第二百八十六話 前日12

まえがき


書籍版第4巻の発売を記念して、本作の担当イラストレーター様であらせられるカカオ・ランタン先生がアルの水着イラストを書き下ろしてくださいましたっ。もう惚れ惚れしちゃうくらい可愛いアルの水着イラストは、作者X(旧ツイッター)並びにカカオ・ランタン先生のXから閲覧することができますっ!

 是非一度、ご照覧くださいませっ!

 『チュートリアルが始まる前に』第4巻は、本日発売にございますっ!



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◆◆◆ 円環の龍腹街内部・『外来天敵』清水凶一郎





 敵が見つからなければ、向こうから出向いてもらえば良いじゃない。


 足を使って探す必要なんて始めからなかったのだ。


 まさしくコペルニクス的転回。追いかけるのではなく、餌を撒いて釣り上げる。


 その為に必要な餌を、



「おい、“応答変域プロンプト”」


 俺は瓦礫雨降る曇天に掲げた。



「コレ、何だと思う?」


 世界が停まる。逆さまに浮かぶ高層ビル群はまるで万有引力の法則をどこかに置き忘れたかのようにそのばで静止。


 地割れも、うねる道路も、空の大蛇も皆一様に同じ有り様だ。


 時を停める為に必ずしも精霊術を行使する必要はない。


 その人間が最も欲するものが突然現れた時、人の意識は抗いようのない空白に苛まれてしまうのだ。



『ソフィさん。どうか祈っていて欲しい』


 聖女の力強い『分かりました』という声に頼もしさを覚えながら、俺は嵐の中より具象化させたニ十メートル大の《赤腕》を、これみよがしにお天道様へとつきつけた。



『…………』

「どうしたー、“応答変域プロンプト”? ……あっ、もしかしてこの『膜』が邪魔で良く見えない?」



 「すまんすまん」と謝りながら、風で飛ばないようにと張っていた半透明の特殊防護膜オプションシェルを解除する。


 ドーム状の防護膜が、赤色の塵となり、手の腹に置かれた“ソレ”の姿が露わになって――――



「ほら、これで良く見えるようになっただろ」

『……っ!』


 ソレは、欠片だった。

 人間の形に酷似した超神アルテマの欠片。

 腕や脚の付け根といったバラバラのパーツが計三種。


 『常闇』、『天城』、『嫉妬』の宝物層で手に入れたそのブツは、『無印』において換金アイテム以上の価値を持たなかったコレクターズアイテムである。


 しかしこいつは、ある特定の集団に対して「この上のない釣り餌」として機能する。


 穏健派も武闘派も関係ない。


 たとえどれだけ奴等が話の通じないイカれたテロリストであったとしても、


 あるいは超越した能力を持つ精霊使いであったとしても、



『そいつを』



 こいつらは、この骨董品を無視できない。



『よこせぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!』


 だってこの欠片こそが、組織やつらの神であり、教義であり、生きる意味に他ならないのだから。



 空が裂け、次元の彼方より巨大な首が現れる。


