第二百八十九話 禁域へ





◆◆◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』:『外来天敵テュポーン』清水凶一郎



 旅立ちの日というものは、いつだって輝いていた。


 新しい世界、新しい街、新しい出会い。


 遥じゃないが、ダンジョンには沢山のワクワクが詰まっている。


 転移門を通じて次元を渡り、そこから最初の中間点を目指して世界を旅する。


 やがて五層のボスを倒して、最初の街へ――――それが攻略組にとっての冒険初日。


 怖さよりも楽しさが、危機感よりも高揚感が漲っていて、一番新鮮で心躍る時間。


 しかしこの初日特有の高まりには、ある一つの前提条件が存在する。


 それは、その気になればいつでも帰る事ができるという安全保証セーフティ


 中ボスが強そうであれば(あるいはいつまで経っても次のエリアが見つからなければ)俺達は《帰還の腕環》を使って自由に元の世界へ帰る事が出来る。


 この「何かあったら家に帰れる」という安全の保証がどれだけ俺達の心を和らげていたのか。


 目覚めと共に知ったのは、そんな“当たり前”に対する感謝と“命綱のない”恐怖。


 

 皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』

 

 

 皇都禁域ダンジョンの一角にして、“保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則カリギュラリティが支配する次元領域。


 『降東』ダンジョンでは、《帰還の指輪》によるテレポートや中間点の転移門を使ったダンジョン外への脱出手段が禁じられている。


 唯一の例外は、最終階層だけ。それもいつものクソッタレな生贄制度とはまるで真逆の“早いもの勝ちワンチャンス


 何をもってダンジョンの神がこんなゴミルールを敷いたのかは俺にも見当がつかない。


 強大な明王を前にして我先にと逃げ惑う冒険者の醜態を肴に呑みたかったのか、はたまた人間側の勝機を残すべく“伝令役メッセンジャー”の存在を許したのか。


 いずれにせよ、全員生存を掲げる俺達にとってこのルールは「クリアするまで帰れない」のと同義である。


 だからその日の朝は、いつもの旅立ちの日の朝ではなかったのだ。


 楽しさよりも怖さが、高揚感よりも危機感が溢れだす胸を締めつける感覚。


 この苦しさを俺は知っている。


 何度も味わってきた苦しみボス戦の朝。


 そうだ。クリアするまで帰れないという事はつまり


 旅立ちの日でありながら、大切な人達ともう二度と会えなくなるかもしれない朝。


 俺は朝早くに姉さんの部屋へと駆けだした。


 途中でチビちゃんも起こし、「寝かせろウンチッ!」と駄々をこねる銀髪ツインテールを無理やり万札で黙らせて、無理やり時間を作ってもらった。



「凶君もユピちゃんも無事に帰ってきてくださいね」


 その時間は一時間にも満たなかったと思う。昨日のゴタゴタのせいで満足に語り合う事も出来なかったオレ達は姉さんの部屋で短いながらも濃密な時間を過ごした。

 オレにとって家族との団欒は絶対に欠かす事の出来ない時間だ。


 姉さんを一人になんてさせない。だから絶対に死ぬわけにはいかないのだ。


「約束するよ姉さん。オレは……俺達は誰も死なない。必ずみんなでここに帰って来る」


 決意の言葉は優しい抱擁に包まれた。


「大好きですよ、キョウ君」

「オレも。世界一愛してる」


 約束はここに刻まれた。

 何としてでも帰らなければならないと改めて思う。


 清水凶一郎の存在理由レゾンテートルは、いつだって家族ここにある。





 別れの挨拶を済ませた俺達は、各々のグループの持ち場へと向かうべくエレベーターフロアへと向かった。



「ゴリケル」


 チビちゃんが言った。


「ゴリケルのところは入ったら帰れないんだってね」

「あぁ。そういうルールらしい」


 ゴリケルって誰とか突っ込んではいけない。ユピテルの言語に規則性なんてないのだ。色んな事をその時々のテンションで決めているこのお子様の言葉遊びに一々驚いていてはいつまでたってもユピテルマスターになんてなれやしない。


