第二百八十五話 前日11





 断っておくが俺はこいつに“お説教”を喰らわせたいわけじゃない。

 だって考えても見てくれよ。

 アレやコレやと社会的に問題のある人物をクランに抱えているこの俺が、

 一時的とはいえこれから国内を股にかけた大規模クーデターをやらかそうとしている上級国民様と同盟を結んでいるこのオレが、


 一体全体どの面下げて他人に説法かませるんだって話なわけじゃぁないですか。


 奴等に交渉は通じない。

 奴等に論破は通じない。

 奴等に説得は通じない。

 奴等に常識は通じない。



 「話し合えば分かる」の特権コマンドを有効に扱えるのは、一部のヒーローやヒロイン、後はソフィさんのような本物の聖者だけだ。


 俺のような凡人に出来るのは最初の声かけくらいのもので、それで「あぁ、ダメだな」と思ったら即撤退ミュート


 

 見ない。聞かない。触れない。考えない。近づかない。


 向こう側の理屈を振りかざすエイリアン相手に議論レスバで勝ったところで何の得もないし、それどころか逆恨みされて下手したら刺される恐れすらある。


 だから無視だ。

 徹底的に無視だ。


 無視して、ひたすら淡々と、作業的に片付ける。


 それが大人の対応ってやつだ。実にスマートで合理的だろ?


 だから、



「ムカつくぜ、応答変域プロンプト。てめぇみてぇなゲロクソ野郎がいっちょまえにはばかせてるとよぉ」



 そんな事も満足にできないオレは、やはり所詮は中学生ガキなのだ。








◆◆◆ 円環の龍腹街内部・『外来天敵』清水凶一郎



 今すぐ玄関の扉を開けて、自分達の住んでいる街の景色を見て欲しい。


 田舎であれ都会であれ、

 一軒家であれ賃貸であれ、

 そこにはアンタ達の見慣れた世界が確かにあって、好きでも嫌でも扉を開ければいつでも目に入る当たり前の日常。



「おい、嘘だろ」



 そいつがいきなり宙を浮き始め、地層ごと宙返りを始めたらどうなると思う?



「そりゃあ流石に」



 ――――街が、


「デカ過ぎるでしょうよ……っ!」



 