 男の姿だ。禿頭とくとうで、人間味を欠いた3DCGのようなそんな貌。



「初めましてだな、“応答変域プロンプト”。なんだ、中々に男前な顔立ちじゃないか」



 男の貌は、答えない。

 その二つの黒眼が捉えるのは主様の欠片が鎮座する赤腕の一点のみであり、俺の言葉は毛ほども届いちゃいないのだろう。



『あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』



 迫る巨顔。


 迸る霊力の波長は、初めて感じる形をしており、そいつが応答変域のものである事に疑いの余地はなかった。


 恐らく本体ではない。

 『円環の龍腹街ウロボロス』の監視者はきっと今も、あの次元の裂け目の上で俺達を眺めているのだろう。


 全く、どうりで見つからないわけだぜ。こいつの能力の本質は、『円環の龍腹街ウロボロス』という箱庭ゲームを産み出して、それを上位世界そとがわから操るものだったのだ。


 差し詰めあの“顔”は、本体とリンクした触覚ぶんしんであり、アレを壊したところで“応答変域プロンプト”に入るダメージは微々たるものに違いない。


 だが、確実に通っている。


 主様の欠片。それも三つだ。

 出世欲。功名心。神への忠誠。

 今奴の心を突き動かす衝動が何であれ、“応答変域プロンプト”の本体はカケラを略取しようとその重い腰を上げた。


 あの幼稚で抑えの利かない性格だ。


 力だけを与えられたガキ丸出しの行動を奴がとったとしても、不思議じゃない。

 「まぁ、“応答変域プロンプト”なら」って感じさ。

 だが、勿論そうならない可能性もあった。



 ――――例えばどうして俺が、こんなかさばる物を持っていると思う? ソフィさんとのデートの際に「念の為に」って持って来たってか? 

 はは、馬鹿な。そんな雰囲気をブチ壊す真似、凶さんがするわけないだろ?


 こいつは間違えなく正真正銘奴等が求めている主様の欠片そのものだが、その出所にはちゃんと種も仕掛けも存在する。


 

 


 少し引いて考えれば、きっともう少し慎重な策をとれた筈だろう。


 しかし奴はそうしなかった。


 最も愚かで、俺達が求めた致命的破局ファンブルを当てやがったのだ。



『凶一郎様っ! 上の方から強大な霊力を感じます』

『……ありがとうソフィさん』



 かつて嫉妬之女帝レヴィアタンが蒼乃遥の前で空樹花音の姿に変貌したように、



『バッチリだぜ!』



 ソーフィア・ヴィーケンリードと相対した敵は、やがて必ず破滅的な失態ミスを引き起こす。


 まさにラッキーパンチのハイエンド。希望を呑みこみ、不確定要素を確定演出に切り替える運命の祝福。


 これほどまでに強力な祝福バフが他にあるだろうか。少なくとも俺は知らないぜ。



「『十三次元の踏覇者ティタノマキア』、全門開放フルオープン



 万物平定ゼウス聖婚賛歌ヘラ永久女神アテナ火天日肆アポロン怨讐愛歌ガイア戦争工房アレス花天月地アルテミス晦冥王土ハデス混沌空亡カオス物換星移ウーラノス災厄震源ポセイドン黄金時代クロノス、そして天城神羅オリュンポス



