第二百七十八話 前日4





◆皇都“龍心”・ドラグニア・モール



 訓練デートといっても、俺達は明日禁域ダンジョンに挑む身である。


 事前準備の大半については既に桜花あちらで済ませてはいるのが、それでもこういうのは往々にして足りないものが出て来るものだ。


 特に今回俺達が挑戦するダンジョン『降東』には、いつものような形の中間点が


 正しくは街が存在しないというべきか。


 ――――禁忌法則カリギュラリティ


 何故、禁域ダンジョンが「禁域」と呼ばれているのか、その問いに対する解の一つ。


 禁域ダンジョンにはいつもの攻略ルールに加えて、ダンジョン毎に異なる特殊ルールが冒険者サイドに強いられる。


 『降東』の禁忌法則カリギュラリティは、“保全禁止ノーセーブ”。


 ゲーム的に訳すのであれば、“入場から踏破まで、途中セーブなしで挑まなければならない”という鬼畜ルールである。



 『降東』ダンジョンでは、《帰還の指輪》によるテレポートや中間点の転移門を使ったダンジョン外への移動手段の尽くが禁じられている。


 一応最終階層のボス戦に限り、一人だけ逃げることができるという救済措置のようなものも存在するにはするのだが――通常ルールにおける生贄制度サクリファイスの逆を想像してもらえばいい――これは、設定上死ぬ事が許されていない三作目のメインヒロインを退避させる為に設けられた「シナリオ上の配慮」のようなものであり、実用的な意味は全くと言っていい程ない。


 要するに今回の『降東』攻略は、一度入ったらクリアするまで出られないルールなのだ。


 そしてこの禁忌法則が敷かれている都合上、『降東』ダンジョンには街と呼べる程の共同体の成立が成り立たない仕組みになっている。


 そりゃそうさ。このダンジョンに限って言えば未踏破=未帰還なのだ。


 人がいなけりゃ、需要は生まれない。需要がなければ街も生まれない。


 途中でビビって籠城しようにも、中間点のプルプルさん達は食料や回復アイテムの製造回数が制限されている為、やがて来る飢餓という破滅は避けられない。


 だから今回はダンジョンの街で生活拠点を整えるという甘えが通用しないのだ。


 幸いにも今回は花音さんの〈オリュンポス〉がある為、衣食住の大半に関する最低限の保証は為されている。

 ……いるのだが、しかしそうはいっても俺達は冒険者、探索中の食事にはそれなり以上に拘りたい。


 だから最初のお茶を済ませた後の俺達のデートの大半は、明日以降に使う食料の買い足しによって費やされた。


 大都市の大型ショッピングモールの食材売り場でひたすら食材や珍しい調味料等を吟味し、それを買っては特別機龍便を手配して、空の拠点に送るという作業の繰り返し。


 果たしてコレがデートと呼べるのかは、甚だもって疑問ではあるが花音さん曰く『耐えてます、耐えてますっ! はー様めっちゃ耐えてます!』とのことらしいので、まぁ一定以上の成果はあったという事なのだろう。


 念の為、既に揃えてある生活必需品の追加予備分も多めに購入していき、ついでに余暇時間に遊べるボードゲームなんかも買い揃えてみたりと二人でショッピングモールでの買い物を楽しんでいる内に気づけば時刻は午後の二時を迎えようとしていた。




◆ドラグニア・モール・ゴールド・ストリート、レストランテ『Aria』



 総面積約百二十万平方メートル、屋内フロア約六十万平方メートル。

 入居店舗数の合計は千五百店舗を上回り、ミュージアムやらシアターやらアクアリウムやら果ては水族館やらスケートリンクまで完備されたこの国内屈指のアミューズメント施設を一日で回る事など到底不可能である。


 だから俺達がこの商売の宮殿で費やした楽しみ方というのは、本当に一部分に過ぎない。


 最初にお茶をして、後はひたすら実務的な買い物。


 国内屈指の大型ショッピングモールを舞台にしたデートとしてはあまりにも味気ないし、何よりもこんな馬鹿みたいな茶番に付き合ってくれたソフィさんに少しくらいは良い思いをさせてあげなければ男が廃るというもの。