 灰色の街が超音速で空を翔け昇り、そのまま放物線を描いてこちらの陣地へ降って来る。


 正面からだけじゃない。四方八方、見渡す限りの360度に存在する灰色の街達が、瓦礫の土砂降りとなって襲いかかる光景は、読んで字の如くの驚天動地。


 こんな地形破壊のMAP攻撃が奴にとっては只の“小石投げ”にしか過ぎないという有り得べからざる事象。


 加えて上を見上げれば成層圏から数十キロメートル単位の巨大蛇龍へびが大気で構成された長舌を覗かせ、そのまま鎌首をもたげて滅殺がぶりとこちらを大地ごと――――




「デカけりゃいいってもんじゃねぇだろうがっ! クソッタレッ!」



 嵐を纏い、五百メートル圏内にあるもの全てを吹き飛ばしながら、ひたすら北へ北へと暴風進行かけぬける


 《赤嵐》の直径は五百メートル、その移動速度はソフィさんの強化マッハ込みでおよそマッハ10強。

 我ながらどこに出しても恥ずかしくない立派な超常現象っぷりだ。

 移動するだけで街なんて倒潰ぴゅんだ。


 未来視ナビを参考に街の土砂降りを掻い潜り、灰空の蛇に『時間停止』を見舞いながら、ひたすら北を目指す。


 五百メートルの嵐が秒速4キロメートルの速度で北上すればすぐに出口へ辿り着きそうなものだがしかし、



「(蛇は停まったが、街の直接攻撃ダイレクトアタックは継続中。つまり“応答変域プロンプト”がこの街そのものに同化しなっているわけじゃない……?)」



 終わりがみえない。

 進めども、進めども、灰色の街並みが続いていき、そして四方八方から街が地層ごと降って来る。



 視界に映る全てを投げ飛ばすような地形攻撃が続けばすぐに武器リソースがつきそうなものだが、その様子もない。


 更に蛇龍ヘビだ。

 灰色の大気でできた空を覆う蛇龍。こいつの『時間停止』を停めた覚えはない。

 にもかかわらず、奴が元気に俺達を呑みこもうと大口を開きやがっているという事は――――



「(ループしてるな、こりゃあ)」



 円環の龍腹街ウロボロス

 応答変域プロンプト詠唱顕現マギアリリース時に告げた精霊の真名。


 恐らく起源神話オリジンではない。

 奴が幹部級である事も踏まえて鑑みるに、三作目にでてきた真神『無限の円環ウロボロス』のパチモンという線が濃厚だろう。


 ユピテルのケラウノスと同様、起源神話から名前だけ借りた人造精霊ってやつは少なからず存在する。

 名付けは縛りだ。

 特に神話の名前は、その存在の在り方をギチギチに固定する縛りとなる。

 

 故に奴の操る法則もオリジン同様の『円環ループ』に類するものである事は、ほぼ間違いないと思うが、問題はその“繰り返し”の質だ。


 『空間』と『無限』、ここに『時間』の要素を加えれば本家同様のクソループになる筈だが、



「(『時間』は、ないな)」



 クロノス戦のように相手が『時間』属性ならば俺は無条件で勝利する。

 精霊使いの奥義である詠唱顕現マギアリリースが展開されているにも関わらず、こんな街ぐるみの袋叩きが続いているという事は円環の龍腹街ウロボロスの円環は二重属性ダブルシンボル



 つまりこの術式は、①ある地点を境に不可視の次元境界ワープゾーンのようなものが形成されていて、②その地点を過ぎるとよく似た景色の違う場所へと転移する。そして、③何層かに分かれた灰色の街ステージを全てくぐり抜けて最後の次元境界ワープゾーンを通ると④最初の地点に戻される。



「(大方、壊した街は敵が移動している間に修理でもしてんだろ。造って、壊して、治して、壊して、そしたらまた造って、壊して……ハッ、随分と働き者なこって)」



『しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しね。しねーっ!』


 馬鹿が大声で叫んでやがる。

 空間震わせて喚いているからうるさいったら、ありゃしない。


 うるせぇやつだ。

 あの最悪な詠唱の詠唱者にふさわしい。



「(好きにほざいてろ害虫。全体的にアレ過ぎてお前の煽りスピーチはまったく響かん)」


 頭には来ても、心には響かない。

 悪役ヴィランとしては五流以下だ。

 今時の悪役は、共感力も必要なんだって事を肝に銘じておけ、馬鹿め。


「(とはいえ、事態が割と深刻なのもまた事実)」

 


 奴がどんなクソ野郎であれ、今の俺達は、この円環の龍腹街に閉じ込められている。


 余力に関してはまだイケるが、問題は時間だ。

 こんな場所で何十時間も喋るうんこと追いかけっこなんて死んでも嫌だし、何より俺達には予定がある。


「(戻って、報告して、風呂入って、飯食って、遥さん抱きしめて……寝る時間あるかな、コレ)」


 禁域ダンジョンの攻略は明日からだ。

 リーダーが行方不明なんて展開は何が何でも避けたい。



「(考えろ。奴はどこにいる?)」


 両手で聖女を抱えながら、思考を竜巻のように巡らせる。

 

 


「(推し量るに一区画当たりの面積は45×45平方キロメートル。“複垢”の『宇宙卵』の最大観測範囲を収めつつ、それでいて広過ぎない距離)」



 無論、考察は進みながらだ。最初は北、次に東、今度は南に飛んで、次は西へ。

 どの方角に進んでも必ずある地点で赤嵐の総量の減少を確認する。

 それが約45.45キロメートル地点。



「(世界との一体化――――ではない。ステージ毎に起こる“どしゃ降り”と“灰空蛇”、道路やビルを使っての“巨大腕攻撃”は、それぞれ固有の事象として成立している)」

 


 一般的に亜神級最上位スプレマシーの法則強度は、その法則が働く広さの度合いに比例する。


 広ければ広い程、他の法則との衝突コンフリクトに弱くなり、逆にその範囲が狭まれば狭まる程、法則強度は強く仕上がる。



 例を挙げると、世界から認識されなくなる“不認知”や、数十キロ範囲に自分の可能性を召喚する“複垢”は、典型的な“全体型アウトサイド”、逆に“無敵の人”や遥の『レヴィアタン』のような潔い程の“個人型インサイド”には単純に強いタイプが多く、その間に俺やガキさんのような“中間型バランスタイプ”も存在する。



 勿論、これだけで全てが決まるわけじゃない。

 例えばガキさんは“中間型バランスタイプ”だけど龍としてのスペックが極まり過ぎているから、個人型の法則すらも刺し穿つ。

 花音さんの『アテナ』の場合は普段は個人型だけど、詠唱顕現によって時間制限付きの「個人型の強度を備えた全体型」に変身するし、遥に至っては個人型の頂点みたいな法則強度を持った上で、「実質無制限の嫉妬力リソースによる強化補正」を兼ね備えている。


 だからやっている事が多いからと言って一概にこれだと判断するのは危険であるが、しかし、



「(“応答変域プロンプト”は、確実に全体型だ。それを加味した上でも無法過ぎるが)」



 位相空間上に45×45平方キロメートルの街を造り上げ、しかもそれと全く同じものが認識偽造と強固な透明ステルス性をもったワープゾーンを通して何ブロックも並列して疑似的な無限円環ループを形成し、更に詠唱顕現時は、空間上のあらゆる事象を好き勝手に操り放題。



「(“不認知ライブ”が言っていた通り、普段は位相空間を展開し、静かに見守るだけの能力なのだろう。全体型の法則を詠唱顕現で更に強化し、『空間操作』の域にまで発展させたクソチート。花音さんのような時間制限付きの能力特性なら助かるんだが、多分遥さんタイプの貯蓄リソース消費型なんだろうなぁ)」


 一応、有益な情報はないかと思い、捕まえた四人のエイリアンを叩き起こして軽く尋問を試みてみたが、どれも“不認知ライブ”が持っていた以上の情報は吐き出さなかった為、再び彼等の意識を奪って落とした。



「(間違いなく、奴は俺達を視ている。そして本体と接触さえ出来れば、こちら側の勝利はほぼ確定。だけど、わざわざ居場所を明かすようなミスをあちらさんが起こすとは到底思えないし、一体どうすれば)」

『あの、凶一郎様』


 思考へ直接響く声。

 ソフィさんだ。側にいるにも関わらず俺達が《思考通信》で話し合うのは、彼女が今耳と目に蓋をしているからに他ならない。


 聖女を悲しませてはならない。

 それはおれ個人がこのきったない絵面を見せたくないと思うが故のエゴであり、同時に世界の安寧を保つ為の措置でもある。



『ごめんソフィさん。もしかして体調悪い?』

『いえ。そうではありません。そうではないのですが』



 聖女の顔が心なしか朱色に染まる。



『先程か下半身の辺りが、その、……とてもスースーしておりまして』



 俺は視線をその可憐な顔から首、胸、腹と、徐々に下へとずらしていき、そして――――



『凶一郎様、可能であればご確認いただきたいのです』



 瞠目した。

 スカートが、スカートが赤粒子の巻き起こす風によって信じられない角度でめくれている。


 白いレースの中心に鎮座するピンク色のうさちゃん。


 今日のソーフィア・ヴィーケンリードはうさちゃんだったっ!



『あの、ど、どうなっておりますでしょうか凶一郎様』

『ごめん、なんかそのうさぎ……じゃなくて内部の赤風かぜが強過ぎて、冷え込んでいたみたい。すぐに調整し直すから待ってて』

『そうでしたか。お手数おかけしてしまい申し訳ございません』



 いえいえ、こちらこそと謝り返しながらバレないように粒子を使ってスカートを元の位置へと収め直す。


「(……どんなパンチラりょくだよ)」

 


 まさにそれは聖女の奇跡だった。

 この局面で、このうさぎさん。色々な意味で大したものである。


 まるでラブコメ漫画の主人公だけが経験できる超ド級のラッキーパンチが今、俺の目の前で――――



「(――――いや、待てよ)」


 組織、『天城』、レヴィアタン戦、そしてこのラッキーパンチ。


 バラバラだったピースが一つに集まり、俺の中で急速に一つの絵が浮かび上がった。



『ソフィさん』



 俺はうさぎさんパンツに語りかけた。



『試したい事がある』





――――――――――――――――――――――─


・次回更新は5月17日(金)の午前零時!

 水着イベント&VS黒騎士戦を新規収録した四巻発売と同時刻ですっ!

 お楽しみにっ!




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る