなる気持ちも共感はできる。できるがしかし、


「なんですか、その物言いは」



 城主の前で垂れるのは間違ってるぜ、遥さんよ。



「この子は一生懸命頑張ってるんですっ! 皆さんを安全に目的地へ届ける為にこんな過酷な環境を一生懸命渡って……!」



 花音さんの熱い訴えに呼応するかの如く、天城の“百六十九連装自動識別選択型十三次元霊力転換砲”が火を噴いた。


 地上を焼き尽くす神の怒り。

 地上の鬼達は為す術もなく叫喚し、大地は瞬く間の内に焦げ落ちた。

 どう考えてもやり過ぎである。


「そんなに文句があるなら、はー様だけ外で冒険わくわくすればいいじゃないですかっ。ほら、あのマグマの沼をクロールでひと泳ぎすればきっとわくわく出来ますよっ!」

「なんであたしだけそんな事しなきゃなんないのさっ!」

「はー様が、この子の悪口を言うからですっ!」


 あの花音さんが遥と対等に言い合っている!

 その事実に得も言えぬ感動を覚える一方で、リーダーとしてこういう諍いの芽は早急に摘まなければならないという危機感が俺の口を動かした。



「落ち着け遥。お前の気持ちも分からんでもないが、今のは流石に筋違いだ。ちゃんと花音さんに謝りなさい」

「にゃぁ」


 言われて若干不服そうに「わるいこと言ってごめんなさい」と頭を下げる猫ちゃん。

 表情のブレンドは、申し訳なさ四割、寂しい気持ち三割、あたし悪くないもん二割、恥ずかしさ一割ってところか。


「大丈夫」


 勿論、叱った後は当然フォローも忘れない。頭を撫で、ご褒美の高級洋菓子を与えながら、目いいっぱい恒星系を甘やかした。


「楽が出来るのは通常層だけだ。ボス戦になったら今まで通り緊張感のある戦いが待ってるぞ」

「……ほんと?」


 遥の目が僅かに輝く。


「ほんとにボス強い?」

「強い強い。ワクワクしちゃうくらい強い」

「ほんとにほんと?」

「あぁ。なんだったら最初のボスから全開フルスロットルのワクワクバトルだぜ!」




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第五層




「にゃあ」



 ――――全然そんな事はなかった。



 暗がりの御堂。

 橙色の霊光が薄く輝く東方の禁域を守護せし階層守護者の名は持国天じこくてん


 甲冑を身に纏い、紅の巨剣を振るうその仏神は、本来であれば最終階層守護者を務めていてもおかしくない程の武錬を持っていた。


 ダンマギでは勝利と闘争の武神十番目に由来する能力を持つ彼等天の担い手達は、一様に強力な法則防御を持つ。


 早い話、種族単位で“無敵の人ドゥーマー”のような無敵能力を持つ超武闘派集団ってわけさ。


 恵まれた共通能力カテゴリースキル勝利と闘争の武神十番目によって体現された武の極致。そこに持国天じこくてん固有の能力まで持ち合わせているわけだから、弱いわけがないのよ。



 ただ、しかし、それでも……


「にゃぁ……」


 ワンパンだった。

 開幕早々、ルンルン気分の猫ちゃんが雷速で駆け抜け、猫パンチ。

 気づいた時には、持国天は光りの粒子となって消えていた。

 ガキさん以外のメンバー全員、唖然ぽかんである。


 ……あぁ、もしかしたら、今回に限って言えば、


「(準備し過ぎちゃったかもしれないなぁ)」

 

 ――――悲しそうに「にゃあ」と鳴く猫ちゃんの声が、たまらなく哀愁を誘った。




―――――――――――――――――――――――


・技紹介:猫パンチ


キャットの手から放たれるただのジャブ。速度は雷速。あらゆる概念法則を突破し、一度喰らったら再生不可のおまけつき。大体の相手はこれで○ぬ。


(ノФωФ)拳「にくきゅう!」












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