 そういうわけで買い物フェイズに一段落をつけた俺達は、皇国の女子ならば誰もが一度は訪れる事を夢見ると言われている“ゴールド・ストリート”のカフェレストランで、ソフィさんの大好きなパンケーキを堪能する事にした。


 “ゴールド・ストリート”は文字通り壁と床面が美しい黄金色で満たされた“黄金の区画”である。


 天井は満天の星空を象った目を見張るデザイン、人の往来は桜花のラッシュ時を上回る程の盛況ぶりで図らずもソフィさんと手を繋ぎ、ついには彼女を背に乗せる必要性が生まれてしまった程だ。


 そんな超人気エリアの有名カフェレストランともなれば、信じられない程の長蛇な列ができあがり、何時間も待たなければならない、というのが通例だ。


 いや実際、レストランテ『Aria』の周辺には三桁越えてんじゃねぇかというレベルの列が出来上がっていた。

 確定四時間コース。ソフィさんも「流石にこれは……」と躊躇していたのだがしかし俺には、



「あの、すいません。俺達こういうものなんですけど」

 


 その黒色のカードを見せた瞬間にウエイトレスさんはハッと血相を変え、店の奥へと速足で引っ込んでいった。それから待つ事数分後、恐らくは責任者と思しき四十過ぎのタキシード男性が織り目正しい足取りでこちらの方へと近づいてきて、一言



「大変お待たせ致しました、清水様。直ちに特別な席をご用意させて頂きます」

「あっ、はい。すいません。よろしくお願い致します」



 やはり持つべき者は上級国民の友人だとこの時悟ったね。






 話しの相方としてソフィさん程、楽しい人物もそうはいない。


 彼女はどんな話でも心底興味深そうに聴いてくれる。楽しい話をしている時は楽しそうに、怪談を聞いているときは泣きそうな程怖がってくれて、何よりも傍から見ればタダのうざったい自分語りってやつをまるで今世紀最高の創作物に触れているかのような面持ちで受け入れてくれるのだ。



 聖女が自分の物語を知ってくれる。この得も言えぬ快感は、一度相対したものでなければきっと分からないだろう。



 俺達の本質はどうしようもない程に自分を知ってもらいたい生き物なのだ。そしてこのどんなクスリよりもぶっ飛ぶような気持ち良さをしってしまうと、中々どうして歯止めが利かなくなってしまう。


 ――――とはいえ、これは訓練だ。前に二人で話をした時のように「いかに遥の腋が素晴らしいのか」なんて話を本人が監視しているような状況でぶつわけにはいかない。



 嫉妬猫ちゃんがその溢れんばかりの嫉妬力をコントロールできるようにという意味合いも含めて、俺は始めの内に「遥の話題になりそうになったらストップをかけてくれ」とソフィさんに頼みを入れた。


