第二百七十九話 前日5
◆皇都・龍心:
『ネギがいっぱい乗ってるラーメンを食べました。味がこってりしてて大層美味でございます』
メッセージアプリを開いてみると、ラーメンをすする邪神がピースサインをしていた。周りには一心不乱にどんぶりをかきこむスーツ姿のおじさん達の姿が。
どうやら邪神は邪神でこの時間を
「ごめんソフィさん。それでどこまで話したっけ」
「凶一郎様が一番泣いたぎゃるげーについてでございます」
「おぉ、そうだそうだ。いやー、これが中々難しいんだよなぁ」
あのカフェレストランでの一件ですっかり意気投合した俺達は、そのまま都度場所を帰えながら約三時間、それはそれは濃密なギャルゲー談議に花を咲かせたのだ。
……いや、ごめん。流石に談義は都合よく捉え過ぎだな。
俺主演、観客ソフィさんのギャルゲーリサイタル。もう本当にソフィさんは聴くのが上手い!
こっちのして欲しいリアクション、玄人でも唸ってしまうような鋭い質問。もうずっと話してたいし、今度一緒にギャルゲーする約束までしちゃったもん。このまんまいけば俺達親友になれるんじゃないかな、ガハッ!
「オタクを名乗るなら一度は泣きゲーくらいやれって風潮すら一時期あったくらいだし、このジャンルは難しいんだ。そもそも、何をもって泣くかなんて最終的には個人の感性やこれまでの文化体験に依る部分が大きいしなぁ」
午前十八時。龍心の観光名所の一つとして知られる涙龍橋には、沢山の人間が溢れかえっていた。
藍色に染まった空に吐きだした息の白い事。ライトアップされた橋の隅を離れないようにと手を繋ぎながら――無論、遥の許可は現地でとった――俺達は趣味の話を続けていく。
「だけど、いや、そうだなぁ。これはもう完全に個人的な意見で、しかも明日になったら他のタイトル挙げてるかもって位の僅差なんだけど、それでも聴いてくれる?」
「えぇ、もちろん」
ソフィさんが慈愛の微笑を浮かべながら言った。
「他の誰かではなく、凶一郎様の想いが聴きたいのです」
「そっか」
ならば是非も無しだ。
客観性などない。あるのは純粋な個人の主観100%の俺ベスト。
その“最も泣けるゲーム”とは――――
「そのゲームは単独作ではなく、シリーズものでね」
「タイトルは?」
「それはちょっと事情があって言えない。ギャルゲー界の掟の一つでね、
「そんなすごいゲームが……っ!」
「あぁ、すご過ぎてネットで検索しても情報が拾えないくらい伝説だぜっ!」
我ながらとんでもない法螺吹き者である。しかし、この作品の名前を出すわけにはいかんのだ。すごいデリケートな話だし、何よりも……
「ある国の王様が国民の手によって倒されてね、それでこの国はこれからどうなるんだろうってところから話が始まるんだ」
――――決してシリーズの全てが肯定されているわけではない。特に三作目の残した爪跡は大きくて、潰れなかったのが奇跡とさえ揶揄される時期もあった。
「それまで王様の力を頼りに国力を保っていたその国は、たちまち他国から狙われるようになり、もう毎日がてんやわんや、どこもかしこもが大騒ぎさ」
こう聞くと、王を討った国民達はなんて愚かなんだろうと思われるかもしれないが、その王様がやろうとしていた事が「色々条件揃ったし、国民みんなステータス無限のドラゴンに変えて他の国にカチコミかけちゃお☆ えっ、そんなことしたら大半の国民は耐えられない? ドンマイドンマイっ!」みたいな感じだったので、大人しく死ぬか、激動の未来を生き抜くかの二択しかなかったのだ。
「最初にやって来たのは悪魔の大群だった」
シリーズ四作目。零の地平より愛を込めて。
蒼い空。侵略を試みる悪魔と魔術師の軍勢。
龍達の消えたこの国で人と亜人が手を取り合い、新たな希望を見出すまでの長い闘争と継承をめぐる物語。
「次に牙を剥いたのはその国の過去そのものだった」
シリーズ五作目。The Scarlet Empire
顕れる真紅の帝国。吸血妃の真世界が皇国の光を奪い、明けない夜が訪れる。
怪物達がダンジョンの外を跋扈し、歴史の影に追いやられた不死者達の復讐劇が幕を明ける。
レジスタンス。異能者。龍達によって葬られた歴史の真実。
裏切り、寝返り、秩序の崩壊。状況は最悪で、味方陣営すらも一枚岩ではない。
暗躍する黒幕。幾度となく裏返る真実。慟哭。血脈。抗えぬ“血”の
