第二百八十八話 前哨戦の後に(後編)





◆◆◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』:『妨害手』:会津・ジャシィーヴィル(組織穏健派所属・コードネーム『逆理』)




 アレを苦し紛れの撹乱ブラフと呼ぶには些か以上に懸念があった。


 “組織”武闘派の幹部級メンバーで計画された清水凶一郎誘拐未遂事件。

 この要件に関わった者達の行動を各陣営毎に切り分けて考査した時、およそ不可解と呼べるような要素は見当たらないように感じられる。



 まず、組織。


 彼等の長である導師が何故このタイミングで武闘派幹部達に襲撃を呼び掛けたのか。

 その答えをエージェント逆理は知っている。


 動機は無論、彼等が探し求める“主の欠片” だ。

 『常闇』、『天城』、『嫉妬』の三ダンジョンで“烏合の王冠”が手に入れた貴き者の木乃伊ミイラ

 その実質的な所有者である清水凶一郎が狙われるのは当然であり、現に“穏健派”は先んじて逆理を烏の巣中へり込ませた。


 狙う理由は実に明白。

 同様に彼等が仕掛けたタイミングについても、道理がある。


 清水凶一郎――三つの欠片の所有者であり、その在りかを知る者――は、襲撃日の翌日に『降東』探索へ向かう予定を立てていた。


 ダンジョン『降東』

 皇都禁域ダンジョンの一角にして、“保全禁止ノーセーブ”の禁忌法則カリギュラリティが強いられし場所。


 『降東』ダンジョンでは、《帰還の指輪》によるテレポートや中間点の転移門を使ったダンジョン外への移動手段の尽くが禁じられている。


 情報を持ち帰る術はなく、もしも彼等が「禁域ダンジョンの初見踏破」という歴史上類を見ない大偉業を成し遂げなければ、組織はみすみす“三つの欠片の所有者”の行方を失う破目はめに陥る。


 

 彼が欠片を保有したまま『降東』に敗れれば、言うまでもなく最悪。

 たとえ幸運にも、彼が“三つの欠片”を別の場所に預けていたとしても今度はその場所を探し出さなければならず、その場所如何によっては永遠の徒労に苛まれる可能性すらあった。



 故に彼等が『降東』を発つ前に、烏の王を捕らえる必要があったのだ。


 閉鎖位相空間ウロボロスを持つ“応答変域プロンプト”と完全隠蔽能力アノニマスを持つ“不認知ライブ


 

 触れた者を『円環の腹龍街』へと移送する権利を運営者プロンプトより得た“不認知”が、彼を浚う。


 用意された戦力も申し分がなく、更に状況がこちら側に有利な方向へと傾いた為、清水凶一郎の誘拐計画は予定通り敢行された。


 結末こそ失敗に終わったものの、武闘派の連中がこのタイミングで動いた理由については歴とした合理があったのだ。


 