 「はいはいチン○ンね、チ○チン」くらいの余裕は常に持っておきたいところである。


「そっちは“道具禁止ノーアイテム”だっけ」

「うんこ」


 

 “道具禁止ノーアイテム”、ダンジョン『西威』を支配するの禁忌法則カリギュラリティ


 

 武器と天啓以外のあらゆる道具の使用を禁じる『西威』の禁忌法則は、下手すりゃ『降東』よりも重い。


 中間点でのポータルゲート使用こそ許されているものの、回復アイテムの一切が使えず、それどころか《帰還の指輪》も使えない為、ボス戦の縛り難易度はかなりヤバメだ。


 加えて


「ゲームもスマホも使えねぇとかマジチ○コ」


 “道具禁止ノーアイテム”は、こういう問題も引き起こす。

 特にチビちゃんのようなソシャゲ&ゲーム廃人にとってはある種の死活問題と言っても過言ではないだろう。


「まぁその分、毎日こっちに帰ってこれるんだからどっこいだろ」

「それな。ゴリケルチームに入ってたら、冒険終わるまでガチャ回せなくなってたんでしょ」


 基本的にダンジョン世界にはネット回線が繋がっていない。

 そんな世界に「クリアするまで帰れません」なんて言われたら、きっとユピテルの頭はストレスでどうにかなってしまうだろう。


 そういう意味でも納得の人選であった。


「大変そうね」

「まぁ、お前と違ってそんなにスマホに依存してないから大丈夫よ」

「そっちもだけど、昨日の件」

「……あぁ、うん」

 

 昨日組織の奴等に浚われかけた件については当然ながら皆に話してある。

 姉さんにも散々心配をかけてしまった。あんなに「気をつけてね」と言われたのはオレの知る限り初めての事だ。

 それ位の事が起こったのだ。……ソフィさんにも大変怖い思いをさせてしまった。

 


「誠に不徳の致す限りでございます。今後はより一層気を引き締めて――」


 銀髪ツインテールの口から小さな溜息が零れ落ちる。

 肩を竦め、これ見よがしなやれやれのポーズ。


「なんだよ」

「ニンゲンってのは、中々変わらねーもんだと思ってサ」


 御年十二歳のソシャゲ廃人が人間の何を分かった気でいやがんだよ、と口元までせり上がった俺の言葉はしかしチビちゃんの纏う独特のオーラとでも呼ぶべき迫力の前にあえなくかき消されてしまう。


 いつの間にこんな「一軍オーラ」が出せるようになったんだユピテルさんよ。


「ゴリケルは何かあるとすぐに自分一人で抱え込むクセがあるからね。責任じゅーだいなのは分かるけどあんま思い悩んじゃダメよ」

幼女先輩パイセン……」


 なんと胸に刺さる言葉だろうか。確かに俺にはそういうきらいがある。『天城』の時にあれだけやらかしたというのに、またもや都合の良い自己責任論で自分てめぇを痛めつけるところだった。


