第二百七十六話 前日2
◆◆◆『
翌朝、遥と色々頑張ったおかげで何とか一睡する事のできた俺は晴れやかな気持ちで朝食に臨んだ。
午前七時三十分。延べ十七人で囲うビュッフェ形式のブレックファストは大変賑やかであり、そして案の定ウチの大食い娘達が無双していた。
昨晩の大宴会場とは打って変わり、このレストランエリアの内装は完全に西欧風である。
意外に思われるかもしれないが、皇国は他国の文化に寛容なのだ。人間の流行なぞ支配者層である龍達にとっては二の次であり、「まぁハメを外さない程度に好きにすればいいんじゃない?」というのが彼らのスタンスである。
これが五年後、十年後となって来ると情勢が変化し、そして三作目の時系列が始まる頃にはガチガチの
今の皇国は、首都である龍心の五つ星ホテルの一角に洋風のレストランが設けられていても誰も文句を言いやしない。
それどころか、二柱の“龍生九士”が――ナラカまで含めれば三柱である――揚々と寛いでいる始末である。
なんと平和な世界なのだろうか。計十余名にも及ぶ歴代シリーズのボスキャラ達が一堂に介している場とは思えないほど、和やかな光景が目の前には広がっていて……
「ウェーイ! ヘイローちゃんっ! このステーキ食べました? めっちゃ美味しかったですよー!」
「……あっ、ハイ。どうも、……ありがとうございます、虚さん」
チャラ男がヘイローさんに絡んでいた。銀盆には大量のカットステーキ、視線はナラカをも上回る彼女の双丘に注がれていて……なんというかとことん肉食系な奴である。
「(霜平ヘイローさん、か)」
ほんと、つくづくあちらのグループが羨ましい。
これは別にこっちのガキさんが得体の知れない糸目の関西弁呪術野郎なのに対し、一方のヘイローさんが白髪ボッチ系爆乳美少女スナイパーというオタクの好きな属性欲張りセットだから――――というわけではない。
ヘイローさんは二作目の主人公達に力を貸してくれる存在、つまるところヒーロー側であるという信頼保証がついているのだ。
勿論ゲーム知識は絶対ではないし、未来が俺達の行動次第で如何様にでも変わるモノであるという事は重々承知している。
しかしながら、それでも「主人公サイドのキャラクター」という肩書はそれだけでダンマギプレイヤーの警戒を解くに足る“印籠”であり、おまけに黄泉さんからも「ヘイローちゃんは信頼して大丈夫だよ」というお墨付きまで出ているのだ。
ゲーム時代は怪しさ全開のボスキャラで今も何を考えているかイマイチ分からないガキさんと、正規の軍人でヒーローサイドに力を貸す全うな倫理観を持っているヘイローさん。
背中を預けるならどっちがいいかって話なわけですよ。
……いや、こうなった以上は俺も頑張ってガキさんとコミュニケーション取るし、何があっても大丈夫な作戦を練るよ? 練るぜ? 練るけどさぁ……。
「(そういう手間を最初から省けるのってやっぱ明確にメリットだよなぁ)」
塩ラーメンに、鴨うどん、更にはミニサイズのたらこパスタという主要麺類三皿を銀色の盆に載せながらAチームの島へと移動していくヘイローさん。
右方にはチャラ男、左方にはチビちゃん。あちらのグループでも特にご機嫌な二人が彼女に話しかけ、ヘイローさん側もそれにしっかりと応じている。
どうやらAチームは彼女と上手くやっているらしい。
まぁ、『天城』前ならいざ知らず、今の旦那チームって滅茶苦茶安定してるからなぁ。
陛下はキングオブ陽キャだし、旦那は大人だし、虚もあぁ見えて意外に空気は読める方なのだ。
かつてはトラブルメーカーの代名詞的存在だったナラカも、今ではすっかり頼れる副官枠である。
チビちゃん? あいつはもうどこでだってやっていけるよ。
たとえジャングルの奥地に置いてけぼりになったとしても、奴は「
そんな愉快なお子様を中心としたあの最高に熱いコミューンに組み込まれれば、そりゃあどんな日陰者だってヨロシクやれるだろう。
前の『嫉妬』の時もそうだったが本当に黒騎士の旦那はパーティーを作るのが上手い。
それに比べて俺ときたら……
「(スパイと、聖女と、何考えてるか良く分からない
「あの、はー様?」
「…………」
「ご飯食べないんですか?」
「…………」
「そんな目を猫のように尖らせなくても、凶一郎さんは大丈夫ですって」
「にゃあ」
視線を感じる。右から二席離れたBチームの島、そこからひょっこりと首を覗かせる我等が猫ちゃんがずっとこちらの席を見続けている。
無論、彼女がそうしている理由は例によっていつもの如くのアレなわけなのだが、これでも大分頑張ってくれてる方なのだ。
何せ俺が彼女以外の女性と二人きりで朝食をとっているにも関わらず、遥は文句も言わないし突撃もしてこない。シャーシャーと鳴いたりもしない。ただジッと虚無顔でこちらを見つめながら時折喉を「ぶろろろろ」と不機嫌そうに鳴らす位のものである。
