第二百八十二話 前日8






◆◆◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』十二階:シアタールーム:『嫉妬之女帝レヴィアタン』蒼乃遥




 ヒミングレーヴァ・アルビオンは、清水凶一郎の契約精霊である。

 (少女にとっては業腹甚だしい事に)彼女と彼は一蓮托生の相棒バディであり、彼が消えれば彼女も消える。

 


「(問題ないって言いたいのね、アルちゃんは)」


 そう。だから本当に彼が命の危機に晒されているとするのなら、とうに彼女が動いている筈なのだ。


 暢気に屋台でご飯を食べている場合じゃないのである。


 彼女が暢気に飯テロ画像を上げている事そのものが、清水凶一郎の一先ずの安全を保証している。それは本来大変喜ばしい事の筈であり、実際遥も件の画像がメッセージアプリに届いた時には少なくない安堵の念を抱いた事は間違いない。……間違いないのだが、



「(アルちゃん、ちょくちょくポカやらかすからなぁ)」


 例えば『天城』で彼と戦った時の【四次元防御】、天啓<外来天敵テュポーン>の獲得により自身の術式有効範囲を半径五百メートル以内の全赤粒子にまで拡張する事に成功した彼は、遥に躊躇なく【四次元防御】を使ったらしい。


 味方に使えば絶対の防御、敵に向ければ抗えない拘束の理。

 そう思って彼が気軽に少女に使った【四次元防御】には、実は看過できない甚大な副作用がある事を、時の女神はあの旅行の後にしれっと告げたのだ。



『アレ、考えなしに味方に使うと副作用で逆に戦線が崩壊しかねないので止めた方がいいですよ、マスター』


 遥は激怒した。そういう事は先に言え、と思った。邪なる女神は『貴女は大丈夫なんですし、何の問題もないじゃないですか遥』等と供述していたがそういう問題ではない。あの時もしも自分が大丈夫じゃなかったら一体どうしてたのって話なのだ。


 

 いや、まだこれはいい。過程はどうあれ結果的には大きな問題が起こる前にリスクが発覚したのだから、オーライだ。


 しかしもう一つのやらかし。


 あの模擬戦たたかいで少女が発見した清水凶一郎の本当の才能を今の今まで見逃していた事については、尋常ならざる失態であると結論付ける他にないだろう。



 清水凶一郎には、一つ天賦とも呼べる才能があった。

 それは他世界ゲーム由来の知識でもなく、それを十全以上に活用する賢さでもなく、人望やカリスマ、規格外の精霊を使役する精霊使いとしての格の高さ、あるいは鋼のような意志力――――ではなく、



「(まぁ、ソフィちゃんもついてるっぽいし大丈夫だとは思うけどさぁ)」



 言うなれば、それは「ボスキャラとしての清水凶一郎」の特異性とも言うべき稀有なる異常性タレント

 正史における唯一の戦いで彼が魅せた隠された輝き。


 ――――だが、ヒミングレーヴァ・アルビオンはそれを見逃した。

 確かに見つけづらい才能だったとは思う。

 特に彼の場合、抱えている欠点のせいで当の本人さえその可能性に至らなかった程なのだ。

 いわんや他人のアルビオンが彼の素質を見抜けずとも致し方のない話ではあるし、遥だってあの模擬戦で彼と刃を交えるまで、不思議にすら思わなかったのだから。



 なので遥も率先してあの食いしん坊女神に噛みつくような真似はしない。しないがしかし、同時に自分達が今までものすごくもったいない事をしていたのではないかしら、と残念な気持ちに駆られてしまう事もしばしばで、つまり、



