第二百八十一話 前日7





◆◆◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』十二階:シアタールーム:『極光英傑戦姫』空樹花音




 私達のリーダーが消えた。その余りにも天外な事態に対して私はうろたえる事しかできなかった。

 とても責任感の強いあの人が、探索を前日に控えた今日この日に忽然と行方を眩ませるなんて絶対にあり得ない事だ。


 何かが起こったのだ。私達と楽しくお喋りをしていたその裏で、誰かが凶一郎さんとソフィさんをさらったのだ。



「どうしよう」


 目の前が真っ暗になる。凶一郎さんがいなくなった。連絡はつかない。会津さんの《視覚共有》も、スマホのGPSも全然反応を示さなくって、私達は彼等がどこにいるのか全く分からない状態なのだ。



「(あぁ、やめろ。変な事を考えるな。)」


 私の気持ちとは裏腹に、頭の中は嫌な想像で埋め尽くされていく。


 凶一郎さんは無事だろうか。ソフィさんは大丈夫だろうか。

 もしかしたら彼等は既に、



「落ち着いて、花音ちゃん」



 凛とした声の後に、一閃の手刀チョップが私の脳天に突き刺さった。

 鈍い痛みを感じながら振り返ると、はー様が立っている。

 表情は険しく、だけど決して取り乱してはいない。



「はー様、凶一郎さん達がっ!」

「うん。分かってる。間違いなく緊急事態だ」


 忙しなくスマホをいじりながら、私に「落ち着くように」と促す遥さん。



「今凶さんの緊急連絡先に連絡かけてるから、もう少しだけ待ってて。動きだすのはそれからでも遅くないから」



 敵わないな、と思った。間違いなくこの人が一番心配している筈なのに、そういう感情を押し殺して事態の収拾に努めようとしてくれている。


「蒼乃さん、僕等は何を?」

「会津君は引き続き凶さんとソフィさんに連絡を取り続けて。花音ちゃんは一旦こっち」

「はいっ」


 そうしてはー様が私に何かを耳打ちしようとしたその時だった。



「げ」

「? なんです、コレ?」

 


 それは一通の写真だった。

 差出人はアルビオンさん。メッセージアプリを通して送られたその写真画像には、中学生くらいの子供たちに混じって屋台でタコ焼きを頬張る彼女の姿が映し出されていた。


 遥さんが不機嫌そうに唸る。



「花音ちゃん。あたしの部屋からお菓子取って来て」

「えっ? あの、凶一郎さん達が」

「……大袈裟に騒いで向こうのチームに迷惑かけるのもアレでしょ。明日探索なんだよ」


 「それどころじゃないと思うのですが」という私の精いっぱいの反論は、有無を言わさぬ青筋の立った微笑にっこりスマイルの前にあえなく沈黙。

 かくして私は急遽はー様にパシられる運びと相成ったわけなのだが、


「ごめん。花音ちゃん。だけどあたし今、ここを離れるわけにはいかないからさ」


 そう詫びを入れる彼女の視線の先には、任せられた仕事を淡々とこなす会津さんの姿があった。





◆◆◆??? 『外来天敵』清水凶一郎




『一個頼みたい事があるんだけど、いいかな』

『わたくしに出来ることであれば、どんな事でも』

 

 聖女からの頼もしいレスポンスに痛み入りながら、この状況を切り抜ける為のオペレーションを彼女に伝える。


 音だと敵にバレる可能性があるから、コミュニケーション手段は《思考通信》を使用。未来視と赤粒子の二段構えで迎撃態勢を取りながら、俺達は灰色の街を進んだ。


 赤く、赤く、灰の街を真紅の粒子で染め上げていく。


 

 “無敵の人ドゥーマー”、“複垢コンプレックス”、“愛金交換パパカツ”、“応答変域プロンプト”。


 この街に潜む四人の敵対者達。

 保有する等級はいずれも亜神級最上位。

 精霊の等級が必ずしも強さに直結するわけではないが――そんなん言ったら、俺はどうなるんだって話だ――少なくとも奴等は皆、それぞれの『法則』をもっていて、そいつを自在に扱うだけの修羅場けいけんも積んでいる筈なのだ。



「(ソフィさんがいてくれて助かったな)」

 

 