 一方の“烏合の王冠”側。

 被害者側である彼の動きもまた、行動要件単位でみれば不審な点は見つからない。


 まず、何故彼が最も信頼する“剣”を置いて外に出たのか。


 これは明確な解答が既に出ている。


 他ならぬ蒼乃遥自身が頼んだからだ。


 誘拐日前日に催された“龍生九士”澄江堂ちゅうごうどう我鬼ガキとの親善試合。



 その一戦において彼女は負けるべくして負け、その敗因が切り替え不可能アンコントローラブルな嫉妬心にあると突きつけられた。


 彼女の人智を超越した嫉妬心は、嫉妬之女帝レヴィアタンの原動力であると同時に、決定的な隙でもある。


 そしてその欠点を克服する為に彼女が選んだ方法は、(蒼乃遥の立場に寄り添って考えれば)理にかなっていたのだ。


 何せ清水凶一郎は、この上なく彼女に一途である。

 故にこの状況下で嫉妬心を抑える為には、彼女自身が変わる他になかった。


 あの茶番じみたデートは、言いかえれば遥自身が望んだ自制心強化訓練メンタルトレーニングであり、そのタイミングも『降東』入り前のこの日時が最適であった。


 蒼乃遥が望み、清水凶一郎が叶え、そこに逆理の思惑と誘導が重なり、彼は疑似デートという出来事イベントに駆り出されたのだ。



 被害者かれも、発案者かのじょも、誘導者じぶんも、

 皆自分の意志で動いていた。

 その筈だ。

 その筈なのだ。



 そして何故、ソーフィア・ヴィーケンリードが選ばれたのか。


 これについても作為性はない。

 彼女が選ばれたのは消去法の結果だ。

 他に選択肢はなかった。



 空樹花音は論外である。『嫉妬』戦の結末を鑑みても空樹花音と清水凶一郎の疑似デートは大いなる内紛をチーム内に招きかねないリスクがあった。

 だから空樹花音は候補から外された。真っ先に女帝自らその可能性を断った。


 同様の理由で火荊ナラカも除外された。

 彼女は清水凶一郎に懸想を抱いており、遥もその危険性を承知している。

 だから彼女も候補から外された。そもそも別チームのメンバーに「探索前日の疑似デート」を要請する事が非常識であるという部分も考慮されての選択であったとは思うのだが。


 清水アルビオン、清水文香、清水ユピテル、ハーロット・モナークは身内であるという理由から選外となった。清水ユピテル及びハーロット・モナークは火荊ナラカ同様に他チームであるという点も配慮されたのだろう。


 そうして選択肢を一つずつ消去した先に残ったのがソーフィア・ヴィーケンリードだったのだ。


 偶然ではなく、作為的でもなく、可能性を入念に消し去った果ての必然。


 かくして誘拐事件は起こるべくして起こった。


 組織側の合理と王冠側の理由。


 二つの理が運命の交差路で衝突し、そして清水凶一郎は『円環の腹龍街』へと誘われた。



 しかし――――



“蒼乃さん、僕視たんですよ”



 そう。エージェント逆理は視たのだ。

 あの襲撃の瞬間、双方向通信という名目で彼等の視界を管理していた会津・ジャシィーヴィルだけがその瞬間を


“ソフィさんが突然前のめりに転んで、そのすぐ後に”



 視たのだ。



“リーダーさん達が消えたんです”



 恐らくは“不認知ライブ”が烏の王に触れたタイミングで彼女は転び、そして不運にも“不認知”に触れてしまったのだ。


 だから彼女は巻き込まれた。

 そして誘拐事件は、未遂という結末に至ったのだ。


 彼女が“不認知”の『完全隠蔽アノニマス』を看破していたとは到底思えない。

 

 偶然だ。運命の交差路に偶々紛れこんだ小さな奇跡ノイズ


 だが、


“ソフィさんがいたお陰で何とかなったよ。本当に助かった”

“えー、単なる偶然じゃない? ソフィちゃんは巻き込まれただけだと遥さんは思うなぁ”



 逆理には、その奇跡がどうしようもなく心地悪く映る。


 彼の双眸に宿る生来の精霊眼異能が捉える人間の深層風景カリカチュア


 烏の王の深層風景は、複数の仮面ペルソナを持つ鬼神。

 恒星の少女の内側は、猫の胃袋で溺れるレヴィアタン。

 桜髪の少女の世界は、神話世界の冒険譚であり、


 そして彼女の、ソーフィア・ヴィーケンリードの深層風景は、



「(光輝く生命の樹)」



 その樹の根は、世界中に伸びていた。

 輝く生命の樹セフィロト


 只の幻覚ヴィジョンに過ぎない筈のソレが他者の根幹せかいに根付ている。


 おぞましき十三道徳コンプライアンスや自分達の長である導師ですら、


 彼女の生命樹せかいは、他者に根付く。

 それは視えている逆理でさえも例外ではない。


 あぁ、間違いなく。

 このまま「会津」を続ければ、取り返しのつかない運命ばしょへと運び誘われるのだろう。


 しかし、それでも、



「(孤児院かぞくを守る。その為ならばこの身など)」


 ――――逃げ出すという選択肢だけは、持ち合わせていなかった。




◆◆◆ ??? ある大きな書庫



 そこは全ての書物を収めた書架の世界。


 二首の貌を持つ管理者は、宙を泳ぐ本の群れに手を伸ばし、ゆっくりと自らの手元へ引き寄せた。


 一つ、二つ、三つ、四つ。

 それらはここ最近の中で特に彼/彼女が贔屓にしている物語。


 ある少年と少女の出会いを描いた『月触』

 