「(あぁ、いいさ。信じるからねアルちゃんっ!)」



 蒼乃遥にとって、ヒミングレーヴァ・アルビオンという存在はイマイチ信用ならない人物なのだ。

 しかしそれでも、彼女が早急な暴威殲滅に乗り出さなかったのは、偏に彼を、清水凶一郎の強さを信頼していたからに他ならない。


 故に彼女は今の自分に出来る事をしようと考えた。



「ねぇ、会津君」


 桜髪の少女が離れたシアタールームに二人きり。


 確証はないが、目の前の美青年は彼を浚った一派の関係者である可能性が高い。


「ちょっといい?」


 少女は笑った。とびっきりの微笑だった。




◆◆◆??? “複垢コンプレックス



 並大抵の仕事ではないという事は、集められた面子を見ればすぐに分かった。


 “不認知ライブ”、“無敵の人ドゥーマー”、“愛金交換パパカツ”、“応答変域プロンプト”、そして“複垢じぶん”。


 十三道徳コンプライアンス内の派閥を越えて集められた即席チームのメンバーは、いずれも亜神級最上位スプレマシー保有者ホルダーであり、序列も一律に幹部等級。


 どう考えても、普通ではない。

 ましてやその仕事の内容が「一地方の冒険者風情に過ぎない男の拉致」ともなれば猶更だった。


 無論、どのような職務であれ、“複垢じぶん”達が手を抜く事はない。普段は各々の正義に準じて、各々が悪と定めた愚者俗物ごみむしの駆逐に全霊を費やす彼らではあるが、それでも十三道徳上からの要請は易々と弾けるものではない。



 “応答変域プロンプト”と“不認知ライブ”を起点とした「不可避の誘拐劇スピリットアウェイ」を基点とし、灰の街に招き入れた対象を“無敵の人ドゥーマー”の“個”と“複垢じぶん”の“群”をもって制圧。最後に“愛金交換パパカツ”の能力で対象をモノ言わぬ『金人形おじ』に変えれば完全終了コンプリート――――穴はない筈だった。念の為にと、先んじて潜り込んでいた穏健派の密偵スパイの助力さえ借り、“複垢じぶん”達は計画通り、彼を嵌めた、その筈だったのに。




「(なんだ、コレは)」


 戦慄する。眼前に迫る赤い嵐に。


「(“複垢じぶん”達は、何を相手取っている?)」



 目算直径五百メートル、山一つを覆さんばかりに広がる球状のソレが、



「(アレは本当に、生物なのか?)」



 という有り得べからざる理不尽。



 嵐が、赤い嵐が世界に吹き荒れる。

 それは唯の気象災害ではなかった。

 意志を持ち、触れた建物を情け容赦なく切り刻む悪意ぶきを持った災害。



 逃れる間もなく巻き込まれたのべ数千名の“複垢じぶん”達は、その正体に言葉を失った。


 刃だ。刃が在った。

 赤色の剣が、紅色の槍が、茜色の斧が、思色の太刀があった。

 大きさは、それぞれ。数センチ単位の小刀から、数十メートルサイズの対艦刀まで。無数の武具が散乱し、更には蛇や、龍顎が幾万にも混じり合った紅蓮の地獄。


 その中心に彼の王は立っていた。


 両腕に抱えるは、無垢なる聖女。

 堅く目を閉じ、何かを謳い続ける彼女の身体から発せられる光は、淡い翡翠色。

 “複垢”は、直ぐに気づく。

 あの女こそがこの怪物の心臓エンジンであるという事を。



 “不認知ライブ”を壊し、あの“無敵の人ドゥーマー”をも退けておきながら、更にこの規模の無法。


 幾らこの男が破壊神じんがいであるからといって、あまりにも度が過ぎている。



「(ソーフィア・ヴィーケンリード。調書にあった所在不明の“癒し手”、こいつがあの怪物に供給を……)」



 であれば、と外にいた幾万の“複垢”達が一斉に翡翠の少女を穿とうとした次の瞬間、



時間切れだターンオーバー



 無数の彼女達は、嵐の悪意に断たれて消えた。

 灰となり、塵となり、最後には光の粒となって霧散していく“複垢じぶん”の可能性達。

 遠方から撃ちこむ万の霊子集束砲撃は、尽く敵の『盾』によって迎撃され――ドーム型の防護は、最初の一、二回だけだった。敵は全方位からの超長距離砲撃の発着位置を的確に予想し、その「面」だけにあの桁違いの防護術式を張ることで、防ぎながら進み続けている――僅かな足止めさえままならなず。


 もって一、二秒。それが数万の“複垢じぶん”を犠牲にして停められる最大限の成果だ。

 だがこれは、十二分な成果と言っても過言ではない。

 そもそも、音の十倍以上の速度で宙を翔ける嵐に何かを当てる事が不可能に近いのだ。

 幾らその可能性に特化させた者を呼び出しているとは言え、この怪物相手に多少なりとも戦いを成立させている“複垢じぶん”の可能性を、“複垢コンプレックス”は、心から褒め讃えたいと強く思う。


