第二百九十話 ダンジョン『降東』




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・塔へと続く石段




「禁域ダンジョンなんて物騒な名前をしている割には、随分とのどかなところだねー」



 空島の景観をキョロキョロと見渡しながら、遥が不思議そうに呟いた。


 温かな風。生い茂る木々。禁域の塔へと続く石の階段は手入れがしっかりと行き届いていてまるで古さを感じさせない。


 遥の言わんとしている事は良く分かる。

 要するに観光地っぽいのだ、ここは。


「もっと厳めしそうな銅像とかがいっぱい並んでて、いかにも怖そうな何か出そうな雰囲気の場所だとばかり遥さん思ってたよ」

「それマジ分かるわ」


 思わず恒星系の意見に同調してしまう。

 だって実際、三作目ではだったのだ。


 空は赤く爛れ、凶暴化した龍達が襲いかかり、禁域の間へ辿り着く頃にはパーティーメンバーがヘトヘトになっていて……あぁ、もう思い出しただけで腹が立ってくる「簡糞バランス」、クリアできないゲームなんてそれただの欠陥品じゃねぇか馬鹿がよぉ。



「何難しい顔してんの、凶さん?」

「別に。昔やってたゲームが鬼難易度だった事を思い出してさ」

「ふぅん」


 何言ってんだこいつ、みたいな目をされた。

 猫が主の奇行にドン引きしている時の目だ。


 遥さんはたまにこういう目をする。大体俺が何かにトリップしてる時に斯様な視線で見つめてくるのだ。



「なんだよぅ。そんな虚無な顔で見つめてくんなよぉう」

「えー。凶さんが悪いんじゃん。あたしの話全然聞いてくれなくってさ」


 そんなしょうもない事をパーソナルスペースの内側で言い合いながら階段を昇っていると、不意に時が停まったかのような錯覚を覚えた。


 目線。それも複数だ。上の方から感じる。



「なんでしょうか、皆さん」

「にゃあ」

 

 下の方からソフィさん、花音さん、会津、そして一番先で俺達を先導するガキさん。


 『降東』攻略をこれから共にするメンバーから発せられる雰囲気は概ね生温かく、会津だけが淡泊だった。

 それはきっと、彼が戦闘用の装いに着替えているからという側面も大きいだろう。

 黒装束に両目を覆う漆黒の包帯。カッコいいぜ、俺の大好きなセンスだ。


「いや、凶一郎君と遥ちゃんがえろう仲よしさんやから、思わず眺めてもうたんよ」


 他のみんなもどうやら同意見の様である。

 恥ずかしい。

 そんなに俺達はバカップルに見えたのだろうか。


「えぇ、そうでしょうとも」


 だがそこは恒星系。この程度の羞恥プレイ等モノともしない。


 バトルコスチューム姿の遥さんの肩が俺の身体にポンと当たり、そして


「実際あたし達、付け入る隙のない位仲よしさんラブラブなので」


 「ねぇ凶さん」と振られたので、頑張って「うんっ」と小さく答えた。

 何だろう、このチーム『天城』の時と違って全然俺に主導権握らせてくんないだけど。







 塔へと続く空島の階段登りは三十分ほど続いた。

 勾配もあり、それなりにタフな道のりではあったのだが、誰一人根を上げるものはおらず(無論、どっかのおチビちゃんのようにおんぶをねだるようなものもおらず)、終始和やかな雰囲気のまま頂上へと続く道を歩き続けたのである。


 これは今回のメンバーが冒険者としての基準値に達するレベルの体力トレーニングを日頃から積んでいる、というのも勿論あるのだが、何よりも「荷物を持たなくていい」というのが大きかった。


 “保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則カリギュラリティが働いている『降東』では、いつものような補給活動が行えない。


 中間点は無人の為街が出来ておらず、帰還不能のクソルールのせいで兵站の補充も満足にできないのだ。


 故に本来であれば、天にまで届きそうなくらいパンパンな食料を準備して挑まなければならなかったのだが、


「目的地に到着ですっ!」



 見てくれよ、皆の軽装を。

 己の身と武器一つ。荷物なんて誰も持っちゃいない。


 おかげで階段登りが楽チンなのなんなのって話さ。


 この兵站ロジスティクス革命の立役者となってくれたのが花音さんである。


 <正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン〉、『天城』の戦いで彼女が成し遂げた奇跡を讃えてダンジョンの神より送られた最古にして最新の天城オリュンポス