 かつて挑んだ十三の神域が銀球カギの号令により再び目を覚ます。


 『十三次元の踏覇者ティタノマキア』、『天城』完全踏破の報酬としてダンジョンの神より賜った俺の砲撃兵器とびどうぐ


 各次元に満ち溢れた力の奔流を前方方向に流出するというシンプルな特性のせいで照準合わせに少し難ありだが、この相手ならば狙うもクソもない。



「&外来天敵テュポーン


 そして極めつけにと全ての門に真紅の嵐を混ぜ合わせる。


 『十三次元の踏覇者ティタノマキア』×<外来天敵テュポーン>


 遥戦より後に編み出したこのコンボにより『十三次元の踏覇者ティタノマキア』は、“指向性の欠落”という唯一の欠点すらも克服した。



十三次元統合ティタノブリケード星系放射オープンファイア


 解合の言葉を合図に、外来天敵の法則を纏った神の力が飛翔する。


 躍動するエネルギーの奔流は、空一面に広がる顔デカクソお化けの尊顔に着弾し、一斉に爆ぜた。



『効かねぇなァ!』


 しかし、相手の規模が無法チート過ぎた。


 応答変域の触覚は、十三次元の氾濫を意にも介さないまま貪欲に突き進む。


 悔しいが、完全に神様のスケール感だ。


 世界からの完全隠蔽、あらゆる術式の無効化と適応学習能力、十万単位の可能性召喚に、変身と洗脳と無数のインキュバス金人形オジを従えたサキュバス老婆ババア


 どいつもこいつもつい「加減しろ馬鹿」と言いたくなる化け物ばかりだったが、やはり応答変域こいつが一番ヤバい。



 ……だが、



「いいや。効いたさ」



 それもここまでだ。

 お前は触覚を通して、外来天敵に触れたのだから。



「ゲームオーバーだ応答変域プロンプト



 ――――まず禁じたのは、詠唱顕現。

 応答変域は、『円環の龍腹街ウロボロス』の顕現維持に失敗し、その空間操作能力を失う。


 停まっていた瓦礫の雨は、重力の法則に従い下へ墜ち、灰空の蛇は、空の彼方に消え去った。


 ――――次に禁じたのは、上位世界への滞留。

 触覚の貌は苦悶の表情と共に破滅を迎え、上の世界に居る事に失敗した哀れな男が灰の街へと落下した。


 こんなのでも、死んでは困る。

 お前達は貴重な情報源として、これからたっぷり怖い人達に絞られるのだ。

 俺は欠片を乗っけた赤腕とは別の同形を生成し、堕ちてきた応答変域とおぼしき人物を捕まえる。


 白い肌。面長の瞳。体毛と呼べるようなものが一切なく、身体の至る所に羽の生えた悪魔の刺青が彫られている。


 なんともロックな人物だった。

 だからなんだという話ではあるが。



「てめぇ、一体っ!」

さえずるなよ宇宙人エイリアン。お前の権利ものなんて、もうどこにもないんだ」



 ――――喋る事を禁じる。

 ――――全ての反抗運動を禁じる。

 ――――そもそも反対する意思を抱く事を禁じる。

 万が一の事を考えて、軽く『時間停止』も撃っておいた。


 殺しはしない。死ぬ事を禁じたから。

 仲間を呼ぶ事も許さない。その選択肢を禁じたから。



 ――――天敵とは何か。

 それは、ある特定の種を絶滅においやる蹂躙者の総称である。


 ――――天敵粒子とは何か。

 それは術者の意のままに動き、離れ、結合し、そして触れたモノに第一法則を感染させる赤色性のウイルスの総称である。


 【天敵法則エクスロス

 天啓レガリア外来天敵テュポーン〉を構成する三つの法則ルールの総体。


 中でも、始まりの法則である【壱式アルファ】は、最も基本的でありながら凶悪な能力として、アインソフシリーズの歴代主人公達を苦しめた。


 其の名は【希望潰えし、スリーアンヴォス無常の果実クロト


 感染した対象に、あらゆる失敗を強要させる絶対蹂躙能力である。


 認識できない存在をどう捉えれば良いか? ――――簡単だ。何かが引っかかる事を想定して「術式発動の失敗」を念じ続ければ良い。ついでに【四次元防御】を点滅させれば物理的な損壊も狙える。


 口の堅いテロリストからどうやって情報を引き出せば良いか? ――――造作もない。喋らないという奴等の“自省”を失敗させればいい。


 息をさせたくなければ肺が呼吸を失敗し、

 殺そうと念じれば心臓がポンプ活動を失敗する。


 遥や“無敵の人ドゥーマー”、それにガキさんのようなコレよりも強い法則ルールを保有する相手には効果がないが、それ以下の相手に対しては問答無用で勝利する。


 

「(我ながら嫌な能力だぜ)」


 超神の格と、極悪術式でゴリ押す最低最悪のデバフ支配者ルーラー

 『天城』を経て生まれ変わったおれの基本戦術は、対戦ゲームならば「対戦相手に過剰なストレスを与える為ナーフします」と嫌われるタイプのクソ戦法である。



「(まぁ、弱体化ナーフを強いるのは俺の方なんだけどな)」

 

