第二百七十七話 前日3
◆事の経緯
なにゆえ俺がソフィさんと二人きりでデートなぞをしているのか。
あるいはどうして我等が恒星系ネコちゃんがこの場にいないのか。
それら全てを含めてこの珍妙極まりない状況を説明する為には約三時間ほど時を遡る必要がある。
事の発端は朝食の後、『降東』グループで集まって会議室でミーティングをしていた時の事だった。
「弱点を克服したいと思います」
青色のパイプ椅子に腰を降ろしながら腕組みスタイルでそう言い放ったのは、遥さん。
面持ちは神妙で、声音は真剣。
何よりもパーティーのエースが「弱点を克服したい」と言明なされたのだ。
そりゃあみんな耳をすませたさ。
弱点。蒼乃遥のほぼ唯一といってもいい付け入る隙間。
「昨日の模擬戦、結果だけ見たら惨敗でしたがアレがなければもうちょっとやれてたと思うんです」
澄江堂我鬼vs蒼乃遥
挨拶代わりのレクリエーションとはとても思えないような白熱した大怪獣バトルの決着は、ガキさん側の勝利という形で終わった。
しかし、
「でも負けた。完敗だった」
遥は負けたのだ。
相手は皇国最強の一角で、術式も初見、更にズルと言ってもいい位大人げのない搦め手を駆使された上での敗北だっただが、それでも負けは負けで挫折は挫折だった。
「だから次は負けないように、良くなかった部分を直していこうと思うんだ」
少なくとも、蒼乃遥はそう思っている。
負けて、悔しくて、足りないところを知ったから、
「というわけで皆さん、どうかあたしに力を貸して下さい」
それを補おうと努力する。
誰にでもできる事じゃない。というか俺も含めて殆どの人間には絶対無理だ。
だってガキさんだぜ? 皇国最強戦力の一角とやり合って負ける事のどこに悔む要素があるってんだ。
勝てるなんて端から思わないし、負けても当たり前の事が当たり前に起こっただけだからむしろ「よくやったよ、自分」とか「胸をお借りする事ができて光栄です」って気持ちに満たされちまってそれどころじゃなくなっちまう。
多分ここが、
実際に一番になれるかどうかじゃなくて、どれだけ上のランクの相手に現実ってヤツを見せつけられても奮起できる。
遥は、それが自然に出来る奴なのだ。
だから強いし、応援したくなる。
「あの、はー様」
「なんでしょうか、花音ちゃんっ」
おずおずと手を挙げた少女の方へと恒星系が向く。
その瞳はいつものような蒼い煌めきを放つようなもの――――ではなく、なんだか猫のように尖っていた。
いつぞやのように花音さんがいるだけで威嚇するようなことはなくなったし、声音や対応も大分フレンドリーなものになってきてはいるのだが、まだどこか若干の警戒心のようなものが感じ取れる。
成る程、確かにこれは本人の言うように早急な改善に取りかかった方が良さそうだ。
いや、どうやって直せって話なんだけどさ。
「その、はー様が自分で弱点だと思っている
そしてそれは花音さんも思っていた事らしい。
桜髪の少女の最もな質問に、遥は猫の目でうんうんと頷きながらこう答えた。
「簡単だよ、花音ちゃん。要するにあたしが嫉妬しなくなればいいんだから!」
それが出来たら苦労しねぇだろ、と誰もが思った事だろう。
しかし誰も
今回のBチームメンバーは皆、空気の読めるタイプなのだ。
唯一ツッコミそうなガキさんも、今この会議室にはいない為(しばらく仕事で帰れなくなるから今日は家で思いっきり家族サービスするらしい)、ある意味ボケ倒そうと思えばいくらでもボケ倒せる空間である。
「それで」
背筋に変な汗が溜まる。
まるで爆弾処理を迫られているような気分だ。というか俺がコレを聞くのはどうなんだろう。
「どうすればお前は嫉妬しなくなるんだ、遥?」
花音さんが「ひぇっ」と鳴いた。
沈黙が流れる。ソフィさんは心配そうにあたりを見渡し、会津は完全なるポーカーフェイス。そして遥が重々しく口を開き
「……耐性を、つけます」
「耐性?」
「凶さんが他の子と一緒にいてもイライラしないように訓練します」
皆、口には出さなかったがこう思った事だろう。
「(そ)」
――――そんなの絶対不可能じゃねぇか。
「はー様、流石にそれは無茶ですよ」
「花音さんの言う通りだ。お前は自分の
現に今だって、遥は「ぶろろろろろろろっ」と、どうやって発声しているかも良く分からない声で鳴いている。
コレは「しゃーしゃー」する前の前兆だ。大方俺と花音さんが
「良いですか」
青みがかった銀髪の美男子が手を挙げた。会津。会津・ジャシィーヴィル。組織のエージェントであり、今回の探索の重要人物の一人でもある彼がこのタイミングで参戦。
「御二方の気持ちも理解できるのですが、僕は蒼乃さんの意見に賛成です」
「というと?」
「こういったメンタルの尖りは、本人が治そうと思わなければ治りません。それに蒼乃さんは大変器用ですからコツさえ掴めば割りとスムーズにご自身の心中を整理できるようになる可能性があると思います」