――――だが、しかし
――――それでも、彼等は諦めなかった。
「そうして地獄も、過去も乗り越えたその国に、最後に天使達が舞い降りた」
シリーズ六作目。無限光の果て。
誰もが傷つき、疲れたこの国に教導国が手を差し伸べる。
復興の兆しをみせる世界。六作目の序盤は、過去二作とは比較にならない程牧歌的で穏やかな、良い意味でらしくない世界観だった。
だけど天使達の目指す世界は、無自覚な善意に舗装された
偽りの安寧。幻想の楽園。その平和が
「六作目の秀逸だった点は、
六作目の仲間(特に四、五作目のキャラの大半)は、サブクエストをクリアする事ができる。
勿論、真エンドを見る為には「最終的には全員集めなければならない」なんて条件もついていにはいるのだが、攻略可能ヒロインのルートを順当にクリアしていき、表向きのラスボスを倒し終えたレベルのプレイヤーであれば、大体のサブクエストは簡単にこなせるようになっている筈だし、シナリオ部分は最悪スキップボタンで飛ばすことだって可能だ。
だから初見さんでも「彼等のユメ」を通じてその登場人物の人となりを知ることが出来るし、シリーズ体験者ならば好きだったあのキャラにもう一度会えるという体験を味わえる。
そして歴代最高傑作の名は伊達ではなく、六作目のシナリオはこれまでのダンマギシリーズと比べてさえ神がかっていた。
それは三部作完結編にも関わらず、シリーズ史上初めて世界出荷数一千万本売上を記録した事からも明らかであり、この記録を越えた作品はそれ以降も存在しない。
ゲームの難易度だけがインフレし、ついでにアンチの数も指数関数的に増えていった旧三部作とはまさに真逆の伸び方だった。
四作目で信頼を取り戻し、五作目で大台を大きく越え、完結編の六作目で世界を震撼させるレベルへと羽ばたいた。
勿論、これは六作目単体の評価ではない。
路線を大きく変えた四作目がキャラゲーとしてバズリ、そして五作目のメディアミックス作品がその年の覇権候補に選ばれる程の評価を受け、更に言えば
しかし、それでもやはり六作目のシナリオは頭一つ抜けていた。
メインシナリオも、サブクエストも全部全部良くって、新しいキャラクターの事がすぐに大好きになり、昔の
「そのゲームの終わりの近くで、三部作の黒幕みたいな人物が明かになって主人公達と敵対する事になるんだ」
「その黒幕様は、どんな御方なんです?」
聖女が興味深そうに首を傾げた。
純白のウールコートに同じ色のベレー帽。ワンピースだけでは寒いからと、二時間ほど前に買い揃えたものだった。
それなりにしたが、払っただけの価値はある。
まるで雪の妖精のように綺麗で、華やかな――――
「馬鹿なやつだったよ」
おれは言った。
「馬鹿みたいに真面目で、馬鹿みたいに人を愛していて、馬鹿みたいに世界の平和を願ってた」
悪魔と魔法。歴史と異能。天使と
勢力も目的もてんでバラバラな三つの物語の全てを包括する黒幕を務めるなんざ、普通は不可能だ。
ましてや彼女はその三作品の全てにおいて
だが、それでも彼女は黒幕だった。
誰よりも世界に愛され、一つ望めばどのような運命でも手繰り寄せる事の出来る彼女が、その力を自覚的に振るえる域にまで育ち切れば、どのような困難も達成可能な挑戦に変わる。
蝶が羽ばたけば、向こうの大陸で竜巻が起こるみたいな話さ。羽化を果たした彼女が
それは例えば魔神の顕現であり、あるいは蕃神の目覚めであり、そして主神との再会であった。
彼女が己の目的の為に望んだ事はただそれだけであり、そしてその運命へと導く為に作りだされた“流れ”こそが四作目から六作目の
いかに彼女と言えど望んだ超神との邂逅は、不可能に近い試練だった。
故に結果は掴めど、過程は掴めず――――その結果、悪魔が、過去が、天使がこの国に迫った。
望んだ結果を得るために、齎された望まざる過程。
だから彼女は味方であり、黒幕でもあったのだ。
そして――――
「黒幕はみんなを救おうとしていたんだ」
龍達との内戦によって疲弊した皇国の民――――だけではない。
この世界に住まう全人類であり、精霊、あるいは魂を有する全ての者達――――その域さえ越えていく。
過去も、今も、未来さえも――――この世界にかつて在り、今を生き、これから生まれる全ての者達が幸せでありますようにと。