大変な進歩だ。偉大な一歩と讃えても過言ではないだろう。
まぁ、
『遥も大変ですねぇ。この程度の事で一々目くじらを立てていたら、まともな生活が成り立たないでしょうに』
その相手と言うのが他ならぬ邪神なので、本当に嫉妬するだけ無駄なのだが。
『
『一応、レヴィアちゃんが処理してくれてる筈なんだけどなぁ』
『良くも悪くも遥は規格外ですから』
心苦しいが、否定する言葉が見つからなかった。
『ハイハイ。のろけ話は沢山ですよ。折角のビュッフェが味気なくなってしまうので、その続きは後でやって下さいまし』
『悪かったよ。口と違って
自分で盛りつけた温野菜のサラダを口いっぱいに頬張りながら、思考を通じて謝りの言葉を入れる。
俺達の会話は、口や手を使う必要はない。
《思念共有》、精霊使いと契約精霊間のラインでのみ構築可能なこの秘密の通話アプリは、いついかなる時でも俺達に喋る機会を与えてくれる。
たとえ
ほんと便利だぜ、《思念共有》。お陰で朝早くから堂々と悪だくみを企てる事が出来る。
『それで』
邪神がカレーライスを
『あちらの件は手筈通りに進めていくという事でよろしいのですね?』
『あー、うん。まぁ』
イマイチ判然としない俺の言葉に、邪神の眉目がほんの微かに釣り上がった。
『マスター』
『あぁ。いや、分かってる。ここで日和るのは卑怯だってそういう話だよな。目には目を、歯には歯を、悪の組織を相手取るならこちらもそれなりの覚悟をもって、なっ、そういう事だろう?』
『分かっているならそれで良いのです。……“餌”の方は?』
『ちゃんと持ってきてるよ』
特定のダンジョンの宝物層でのみ手に入る“貴き者の欠片”シリーズ。
ダンマギにおいては基本的に換金アイテムとして扱われ、その『組織』の連中が欲してやまない超神の欠片。
『常闇』、『天城』、『嫉妬』。これまでの冒険で手に入れた三種の欠片の所在は現在、俺の下にある。
組織のエージェントが側にいるってのに肝心のブツを持ち歩くなんてちょっと不用心過ぎないかと思われるかもしれないが、安心して欲しい。
そこはある意味どんな金庫よりも安全で、おまけにいつでもアクセス可能な場所。
要するに俺はいつでも彼にミイラのパーツを突きつけて、紳士的な交渉に臨む事が出来るってわけさ。
『オリュンポス・ディオス戦の報酬としてマスターが手に入れた三つ目の
『正直、〈外来天敵〉や『統覇者』よりもこっちの方が肌に合う気がするよ、俺は』
『であれば、後は
『なぁ、アル』
俺はホテル飯を不乱に貪る邪神にある提案を投げかけようとして、
『やっぱり……いや、なんでもない』
寸前の所で思い留まった。
この期に及んで少しでも綺麗でありたいと誤魔化そうとする自分の
敵はこれまでのような怪物達ではない。それは言うなれば「自分の行いが正義であると信じて止まない狂信者達の群れ」であり、人間の最も唾棄すべき悪性そのものだ。
手加減も手心も決して加えるべきではないし、ましてや発案者の俺が我が
『プラン通りに行こう』
決断を、下した。
『やるべき事をやって、為すべき事を為す。そんでもって野暮な私情はダンジョンに持ちこまない』
『ようござんす。今回は『天城』の時のようにあれやこれやと悩んでいる時間はありませんからね。余分な葛藤は全て下界において、攻略に専念して下さいまし』
『あぁ』
景気づけに、とタンブラーグラスに注がれたミネラルウォーターを一気に飲み干して、それからボイルされた卵をしっかり噛んでから胃袋に入れた。
『とはいえ、あまり自分を追い詰めて不調になるのもご法度ですよ。貴方は指揮官として常に万全の状態で仕事に臨まなければなりません』
『そっちは何の問題もないさ』
今回は遥がいる。そして俺の能天気な脳味噌は、彼女の胸に包まれて眠ればたちまちご機嫌な気分を取り戻す。
だから、
『今回に限って言えば俺のメンタルが崩れる事は絶対にないぜ! 安心してくれ、アル』
『左様でございますか』
『あぁ!』
そう力強く邪神に宣言したその約三時間後――――
◆『皇都』“龍心”・地上層
「えっと、それじゃあ行きましょうかソフィさん」
俺は、
「あっ、はい。よろしくお願い致します凶一郎様」
俺は何故かソフィさんと二人きりで“デート”をしていた。
───────────────────────
・ヘイローさんの胸部装甲はナラカ様以上、ハーロット陛下未満です。
なお、トップの
なのでゴリラのゴリラはオークキングよりゴリラしてます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます