第二百八十三話 前日9




◆◆◆??? 『外来天敵』清水凶一郎



 可能性の召喚、と聞くとまるで時と因果の女神の管轄領域にある能力のように思われるかもしれないが、残念ながら“複垢”の『宇宙卵エヴェレット』の能力は別の超神の領分である。



 例えばくじ引きを例に出してみよう。


 箱の中には沢山の白球が入っていて、その内の一本だけが赤色の当たり玉。無料で一回回せるそのクジは、なんと当たれば現金百万円という触れ込みだ。


 これを何とかして当ててやるぜと試みた時の違いが、そのまま各々の属性の特徴となる。



 例えば『概念まほう』。こいつはルールを書き換えて、「赤玉ではなく白玉が出れば当たりである」と世界に誤認させる。


 例えば『運命』。こいつは「業者の手違いで、偶々全ての球が赤玉に設定されていた」という幸運を引き寄せ得る。


 対して『希望』。まさに“複垢”の『宇宙卵エヴェレット』がこのカテゴリーに属するわけなのだが、こいつは『運命』と同様にクジの中から赤玉を引き当てる。


 しかしながら、その引き寄せ方が明確に違うのだ。

 運命が結果を引き寄せる為に「どんな無茶苦茶な過程でも呼び寄せる」のに対し、希望は限られた可能性の中から当たりを掴み取る。

 つまり、「箱の中に当たりが入っていれば簡単に百万円を手に入れる事ができるが、そもそも業者が当たりを入れていなかった場合、どうすることも出来なくなる」のが『希望』なのさ。一方の『運命』は、「例え業者が当たり玉を入れないようにと画策しても、術者が回すまでの間に必ず当たり玉が出てしまうようなイベント」が発生する。


 シナリオ上で発生するご都合設定プロットアーマーが『運命』の領分ならば、レアドロップアイテムの入手確率や、クリティカルヒット等の乱数設定に関わる部分が『希望』。


 マクロとミクロ。シナリオ面とゲーム面。文学と数学。どちらの属性も『幸運』であることには間違いが、扱う領分が決定的に異なるのだ。



 一方、我等がヒミングレーヴァ・アルビオンが擁する時間属性。こいつは何とビックリそのままだと


 あくまで邪神の能力の基本は上から下への移動であり、それ自体に何かを変質させる要素は実のところかなり薄い。


 件のくじ引きだったら、『過去に戻る』までが時間属性の術式であり、そこから『くじ引きに細工を行う』事や『店主を脅して無理やり当たりくじを出すように要求する』といった当たる為の努力は別途自分でやらなければならないのである(なお、この『くじ引きに細工を行う』行為が因果属性の基本となる考え方なのだが、これについてはまた機会があった時にでも解説する)。



 だから過去も未来も飛べるからといって必ずしも時間属性が最強というわけではないし(同様になんでもできそうな運命属性も術式行使に膨大なリソースを消費するといった欠点や、そもそも扱う事の出来る適格者が極端に少ない――――等といった問題点が多数ある)、逆に概念マホウや希望といった一見すると汎用性が高そうな属性は、同格同士の押し合いにおいて『時間』や『運命』、あるいは『龍』に対して不利がつきやすい傾向にあったりと、まぁ全体で見れば程々に調和が取れてやがるのさ。



 話を『宇宙卵エヴェレット』に戻そう。

 亜神級最上位『宇宙卵エヴェレット』、並行世界の自分の可能性を十数万単位で召喚するこの能力は分類で言えば『空間』と『希望』の二重属性デュアルシンボルにあたる。

 分身系の中でも並行世界を利用するタイプの能力は大抵この二つがセットだ。これに『時間』までつくと過去や未来からも呼び放題の三重属性トリプルシンボルになったりするのだが、『宇宙卵エヴェレット』の場合は『希望』色の強い二重属性。数と応用力、更に射程の長さ、そして何よりも全てが本体であるという自律行動型のお手本のような不尽性を持つ非常にクールな精霊だ。



 それぞれが固有の霊力を持った有効射程半径三十キロ以内に偏在する二十万弱の“複垢”全てを一度に倒さない限り無限に再戦可能な物量兵器マンパワー

 

 全ての“複垢”に自我があり、にもかかわらず一糸乱れぬ統率が可能という群と個の共存生命体ハイブリット

 更にこの手の分身系にありがちな「本体を倒せば分身が消える」といった欠点もなく、最初に呼び出した“複垢”が消えても新たな個体がさしたる諍いもなく指揮役にすげ変わるという驚きのオートマチック性能。



 あぁ、すげぇよ。マジで隙なしだ。

 だがな、“複垢コンプレックス


 

