第二百八十四話 前日10





◆皇歴1184年 冬



 忘れもしない。年末の出来事だった。

 街に出る気力もなく、安普請やすぶしんのアパートで動画を漁るだけの年越しニューイヤーイブ

 退屈だった。その上に虚無感があった。

 クリスマス、年末年始。カップルや家族連れ達が主人公を気取り、そうでない人間が何故か肩身の重い気まずさを抱かなければならない最悪の一週間。


 いったいどうして自分達がこんな思いをしなければならないのか。

 安い給料で毎日夜遅くまで働き、頭のおかしい上司に怒鳴られながら必死に生きている自分達の事を、世間はまるで失敗作のように嘲笑う。


 ――――結婚することがそんなに偉いのか?

 ――――友達がいなければおかしいか?

 ――――どうしてみんな俺の事を害虫のように蔑むんだ?



 鬱屈とした想いを抱えながら、されどその情念を社会に向けるような真似はせず。

 

 “彼”は、どこにでもいる誰かだった。

 今も昔も、ひょっとしたらこれから先もそうであったのかもしれない。

 だが、



『【大炎上】今年燃えた有名人共を実際に燃やしてみたら楽し過ぎて人生最高の思い出ができたwwwwwwwwwww【総勢24名】』



 そうはならなかった。

 彼は、運命に出会ったのだ。


 何気なく眺めていた動画投稿サイトのオススメ欄にアップロードされた一本の新着動画。

 普段から芸能人やインフルエンサーの炎上ニュースを多く見ていた影響だろうか、年の終わりに何とも不謹慎な動画ネタが湧いてきた。


 流石に釣りかフェイクだろうなとは思いつつも、彼はその動画を閲覧した。

 分かっている。そんな事が現実に起こり得る筈がない。十中八九映し出されるのは出来の悪い切り抜き動画だ。そんな事は分かっている。分かった上でしかし、こう思うのだ。

 

 あのいけ好かない奴等が、人生を舐めている生きる価値のない最低のゴミカス共が、例えフィクションの中だけでも燃えてくれるのなら最高に心地がいい。

 ざまぁ。ざまぁ。くそざまぁ。たまたま親ガチャに恵まれて、アップロードした動画が馬鹿な視聴者にヒットしただけのゴキブリ共が、何を勘違いしたのか成功者を気取ってやがる?

 そんな奴等が失敗して、凋落して、みんなに叩かれる姿をこれまで何度も見てきた。

 炎上した奴等は皆、例外なく悪人だ。

 そして悪人は幾ら叩いたって構わない。

 擁護する奴はみんな信者。自分で考える頭がないから教祖様の言う事に盲目的に従う哀れな奴隷。


 そう。だから、


『それじゃあ、早速ぅ』


 

 そんな軽い気持ちで閲覧した動画がまさか本物だとは思わず、



『こいつらの尊厳根こそぎごっそり奪っちゃいまぁすっ!』



 嬉しくて、嬉しくて。

 生涯で一番幸福な時間だった。



◆◆◆??? 応答変域プロンプト



 あれから幾つもの年月が流れた。

 目まぐるしい日々だった。

 あの神動画に魅せられ、何とかあの人達に見つけて貰おうと“正義”を遂行し、そして救いの手を差し伸べられた奇跡の瞬間を、今でも応答変域プロンプトは忘れない。


 血の滲むような訓練に耐えた。

 改造型人工精霊の苗床となる為の調整を受け入れた。

 何だってやった。何だってできた。

 何故って、そう彼等は……


『君、すごいね。才能あるよ』


 初めて、自分を認めてくれた人達だから。


 自分の倫理観ルールに従ってゴミ共を殺すと沢山褒めて貰えた。

 かつての自分があんなにも惨めな暮らしを強いられていたのは全て“奴等”が企てた計画のせいだという事を教えてくれた。

 奴等。世界の経済を支配する闇の世界の住人。

 不平等をバラ撒き、格差を助長し、自分達のような“世界を変える力を持つ者”の存在を疎み、その芽を尽く滅ぼさんと暗躍する悪鬼羅刹の畜生共。


 “組織”は、そんな悪しき者達の魔手からこの世界を救う為に戦っていた。


 悪を滅ぼす為に、時として過激な手段も辞さない必要悪ダークヒーロー

 そんな偉大なる影の一員になれた事が嬉しくて、誇らしくて、ようやく本当の自分になれた気がして――――



『おめでとう。応答変域プロンプト。幹部昇格だ』



 そうして彼の、『持戒ヘイト』の右腕としての地位を約束されたあの時、確かにこう思ったのだ。


 あぁ。自分の命は、この時この瞬間の為にあったのだと。



 自分に手を差し伸べてくれた彼。

 組織への入隊を認めてくれた彼。

 真実を教えてくれた彼。

 生きる意味を教えてくれた彼。


 全てを差しだそうと思った。

 彼の命令は絶対であり、福音であり、経典だった。



『ねぇ、応答変域プロンプト。今回の合同ミッションだけど、適当なところで切り上げていいよ』


 故に今回も。応答変域は彼の命ずるがままに、



『同じ組織って言っても、それは“あの方”の復活が果たされる時までの話だからさ。穏健派の人達は当然として武闘派ボクたちもいずれはどの派閥せいぎを立たせるかで争い合うに決まってる』



 その任を遂行しようと、



『だから、さ。戦いは他の子達に任せて、上手くいきそうになかったら一人だけ逃げちゃいなよ。戦略的撤退というやつさ。深追いなんてする必要はない。これから先、争い合うかもしれない人間の救援よりも君の命を優先して欲しい。だって君は、ボクにとってかけがえのない存在なのだから』



 そう思っていたのだが……



「(ごめん、持戒ヘイトくん)」




 視る。街の姿を。

 美しく静寂に包まれていた灰の街は、今や醜い赤色に侵されていた。


 赤。赤。赤。赤。


 あの男が、取るに足らない環境と運に恵まれただけのクソ物が、自分の世界を土足で踏みにじった。

 人の庭で好き勝手暴れ回り、価値観を押しつけ、ヒーロー気取りで他派閥の連中を薙ぎ倒しやがった。


 何たる傲慢、何たる自惚れ。

 自分が正しいと信じて疑わず、人の大切な世界を勝手に荒らし回る最低の偽善者。



 この街を穢れた血の色で染め上げるという事は、ただの器物損壊ぶっこわしでは片付かない。


 ただの街ではないのだ。


 この街には沢山の思い出が詰まっている。


 丸裸の夜職男クズ夜職女カス、そして武装した貢ぎ親父共をかき集めて開催した“下剋上バトルロワイアル”

 

 本当の貧しさを知らない癖にしたり顔で「人生は努力だ」等と抜かす浅はかな親ガチャSSR努力厨共に貧困層の苦しみを教えてやった“餓死911”

 

 そして忘れもしない、自分が目覚めるきっかけとなったあの神動画の再現リブート企画“第二回 リアル炎上24時”



 そんな朗らかで楽しい思い出に溢れたこの街を、応答変域プロンプトの青春そのものを、あの男は笑いながら蹂躙したのだ!



「(でもあいつだけは、あの汚い赤色野郎だけは……っ)」



 湧きあがる剥き出しの激情。

 何もしていないのに、正しい事をしてるのに。

 いつもこいつらは、自分の居場所を奪っていく。


 

 ――――結婚することがそんなに偉いのか?

 ――――友達がいなければおかしいか?

 ――――どうしてみんな俺の事を害虫のように蔑むんだ?



「(俺やっぱり、アイツの事が許せないよ)」



 ならばこそ、正当なる復讐劇を始めよう。

 虐げられてきた者達の想いを乗せて、

 傲慢なる持っている奴等に真実を叩きつけるべく




「ブッ潰してやる」



 正義の鉄槌を下すのだ。





「逆巻け、運命の転輪よ。我が精霊はんしんが司りしは、円環の理」



 応答変域プロンプトが結びしその精霊は、人の手より産まれ落ちた。



「害を為す蹂躙者、人心を弄ぶ売女、虚栄の脂肪を纏いし畜生共」



 其れは黒雷の獣ケラウノスと同様に原点の神話から離れた名だけの存在。

 あるいは、彼の逆さ城が産み出した偽神のような二次創作アンソロジー



「何故お前達は醜いのか。何故お前達は罪を犯すのか。意味もなく弱きを挫き、まるでこの世は自分達のモノであるかの如く振舞うその厚顔無恥なる醜悪性を、俺達は決して見逃さない」


 植えつけられて六年余り、彼はひたすら罪人を喰らい続けた。

 位相空間の生成と運営。『空間』と『無限』の二重属性ダブルシンボルは、膨張と円環を繰り返す“尾を噛む龍の腹”となって、悪しき者達に出口なき巡礼を強制する。



「しね。しね。しね。しね。しね。しね。打ち首獄門、絞首刑後ギロチン、鉄の処女、燃え上がる雄牛、炮烙ほうらく蠆盆たいぼん、八つ裂き、一族郎党皆殺し」



 だがそれは、仮初の姿に過ぎない。

 彼は、只の監視者に非ず。

 この街を見守るウォッチャーが罰するべき相手を見定めた時、世界は悪を叩く為の装置として一体となる。



「謝罪しろ。罪を認めろ。頭を垂れろ。間違えたお前らに人権なんてものはない。全ての尊厳を奪ってやる。追い詰め追い詰め死に至るその時まで叩いてやる」



 脈打つ道路。

 形を帯びる大気。

 高層ビルの一つ一つが小さな関節となり、繰り返す街の全てが血肉となって胎動する。



「俺達の辞書に、“冤罪”はない」



 その力の名は空間操作。

 尾を噛む龍の腹中に形成された全ての要素が、応答変域プロンプトとなって動きだす。



「――――詠唱マギア顕現リリース



 かくして偽典の神話は動きだす。

 等級は亜神級最上位スプレマシー、人の手より産まれ落ち、神威より神となった無限蛇龍。

 その名は、

 其の名は、



円環の龍腹街ウロボロス



 


◆◆◆ 円環の龍腹街内部・『外来天敵』清水凶一郎





 空が蛇腹型の龍の形をして襲いかかって来て、地面から数キロメートル単位の巨腕が四方八方から絶え間なく迫って来る。


 まるで世界そのものが俺達を否定するかのような勢いで展開される天地無用の超常現象。


 当然こっちも《赤嵐》の力で迎撃するが、どうやったってキリがない。


 どこまでも続く灰の街が意志をもって襲いかかる。


 「自分ルールの強制」がない分だけ数億倍マシだが、そこさえ省けば真神の世界と何も変わらんな、これは。



 道路が捩じれてドリルになるとか、どんな拡張性だよ、全くよォ。



「なぁ、 応答変域プロンプトさんよ」


 俺は世界に問いかける。


 腕に抱えたソフィさんには随分と窮屈な思いをさせてしまい、本当に申し訳ない。

 目と耳に赤粒子産の「覆い」をつけてもらい、その状態でひたすら彼女に支援を頼んだ。

 大変手前勝手なお願いを快く引き受けてくれたソフィさんには、ただただ感謝しかない。



「無視なら無視で構わないんだが、一つだけ聞きたい。アンタ、こうなる前に何人殺した?」



 四方から襲いかかる大気の龍達の面攻撃を面指定の【赤嵐四次元防御タイプ:ティフォン】で防ぎながら、率直な疑念をぶつけた。



 俺は、応答変域プロンプトを知らない。

 何故ここに至るまで仕掛けてこなかったのか、そしてどうして今になってやる気を出して来たのか。

 ゲームには存在しなかった精霊使い。

 出自も、経歴も、性別も、オリジンも、アイデンティティも何も分からない謎の存在。


 それ故に確かめる必要があった。

 ……いや、「組織の幹部クラス」という肩書を持っている時点で十中八九、あちら側だろう。

 だけど知らない相手を一方的に決めつけて、討つのは寝覚めが悪い。

 だからもしも応答変域プロンプトが、




『あ? お前馬鹿か?』



 話の分かる奴ならば――――




『過去に炎上して叩き潰した奴の数なんて一々覚えてるわけないだろ。ていうか人権ないやつ殺しても殺人じゃねーし。そんな事も分からないなんてお前絶対■■■だろ』

「あぁ。もういい。俺が馬鹿だった」



 ひたすらに自分を恥じる。

 こいつらは、どこまでいってもこいつらなのだ。

 根底に『自分は絶対的な被害者』というOSがあり、たとえどれだけロジックに矛盾があっても頭の中で自分の都合の良いように書き換えて無理やり会話っぽい鳴き声を絞り出すだけの致命的破綻者エイリアン


 

 ……良かったよ、本当に。念の為にソフィさんにかぶせた眼隠しと耳栓がここに来てちゃんと役割を果たしてくれた。



「オーケー、クソ野郎。お前は、ちゃんと俺の敵だ」



 最早問答は不要だった。

 過剰に痛めつけるつもりはない。そんな事をすればこのクソ野郎どもと同類になるだけだから。

 しかし、けれども、だからといって、



「少々地獄みてもらうが、覚悟しろよ。お前はここでゲームオーバーだ」 



 手心を加えてやるつもりも、毛頭サラサラなかった。




――――――――――――――――――――――─


・来週は4巻が発売するので告知もかねて週三更新頑張りますっ!

・次回は明後日、5月14日(火曜日)更新ですっ! お楽しみに




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る