 さておき、これで五人の亜神級最上位スプレマシーは、全て捕らえた。


 嵐を停め、ソフィさんに被せた目隠しを丁重に解く。



「終わったのでしょうか?」

「あぁ。全員シバイた」


 最後の仕上げに応答変域プロンプトへ向けて「術式維持の失敗」を働きかける。



 灰色も、赤色も。非日常の色は全て宵闇へ、かき消えて。

 そうして再び芽吹いた日常の光景は、見知った“龍心”の停留所のようで――――



「ありがとうソフィさん。全部君のおかげだ」

「いいえ。凶一郎様のおかげにございます私なんてずっと凶一郎様に支えて頂いていただけで」


 苦笑と共に首を横に振る。

 謙遜じゃない。

 

 本当にソフィさんのおかげなのだ。


 最後の致命的破局ファンブル発動は言わずもがな、あれだけの五連戦を経た上でなおこうして俺が余力を残せているのは、彼女が献身的に祝福を授けてくれていたお陰である。


 術式の最大発揮値上限突破リミットブレイクや、霊力の継続供給、小さなダメージや疲労の回復をこの戦闘中ずっと張り続けてくれたソフィさんこそが今回の事件におけるMVPであるといっても過言ではない。


 何よりも――これは、あくまで推測に過ぎないのだが――彼女が俺と一緒にさらわれた事そのものが、



『ご苦労様です、マスター。無事に難関ミッションを突破されたようですね』


 

 ……その時だった。


 脳に直接響く精霊の声。


 聞き間違える筈もない。我が邪神、ヒミングレーヴァ・アルビオンからの《思念共有》である。


「(こいつ、今更になってノコノコと)」

『まぁまぁ。落ち着いて下さいまし。これも主の今後を慮ってのこと。忠臣アルちゃんは、いつだってマスター思いなのでございます』


 こめかみの血管が弾け飛びそうになった。

 一体どこの世界に主の危機に連絡一つ寄越さない忠臣がいるというのだ。



『てめぇアル、コラ。俺とソフィさんがどれだけ』

『えぇ、えぇ。委細承知しておりますとも。亜神級最上位の力を宿すテロリストを五人討伐し、捕獲した。大変英雄的で経験値ウマウマでございましたね』



 瞬間、ゲーム脳がフルスロットルで回り始めた。



『過酷なミッションを乗り越えれば、その先には相応のリターンが待っているものです』


 そうしてヒミングレーヴァ・アルビオンは謳うように高々と、



『おめでとうございます、マスター。新しい術式が解放されました』



 レベルアップのファンファーレを告げたのだった。




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・というわけで、本日5月17日午前零時、つまりたった今「チュートリアルが始まる前に」第4巻が発売されましたっ!


 ウェブ版では果たせなかった待望の水着イベントに加え、驚天動地のVS黒騎士戦を完全収録!

 謎に包まれた黒騎士の天啓、精霊、そして秘められた過去の全てが露わとなり、凶一郎が史上最大難度の極悪ミッションに挑みます!

 

 約7万5千字、ウェブ版換算でニ十話分相当の大幅加筆によって紡がれる黒騎士の正体と真実、激戦の末に紐解かれていく凶一郎の真価と進化。


 果たしてボスキャラとしての清水凶一郎の才能とは何なのか。


 ヒロイン力が天元突破した遥さんによって紡がれる完全新規書き下ろしの“真夏の夜のノクターン”とは。


 そして誰も知らない清水凶一郎の新たなる可能性を、是非是非お楽しみいただければ幸いでございますっ!


 4巻は全国の書店並びに各電子書籍サイトで絶賛販売中にございます。電子版は今すぐ読めちゃう上、『黒騎士の武装』を収録した設定資料集やブックウォーカー様特典で『ヒロイン達の水着事情』なんかも読めちゃいます(『黒騎士の武装』は全電子共通、ブックウォーカー様は『黒騎士の武装』と『ヒロイン達の水着事情』の両方がついてきます。メロンブックス様の特典を含めた特典情報の詳細は作者のX(旧ツイッター)並びに近況ノートをご確認ください)


 というわけで、次回の更新並びに第4巻をお楽しみにっ!





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