『【望み喰らいし、スリーアンヴォス勝利の果実ラケシス】、対抗アンチ複垢コンプレックス”』



 その臨機応変でありながらも一糸乱れぬ個群一体の統率力こそが、



『【我思う、故に我去り】』



 お前達を破滅へと導く筋道となる。


 ――――それは、無数の眼球だった。

 紅い虹彩。黒い結膜。六畳一間に何とか収まりそうなサイズの巨眼が赤い嵐の周囲を茫洋と漂う。

 その総数は6000と600

 赤い眼の群体が、無尽の軍勢を見つめた次の瞬間、街全体を眩ませるような鮮烈な光が彼女達を貫いた。


 閃光は一瞬、黒いミリタリージャケットに身を包んだ褐色肌の女達は直ちに目標を修正。超音速の弾丸が目玉の怪物達を穿ち、空から降り注ぐ千の術式が瞬く間の内に環境を制圧。


 流石は幹部級。状況判断が速い上に、討伐も一瞬だ。


 目玉の化け物達を一蹴した“複垢コンプレックス”達の相貌に安堵の色はない。

 彼女達は、ひたすらに当惑していた。


 ――――目玉達の視線は、十九万の“複垢コンプレックス”達を唯の一人でさえ壊しちゃいない。

 見る限りにおいて不調を訴える者も存在せず、本当にただ一度、ぴかりと光っただけだった。


 何かをされたと認識しながらも、何も起こらない現状。

 そりゃそうさ。この術式は、直接アンタ達を壊すタイプの天敵ウイルスじゃない。


 

『アンタ達の術式にも当然ながら縛りはある。第一に召喚上限、第二に有効射程、そして第三に』


 未来視で着弾地点を予測し、その座標にピンポイントの【四次元防御フォースフィールド】を置きながら同時に『盾』を具象化。

 領域内の赤粒子は全て俺のイメージ通りに動き、固まり、形を変える。

 そこに先読みの未来視と絶対防御の【四次元防御フォースフィールド】が組み合わされば例え幾万幾億の術式が飛んでこようが問題なく全処理が可能。


 俺は片手間で無尽軍隊の遊び相手を務めながら、決着宣言アドバイスを贈る。



「召喚対象は、必ず“複垢アンタ”じゃなければならないという事だ」


 浅黒い肌。金褐色の瞳。若干の違いこそ見受けられるものの、殆どの複垢が同じような顔つきをしているヒト属の大群。



『契約精霊は『宇宙卵エヴェレット』で固定、弄れる個体差スペックは、才能とスキルボードの範囲内』


“やり直し”ではなく、“振り直し”。セーブ&ロードというよりは別サーバーからの発注。


『宇宙卵』の分身基点は常に“今の自分”にあるのだ。自分のマイナーチェンジバージョンを呼び寄せる能力とでも形容すれば良いのかな。違いはあってもパラメーターの合計値は変わらないといった感じ。


『“振り直し”の範疇で習得できる程度の『多様性』ならば召喚可能だが、スペックオーバーの化け物や全く可能性のない事象の呼び出しは実現不可能。良い意味でも悪い意味でも希望属性の手本みたいな能力だよ。数に重きを置いているところも実に現代的だ』



 これが『時間属性』を取り入れたより広い視点での並行世界操作能力であったのならば、「過去に天啓を得たという“原因”を作って未来に持ちこむ」等といった無茶な芸当も可能だっただろう。


 しかし『宇宙卵エヴェレット』の術式は、『希望』と『空間』の二重属性。


 時間を遡って可能性を吟味しているのではなく、今のスペックから逆算してそれらしい再現体を量産しているいわば「能力値ステータスの振り直し」の延長線上だけにすぎない為、必然そのバリエーションにも限度が生じる。


 つまり、


「“複垢アンタ”は、必ず“複垢アンタ”でなければならない」



 遺伝子。基本スペック。呼び出せる“可能性”は今の能力値に応じた「ステータスの振り直し」と「『宇宙卵』のスキルボード内で覚えられる範囲の術式」でなければならないという自己同一性の最低保証。



『【我思う、故に我去り】は、ここに新たな意伝詞ミームを刻みつける』



 【我思う、故に我去り】、対“複垢コンプレックス”用に構築された天敵術式の効能を一言にまとめるならば「ウイルスの散布」である。



 目玉の化け物達の瞳から放たれたあの赤い光は、さながら情報に作用する放射光が如く“複垢コンプレックス”の自己定義パーソナルデータに新たな一節を書き加えた。



 彼女という個人を形成する為に必要な様々な要素。人種、性別、能力、契約精霊。


 これら一つ一つの“彼女らしさ”に紛れこんだ新たなる異物。それは、



『状態の同期だ』


 一人が指に傷を負えば、その他の全員も同じ場所に傷を負わなければ。そういう法則ルールが組み込まれたウイルスをあの目玉達はバラ撒いた。


「まさ……か」


 ダメージの同期。状態異常の同期。デバフの同期。スタックの同期。


『俺の射程は関係ない。アンタ達はネットワークで繋がっているから、そいつを介してこの意伝詞ミームを全員にバラ撒いた』



 バラ撒いた。既に過去形だ。今の彼女達は全てのダメージを共有する運命共同体である。ある意味、真の意味での分身になったとも言えるだろう。



『【四次元防御】』


 ビルの屋上で銃を構える彼女を赤風が撫でる。

 時が停まった。一人の個体の停止が全ての“複垢”に蔓延し、誰もが動く事を忘れたのだ。


 時間の停止。

 状態の同期。

 後は今までやったように、天敵粒子で彼女を侵せば万事が解決だ。



 【四次元防御】を解除し、時が再び動き出す。


 彼女達の絶叫はそりゃあ酷いもんだった。


 血涙を流し、口から泡を吹きながらのたうち回る様は敵とはいえ多少なりとも憐憫を誘う。


 とはいえ、だから何だという話だ。

 女だから、子供だから、老人だからという理由で手を緩めればこいつらはこれ見よがしにそこを利用してくる。


 “武闘派”相手に手心は加えられない。

 こいつらの恐ろしさは、その強さではなく「自分達は善人であり弱者である」と是認するその呆れんばかりの被害者根性にこそあるのだから。



「っ、“愛金交換パパカツ”っ! 今すぐ全“金人形オジ”を顕現させろぉっ!」

『“愛金交換パパカツ”……あぁ』



 藁にもすがる思いで仲間に救援を求める彼女に対して、俺なんかが出来ることといえば、その仲間に会わせてやることだけだった。



『この三百キロはありそうなデカイ肥満体の八十代ばあさんをパパ活女子って言うのであれば』



 嵐の中に取り込んだその化け物を取り出して、巨大な赤腕に乗せて“複垢コンプレックス”の前に提示する。



『愛金交換は、とっくに討伐済みだ』



 “愛金交換パパカツ”、自分より年下の四五十代あいてをオジと蔑み全てを搾取する恐怖の老婆。

 相棒の『サキュバスクイーン』の能力による《幻惑》と眷族化したインキュバス“金人形オジ”達のコンビネーションアタックは確かに厄介な代物だった。……が、しかし、所詮は補助妨害役バックアップ。幻惑と支配に特化した変態年下オヂコレクターババアなんざ今のおれの敵じゃないって話よ。

 まぁ、ワンパンだったね。「どんな美女に化けようが俺の股間は勃たねぇんだよ」と派手な啖呵を切りながら、粒子パンチでイカせてやったぜ、涅槃の彼方ニルヴァーナ



『……っ』

『他のお仲間も中で眠ってるよ。これでアンタを加えて四人目さ』



 “不認知ライブ”、“無敵の人ドゥーマー”、“愛金交換パパカツ”、“複垢コンプレックス


 俺を襲った亜神級最上位保持者の内、八割がこれで脱落。

 残る障害はこの街の支配者であり、ゲーム時代にはいなかった幹部級“応答変域プロンプト”を残すのみと相成った。



『じゃあな、“複垢コンプレックス”。『降東』攻略前に良い経験が出来たよ』



 一陣の風が褐色肌のエージェントを浚い、嵐の中へと仕舞いこむ。


 そしてふと考えた。

 妙だ。

 何故“応答変域プロンプト”は、





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・大変ありがたい事に、本作品のコミカライズを担当して下さっている横山コウヂ先生が5月17日発売の4巻の告知イラストを書いて下さいましたっ!

 二百八十話に登場したパンツ丸出しで不機嫌そうにブレイクダンスを踊る謎キャット顔の遥さんは、作者X(旧ツイッター)及び横山コウヂ先生のXから見る事ができます!



 ・『宇宙卵』────RPG風に言うと「ステータスとスキルボードの振り直しで戦士タイプや魔法使いタイプの自分を量産する」能力。『宇宙卵』自体が色んな属性の技を覚えるので、術式のバリエーションは割りと豊富。


分身の仕組みは、


①自分のスペックを数値化して


②そのスペック内での「ステータス」や「スキルボード」のパラメーターを弄り


③戦士タイプ特化型や魔法使いタイプといった「自分の可能性」をエディットして


④それに応じた分身を並行世界という「場所」から持ってくる。


要するに「今の自分のマイナーチェンジバージョンをください」って別サーバーに発注をかけて、それをこちら側の世界に送ってもらう能力です。


やり直しではなく振り直し。今の自分が基点にあるので、装備品は資産状況次第。振り直せる能力値配分にも限りがある。歴史改変ではなく現実改変系統の亜種。


セーブ&ロードではなく、別サーバーから同レベルのキャラクターを持ってくるとご認識頂けましたら幸いです。





 次回の更新は5月9日(木曜日)を予定しております! お楽しみにっ!


(ФωФ)「にゃんごろべんちゃっ!」










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