 ダメージの回復。状態異常の治療。最高位の《祝福》に弱体デバフの無効化や霊力の供給。

 聖女が側にいる限り、俺は常に万全以上の状態で戦う事が出来る。

 これは、彼女を抱えて戦わなければならないという縛りを加味した上でなお釣りが来るレベルのメリットだ。


 彼女さえ守り抜けば、俺は戦闘行為におけるあらゆる問題から解放される。

 不幸中の幸いとはまさに。

 ソフィさんがここにいてくれる事こそが、おれにとっての何よりの光だった。


「《祝福よ、彼の王に三又の聖槍を授けたまえ》、――――凶一郎様、術式を」

「あぁ」


 俺は内側から溢れだす力の輝きを言葉に込めて解き放つ。



「《時間加速》、四百五十倍化3×120



 効果の違いは歴然だった。聖女の《祝福》により一時的に強化バフの最大出力が三倍にまで引きあがった《時間加速》の限界超越オーバードライブ


 より速く、より多くの粒子放出が可能となった我が肉体を限界まで酷使しながら、次の戦いへと備える。



「(人員構成から考えれば次に仕掛けて来るのはきっと――――)」



 轟音が灰色の街に鳴り響いたのは、その直後の事だった。


 爆ぜる。爆ぜる。大地が、大気が、街を彩るあらゆる建物が次々と爆ぜて壊れてチリに消える。


 未来視が映す一秒後の世界で、俺はそいつに顔面を殴打され吹き飛んでいた。

 

 隆々とした大男だ。優に三メートルはあるその体躯は、はち切れんばかりの筋肉に包まれていて何もかもが規格外イレギュラー

 長い黄金色の髪を後ろで一本に纏め上げたその男のコードネームは、“無敵の人ドゥーマー”。


 “不認知”が口にした四人の亜神級最上位スプレマシーの一角にして、恐らく俺と最も相性の悪い相手。


 数十キロ先の地点から、たった一秒で俺の元まで辿り着く速度。

 ただ走るだけでそこに巨大なクレーターが出来上がる程の力。

 奴は一度として曲がらない。立ちはだかる障害はたとえ木だろうが建物だろうが山だろうが問答無用でブチ壊し、偏執的なまでに自分の道を突き進む。


 そして何よりも厄介なのが――――


「(こいつに〈外来天敵〉は通用しない)」


 亜神級最上位『ラーヴァナ』、その恐るべき術式の名は【三業前世金甌無欠ヒラニヤカシプ

 敵から受けたあらゆる攻撃を自動オートで解析し、その完全耐性と負傷の治癒を行う“無血適応”、そしてその耐性を“耐性記憶”



 ゲームで例えるなら「詠唱顕現マギアリリースを伴わない亜神級最上位レベルの攻撃であればデバフや状態異常耐性を含め完全に無効化し、なんとかダメージを与えられる攻撃を撃てたとしても一発で倒せなければ即時回復&その攻撃に対する耐性を獲得する」というインチキ効果もいい加減にしろと言いたくなるような能力が常在発動パッシブで持っているといった感じなのだ。



 ウチで例えるなら遥の『レヴィアタン』と花音さんの『パラス・アテナ』を足して二で割ったような能力で、遥のように単純に強いタイプの純粋強者。



「(速さだけなら俺の“最大”より十倍は速ぇな。〈骸龍器〉出して復活狙う? いや、この刹那じかんじゃ【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】の発動条件は満たしづらい)」



 〈骸龍器〉の強化復活スキル【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】の発動条件は「変身状態下での一定時間経過」か「損傷状態下での致死ダメージ被弾」の二つ。


 どちらも普通に〈骸龍器〉を使っている分には気にならない縛りなのだが、今目の前に迫っている驚異のように、俺より速くて俺より強い力の持ち主に一撃で倒されたら太刀打ちができない欠点がある。



 “無敵の人ドゥーマー”に〈外来天敵〉は、通じない。

 “無敵の人ドゥーマー”のステータスは完全に俺を上回っている。

 “無敵の人ドゥーマー”は、あらゆる攻撃を解析し、その攻撃に対する耐性獲得と修復を即座に行う。



「(――――ここだな)」



 音速の数百倍はあろう速度の怪物が、後コンマ三秒も経たない内に俺の顔面を吹き飛ばす。


 地響き。倒壊する街。灰色の外から、赤側の体内へ。瞬きすれば全てが終わるそんな須臾しゅゆの狭間に全霊の意識を向けて――――



「【四次元防御】」



 爆発が、起こる。

 約五十メートル先には、右腕を大きく振りかぶった顎鬚の大男。

 彼の後ろにはオフィスビルの残骸が幾重にも連なっていて、さながら怪獣映画のクライマックスのよう。


 間一髪、“無敵の人ドゥーマー” の時間停止に成功した俺は、そのまま奴の背後を取るべく足を動かして――――




“二秒後、全方位より五万六千発の高密度霊子集束砲撃が開始されます”