 全長五百メートルという馬鹿デカイ大きさを誇るあの城は、旦那の〈歪み泣く、夜の教誨者コシュタ・バワー〉同様、物の収納と保管を行う事が出来る。


 しかもその容積は城分相当。要するに幾らでもしまえるって事だ。


 収納能力を持つ召喚型のマウント天啓レガリアが重宝される理由がまさにここなのよ。


 特に今回のような補給線を断たれた探索では、いかに革新的なロジスティクス戦略をとれるかが勝負の肝になってくるからな。


 ナラカも悪くはなかったんだが、やっぱりあの時花音さんを選んでおいて正解だったと思う。高速飛行可能な上に拠点利用可能な移動要塞は、やっぱり破格ですって。


「花音ちゃん」


 頂上の石段に跨りながらソフィさんと二人で一息ついている花音さんの元に、猫目の恒星系がとてて、と駆け寄り言った。



「ありがとうございます。花音ちゃんのおかげでとっても快適な旅が送れそうです。あたしも頑張るので、一緒に冒険頑張りましょう」

「はー様」


 表情はぎこちない。

 声も少し硬くて、口調だってかしこまり気味だ。


「ここ、座っていいですか」

「はいっ、勿論です」


 しかし、明かに遥は花音さんに歩み寄ろうと頑張っていた。



“――――だからね、折角の機会を活かして花音ちゃんの事を知ってみようって思ったの”



 選抜会議の時に彼女が掲げていた決意の言葉を思い出す。

 

 自分でも理解できない嫉妬心につき動かされて花音さんとうまく接する事の出来なかったあの遥が、

 俺を取られるんじゃないかって事ばかりを気にしていたあの遥が、


 自分の意志で、その苦手を克服しようとしている。



「(……そうか。昨日の偽デートの一件も、もしかして)」



 探索前日に行われた俺とソフィさんの偽デート。

 あの茶番の目的は間違いなく遥が自制心を鍛える為に課した精神負荷訓練メンタルトレーニングにあったと思われる。


 思われるがしかしその一方で、遥はもう一つ別の挑戦チャレンジを己に課していたのではなかろうか。


 例えば、そう。俺抜きで花音さんと過ごす時間を作りたかった、とか。



「(やっぱお前はすごい奴だよ、遥)」



 普通苦手な相手とは適度な距離感を保つ努力をするもんだが、あいつは違う。

 ちゃんと自分の弱さと向き合って、相手に歩み寄る努力ができる奴なんだ。


 負けてられないな、と思った。


 彼女が己の業を克服しようと奮励しているというのなら、俺だって力を尽くさなければ男が廃るというものである。


 組織のスパイ、うさんくさい武装政務官、そして何でもありなラスボス聖女。


 正直俺なんかの手に負える奴等じゃねぇって怯懦きょうだが心の中のどこかにあった。


 だけどそうだよな。こっちから歩み寄らなきゃ縮まるもんも縮まらないよな。


「(そうと決まれば――――)」


 周囲を見渡す。

 階段の頂上には、三人で姦しく並ぶ女性陣。

 その反対側、約二十メートル先に聳える極彩色の塔の下ではガキさんが銀色のスマホを手に持ちながら誰かと楽しそうに喋っている。


 恐らく探索前の最後の通話を家族と楽しんでいるのだろう。

 邪魔しちゃ悪いので、そこから更に視点を移し最後のメンバーの行方を捜して……



「よう、会津。いよいよだな」


 会津・ジャシィーヴィルは、塔から少し離れた森の入口で片膝をついていた。


 少し首を動かすだけで俺達全員の動向が伺える絶好のロケーション。成る程、良い位置を見つけたもんだ。



「どうも、リーダーさん。先日は災難でしたね」


 どの口がほざいてやがるんだ、という言葉が一瞬脳裏に浮かんだが、すぐに頭の中の消しゴムを使ってかき消した。


 オレはこいつと仲良くなりたいのだ。少なくとももっとよく知りたいと思っている。

 だったら腹の中の気持ちは一旦抑えて、歩み寄るべきなのだ。

 丁度今、遥がそうやっているように。



「まったくだ。相手が何の目的で俺とソフィさんを狙ったのか、そもそもあいつらが何者なのか、何もかもが分からない事だらけで狐につままれたような気分だよ」

「本当に昨日の今日で良かったんですか? あんなことがあった後ですし、少し日程を後ろ倒しにしても誰も文句は言わなかったと思いますよ」

「おぅ、なんだ会津。心配してくれてんのか、ありがとぅ」


 黒装束の肩に手を回し、なんかちょっと気色の悪い感謝ありがとぅをかます。

 ……どうした、凶一郎オレよ。

 いつになく積極的アグレッシブじゃないか。


「……いえ、それは……当然です。このパーティーは、あなたあってのモノですから」

「なんだよぅ。そんなかしこまるなよぉ。オレ達このパーティー唯一の同性同年代似た者同士なんだし、もっと無礼講でいこうぜ会津ぅ」

「は、はは……。恐縮です」


 やめて! その絡み方やめて! そういうの一番恥ずかしい奴だから! 数年後に布団の中でジタバタしちゃうタイプのアレだから!