 少年が王になるまでの物語を描いた『常闇』


 王と仲間達が最新の神話を紡ぐ『天城』


 女帝の目覚めを描きし異伝『嫉妬』



 どれも愛すべき物語だ。

 ここ数百年では一番と言っても過言ではない。


 彼/彼女は、それらをもう一度味わおうと四冊の本を広げて――――



「「おや」」



 もう二つ、紛れていた事に気がついた。


 二つの本。黒色の『西威』と、まだら色の『降東』


 どちらも大変興味深い代物だが、やはり興味を引いたのはまだら色の『降東』



「「四、五、……いや六か」」



 白。黒。灰。桃。紫。翠。


 それぞれの色が複雑に絡まった『降東』という名の物語。


「「随分と」」


 懐かしい気配を感じる。


「「同窓会でも開くつもりかね。相変わらず勝手な連中だよ」」


 

 そう腐す声は、しかしその内容に反して心なしか軽い。



「「やれやれ。そうなってくると私達も只の観測者であるわけにはいかないな」」



 まだら色の本を優しくつつく。

 全ての空間の産みの親にして全次元ダンジョンの管理者たる『双貌そうぼう』のファーブラは、『降東』の書の一篇に指を這わせ、そして、




◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・最終階層『三界降破』



 果てなく広がる荒野が在った。

 草樹の代わりに朽ちた剣が咲き、夜空の星々は彼の引力に引き寄せられるかのように火の隕石いしとなる。



 領域の主は動かず。

 其の神話的な巨体を微動ともせぬまま、悠久の時の中に在り続けた。


「「やぁ、明王。久方ぶりだね」」

 

 反応はない。

 超神の来訪を前にしても乱れぬその不抜とした在り方を、ダンジョンの神は大変好ましく思っていた。



「「瞑想中のところ悪いね。実は君に報せがあって来たんだ」」



 明王は戦い続けている。

 過去の己を超越すべく。

 未来の己さえも踏み越えるべく。



 独りでに傷がついた。

 八本の巨腕に刻まれし無数の切り傷。

 斬られては癒え、また斬られては癒え。


 極度の瞑想鍛錬イメージトレーニングが紡ぎし幻想の好敵手は、常に己の上を行き、我が身を容易く貫いた。


 されど、


「「間もなく君の元へ挑戦者がやって来る。今回の物語は色々と入り組んでいてね。もしかしたら君にも不便を被ってもらう事になるかもしれないが」」



 雷鳴が吹き荒れた。

 概念を切断し、遍く希望を踏みつけて、時間を飛ばし、空間を割り、無限を越えて、運命すらもねじ伏せる名もなき武の極致。



 八つの腕の一つを振りほどくだけで


 彼の手刀によって割れた五メートル大の空間の割れ目を、管理者は愛おしそうに眺める。


「「何も気にする事はない。あぁ、かつて真神シヴァを降せし、唯一無二の亜神級最上位スプレマシーよ。三千世界に名高き格上殺しジャイアントキリングの申し子よ」」



 四面八臂の明王は静かに、乱れる事なく己を研ぎ澄ませ続けながら、



「「己の欲するままに戦いたまえ。求めていたモノはまもなくやってくる」」



 ただその時を待つ。




――――――――――――――――――――───


・祝四巻発売&5月27日配信開始のコミカライズ版チュートリアルが始まる前にの前祝いという事で今週も週三更新でがんばっちゃいます!


 次回更新は木曜日。いよいよ『降東』のダンジョン攻略がスタート致します!


 また、来週5月27日より電撃マオウ様で連載中のコミカライズ版チュートリアルが始まる前に(1~4話)がピッコマ様で先行配信されます!

 約七万五千字の大幅加筆による書籍版4巻と合わせまして、是非是非お楽しみくださいませっ!





 

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