 未来視が告げる新たな破滅の未来。


「“複垢コンプレックス”か」



 対応が早い。悪の組織の幹部連中の癖にパーティープレイで連携かまして来るとは、何ともあっぱれな奴等である。



「結合、形成、創造」


 領域内を充満する一粒一粒の粒子達にイメージを植え付け、半径三百メートルの密閉空間ドームを生成、そこに二発目の【四次元防御】を起動する。



 視界が赤い闇に包まれた。これでは何も見えやしないので、輝くようにと粒子おれに命じる。

 外殻を【四次元防御】で覆ったこのドーム内にはいかなる攻撃も届かない。まさに完全無欠の絶対領域。

 ざまぁねぇな、“複垢コンプレックス”。お前がどれだけ並行世界の可能性じぶんをお呼び立てしようとも、ここには傷一つつけられんよお疲れ様。



「(さて)」



 改めて、目の前の大男に集中を向ける。



 “無敵の人ドゥーマー”。あらゆる攻撃を解析し、その攻撃に対する耐性獲得と修復を即座に行うイカレチートコード野郎。



「(理論上は可能な筈だし、“不認知ライブ”にはしっかり効いてたから大丈夫な筈なんだけど)」



 念の為距離を取り、赤粒子で見てくれだけの複製凶一郎を奴の周りに生成したその上で、



「(なんか似たタイプはピンピンしてたからなぁ)」



 俺は、髭面の大男にかけた【四次元防御】を取り除けた。



「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」




 世界が割れんばかりの絶叫。口から大量の血液を吐血し、赤子のように泣きじゃくりながら地べたを這いずり回る“無敵の人ドゥーマー”。



「あぁ」



 安心した。

 なんだ。ちゃんと効くんじゃないか。そうなるとどうして遥が平気だったのかが、全く謎だけれど、まぁ大抵の事は「だって遥さんだから」で解決できるしな。



「要するに怪物は怪物でも」


 のたうち回る“無敵の人ドゥーマー”に、再び【四次元防御】をかけ、これを解除。


 かけて、解いて、またかけて。一体この繰り返しループに何の意味があるのかって?


「ウチの猫ちゃんの方が本物ヤバいらしい」


 ちゃんと意味があるんだな、これが。


 【四次元防御】。対象の時間を停止し、あらゆる三次元的干渉を退ける絶対防御スキル。

 その効能は言うまでもなく超神的だが、使用中術者は四次元酔いとも言えるような不快感と、解除時に目まいや悪心といった無視できない肉体的不調バッドステータスを負う。


 死にたくなるような金的修行と、数多の死線をくぐり抜けたお陰で今は殆ど感じる事のなくなったこのデメリット、こいつをもしも、



「お前の術式は、敵の術式を学習し、それに対する耐性獲得と修繕にリソースを吐くんだろ?」

「NO! NO! NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

「だったら回答は一つだ。お前が絶対解析できないような出力の術式を何度も繰り返し、そして俺の攻撃ではなく、お前自身の免疫異常発症アレルギー反応によってお前を壊す」



 四次元アレルギーとでも言うべきか。人間の身体は四次元世界の理に耐えられるようには出来ていない。

 それはアルの契約者であり、時間と因果の属性に超常的な耐性を持つ俺でさえそうだったのだ。


 いわんや只人がヒミングレーヴァ・アルビオンの理を受ければその拒絶反応は膝を屈する程に耐えがたく、加えて眼前の敵に関して言うなれば、


「とはいえ、お前さん程の猛者ならこれくらいじゃ死なんだろう。だから“無敵の人ドゥーマー”、お前には」



 奴の契約精霊『ラーヴァナ』の【三業前世金甌無欠ヒラニヤカシプ】は、オートスキルだ。


 受けた術式を自動解析し、その耐性を永続的に得る。

 つまり、


「ぶっ倒れるまで、お勉強してもらう」


 俺がこいつに【四次元防御】をかける度に『ラーヴァナ』に「超神の術式解析」というどう足掻いたって無理なタスクが積み重なっていくのだ。



「(さぁ、どうする“無敵の人ドゥーマー”さんよ。死ぬまでオートスキルで耐性学習おべんきょうを頑張るか? それとも加護が切れるまで契約精霊ラーヴァナを酷使させて天敵粒子に侵されるか。さぁ、好きな方を選べ。俺はどっちだって構わない)」




◆◆◆



 千瞬点滅。


 終わりなき【四次元防御】の輪廻ループの果てに、『ラーヴァナ』の霊力は根絶し、【三業前世金甌無欠ヒラニヤカシプ】の加護はその機能を完全に停止した。


 常在発動型の能力もまた、精霊の加護には変わりはない。その人外性を精霊由来の能力に依存していた“無敵の人ドゥーマー”の不落神話は、かくして十二の支配者の御業の前に為す術もなく打ち倒された。



 ――――彼の弱さは、術式が己の範囲に留まっているが故の弱さだった。

 ――――しかしその楔は、最早ない。

 ――――今の彼は、赤粒子に触れた全ての対象に時の女神の法を振り撒く超神の使役者アルテマ・ユーザー


 その術式の前では、



「次、行こうか」



 真神カミでさえ、頭を垂れる他にない。






―――――――――――――――――――――――



・次回更新は、木曜日ですっ! おたのしみにっ!








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