 頭の中で懇願するものの、しかし凶一郎オレが引く様子はない。


 おかしい。良くも悪くも清水文香ねえさん以外に全く興味を示さない事に定評のあるオレ君が、かつてない程にグイグイと来ている。



 大変興味深い事象だ。しかしそれはそれとして恥ずかしい気持ちもある。

 止めるべきか、いや、凶一郎オレのやりたい事はなるべく叶えてあげたいもんなぁ。でも、かといって……。


「ん?」



 と、そんな矢先の事である。

 ポケットにしまったスマートフォンからメッセージアプリの通知音がぴろりと鳴り、会津から「鳴ってますよ」とのご指摘を賜った。


 こんな時に一体誰だよと訝しみながら宛先を確認すると、通知欄にはアルビオンさんの名前が。


「ちょっとごめんな、身内からだわ」



 木陰を離れ、会津に爽やかスマイルを贈りながら文面を確認する。



『ジャンボ生八ツ橋、とっても美味です』


 沢山の子供達をバックにピースサインで顔面サイズの生八ツ橋に喰らいつく邪神様の写真。

 昨日からちょいちょい送られてくるアルの食いものシリーズの最新作だ。

 激励のつもりだろうか。心なしかいつもよりハイテンションに見える。



『満喫しているようで何よりです。良く撮れてますね』

『もしかしたら私には写真家としての才能があるのかもしれません』


 二度三度と文を交換し合い、最後は俺のスタンプによって幕を閉じた。

 全く、自己中心的マイペースというか唯我独尊オンリーワンというか、いずれにせよ大した奴だぜウチの邪神様は。



 



 矢の如く小休止が過ぎ去り、六人の視線が扉の前に並んだ。


「許可なき者が我に触れること能わず。禁破りし者よ、その精魂を以て汝の罪を償い給え……うわ、本当だ。勝手に触ったらメッて書いてある」

「遥ちゃん、あんま近づかん方がええで。今鍵開けるから、そこで大人しくしとき」


 

 入口の上飾りに掲げられた墨字の木簡を読み上げているといつの間にかガキさんが金色の鍵を扉の錠前に差し込んでいた。



「――――肆の禁忌。資格なき者の帰還を禁ず。逃走の誉れを獲得するは、明王と相見あいまみえし者ただ一人なり



 心優しい事に、試練ゲーム法則ルールが刻まれている。


 ここから先は、途中離脱厳禁の“保全禁止ノーセーブ


 敵のレベルは三作目仕様極悪焦土、最果てに控えし主の実力は準真神級。

 加えてこれとは別に「組織のエージェントを懐柔せよ」なんていう激ムズストーリークエストまでついてくるって言うんだから、胃腸に優しくないぜ、まったくよぉ。



「行くぜ、“烏合の王冠Crow Crown”」


 だが、



「俺からの至上命題グランドオーダーは、いつも通り只一つだけだ」


 しかし、それでも、



「初見全員生存ノーミス完全踏破パーフェクトクリア。誰一人欠ける事なくもう一度ここに戻って来るぞ」


 それでも俺は契約やくそくを結ぼう。


 どれ程の極悪、どれ程の陰謀、どれだけの未知数がこの禁域の先に待ち構えていようとも、


「ハッピーエンドの準備はいいか、てめぇら」



 その全てを呑みこんで、俺達は勝つ。




――――――――――――――――――――───


Q:こんなの花音1択じゃないですか。どうしてゴリラは選抜会議の時ナラカ様との2択で迷ってたんですか?というかナラカ様選んでた場合は荷物とかどうするつもりだったんですか?

A:ナラカ様を選んだ場合は、花音の代わりにゴリラがなんとかしてました。



・というわけで、いよいよ横山コウヂ先生作画のコミカライズ版「チュートリアルが始まる前に」のウェブ版配信がピッコマ様より始まりました! 

 こちら、電撃マオウの方で連載されている1~4話が全て配信中ですので、是非是非コミックで描かれる凶一郎や遥さん達の活躍を楽しんで頂けましたら幸いです(数か月遅れという形にはなりますが、今後カドコミやニコニコ静画の方でも配信予定です)。


漫画版の閲覧は、こちらから無料で出来ちゃいますっ!

↓↓↓

https://piccoma.com/web/product/163763




というわけで、コミカライズ配信を記念して来週も週三更新でお届け致しますっ! お楽しみにっ!





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る