 ――――何せ、



「(勝てるぞ、コレは)」



 深く吹き荒れる嵐の中で、彼女は勝機を見出したのだから。



 十三道徳コンプライアンスが『忍辱パワハラ』派閥、幹部“複垢コンプレックス”、保有する亜神級最上位精霊『宇宙卵エヴェレット』の効能は“可能性の降臨”である。


 彼女は、「現在の自分」を基点とした己の“可能性”を自在に召喚し、コレを自在に操る事ができるのだ。

 その最大召喚可能数は、19万5719体、有効術式範囲は半径30キロメートル。呼び出す可能性につけるオプションのバリエーションはイメージの数だけ存在し、事実上、彼女一人で十数万の軍事力を担う事すら可能である。


 召喚数、術式範囲、そして汎用性。三種の要素が超高次元で纏まったその力はまさに亜神級最上位精霊と呼ぶに足るべき能力値ステータスであるが、彼女の真価はその不尽性にある。



 “複垢コンプレックス”に本体と呼べる概念はない。全ての可能性が彼女であり、全ての彼女に固有の霊力が存在する。


 故に19万5719体の彼女は、その限りにおいて無尽蔵に新たな可能性じぶんを呼びだす事が出来るのだ。


 

 超音速の赤嵐。確かに脅威だ。

 “無敵の人ドゥーマー”をも打ち倒す実力、全くもって敵わない。



 だが、この男は半径30キロメートル以内に偏在する全ての可能性を一撃で屠るだけの広域殲滅術式は持ち合わせていない。


 だから幾ら桁外れの無法を振るおうとも、いずれは女諸共霊力が尽き果て、“複垢コンプレックス”の法則に呑まれる定めにある。



 だからこのまま、



『もしかして、持久戦に持ち込めば勝てるとかそんな風に思ってない?』



 声は、嵐の中から聞こえた。

 空気を伝う声ではなく、霊力を介した思念の言葉。



『いや、実際正しいとは思うぜ? アンタをどうにか出来る奴なんてそうはいないだろうし、おれがどれだけ急いだところで四方の先端にアンタ達を召喚され続けたら間にあわないだろう。……だがな』



 嵐が輝いた。赤く、紅く、真紅あかく。

 音を越えて空を染める直径五百メートルの殺戮殲嵐ストームが、我が意を得たりと新たな法則をここに創成する。



『アンタ、多過ぎたんだよ。お陰で解析がいつも以上に早く済んだ』



 それは、テュポーンが司る三柱の天敵の法則が内の一つ。

 赤い粒子による解析と術者がその相手の特性を正しく理解する事で発動権利が解放され、<外来天敵>が状況に適した特性を獲得し、処刑場を作り上げる赤き嵐の第弐法則。



『【望み喰らいし、スリーアンヴォス勝利の果実ラケシス】、対抗アンチ複垢コンプレックス”』



 世界の法則が歪む。19万5719体の“複垢コンプレックス”、その全てを一網打尽に滅ぼすべく



『【我思う、故に我去り intrusive thought】』



 破壊神の天敵術式が、産声を上げた。





――――――――――――――――――――───


Q:邪神って他の時間軸の自分を通して凶一郎らを見てきた(聞いた?)はずなのに

凶一郎の才能を見逃すなんてことあるんですかね?

A:大変素晴らしい質問をありがとうございます。お答えさせて頂きます。

邪神の交信できる未来(というより分岐した世界線)は現状非常に限定的であり、ポイントオブリターン世界線のものに限定したものでした。また、一度使ったらかなり間を置かなければ使えない機能なのであれ以降使用してはおりません。だってそうじゃなきゃあんなにギャルゲーが下手なわけないでしょ(血涙)


Q:ゴリラの才能ってなんですか? 

H:ヒント、TTCの遥さん戦、及び『ダンマギ』の凶一郎戦チュートリアル


Q:そんなん良いんで答え教えてください。

A:チュートリアルが始まる前に第四巻は、今月17日に発売だよ! 本編換算約20話分の書き下ろしでウェブ版にはなかった水着イベント及びvs黒騎士戦を完全新規収録! 初期ゴリラが旦那に挑むというどう考えてもな無理ゲーをみんなで一緒に体感しよう!


次回の更新は、5月5日、ゴリラゴリラの日です! お楽しみにっ!






 





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