「こういうのって大概、描く結果に綻びみたいなものがあるだろ?」
夢の世界。自己と他者との完全同一化。個性の埋没。幸福という概念を一方的に押し付けた洗脳。自由故の無法。結局このままが一番という日常の維持。
創作物に出てくるラスボスが提唱する「幸せな世界」という奴には必ずどこか欠点が存在する。
まぁ、当然と言えば当然だ。
だって、みんなを幸せにするという事が理屈として矛盾に満ち溢れているのだから。
誰かが幸せになれば、必ず誰かが不幸せになる。
幸せの感じ方だって人それぞれだし、宗教や思想、信じる政治理念だって皆違う。
だからそういった部分を踏み越えて強制的に幸せにしようとしようものなら、
だけど彼女の救済は違った。
一人一人の在り方を尊重し、遍く多様性を包括した上で、全歴史の全知性体を恒久的に救うという前人未到の大偉業。
そう。彼女の目指す
全知性体殺人事件とすら称される、そのシステムの
「今を犠牲に
世界の総意は、彼女に味方した。
システムを通じて、世界中の一人一人と話し合いついには完全なる同意を得た彼女は真にして神にして
それは最早、十三番目の超神と呼ぶ事すら過言ではなく、故にこそ、その「法」の流出を防ぐべく
そして前人未到にして空前絶後の最終決戦が始まった。
完全なる【始原の終末】や、無窮覇龍の全ステータス∞化が
長く愛された新三部作の終わりに相応しい壮大で苛烈なクライマックスの果てに、歴史の道標は片方の勝者へと傾いた。
そして敗れた彼女は――――
◆
どこまで伝わったかは分からない。
ところどころ固有名詞を変えたり、今後のソフィさんの在り方に影響を及ぼしそうな
ただ、六作目がどうして一番泣けるのか、その要となる結末部分を俺が話し終えるとソフィさんは静かに泣いてくれた。
何の涙なのかは分からない。ゲームの中の彼女に自分の在り方を重ねたのか、あるいは額面通り素直に受け止めて、六作目のシナリオの
いずれにせよ、話して良かったな、と心から思う事が出来た。
「それじゃあ、ソフィさん。帰りましょうか」
「はいっ、今日は本当にありがとうございました」
繋いでいた手を離し、俺達は同じ歩調で道を歩く。
暗く染まった霜月の夜空。見上げれば星と月と、時々ドラゴン。
――――この話で、ちゃんと泣く事が出来たのならきっと彼女は大丈夫だ。
そんな根拠のない自信を覚えながら、目的地を目指す。
停留所は、目と鼻の先だった。
◆◆◆『極光英傑戦姫』空樹花音
凶一郎さんとソフィさんが消えたのは、それからすぐの事だった。
――――――――――――――――――――───
・超神の欠片
超神によって入手難易度に天と地ほどの差があり、また適した過程と見合う器がなければ正しい効力を発揮する事はない(無論、質量も重要なファクターである)。
例えば邪神は頼めばどら焼き一個で自分の爪の垢をくれたりするが、それ単体で時間や因果に関する大規模術式の触媒として用いる事は出来ない。
眷族ないし因子を分け与えたものが特別なプロセスを踏むことで初めてその効力は十全に発揮されるのだ。
・みんなの総意
※ただし聖女がマジで“お話し”たら、強固なたけのこ派すら敬虔なきのこ派に寝返るし、◯◯焼きが今川焼きで統一させることすら容易なので、どこまでが本当の総意なのかは謎リングと、原作でも明記されてはいます。
Q:歴代キャラクター人気投票の二位が聖女、一位が三作目のメインヒロインとの事ですが、一番売れたシリーズのラスボスを差し置いて、どうして一番炎上したシリーズのヒロインが歴代トップなのでしょうか?
A:六作目の成功以後に作られたアニメシリーズと外伝のお祭りソシャゲで彼女の認知度が上がったからです。なので三作目未プレイのユーザーでもリリスさんの事を知ってる人は多いです。そして何を勘違いしたのか新三部作程度のヌルゲーしかクリアした事のないにわかゲーマーが「本物のリリスたんを知りたい」とか抜かして三作目をプレイし、地獄の業火に焼かれるまでがデフォです。
ゴリラ「雑魚め……」
よみよみ「大人しくソシャゲで満足しときなっ!」
ストップ、オタクマウントッ!
ゲームはみんなで楽しもうねっ!
次回の更新は二十八日を予定しておりますっ! お楽しみにっ!
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