 さて、遥の話題が禁止された状態で俺が話すべきトピックスは何なのか。


 冒険の事、清水家で起こった諸々の小話、将来の不安や当たり障りのない時事ネタ流行ネタなんかも勿論いいだろう。


 だが、いかに自制心の強いコミュニケーション強者であろうとも、ソーフィア・ヴィーケンリードと五分も会話をしていれば勝手に自分語りを始めてしまう。



「それでね、ソフィさん」



 だからそう、俺が黄金の宮殿のようなカフェレストランでこんな話題をのべつ幕なしに喋っていたとしても、


「“愛なんかじゃなくて”ってゲームが兎に角画期的だったんだ」


 それはもう、致し方のない事なのである。



「このゲームは一見すると良くあるビジュアルノベル形式の男性向け美少女ゲームって感じなんだけど、実はものすごい大胆な仕掛けが施されていたんだ」

「!? それは一体どのような仕掛けなのでしょうかっ! わたくし、とても気になりますっ」

「なんと、このゲームに出て来るルート名は全て……」

「はい……っ」


っ!」



 この時のソフィさんの反応を、俺は生涯忘れないだろう。



「え、ま、待ってくださいませ凶一郎様」


 両目をしばたき、頬に一滴の汗を落としながら、ゆっくりとパンケーキタワーの乗った大皿にナイフとフォークを置くお下げの聖女。


 彼女は一度自分の中で言葉を吟味し、それからやはり信じられないという表情で俺にこう問うた。



「聞くにぎゃるげーの“ルート”というものは、攻略対象となる御方の名前で呼ばれる事が通例なのですよね?」

「あぁ」

「であれば、その……殿方の名前がルート名になっているという事は、あの、つまり、ぎゃるげーなのに攻略対象が男性に限定されていると、そういう事でございましょうか?」



 自然と口角が引き上がるのが分かった。

 あぁ、そうだソフィさん。その反応だ。その反応が欲しかったんだ。

 脳内に溢れだすドーパミン。手が震える程の快感。自分のしたい話しに欲しいリアクションをくれる相方。あぁ、今日はなんて素晴らしい日なのか!





 多分、俺は過去一番のドヤ顔でそう告げたのだろう。



「違う。違うんだよ。ソフィさん。“愛なか”のルート名は確かに全員男だ。だけど彼等は攻略対象じゃない?」

「で、では、一体……!?」

「言うなれば、当て馬ライバルってところかな」



 そう。これこそが当時通を唸らせた“愛なか”の画期的な仕掛け……っ!

 グランドルートを除く4ルート、その全てが恋敵の名前であり、


「つまり、各ルートのヒロイン様のライバル様がルート名として表されているんですね」

「いや、“愛なか”で攻略できるヒロインは一人だけなんだ」


 そしてその全てがメインヒロインと主人公の恋物語であるという革新性っ!



「“愛なか”は主人公のしゅんとヒロインのさく、この二人を中心としたある冬の物語であり、そしてその結末がルートの数だけ分岐する」



 普通、ギャルゲーにおけるヒロインのルートというのは一人につき一つというのが王道てっぱんだ。


 そりゃそうだよな、ヒロインと主人公が出会ってくっついてめでたしめでたしなんて一つで十分だし、他のヒロインのルートを広げた方がよっぽど顧客のニーズに答えられるってもんだよ。


 だけど“愛なか”は、そのギャルゲーの不文律とも言える常識に真っ向から挑んだんだ。


「話自体は学園モノの群像劇で、世界を揺るがすような事件とか登場人物の中に時間遡行者タイムルーパーがいるみたいな伝奇設定はない。語られるのは、思春期の高等学校生の悩みだったり、コンプレックスだったり、挑戦や葛藤だったりで、本当に古き良き青春アドベンチャーって感じなんだ」



 だけどこれがべらぼうに面白いのだ。

 各ルートごとにクローズアップされるライバル達。翻弄されるヒロイン、そして主人公にもサブヒロインの影が。



「だけど二人はどのルートでも最終的にお互いを求め、結ばれて、そしてグランドルートの最終盤フィナーレ、壮麗な主題歌バラードをバックに紡がれる、“愛なんかじゃなくて”という言葉の真意っ!」

「純愛ですわっ!」

「あぁ、愛なんかじゃないけど純愛あいなんだよっ!」



 大好きな名作の紹介を最後には涙まで流しながら熱心に聞いてくれる聖女様。

 いや、もう何度目か分からないけれど。


「(気持ちいなんてレベルじゃねぇぞ……コレ!)」





―――――――――――――――――――――――



・特別付録! その時の猫ちゃんっ!



チワワ「ほーら! はー様落ち着いてくださーいっ! 凶一郎さんの匂いがたっぷり染み込んだ猫じゃらしですよー」

(ФωФ)「ずんどろぺんこんちょっ!」→ものすごい勢いで飛び付くネッコ!


次回更新は、二十五日を予定しておりますっ!

研ぎ澄ませ、狩猟本能っ!


(ФωФ)「シャーッ!」







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