中性的で――――ゲーム時代、彼の声は時として少年のような男声、あるいはとても声の低い女性のようだという相反する形容が為されていたのだが、本当に彼の声はどちらにも聞こえる――――つい耳を傾けたくなるような魔性を含んだ美声。
会津の意見は、的を得ていた。
確かにこういうのはやらなきゃ始まらないし、本人がやる気ならば案外すんなりいく可能性もワンチャンある。
だって遥だから。そこに「蒼乃遥だから」というだけで、あらゆる無理や不可能はその絶対性を失う。
その事を恐らくは世界で一番理解している身からすれば、確かに会津の方に道理はあった。
彼が組織のスパイであるという事を勘定に入れてなお、耳を傾ける価値はある。
そう思った俺は一先ず遥の「嫉妬しないように訓練する」という意見に同調の意を示し、
「それで訓練ってのは」
「うん」
「アレか? 俺と花音さんが手でも繋いでデートでもすればいいのか?」
――――空気が、凍りついた。
「凶サン」
閃光。形成。降誕。抑えが利かなくなり現界を果たした挙げ句、その辺で虹色に輝くプリンセスシャワーを嘔吐し始めるレヴィアちゃん。
しかし俺を含めた場内の誰もが、この世界一哀れな褐色ミニチビちゃんに一瞥もくれようとはせず──
「いきなりソレは、チョッと、アマリニモ
────否、出来なかったのだ。
プルプルと小刻みに震えながら虚無を絵に描いたような猫目で、声を振り絞る蒼猫様。
「モウ少し、簡単ナ所カラ、お願イシマス」
誰もノーとは言えなかった。
言えるわけがなかった。
レヴィアちゃんが小声で「チ、
◆『皇都』“龍心”・地上層
つまり、これは訓練なのだ。
あえて精神的負荷のかかる状況を設定し、そうして湧きあがった嫉妬心を遥がコントロールする為の訓練。
だからこのデートは、彼女公認の
「すいません、ソフィさん。変な事に付き合わせてしまって」
「いえ。
白色のワンピースに身を包んだお下げの少女がこっそりと唇を近付け耳打ちする。
「本当にわたくしでよろしいのでしょうか」
聖女の温かな吐息が耳の中を優しく撫でる。
ぞくりとした感覚。汗、目眩、動悸。何よりも己の頬が異様に熱くなっていくのが分かる。
分かってしまう。
「あぁ。勿論、問題ないよ」
そう。問題などある筈がないのだ。ソフィさんを指定したのは他ならぬ遥本人である。
加えて俺達の様子は互いの首元につけ合ったチョーカー型の小型カメラと会津の《
だから万が一にも変な勘違いやすれ違いじみた残念なトラブルは起こらない。
……その筈なのだ。
「ソフィさんもごめんね、こんな良く分からない茶番に付き合わせちゃって」
「いえ、わたくしなんかが皆様のお役にたてるのであれば、喜んでお付き合いさせて頂きます。あぁ、でも……」
「本当に遥様は大丈夫でしょうか?」
ソフィさんの気持ちが俺には痛いほど理解出来た。
訓練とは言え心優しい彼女が、友達の彼氏とデート紛いの事をして何も感じない筈がない。
後単純に、猫ちゃんが暴走しないか心配なのだろう。
「分かった。念の為、本部の方にもう一度確認してみるよ」
俺は《思考通信》を起動し、本部のオペレーターにコンタクトを取った。
『こちら“
『こ、こちら“
『シャーシャーは?』
『まだ一回も』
『オーケー。作戦続行だ。もしも“
『了解です。きょ、……“
『なんだ?』
『ご武運を』
『そっちもな』
ソフィさんの方に向き直り大丈夫である旨を簡潔に伝える。
「今のところは大丈夫そう。ヤバそうになったら向こうから連絡が来る手筈になってるし、ソフィさんは何も気にしなくていいよ」
「お気づかいありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、苦労をおかけいたしまして」
互いに丁寧に頭を下げ合い、それから小さく笑った。
「行こう、ソフィさん。とりあえずまずはお茶でもどうですか?」
「はい。不束者ですが、よろしくお願い致します」
そうして俺達はゆっくりと、龍心の街を歩きだしたのだった。
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・5月17日発売のチュートリアルが始まる前に第四巻のカバーイラストが解禁されました。
約75000字(ウェブ版の約20話分)程度の加筆に加え、待望の水着イベントプラスVS黒騎士と盛り沢山の内容となっておりますので是非お楽しみにーっ!
作者X(旧ツイッター)の方から一足早く水着遥さん達のカバーデザインが見られますので是非チェックしてくださいませっ!
・次回更新は4月21日を予定しておりますっ! お楽しみにっ!
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