 和系のモダンテイストに装飾された旅館の廊下を歩きながら、チビさんの金言を静かに拝聴する


「ワタシという稀代のムードメーカーがいないせいで、もしかしたらパーティーのふんいきがどんよりピーちゃんになってしまうかもしれないけど」

「はい」

「周りを頼ることを忘れず、ぜんぶ自分でやればいいなんて考えず、しっかりみんなで役目を果たすんじゃぞ」

「俺に、できるかな?」



 背中に何かがぺちりと当たった。

 振り向けばチビさんのツインテールが鞭のようにしなりながら俺の腰を叩いている。



「弱気なこと抜かしてんじゃねーゾ、ゴリラ」


 その紅き瞳はいつも通り何を考えているのか良く分からない無表情ノーポーズであったが、



「みんな、オメェさんならやれるって信じてるからついてきとるんじゃないんけ? その期待に応えてやるのがリーダーっちゅうもんよ」

「チビさん……」

「ダイジョウビよ。キョウイチロウはやればできる子よ。このワタシが保証しちゃる」



 一丁前にサムズアップを決めながら一丁前な事をいう彼女の姿は、とても、とてつもなく――――


禁域しれんの先で、また会おうゼ」



 とてつもなく、格好良かったのである。







 『皇都』龍心の構造は、前述した通り三つの階層に分けられている。


 地下層、地上層、そして複数の空島によって構成された天上層。


 “三界龍脈都市”龍心の空は、空の都と天翔ける龍達の群れによって支えられている。


 全ての龍達の故郷である『龍宇大』の入り口も、この国の中央政治を司る『皇導政霊院』も、皇族が住まわれる『敬龍院』もこの場所にある。


 

 龍心の空は普通の大気層ではない。

 下から見れば地続きのように見えるソレは、その実『無限』の理によって拡大増築されており、その広さはあちらの世界のアメリカ大陸並みであると公式設定資料集には記されてあった。


 普通に考えて京都府程の大きさの龍心の空がアメリカ大陸って何それイミフなんですけどって感じなのだが、こう考えてほしい。


①まず、龍心上空に普通の体積の空が在って

②その内部に不可視の境界が在る

③んで、その境界内部はある種の異界というか別次元ダンジョン化していて、

④地上層から見える空の景色は、良く出来たホログラム映像のようなもの


 専門用語をなるべく使わずに要点だけまとめるとまぁざっとこんな感じである。


 とどのつまり龍心の空は、正しく異世界なのだ。


 異世界。龍達が当たり前のように闊歩する別の文化圏。


 その東の果てに、目的の施設はあった。


 旅館を発ち、上級国民ご用達の特別製“機龍”に乗ること約二時間。


 午前十時、雲海をたゆたう龍達の姿にもそろそろ飽きてきた時節に、俺達は極彩色の重塔が建つ大きな島へと辿り着いた。




「禁域っちゅーのは、偉い場所でなぁ。特別な鍵使わずに入ろうとする人間もんを“扉”が殺すんよ」



 禁域にガードマンはいない。

 いや、禁域のある空島の周辺にはアホ程強い野良ドラゴン達が空中闊歩をキメている為実質的な潜入難易度はレベル相応に高いのだが、一度降りてしまえばエンカウントするような警備兵も存在せず、割りとすんなり「塔」までは辿りつける。


「ねぇ、ガキさん。その扉が殺すっていうのは具体的にどういう事なんです?」


 しかし、


「怖い物みたさに試すんはオススメせんで、遥ちゃん。間違って指先をちょこんとでも触れたら、たちまち生気を吸われてお婆ちゃんに」



 女性陣からものすごい悲鳴があがった。

 そう。禁域へ通じる塔の扉には特殊な仕掛けが施されている。


 生魂奪取エナジードレイン

 触れた者の魂を喰らう禁忌の扉。


 俺は実感する。

 極彩色の塔。

 魂喰らいの扉。


「(ついに来ちまったなぁ、禁域に)」



 禁忌への挑戦は、目と鼻の先にまで近づいていた。



◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』





――――――――――――――――――――───


Q:会津の精霊眼でチビちゃんを視るとどんな景色が映りますか?

A:ハレンチ曼荼羅の中心でスマホ片手に奇声を上げ続けるジャンガリアンハムスターです



・チュートリアルが始まる前に4巻絶賛発売中です!



 また、来週5月27日より電撃マオウ様で連載中のコミカライズ版チュートリアルが始まる前に(1~4話)がピッコマ様で先行配信されます!


 これに合わせて次回の更新は5月27日、午前0時丁度(配信時間ずれてたらちょっと合わせます!)にさせて頂きます



 約七万五千字の大幅加筆による書籍版4巻と合わせまして、コミカライズの方も是非是非お楽しみくださいませっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る